それでいいんですか黄門様

昨日、なんとなくTVを見ていたら水戸黄門の再放送が流れていた。黄門役は西村晃だったのだが、実を言うと西村晃での水戸黄門を見るのは初めてだった。弥七は今は亡き中谷一郎だったがお銀が出ていなかったのは残念だ。

という戯れ言はさておき、昨日のストーリーはこうである。

あるところに頑固だが腕の立つ櫛職人がいた。その職人には娘が二人いて、姉は取引先の問屋の若旦那に嫁ぐはずであったが職人の一番弟子と駆け落ちしてしまう。その後この職人はより一層頑固になって櫛の製作も滞りがちになる。そうこうしているうちに悪代官と極悪商人が結託して、利幅のでかい櫛の商売を奪い取ろうとする。それを黄門様が見事解決するという、まー、なんというか、超お決まりパターン。まぁそれはそれでよい。

問題は駆け落ちした姉と一番弟子の話だ。この夫婦を探し当てると、姉は心の病を患い一粒種の娘を残し既に他界していた。この弟子は娘を連れて親方に会いにいくのだが、親方は受け入れようとはしない。最後の切り札として出てきたのが、姉が今際の際に書いた父親に向けた手紙である。黄門様はこの手紙を妹に読ませるのだが、手紙では次々と驚くべき事実が白日の元にさらされていく。この姉は親方の実の娘ではなく、死んだ弟(弟子?だったかも)の子であること。この弟は母親が身ごもったときに他界したこと。哀れに思った職人がこの母親をめとって自分の子として育てたこと・・・などなど、そんな誰も知らないことを突然知らされた妹もビックリだ。

この手紙にはさらに驚くことが書かれてあった。それは駆け落ちの理由である。取引先の問屋の若旦那と縁談が決まったある日、姉は妹が若旦那に思いを寄せることを知る。姉は自分がいなくなれば妹の思いは遂げられると考え、一番弟子と駆け落ちしたと言うのである。なんということだ。一番弟子は当て馬だったのである。一番弟子はこのことを知っているのだろうか。もし知らなかったのであればまさに青天の霹靂だ。若旦那は姉に、妹は若旦那に、一番弟子は姉にそれぞれ思いを寄せていたということなのか?その状態で姉と一番弟子が消えても妹に幸せが来るとは限らない。事実、姉がいなくなってからも妹と若旦那の関係はまったく進んでいない。ああそれなのにそれなのに、そんなの今更暴露されても皆が困るだけだろう。全然一件落着じゃないよ黄門様。

目先の利益

先日、家庭教師のセールスの電話がかかってきた。嫁が対応していたのだが、かなりしつこい。相手はとにかく何かを取り付けようと必死のようだ。しかし、残念ながらウチのガキンチョは今年受験である。試験まで数週間という家庭に「家庭教師いかがっスカ?」はないだろう。さらにはこの追い込みの時期に「お伺いさせて頂いて話だけでも」なんて営業トークをかけてきているようだ。バカかこいつは。

ノルマとかあるのかもしれないが、1分でも惜しいような心理状態の相手に対し「少し時間を・・・」なんて言う神経がわからない。こういう話をされた方は「ああ、こっちのことなんて全然考えていないんだ」と思うのは当たり前だ。これが普通の物販のセールスなどであればそれもアリかもしれんが、この電話は「家庭教師」である。家庭教師を雇う一番の理由は成績のアップであり、それは当然千差万別の子供の状態に合わせてカリキュラムなどを組めるのか否かのが大事なポイントとなる。この電話を聞くかぎりでは、この家庭教師の会社はこちらの都合など聞く気もないように感じてしまう。そんなところの家庭教師など信用できるわけはない。つまり、この会社はたった一本の電話で信頼感を大きく損ねてしまったのだ。

こういうのは目先の千円を拾って将来の数十万を捨てるおろかな行為だと言わざるを得ない。というかだな、実績を上げて「あそこの家庭教師はすごい」という評判を作れよな。

目先だけのリスクを回避するのは愚者の選択

古い話でアレだが、麻生総理時代に何かと話題に取り上げられたアニメの殿堂の建設が中止になった。これには利権がさほどからんでいなかったのだろう。だからさっさと中止にされたに違いない。ふとそう思った。

今年6月ごろに経済産業省の経済危機対策についての説明会に出たのだが、今年度予算についてはとにかく前倒しで進んでいたらしい。表面上は景気対策なのだろうが、麻生政権が倒れた場合を考えてさっさと使ってしまえということなんだろうなと感じていた。予算なんて年度で使ってしまえばいいのだから、後回しにしようが前倒しにしようが構わない。政権交代すれば突然凍結されるリスクが高くなるので、そのリスク回避にとにかく着手しておこうということだ。それも「景気対策」という隠れ蓑を作ってさっさと使う。さすが日本の官僚、目先を読む力はなかなか長けている。こういう金にはいろんなしがらみが絡み合っているんだろうなぁと思ったのは言うまでもない。

しかし、その対策は工事、箱物建設、補助金ばかりだ。企業に金を入れれば税金となって回収できる割合が増える、そういう思考回路なのかもしれん。一般人がそんな金のおこぼれに預かることはほとんどなく、喜ぶのはごく一部の人だけである。ああ無情。

SimCityでも税金を上げると市民が逃げていく。逆に税金を下げるとどんどん市民は増えていくが、あまり下げすぎると街の維持ができなくなってしまう。たかがゲームと言われればそれまでだが、意外に本質をついているのではないか。税金で景気対策も一つの手法かもしれないが、そんな対策が出来る金があるのであれば税金を下げたほうが景気がよくなるように思う。

「褒めて伸ばす」は本当に有効なのか

先日「がんばることを賞賛する危うさ」というエントリをあげたが、元来が天邪鬼な俺は「褒めて伸ばす」というのもかねてから非常に疑問に思っている。

どんな事に対して褒められるかにもよるのだが、競争という要素を多く含んだものの場合、結果を褒められても意外にうれしくない。スポーツなどはその最たるもので、勝ったときは褒められるより一緒になって喜んでもらったほうがうれしいし、負けて悔しいのに「よくやった」と言いわれてもなんだかなーである。

成果とか結果が求められるものの場合は出来ることが最低限のハードルなので、変に褒められると「俺ってこの程度に見られていたんだ」となりかねない。結果だけを見ての言及は単なる成績発表と同じだ。成績発表などは変なコメントはつけずに結果だけの発表で十分なような気がする。

小さな子供は「みてみて」とよく言う。これは注目してほしいから言うのであって、褒めてほしいわけじゃない。認識して欲しいのだ。そのとき子供が欲しているのは表面上の褒め言葉ではなく、親の喜ぶ姿だ。一緒になって喜ぶことを「褒める」と言うのだろうか。このことは年齢を重ねても同じで、認めてもらえればうれしいと感じる人は多いだろう。

褒めるという言葉の中には、何かしらの上下関係が見え隠れしているように感じる。「(上司|先生|先輩|親)から褒められた」はすんなり耳に入るが、これが「(部下|生徒|後輩|子供)から褒められた」になると少々違和感を持つ人もいそうな気がするからだ。その違和感は上下関係を暗黙のうちに了解しているからだろう。

しかし、子供などが一番目を輝かす瞬間は「なにしてるの? お、すごいじゃん。」みたいな会話の時で、これは同じ目線で上下関係など無い対等な立場、もしくは相手を素直に認めて尊敬の念を持たないと出てこない言葉ではないかと思う。そういう意味では、言葉だけ丁寧な「褒め言葉」より、尊敬の念がにじみ出ている「けなし言葉」のほうがまだマシなのかも知れん。

いくら褒めても、言葉だけでは伝えることが出来ないことは多い。「あ、こいつ、『何か』を見つけたな」と思うとうれしくなるが、それとて相手が自分で気がつかなければどうしようもない。大きな川の向こう岸にいる人間に大声で川の渡り方を教えても、渡ってくる人間は向こう岸にいる人間なのだから。

騒ぐ人ほど身勝手だという話

とある事業所での話。その事業所は業績が芳しくなく、例に漏れず不採算事業を廃止することになった。廃止事業に従事する人たちは他部署に配置転換し、人員の削減はしない。不採算事業を整理する場合は人ごとバッサリというケースが多いが、この事業所は他部署で多少の人員不足が発生していたため、他部署で人員を吸収しても全体収益は改善すると見込んでいた。

その計画を発表すると、廃止事業に携わっていた人員のほとんどは「仕方ない」という雰囲気であった。だから廃止はすんなり行くだろうと思っていたのだが、ある人から「ここまで色々頑張っていたのに廃止とはどういうことなのか」というような文句か出た。その人は直属の上司などにあれこれ文句を言いまくったようで、困った顔をしている上位職者も出る始末だ。

その部署は単純に人員過多が赤字の原因だった。そいつもうるさいし上位職者の中にも「どうにかしてほしい」という人も出始めたので、事業の改善計画提出とともに人員を削減して収益を改善させること、部署内の人員だけでやり遂げること、辛くても泣きを入れてこないことなどを制約させ、事業を存続させることにした。

しばらくは順調であったが、このご時世である。不採算事業廃止どころか事業所自体の廃止が決定してしまった。従業員は系列会社へ配置転換されるが、中には転勤が出来ないなどの理由で退職する人も出てくる。これはやむを得ないことだが、驚いたことに不採算事業廃止を散々拒んだ奴がさっさと次の職を見つけ退職してしまった。

その人の生活もかかっているだろうから転職も分からなくはない。しかし、そんなに簡単に出ていけるのであれば、事業廃止という計画が出た時点で辞めてもよかったのではないかと思う。多数の人を巻き込み、いざとなったら自分だけさっさとオサラバとはどういう了見なのか。

あれこれ騒ぐ人は得てしてこうである。考えてみれば当たり前で、嫌なことを我慢できないから騒ぐのだ。もっともらしく建前を語ったりするが、結局のところ自分が不利益を被るのが嫌で騒ぐ。そして、意見が聞き入れられなければいつまでも騒ぎ、聞き入れられたとしてもそこから逃げ出すのは一番早いのである。

ネットで現実以上にプライベートを晒す人たち

雨風呂でブログをやっている人から聞いたのだが、あそこのつながりはかなり面白異様なようだ。誰それと誰それが懇ろだとか誰それの旦那が鬱だとかDVだとか誰それの子供が不登校だとか、昔であればご近所の井戸端会議でささやかれたであろう話が飛び交っているらしい。

ネットは仮装できる場所だ。まわりは知らない人ばかりなのでリアルとは違った自分を演出しやすい。まさに仮面舞踏会である。最初は舞踏会の中だけで満足しているのだろうが、中には仮面の下が気になって仕方なのないひとやリアルを持ち込みたくなる人も出てくるのだろう。そんな人たちは、メールアドレス、携帯や自宅の電話番号までも交換し情報をやりとりしている。まさに恐るべしである。

この人たちは既にリアルもネットも境目がなく、ハンドルネームがそのまま実在の人物と化してしまっているのが非常に興味深い。ただ、やはり不安なのか、やけにオフ会やリアルな電話などでその人の存在を確認しようとしているように見える。

誰かがプライベートな話を全世界に晒せば誰かがその内容を読んで同情・共感し、そして一つのコロニーが形成される。そのコロニーはさらに外部のものを取り込むため、より一層赤裸々な内容が晒されていく。行き着く先は「プライベート」という言葉のない世界かもしれない。ここまで彼らを駆り立てるものはなんなのだろうか。

誰かに悩みを聞いてもらいたい、誰かに慰めてもらいたい、誰かにやさしい言葉をかけてもらいたい・・・。そんな思いはわからないでもない。しかし、それらはすべて他人から自分を肯定してもらいたいだけ、もっと厳しく言えば自分に自信を持てないから他人に肯定して欲しいだけだ。自分の思いやわがままをみんなが聞いてくれているうちはまだいい。何度も同じことが続けば周囲も面倒くさくなってくる。ネットはリアルより熱しやすく冷めやすい。気がつけばまわりには誰もいなくなり、救いを求めていたはずのネットでさえ以前よりひどい状況になりかねない。

自分に酔っている人もいるだろう。悲劇のヒーロー・ヒロインを演じ、周囲はその主人公を持ち上げる。大げさに言えばそんな所か。しかし、そんな付き合いなど長く続くはずもない。ネットに必要以上の幻想を抱いている人は、もう少し冷静にネットでの付き合いを見直すことも必要ではなかろうか。

先生!日経ビジネスの認証に異議があります!

俺はいくつかメールマガジンみたいなのを購読しているのだが、そのなかで、まれに日経ビジネスの記事へのリンクが貼られていることがある。面白そうな奴はクリックしてみるのだが、リンク先が日経ビジネスだとゲンナリする事が多い。なぜなら、認証までの手続きが煩わしいからだ。

まず、記事1ページの最後にこんなのが出る。

ログインをクリックすると、IDなどの入力画面に移る。

俺の環境では、IDとパスワードはFirefoxのパスワードマネージャが補間してくれるが、メールアドレスは空きのままだ。日経ビジネスで登録したメールアドレスってどれだっけと思いながら入力する。この時点でちょっとムカつく。

メールアドレスを間違えるとかなりイラつくのだが、間違えなければ次の画面に移る。普通はここで記事が読めるようになると思うのだが、天下の日経ビジネスは違う。登録内容を再度確認しなければならないのだ。こんなのいちいち確認させてなんになるのか。挙句の果てに、次に進むボタンはページの一番下だ。

めんどくせーなぁと思いつつクリックすると、なんとまぁ、また違うページが表示され、内容を確認して登録しろとくる。頭がおかしいとしか思えない。

やってらんねぇと思いながら、ここまで来たからには最後まで行かなきゃ負けだと思ってる俺。ページの最下部にある登録ボタンを意地になって押す。だが、これで終わりではない。クリック後にはこんな画面が。

このページの「閉じる」ボタンを押して、やっと記事にありつける。ここまでなんとメールアドレスの入力とクリック5回だ。お預け食らわせるにもほどがある。

クッキーを調べてみると、このサイトからのものは6つあり、そのうち3つはセッション終了までの期限、3つは認証後24時間が期限のようだ。ということは、一日アクセスしなかったら再度この手順を踏まなければならないということなのか?ユーザに何回も何回もここまでやらせるのは如何なものかと思う。

ネットは実名でもこじれやすい

橋下知事に「『お前』メール」 府職員に100人もいる! : J-CASTニュース

はてぶのタグでも「これはひどい」が結構見られるが、確かに「これはないよなぁ」というのが正直な感想だ。ビジネスでは場面場面で「主従」の関係がはっきりしているから、ビジネスでこういうやりとりはまずあり得ない。

この原因は感情のもつれにあるのかもしれない。上位職者に対してこういう文章を送る勇気はなかなか持てないものだ。それでもメールであれば出せる人もいるだろう。しかし、これを署名入りの正式な書面にして出すとなると、ためらう人も多くなるに違いない。最初はためらいで膠着状態になっていても誰かが口火を切るとその後はわらわらと湧いてくることが多いものだが、メーリングリストやウエブの場合はその「口火」を切る閾値がかなり低い。言い古されたことであるが、ネットは依然「文章」でのコミュニケーションが主体である。そこには声の抑揚もないし顔の表情も身振り手振りもない。そして、発信できる情報量と発信のしやすさは比例しており、心理的なためらいも情報量に比例する。端的な例を言えば、面と向かって苦情は言いにくいが電話だと少し言いやすくなり、無記名のアンケートなどにはより一層書きやすくなるのと同じ仕組みである。

つまり、ネットでは顔が知れた関係でもこういう事がより起こりやすいのである。ましてや、相手の素性も知らないほぼ符号に近い「実名」で、これに近い現象が起こらないとは到底思えない。いや、顔を知っているほうがよりひどい状態になるケースも出るに違いない。

「実名であれば責任の所在が明確になり、実のあるコミュニケーションが出来る」という考えは叶わぬ願いだろう。そんなことが判らぬはずは無いので、実名を推進する人の本音は情報発信に物理的な実体(反撃対象)を求めているのかもしれない。しかし、もしそうであれば、極端な話物理的実体のない(ハンドルネーム的な)法人格も否定するべきだろうし、それこそ偽造されたかもしれない印刷された手紙やはがきなども一旦は疑ってかかるべきかもしれん。ましてや、誰が書いたか判らないWikipediaなど信用できないものであるし、そこからの引用などもってのほかだ。そのくらい徹底してから実名を推進するべきではないのだろうか。

といいつつ、小倉弁護士のエントリla_causette: 実名・匿名論争が論じるべきテーマはたった一つは、法に携わる方の見解をはっきり示していて妙に納得させられた部分があった。ただ、これも「白黒つける」ためには必要な措置だということだ。というか、揚げ足を取らせてもらえば、以前に小倉秀夫の「IT法のTop Front」というサイトで他人のblogを閉鎖に追い込むことはむしろ恥ずかしいことだというエントリを上げ軽く炎上した際、コメントスクラムを受けてみてで「コメントスクラムって、いざ自分が受けてみると、それ自体はたいしたことがないですね。」と書いていた。大したことが無いのであれば「無責任な攻撃」にもなっていないはずだ。しかし、今回は「無責任に攻撃する自由」は認めたくないようだから、実際は大ダメージを喰らっていたのかもしれん。

サッカーのサポーターの大声援が相手のチームに大きなプレッシャーになることがある。度を越したサポーターの暴走は咎められてしかるべきだが、ネットでは大声援をした人たちも叩かれるようになるのだろうか。まぁ、強いチームは相手サポーターの圧力などには負けないし、逆に黙らせちゃうけどな。

日本の小売業ってダメなの?

なぜ日本の小売業はダメなのか?:日経ビジネスオンライン

アメリカは小売業の人気が高いとは知らなかった。しかし、人気が高いとあるだけで人気が高い理由が書かれてていない。人気があるのは待遇(賃金)がいいからではないのか?もし賃金がいいのであれば人気があるのも納得がいく。儲かる商売をしているから賃金がいいのだろう。

そもそも儲かるためには「付加価値」が必要不可欠だ。それは結局、高く買ってもらうためにはどうするのかというところに行き着く。それがイコール仕入れの工夫といった独自商品の発掘なのだろうか。また、その商品発掘が人材育成でどうにかなるものなのだろうか。世界中を股に掛けて商品を探し運良く素晴らしいものが見つかったとして、その効果はいつまで続くだろう。

卸の人間より商品を知っている小売の人間などごく少数であり、また、それが人材育成でどうにかなるものとは到底思えない。商材の発見はある意味「センス」だからだ。だから失敗の少ない「プロ」に任せるところが多いのではないのか。当たるも八卦当たらぬも八卦で商売など出来やしない。

独自路線を推奨しているようにみえつつ、本部指示は確実に実行すべきというのも面白い。弁当を値引き販売したいと訴えるセブンイレブンの加盟店はどうすりゃいいのだ。

それから、根本的な話として、商売は売り手だけで成り立っているわけではない。この記事からはこの大事な視点が抜け落ちている。買い手のレベルと売り手のレベルは釣り合っているものだ。「お客様は神様です」に代表される異常なまでの買い手重視が、売り手のレベルアップの妨げになっているのは間違いない。ただ、この「買い手重視」は、裏を返せば「買い手はバカだから文句が出ないようにあしらっておけ」ということなのも、よく覚えておくべきだ。



浸りきっている人には分からない

先日、またまたあの花岡信昭氏がやってくれたようだ。

記者クラブ制度批判は完全な誤りだ | 時評コラム | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉

花岡氏は以前にも話題を提供してくれており、定期的にネットを賑わせてくれる貴重な存在と言えなくもない。どんな話題で盛り上がったかはご自身でもピックアップしてくれている。(ネット発信で何が見えてきたか / SAFETY JAPAN [花岡 信昭氏] / 日経BP社容赦のない匿名批判参照。)

こういうことを何度も引き起こすというのは、やはりどこか感覚がずれていると言わざるを得ないだろう。多分それは意識してやっているのではない。その肌身に染み付いた感覚が問題なのだ。

先日こんなことがあった。その部署は業績が思ったように伸びず、経営者から改善計画を取りまとめるよう指示されていた。その部署は以前からも同じような課題を与えられていたのだが、自分の知る限りではきちんとした形で改善計画が取りまとめられたことはなかった。そうこうしているうちに経営者も埒があかないと思ったのだろう、突然他部署の人間が改善計画策定に狩り出されてしまった。そいつは以前からその部署の人間に「ここはこうした方がいい」とか「ここはこう改善すべき」というアドバイスをしていたらしいのだが、そのアドバイスは一向に実現される事はなかったという。

聞くところによると、その部署の人間はとにかく「出来ない理由を述べる」らしい。要は今までのやり方が(自分たちにとって)ベストであり、他の方法など考えたくもないということなのかもしれない。変化や改革だけが賞賛されるのは如何なものかということも確かにある。気がついたら昔のやり方が一番良かった、なんて状態になっていることもないことはない。しかし、これは仕事であって、経営者からの改善指示に対しては何らかのアクションを起こさなければ職務怠慢である。

恐るべきことに、この部署では職務怠慢と呼ぶべきことが職務怠慢として認識されていないのだ。借り出された人間は改善計画の進め方を提示したのだが、あからさまに「そんなの意味あるのか?」という態度をあらわにしたようだ。改善が必要ない理由や改善できない理由を書面にする訳でもない。自分たちでやって来なかったからこんな状況になったことさえ理解できていないのだ。そして、言葉巧みに「今までのやり方が一番である」ことを述べるのである。

花岡氏の記事を読みながら、あの部署の人たちのことと情景が重なってしまった。現状にどっぷりと浸かり、その現状を客観的に把握出来ない組織・人材などそんなものなのかもしれん。




一晩にメール4千通でメール受付停止

asahi.com(朝日新聞社):八ツ場ダムの町、一晩にメール4千通 批判・中傷8割 – 社会
上記リンクはそのうち消えるから、保険。
痛ニュー速報!: 【八ツ場ダム】「民主党勝利の民意に背くのか」 役場に、一晩でメール4千通。批判中傷8割…ネット掲示板にアドレスや電話番号さらされ

俺が驚いたのは、メール4000通がすげーとか某掲示版ってどこよとかではなく、たった4000通でメールサーバーへの負荷もへったくれもないだろってこと。

ちょっと活発なメーリングリストに入ったら、一日数百通くらいのメールがくることはよくある話。個人で四千通はちょっと多いかもしれないけれど、一日数十通のメールを受け取る人はかなり多いはずで、一日40通のメールを受け取る人が100人いたらメールサーバの負荷は今回と同じ4000通。メール一通あたりの容量はHTMLメールでも20kBも無いはずで、4000通の全容量として10MBもあったらすごい長文メールの集まりなはずだ。こんなデータ量で「メールサーバへの負担」って、どんだけpoorなサーバなのか教えてたもれ。

以前、とある会社の部長が、会議でこんなことをのたまった。

「連休明けで出てくると、社内メールが十数通(数十通ではない)も来ていて大変だ。」

俺は我が耳を疑ったのだが、この部長は真顔である。こういう人たちにとって、メールとは1通が書類1部と同じ感覚なのかもしれん。つか、書類でもたった十数通なんてあっと言う間だろうに、自分の処理能力の遅さを暴露してどうする。

とまぁ、お約束にツッコミを入れてもしかたがないのであるが、こういう「本来理由にもならない言い訳」をしてくるところに、この役場の実態が見え隠れしているようで面白い。

高速道路だけが優遇される理由は?

歴史的大勝の民主は高速道路を無料にしますなんてのたまっていたが、本当に無料にするのだろうか。無料になったらうれしいけれど、ETC1000円に釣られてETC付けた人とかタマランだろう。それだけじゃなくて、環境云々とかで騒いでいる人も多いようだ。

そもそも高速道路の料金所をETCに変えたがる理由がよく判らない。ETCみたいに人の手を介さないものにどんどん変更していって料金も下げて、その一方で「雇用がぁ」なんておかしい話だ。

その昔、高速道路の料金は今より高かったし二輪も普通車も料金は同じ、さらには二輪は二人乗りでの乗り入れ禁止だった。いつの間にか二輪と軽自動車は普通車より安くなったし、二輪の二人乗りも解禁になった。それでも二輪の料金が軽自動車と同じなのはおかしいと思うし、二輪のバカ高いETCの機材をつけなければ安くならないなんて不公平も甚だしいと思っている。

移動手段には鉄道、飛行機、船などもある。なぜ自動車だけ優遇されるのだろうか。日本の移動に関わる費用はJR料金が物差しになっている。高速は利用料金だけ見ればJRより安いが、一人での利用の場合はガソリン代も入れるとJRの方が安かったりする。自分で運転して疲れるにも関わらずJRより高くなるのは納得出来ないのも事実だ。

車の利用頻度をあげると、駐車場などの移動以外に関わる費用がどんどん増える。今までの道路族は道路以外から稼ぐ方法を見つけたのだろうか。それとも、道路特定財源が一般財源化した場合、道路をどんどん使わせて補修とかの維持費の予算を多くとる方が得策と判断しているのかもしれんな。

踏み絵としての選挙

他の報道機関は完全無視を決め込んでいたようだが、ニコニコ生放送では話題の柱であった諸派がある。そう、降伏時津厳冬幸福実現党だ。大家輪龍鳳大川隆法率いるこの自称政党はみんなの期待を裏切らず、見事玉砕してくれた。

幸福実現のサイトに行くと、今回の選挙の総括が出ているではないか。早速見てみると、そこには驚くべき一文が載っていた。それがこれだ。

選挙区によっては、母体である幸福の科学の信者数にもはるかに届かない得票数もあり、信者の信仰と政治選択に分離があるものと思われました。

すごい、すごすぎる。信者数に等しい得票だけは獲得できると思っていたのが、実際はそうではなかったわけだ。思惑が外れたとはこういうことをいうのだろう。

パッと見ただけであれだが、今回の選挙で幸福実現が立てた立候補者数はどの政党よりも多っかたように思う。当然供託金も積んだだろうし、ほとんどが没収点に達していないだろうからほぼ全額没収であろう。その金額は9億円を越えるのかもしれない。その損害はこの団体からしたら大したことない額なのだろう。

それにしても、この後のこの団体の行動が楽しみである。特に、上記の「母体である幸福の科学の信者数にもはるかに届かない得票数」しかなかった地域の信者はどのような仕打ちを受けるのだろう。誰かヲチする人はいないのか?

選挙には「踏み絵」としての機能もあるとこを、改めて思い知らされた。

新型インフルエンザは既にかなり流行しているはず

8月の中旬あたり、我が家の子供達がインフルエンザにかかった。最初にかかったのは一番下の娘で、熱も出たので病院に連れていった。連れて行った病院でははなから季節性の感冒だと決め付け、インフルエンザかどうかの検査をしようとしなかったらしい。それにしてはあまりに熱が高いので、嫁がインフルエンザの検査をお願いするとやっぱりインフルエンザだった。

インフルエンザのタイプはA型。通常の簡易検査では新型もA型と出るらしい。だからA型と認定された患者は別途新型かそうでないかの検査を行う必要があるのだが、その検査を出来るところは限られているようである。娘の行った病院では新型かどうかの検査はしなかったらしい。検査が出来なかったのかもしれない。しかしその医者は、ちょっとしたヒアリングのみで「新型ではない」と結論づけたという。

娘の行った病院の医者は、「インフルエンザにかかったとなると色々手続きとかが発生して面倒だ」と、こともなげに言ったようだ。既に報道されているとおり、新型は同じインフルエンザでも症状は比較的軽い。それなのに手続きは面倒で、挙句の果てに「新型発生」などと騒がれてしまっても大変である。そんな面倒で煩わしい事が起きるかもしれない手続きをするより、知らなかったことにして治るのを待っても大事には至らない。そんな考えをもつ医者がいてもおかしくはない。

その後、当然上の息子達もインフルエンザにかかった。息子達は娘と別の病院に行ったのだが、検査の結果はいずれもA型。娘が新型ではないと言われていたので、それを医者に伝えると息子達にもあっさりと「新型ではない」との判断が下った。そして、娘も息子もリレンザであっという間に完治である。不思議な事に嫁も俺も感染しなかった。ウイルスを本格的にばらまく前にリレンザを服用したからかもしれないが、感染に気がつかなかっただけなのかもしれない。実際俺はひどい頭痛がして熱っぽい日もあったのだ。

そもそも夏場にインフルエンザが流行するのも不思議な話だ。10月あたりに流行のピークが来るなどと報道されているが、実はもうかなり流行しているのかもしれない。症状が軽くて気がつかなかったとか、実際は新型インフルエンザなのだが検査をしなかったとかで闇に葬られてしまった件数はかなりの数になっていそうだな、と、今回の医療機関の対応や家族の様子を見て思う。新型が本格的に流行してもウチの家族が感染しなかったら、今回のインフルエンザは新型であった可能性がぐっと高くなることだけは確かだ。



朝日のセブンイレブン報道に見える悪意

先日、こんな話題が飛び込んできた。

asahi.com(朝日新聞社):セブンイレブン、値引きした店に契約解除通知 – ビジネス・経済

このコンビニ問題は腑に落ちない話だ。こんないさかいを起こしてしまえば、セブンイレブンはもとより加盟店全体も不利益をこうむる可能性が高い。それを承知でいさかいを起こすのは、自分の利益確保もさることながら、もっと違う意図があるような気がしてならない。そもそもこのようなことは、誰かが扇動しなければ起きないことのようにも思う。

などというゲスの勘ぐりはさておき、このタイトルだけ見ればセブンイレブンが報復のために契約を解除したと思ってしまう人がほとんどなのではないか。朝日はセブンイレブンになにか恨みでもあるのだろうか。コンビニ弁当の値引き販売に付いては朝日がよく取り上げているが、そのスタンスはコンビニオーナーに偏っているように感じている。その先入観があるためか、どうしてもこのタイトルが「釣り」にしか見えないのだ。

記事を読んでみると、セブンイレブン本部が契約解除した理由は

会計処理や弁当の鮮度管理などの点での契約違反に加え、来店した本部社員との話し合いの様子を勝手に撮影してテレビ番組に提供した「背信行為」

であり、値引き販売ではないらしい。このあたりは他の報道より詳しく書いてあって、まるで釣りタイトルの弁明のようにも見える。この記事のとおりであれば、このタイトルは「セブンイレブン、契約違反と背任行為で店舗の契約解除 店舗は値引き実施店」などとするべきで、値引き販売したから契約解除されたと印象づけるこのタイトルの付け方にはかなり問題ありだ。セブンイレブンが悪者、加盟店オーナーが被害者という構図を作り上げたいという悪意さえ感じる。

というか、

会計処理や弁当の鮮度管理などの点での契約違反に加え、来店した本部社員との話し合いの様子を勝手に撮影してテレビ番組に提供した「背信行為」

という下りが本当であれば、これは契約解除されてもやむを得ないだろう。特に会計処理や鮮度管理の契約違反は致命的だ。この加盟店、値引き販売している弁当を常温販売していたらしい。弁当の常温販売は鮮度管理としては最悪である。

繰り返すが、このような記事が出てブランドイメージが傷つくのはセブンイレブンだけだ。他のコンビニ業者は「もっとやれ」とほくそ笑んでいるに違いない。というか、このような騒ぎを起こしている加盟店は本当に商売がしたくてセブンイレブンと契約したのか?とさえ思ってしまう。また、朝日はローソンやファミリーマート、サークルKサンクスなどに実質的な肩入れをしているのと同じだ。朝日は肩入れしなければならない理由でもあるのか?まことに不思議だ。

[コンビニ関連エントリ]

消費期限の長さとロスは反比例する
セブンイレブンへの排除命令は当然だが
コンビニ店主「見切り販売」の動きを考察
コンビニ問題で思うこと
コンビニ弁当を値引き販売すればどうなるか
廃棄チャージ理論はおかしい
商品価値は値段で決まる

[朝日新聞関連エントリ]
金がもらえなくなった途端にこれかよ
朝日新聞編集局員が2chで荒らしってギャグですか?
間近に迫る朝日新聞崩壊

以下、保存用コピペ
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セブンイレブン、値引きした店に契約解除通知

2009年8月13日5時37分

 コンビニエンスストア最大手のセブン―イレブン・ジャパンが、弁当などの値引き販売をしている東京都内の加盟店主に対し、フランチャイズ契約の解除を通知したことが分かった。セブン側は「値引きが理由ではない」としているが、店主は不服だとして、近く東京地裁に地位保全を求める仮処分を申請する方針。

 契約を解除されたのは八王子南口店(八王子市)を経営する増田敏郎さん(60)。値引き販売をする店主らでつくる組織の中心人物の一人だ。

 本部側は契約解除の理由について、会計処理や弁当の鮮度管理などの点での契約違反に加え、来店した本部社員との話し合いの様子を勝手に撮影してテレビ番組に提供した「背信行為」を挙げ、書面で来年9月1日付の解除を通知した。

 一方、増田さんは「問題点は本部の指示通り改善してきた。値引き販売を認めるように活動してきたことへの報復としか思えない」と話している。

 セブンは今月5日、値引き販売を不当に制限したとして、公正取引委員会から出された排除措置命令を受け入れたと発表している。
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