せんたくばばあ

私が勤めていた店に、黄色いヤッケをきたばあさんがやってくるようになったのはいつからだっただろう。
そのばあさんは夜遅く店に来ては朝までずっと店にいた。

要は浮浪者である。その身なりから、我々はそのばあさんを「イエローばばあ」と呼んでいた。

そのばあさんは身なりは汚いが、とても品のいいばあさんだった。言葉遣いも丁寧な標準語で、方言訛りはまったくなかったので、私のいた地方の出身ではないだろう事は容易に推測できた。

ある日、そのばあさんがトイレに入ったまましばらく出てこないことがあった。歳も歳だったので、アルバイトの連中は、ばあさんがトイレで倒れているのではないかと心配し、トイレを覗いてみた。

そのアルバイトは、笑いながら私のところにやってきた。

「おやじまんさん、イエローばばあ、洗面所で洗濯してますよ~。ほかのお客さんがトイレにいけなくて困っているんですけど~」

「なに~、せんたくぅ~?」

私はそのばあさんにトイレから出てもらうよう、また、店内で洗濯等もってのほかであることを伝えに行った。

ばあさんは恐縮し、お願いだから出入り禁止だけは勘弁して欲しいと懇願してきた。私とてそこまでするつもりはなかったので、店内での洗濯だけはしないようにといって、その場を離れた。

その日から、イエローばばあは「せんたくばばあ」となった。

ある冬の夜、店から帰る途中で、道端でダンボールにくるまって寝ているせんたくばばあをみた。このばあさんは、何でこうなってしまったのだろうかと考えていたが、他人にはわからない事情があるのだろうと自分を納得させ家路についた。ばあさんには家族はいないのだろうか。この寒い中、体は大丈夫なのだろうか。苦々しい思いは拭い去ることが出来なかった。

あのばあさんは今どうしているのだろう。あの歳では、今はもう生きていまい。せめて施設にでも保護されていればいいなと思う。温かい布団の中で最後を迎えていればいいなと思う。道端で身元不明者になっていないことを祈るばかりである。

ぽっち


我が家には、短い間だったが「猫」が一緒に暮らしていたことがある。

最初に見たときは本当に小さく、弱々しかった。生まれて2ヶ月程度だったろうか。毛並みも悪く、目にも目やにがたくさんついていた。正直言って、すぐに死ぬんじゃないかと思っていた。

そのやせこけたオスの子猫は、どういうわけか家の前で泣いていたのだそうだ。見かねて嫁さんが餌をやったら、家の前から離れなくなってしまい、子供たちも飼いたいといったので我が家の一員にすることにしたのだ。

名前は子供たちがつけた。子供たちは、最初は「ぽち」がいいとか言っていたが、それじゃ犬みたいだということで、「ぽっち」と名づけた。子猫だったぽっちは、日ごとに元気を取り戻し、大きくなっていった。毛並みもきれいになり、立派なオス猫になった。

大きくなるにつれ行動範囲が広がっていったようで、外に出たがることが多くなった。喧嘩もするようになったようで、あるときなどは陰嚢を裂かれて睾丸を露出させて帰ってきた。その後も怪我をしてくることがたびたびあり、そのたびに病院に連れて行った。

そのぽっちが、ある日を境に帰ってこなくなった。家の周りには結構のら猫がうろついていたのだが、その猫たちもぱったりといなくなった。

かなり遠くまで足を伸ばして探したが、見つからなかった。悔やんでも悔やみきれないことであったが、外に出していたことを悔やんだ。

どこかでいい飼い主にめぐり合っていればいいなと思う。野良猫になっていても、生きていればいいと心から思う。

とても顔立ちのよい、賢い猫だった。あの猫が家族に爪を立てたことは一度もなかった。今でもいつか帰ってくると信じている。外で猫の鳴き声がすると、夜中でもつい表に出て、「ぽっち」と呼んでしまう。幽霊でもいいから会いたい。

もうぽっちには会えないのだろうか。

子育てね

ムロイさんの子育てって、こんな感じだったんだな。

「母の愛情」ってのはオヤジとは違うと思ってたけど、ムロイさんのってオイラの感覚にとっても似てる。変に期待するわkでもなく、溺愛するわけでもなく、きちんと一人前の人間として認めている感じがして、とってもいいね。

あたしは高校時代の三年間、235人中、232番を死守した女だ。

う、オイラもそんなもんだ・・・やばい。でもまあとりあえず生きてるし、学校の成績なんて社会に出たらほとんど関係ない((学歴は違うことが多いね、今だ))な。最後にものを言うのは、人間性かもね。

けど、愛しているからといって、特別になんにもしてないんだけどね。できるだけ一緒にいることと、それと男絶ちぐらい。
 色ぽい母ちゃんてキモいじゃん。そう決めてからあたしは、色っぽい行為を自分で自分に禁じはじめた。

色っぽいのは確かにどうかなと思うけど、きれいなお母さんは子供も自慢だよね。
「どうしてお母さんはそんなにおばあちゃんなの?」なんて、子供ははっきり言うからなぁ。ムロイさんはそんなこといわれないだろうから、それだけでオケOK。

得手と不得手

このごろ室井佑月さんのところの更新頻度が上がってきてるね。楽しみにしているから、とってもうれしいぞ。

あたしってアホ枠らしいってあるけど、おいらはずーっとこれを「いき」って読んでた。
いきいきしてるのがわたしのいきがいでいきだとおもっています。((生き生きしてるのが私の生きがいで粋だと思っています。))なんて駄洒落を考えてみたりしてたけど、全然違ったのね?アホッぽいのがいきなのかなぁと思っちゃってたよ。ちゃんと続きを読めよな > 俺

でも、そういう人間性というか、人に与える印象ってすごく重要だと思う。
相手にとって自分はどのように思われているかを想定した上で行動しないと、いろんな意味で失敗しやすいからね~。

しかし、「アホ枠」ってことは、恋のから騒ぎで言えば3列目だな。確かにムロイさんって、もし「恋から」にでたら、3列目がぴったりだ。>ムロイさんスマソ

しかし、タイトルと全然違う内容になってる。(苦笑)

再度挑戦 再現するか??

さて、再現するでしょうか?

やってみました。どうかな?あ、やっぱりなった。

なんでだろうなんでだろうなんでだろう。

+ファイルのUploadで画像をアップ
+アップロードしたファイルのHTMLを表示をチェック
+このイメージのサムネイルを作るをチェック
+POPUP IMAGEをクリック

できたHTMLを貼り付けて保存するとこうなります。

まあ、使い方がごちゃごちゃだからでしょうけど…

MozillaとIE

入力支援のトラックバックをたどっていたら、あれれ?と思うような記載に目が止まりました。

Movable Typeのエントリー編集画面にある装飾用のボタンはIEでしか表示されないようなので、Mozilla Firefoxを使っているときは不便でならない。

MovableTypeの編集画面って、MozillaとかとIEでは違うんですか。知らなかった。どれどれ

mozilla.jpg((Mozillaの場合です))

いつもはこうだよなぁ.

ほとんど忘れ去られているIEは

ie.jpg((IEの画面です))

あ、ほんとだ、違う。

またひとつ賢くなりました。

Movable Type入力支援プラグイン

ARTIFACTに記事のあった入力支援プラグインを入れてみました。

使い方は
+上記URLをたどって、perlモジュールをダウンロード
+自分のサーバのpluginsにつっこむ
だけだそうです。

うまくいくかな~~

-うまくいく?
-うまくいかない?

>>
囲み文字
<< 良く使うようなもの、入れてみましたが、どうでしょうか?最初やったら、うまくいきませんでした。 それはなぜかといいますと、

この部分を指定していなかったからです。

説明をきちんと読みましょうね > おれ

ばっちぐ((ばっちりグッドの略 すでに死語か))ですね。

ほんと、助かります。

と思ったら、どうもMovableTypeで画像をアップして、ポップアップ指定したときに、MovableTypeが吐くタグに><が入っているもんだから、タグがそのままでちゃいますね~~。 どうすればいいんだ?

だめなコンサルいいコンサル

色々なコンサルタントを見ていて思うのだけれど、世の中あほなコンサルタントが多すぎます。

簡単だけど、おいらなりのいいコンサルと悪いコンサルの見分け方をお教えしましょう。

悪いコンサルは
1、悪い点を列挙する。
  いわゆる、「今から勉強しようと思ってたのに~~」って感じになります。
2、大風呂敷を広げる。
  虚勢を張るのは、実力がないから。
3、自分のやり方だけが正解と思っている。
  あくまでコンサル=相談役なんだからさァ…郷に入りては郷に従えって知ってる?
4、数字がわからない。
  あれこれ数字のことばかり言ってくるのは、本当の意味で数字がわかっていない証拠。
5、成功報酬はあまり言ってこない
  出来なくたってお金もらえるもんね。

こんな感じですね。

逆に、いいコンサルタントは
1、最初は特に何も言ってこない。
  今重点とするべき課題だけに絞るので、そういう人はあれこれとやかく言わないです。
2、クライアントはあくまで重視する。
  まあ、雇用主はどちらか良くわきまえているってことです。
  つまり、それなりの人間性をもっているってことです。
3、数字を変えるためにポイントとなる手段を提案する。
  人の動き、会社の体質、計数など全て把握しないと、ポイントは言えませんからね。
  経営の勘がある人じゃないと、こんなこといえましぇん。
4、会社のやる気のある人間を前面に押し出す。
  結局やるのはコンサルじゃなく、その会社の人間だもん。やる気にさせなきゃね。
5、人脈が広い。
  そのコンサルだけで出来ない場合、他の手段やできる人をすぐ提案します。
  逆をいえば、自分の実力をわきまえてるってことですね。
6、がめつくない。
  業績上がれば、黙ってたって大事にされるもの。

あんまりいいコンサルっていませんよ、はっきり言って。皆さん、気をつけましょうね。特に経営者の皆さん、要注意ですよ。

寄生虫とアタックの跡

このサーバのApacheエラーログを見ているとなかなか面白い。

ここ数日だけでこんなに変なのがきてる。

エラーログの簡単な意味はここあたりを参照してもらえればわかるかと思うが、びっくりするのは寄生虫(ワーム)に犯されてるサーバが結構あるということ。

上記ログには入っていないが、その前のログを見ると、今だにCodeRedやNimdaにやられっぱなしってのがあったり、WinNTAutoAttackかけて来てる御方がいたりと、とってもいんとらすてぃんぐあ~んどえきさいてぃんぐ。しかし、アタックするなら、せめてサーバの種類ぐらい先に判別してからして欲しいよね。WinNTAutoAttackはApacheには意味がありません。判別させるツールなんて、いっぱい落ちてるだろうに、それも使わず単純にアタックするなんて、ホントお茶目だと思います、ハイ。

で、アタックしてる恩方は、結構ポートがら空きにしてたりして…お誘いしてるのかなぁ。

なんて、お願いですから本格的なアタックはしないでくださいね。お願い(´ヘ`;)

もしかして赤い糸か!!

なぜかおいらは今六本木ヒルズのそばに宿泊している。
これは赤い糸か???そうだ、そうに決まっている。

なんて、ばぁかなコトいってんじゃね~よ > 俺

写真のところ、明日行ってみようかな?
こっちに来る機会もそうないことですし・・・

軍艦島

うをををを、めちゃくちゃかっこいいぞ。こんなの作る人、会ってみたい見てみたい話してみたい。
軍艦島は、テキスト王の軍艦島のページで呼んでいたので、知ってはいた。
でも、ここまでくると、本当にシミュレーションゲームのようだ。

世の中すごい人がいるもんだね。

まずは見てみなはれとしかいえないね。ここ だよ。

戦国じじい

「今日もヒマだなぁ…」
時計はすでに2時を回っている。私の働く某ファーストフードも、この時間になるとぱったりと客足が途絶える。
そのとき、自動ドアが開いて、20代前後の若者が2人入ってきた。

「コーヒー・・・」
その客は、席につくなりこう言った。なぜかどちらも不機嫌そうだ。

その客の後を追うように、ひとりの老人が入ってきて、その客の側に座った。

私は若者にコーヒーを持っていき、ついでにその老人に聞いた。
「ご注文は何になさいますか?」

老人からの返事はなかった。

その老人は若者の会話にずっと耳を傾けていた。

突然、その老人が叫んだ。
「貴様らは間違っておる。」

若者たちは怪訝そうな顔をして老人を見たが、かまわず話を続けている。

「貴様らは間違っておる。」

また老人が叫んだ。何度も何度も叫んだ。

さすがに若者も気分を害したらしい。
「俺たちのどこが間違ってんだよ!!」

しかし、老人は「貴様らは間違っておる。」と繰り返すばかりだ。

そのとき、シェークの機械が突然動き始めた。

「その機械は壊れておる。見せてみろ。」
「??? え? これですか? 別に壊れてませんよ。時間がたつと自動的に回るんですよ。」
「いや、その機械は壊れておる。」
「大丈夫ですよ。」
「いや、その機械は壊れておる。」

私は会話にならないので、これ以上言うのをやめた。

「貴様らは間違っておる。」

また老人は若者たちに食って掛かった。

若者たちも堪忍袋の緒が切れ、店を出て行った。
その後を老人はついて出て行ったのだった。

その老人はその後も何度も店に現れ、いつものフレーズを繰り返していた。
店の前で殴られていたこともあった。それでも老人はやめなかった。

我々はその挑戦的な態度から、その老人を戦国じじいと命名した。

その老人は、昔は新聞記者であったらしい。まだ生きているのであろうか。

そのころ私は

そのころ私は、やり手の専務がもってきた業態に従事していた。始めはアルバイトとして働いていたのだが、バイトに精を出しすぎ、大学も卒業できそうになくなってしまっていたので、めんどくさいから社員としてもぐりこむことにした。

どういうわけか、社員になってすぐ店長をまかされたのであるが、右も左もわからない若造のすること、その店は一時赤字に転落してしまった。その専務の直属の部下から、しこたま怒られたのは言うまでもない。

ちょうどバブルの最盛期で、店舗は慢性的な人手不足。なおかつ前任の店長がバイトを甘やかし放題だったこともあり、かなり精神的にまいっていたのだが、一念発起して、半年で立て直すことに成功した。営業時間を短縮し、生産性を上げ、材料費の管理を徹底することで、見る見る収益体質に変わっていった。

その店は2年で次の店長へとバトンタッチし、私は古巣のアルバイトで入った店へ戻った。その店でも、営業利益率25%以上をキープし続けた。

その後、店舗のエリアマネージャーとなったのであるが、そのとき初めてだめだこりゃ社の財務体質の概要を知らされた。

なんと、私が従事していた業態の営業利益のほとんどが「金利」に消えているというのだ。どうすればそこまで借金できるのか、まじめに経営者の能力を疑ったのは言うまでもない。

そのころのだめだこりゃ社は、経営者が「柱」と考えている事業の売上は全社の70%を占めていたが、収益は赤字であった。それに対し、私が従事していた業態は全社のたった10%程度であったにもかかわらず、全社営業利益の60%以上をたたき出していたのである。

そのような状態でも、私の従事していた組織の待遇はまったくよくならず、赤字の業態に従事しているものの待遇のほうがよかった。このあたりから私の中に、「変な会社」という意識が芽生えていったのである。

私は従事している業態に飽きつつあった。そのころ、私の恩人(やり手の専務の直属の部下)が、経営陣との確執で退社を余儀なくされた。この人がいたから、私の従事している業態は高収益をキープできていたのである。そのような人材を無碍に扱うのは、経営者として失格だろう。

その後任者は、経営者のお気に入りであった。その後任に、私は「本社にこないか?」と誘いを受けたのだった。私は仕事に飽きてきたのもあって、特に迷わず「OK」の返事を出したのである。