リアブレーキを使えるようになりたい

今年最初の走りは超ヘッピリ腰でマシンを倒せなかった。半年のブランクは予想以上だったし。こういう時にムリをしてもドキドキするばかりなので、スピードはさほど出さずにセオリー通りに走る練習をしてみた。重点はリアブレーキだ。

まずはコーナー進入時のブレーキング。リアブレーキをほんの少し先に掛けてからフロントブレーキを効かせる。すると面白いようにマシンがすっと沈む。フロントだけだとどうしてもノーズダイブしてしまうけれど、リアを先にかけると見事なくらいに前後が一緒にすっと沈む。当然安定度は抜群だ。

安定感だけでなく、ブレーキの効きも当然良い。だからブレーキングポイントを少し奥に持って行ってもいい。というか、フロントを少し引きずったまま入ったほうがグリップ感もあるし旋回力も高まる。

ブレーキのリリースはゆっくりと行う。フロントをパッと離すとマシンの挙動が不安定になりやすい。だからジワーっとリリースする。リアブレーキも同じで、クリッピングポイントあたりまで掛け続けるくらいでいい。ジムカーナとかでやるように、リアブレーキでスピードを制御するくらいがちょうどいいのかもしれん。

とまぁ、頭では多少わかっているしゆっくりだとそれなりに操作も出来る。だが、スピードが上がると途端に上手く操作できなくなる。短い時間ですべての動作を確実に行えるようになるには、かなりの走りこみが必要だ。週一回とかのライディングではなかなか上達しないが、せめてイメージトレーニングだけでもしておこうかと思う。

リアブレーキをもっと上手く使えるようになればライディングはもっともっと楽しいものになるに違いない。今年のテーマは「リアブレーキ」に決定だな。

今年は遅い始動だな

今年もやっとバイクの季節がやってきた。今日はかなり暖かかったので早速出かける。マシンはバッテリーを繋いでやったらすぐに目覚めた。昔の目覚めの儀式が懐かしい。

昨年のこの時期にはまだパノラマラインは開通していなかったのだが、今年は既に開通していた。というか、昨年が雪崩の恐れありで開通が遅かったようだ。

パノラマライン入口はまだまだ雪が多い。それでも昨年とそんなに変わらない量に見える

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気温は意外に低くなく、思ったよりつらくなかった。といっても寒いんだけど。久々のライディングは完全にへっぴり腰。路面に雪融け水が流れていたりしたら、とか、車が路肩にいないよな、とか、思うとマジ怖い。風も結構強くて、ビビリモード全開だった。

神仙沼あたりの休憩所は当然まだ封鎖中。雪もそこそこあるね。

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休憩所をでてすぐに見えるシャクナゲ岳も見事な冬景色だ。

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この写真を撮っていたら、なにやら動くモノを発見。

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キタキツネだ。キタキツネは今まで何度も見ているが、写真をとっている時に出てきたのは初めて。狐だけズームしたのがこれ。

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この狐、俺の様子をじっと伺っていたが、距離が結構あるので逃げる素振りもない。だけどちょっと近づいたらさっさと行ってしまった。残念。

寒いし調子もまだまだなのでパノラマラインから裏パノラマを抜けて家路についた。裏パノラマには全く雪がなくて驚いたな。これだったらもっと早く始動すればよかった。調べてみたら、昨年の初乗りは3月30日だったんだな。それから比べたらこの時期は暖かくてあたりまえだよね。

本日の走行距離 250Km x2

経営者の「何でも言ってくれ」は方便でしかない

経営者とかそれに近い立場の人が「文句があったら何でも言ってくれ」というのを聞いたことがある人は少なくないだろう。「文句があったら何でも直接私に言って欲しい。私はそれに対し真摯に耳を傾けるし、決して怒ったりもしない。」大体こんな言い方ではなかろうか。

さて、この言葉は額面通り受け取って良いだろうか。

額面通りに受け取る人間はただの「阿呆」である。なぜなら、良い経営者はそんな言葉を発しなくても聞く耳を持っているからだ。聞く耳を持っていないから裏で不平不満が出る。それをゴマすり茶坊主が経営者にチクるからこういう言葉が出てくる。つまり、耳障りの良い言葉だけを採用し公平な判断に欠ける経営者だから起こっている現象なのだ。

本当に聞く耳を持ちたいと思う人なら、なぜ誰も本音で話してくれないか自分自身に問いかけるはずだ。話してもらえないのは聞き出す工夫が不足しているし、言葉にならない言葉を読み取る力に欠けているからだ。

それを隠すため、彼らは「俺は聞く耳を持っているんだよ」と言葉だけでアピールする。しかしそれは表面を取り繕うためだけであり、決して本心ではない。それどころか「面と向かって言えないくせに影で文句を言うな」と言っているのである。だからこの言葉は決して真に受けてはいけないのである。

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ロッシにシビれた

motoGP 第3戦 アルゼンチンGPはゾクゾク来るレースが展開された。



レースの主導権を握ったのは予選でも圧倒的な速さを見せたマルケス。中盤まで2位と4秒以上のアドバンテージを維持し、こりゃマルケスの圧勝かな?と思い始めたあたりからロッシが怒涛の追い上げを見せる。ロッシはリアにエクストラハードを履いていて、そのせいか序盤はハードを選択したマシンよりペースを上げられなかったようだ。しかし、タイヤが垂れてくる中盤以降は明らかに他のマシンと速さが違った。レースの終盤でファステストを叩きだしたのは圧巻だった。

対するマルケスは序盤でアドバンテージを稼ぎ、それを保ったままレースを終えるという戦略だったようだが、ロッシの追い上げとタイヤの消耗が予想以上だったのかもしれない。最後はロッシとのバトルで無理をし、ロッシのマシンのリアにフロントをぶつけて転倒リタイアとなった。タフなマルケスがこんなミスをしてしまうのは、YAMAHA、Ducatiの速さが精神的な余裕を奪っているからかもしれん。

さて、次からはヨーロッパラウンドに突入する。まずはスペインのヘレスだ。多分ここからはペドロサも復帰するだろう。楽しみだね。

柏ACL一次リーグ突破

ちょっと古い話になるが、柏が一試合を残してACLの一次リーグ突破を決めた。5試合で3勝2分と文句なしの結果だ。

0勝3敗でスタートした鹿島と0勝1分2敗でスタートしたG大阪は、やっと本来の力を出し始め、最終戦に勝てば一次リーグ突破の位置までこぎつけた。だが、浦和は5試合で1分4敗の圧倒的な弱さで一次リーグ敗退が決まってしまった。

ACLはリーグが始まる前から始まるため、なかなかスタートダッシュがかけにくいのは理解できる。それでも、2011年以外なんだかんだ言っても2チームが決勝トーナメントに残っていた。今年は最初の4試合で柏が残ってオシマイかなぁという最悪なスタート。技術的・戦術的にJリーグの上位チームが劣っている面は少ないはずなのにこのザマだ。これはハリルホジッチ監督の指摘の通り、プレー強度の弱さとプレースピードの遅さが原因のような気がする。それが他のチームに比べて浸透している柏がACL一次リーグ突破の常連なのは当然なのかもしれない。最初の数試合のままだと突破が難しかった鹿島とG大阪が土俵際で残ったのは、ハリルホジッチ監督が「(日本のレフェリーは)体に少し触れただけで笛を吹く」「日本の選手は速いが、プレースピードは速くない」「球際に強くない」「日本には疲労回復の文化がない」というような日本の弱さを指摘た効果なのかもしれんね。

マルケスまず1勝

第1戦はオープニングラップでコースアウトしてしまったマルケス。その後の驚異的な追い上げで5位に入ったが、昨年の出来ならもっと上位にいてもおかしくなかった。今年はロッシがすこぶる好調で、往年の強さを彷彿とさせる走りを見せている。また、ドカティのマシンはかなり速く、直線のスピードは他を圧倒している。今年はすんなり行かないだろうと感じさせたレースだった。

第2戦 アメリカズGPはマルケスが圧倒的な強さを見せた。速い!と思わせるには十分な結果だっただろう。ただ、やはりロッシもドカティを操るドヴィツィオーゾもイアンノーネも速く、昨年のような圧倒的な差は感じられなかった。



昨年は後半戦からYAMAHA、というよりロッシの強さがだんだん出てきて、前半戦のような圧倒的な力の差はないレースが続いた。今年もその流れは変わっていないどころか、YAMAHAとDucatiはより速くなった。そこにレース復帰直後とは思えないSUZUKIが絡む。そしてペドロサは腕上がりの手術でレースを休んでいる。マルケスは前半戦相当苦しむような気がする。

信用出来ない人の見分け方

先日「プライドが高くて迷惑な人 (PHP新書)」という本を読んだ。「うんうん」とか「俺もかな?」とか思う点も多く、まずまず面白かった。

実際に一緒に働く場合、その人のプライドの高さはいろいろな判断基準になる。その人のプライドの高さによって対応を変えるのはなかなか友好的な手段だ。

この他に俺が判断基準にしているのが「信用に足る人間か?」ということだ。これを何を持って判断するか、であるが、俺は「その言動・行動は誰の為なのか」を見ている。その判断レベルは次のとおりだ。

1、自分にも他人にも為になる
2、自分には為にならないが他人の為になる
3、自分の為にも他人の為にもならない
4、自分の為になるが他人の為にはならない

1はその行動・言動が、例えば部下も上司も、ひいては全体が良い結果に結びつく。こういう行動・言動を基準にする人は信用出来るだけでなく、かなりのやり手だ。2の場合は提案者や実行者が多少苦労するが全体的には良い結果になる。当然、その人は周囲からの人望も厚い。ただし、単に仕事ができて頼みやすい、つまり、都合のよい人間として見られる場合もある。3の場合は明らかに誰のためにもならないので笑い話ですむ。こういう人は言動も行動もさほど影響力がないので、あまり問題にならないだろう。

一番問題なのは4のタイプだ。自分のためだけを考えている奴は一番信用できない。全ては自分のためだけが行動の基準であり、目的達成のためには人を踏みにじるのも抵抗がない。恩を仇で返すことなどまったく平気な人種である。バスや電車で人をガンガン押しのけて誰かが倒れても平気のへっちゃらな奴とでも言えばいいのだろうか。こういう人は稀にトンでもない成果を上げたりするが、それはまさに宝くじが当たるような確率でしか無く、また、継続もしない。なぜなら、結局は人の協力が得られなくなるので、全てを自分一人でこなせるスーパーマンでないと継続出来ないからである。そんなの一握りの天才にしか出来ない芸当だ。天才でない場合は組織は疲弊し崩壊する。その被害は結果的には一番甚大になると見たほうが良い。

あくまで個人の判断基準であるが、とりあえず書いてみた。

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動物に人間のような複雑な感情があるとは思えない

とあるところで、「奇跡的に一命を取りとめ回復したねこが、その後に病気や怪我で弱っている動物が施設に運ばれてくると優しく寄り添い、傷ついた身体を舐めたり、温めるように抱きしめたりするようになった」という記事を見た。ふーん、と、思っただけだったが、この記事の最後のほうが全く頂けない。

わずか2ヶ月という幼い体で病と戦い、その辛さを知っているラデミンズ(この猫)。
同じように苦しむ動物たちを放っておくことができないのでしょう。
以来、ラデミンズはこの保護施設にやってくる動物達を毎日優しく看病しているのだそうです。
きっとラデミンズはこの施設で温かい治療と施しを受けたのでしょうね。
だから自分も同じように他の動物にもしてあげたいと思ったのではないでしょうか。

いい話ダナー、ではない。なぜ人はこんな阿呆な考えを持ちたがるのか理解できない。擬人化するのも程々にするべきだ。このようなものがエスカレートして、水からの伝言のようになってしまうのではないかと思う。

手乗り文鳥などは、ひなの段階で親から離され人間に育てられる。そこで人間に対する恐怖心がなくなり手乗りとなる。この猫も幼い段階で親から離され、看病された。だから看病された状態が刷り込まれている可能性は高い。それどころか、弱っている動物は威嚇などしてこないので近づきやすいだけなのかもしれない。大体猫はくっつきたがるではないか。この猫は単に弱っている動物が好きなだけなのではないか。というか、それが一番正解な気がする。

愛情を注ぐのは構わない。ただ、意味もなく複雑な感情があるように思い込むのは間違いである。特にこの例は思い込ませた上に「癒やし」とか「いい話でしょ」という押し付けが鼻につきとても気持ちが悪い。

猫がそんなにいろいろなことを理解できたら、どんな猫でもきちんとトイレで用を足すはずだし、勝手に人間さまの食べ物を食べたりしないだろうね。

こういう裁判官は罷免したほうがいいのではないか

ちょっと驚いた判決があった。

痛いニュース(ノ∀`) : センターラインをはみ出し対向車と衝突、同乗者死亡→対向車側に4000万円の賠償命令…福井地裁 – ライブドアブログ

こんなほぼ過失0のもらい事故に損害賠償命令、それも自賠責でまかないきれない4,000万円もの金額の命令が下るのは全く理解できない。これがまかり通ると追突されても損害賠償命令が下るかもしれん。どう考えてもおかしな判決だ。

というか、こういう裁判官ってさっさと罷免にしたほうが世のためだと思う。裁判官は不思議な人が多いと聞くが、せめて一般常識だけでも持っていて欲しい。

ただ、裁判官を罷免にするには職務義務違反、職務怠慢、非行等の問題行動などの理由が必要のようで、判決の内容では無理らしい。確かに判決に不服があれば上告できるし、そもそも人間が判断することなので間違はかならずある。だから判決の内容で罷免というのは理不尽かもしれん。それでも判決内容によっては罷免される可能性もあれば、それが抑制材料になってもうすこしまともな判決になるのではないかとも思う。

お前は誰と戦っているんだ?

知人から聞いた話。

その知人の会社に不思議な部長がいるらしい。特段業績を上げた気配もなく能力もさほどない。あるのはパワハラまがいの部下への叱りと取締役への見え透いたゴマすりだけ。ゴマをする姿を、部下は「手から煙が出てる」と表現している。手を揉みすぎて今にも煙が出そうだかららしい。うまいこと言うもんだと思う。

彼の手法は極めて簡単で、相手を陥れて相対的に自分の評価を上げるのだという。また、「部下の手柄は上司のもの、上司の失敗は部下の責任」を地で行くらしい。何かミスがあれば烈火のごとく部下を叱咤し、良い話があれば「私が指示してやらせました」という。あまりのパワハラのせいで辞めた人は数知れず。そのくせ理解力に乏しく部長職ながら経営数値はほぼ読めない。文章も支離滅裂で何を言いたいのかさっぱりわからない。そんな的を得ない自分の意見は押し付けるが人の話は聞かない。

彼は自分を「デキる奴」と演出しているのだろう。何も考えていない人と実態を見れない人はその演出にすぐ騙されてしまう。人を騙すのは思ったより簡単で、相手が喜ぶ話をしてちょっとしたおみやげをあげるだけでいい。飯を奢り、ちょっと褒め、そしてもっともらしい話をすればいいのだ。だが、そんな上辺だけではいずれ見破られてしまうのが普通だ。彼はその薄っぺらさを見せないよう日頃から最新の注意を払っている。自分の非になるようなことはいち早く察知し人のせいにする。この危機察知能力は本当に素晴らしい。惜しむらくはその能力が会社の利益のためでなく、自分の評価を上げるためだけに使われていることだ。

類は友を呼ぶというのは本当で、彼の下には彼と同じようなタイプしかいない。だから彼の部下は一向に育たず部内の雰囲気も悪い。全ては自分を取り繕うため、自分だけのためだということがほぼ全ての社員にバレているのに、である。

今までの彼の上司は何を見ていたのか。どうすればあんな人間を「出来る」と認識できるのか。温厚な知人に「あんな人が本当にいるとは思わなかった」とまで言わせる始末だ。

こういう人は誰と戦っているのだろう。自分がいちばん素晴らしく、全てが敵だとでも思っているのだろうか。友人も少なく頼れる仕事仲間もいない。知人がつぶやいた、何を楽しみに生きているのだろうね、という言葉に思い切り頷いてしまった。

いつも見えない何かと戦っている『威張っている人』との上手い付き合い方 – NAVER まとめ

日本語おかしくね?

ハリル監督仏紙に語る「私は信じられないこと体験」 – 日本代表 : 日刊スポーツ

内容はさておき、「私は信じられないこと体験」という日本語がおかしいと思わないのか不思議だ。私が「信じられないこと体験」という「何か」だとでも言うのか?信じられないことを体験しているという意味だとしても、「信じられない体験」と語る とか、もう少し良い言い回しがあるだろう。大きな板に血を付けて「おおいたち」とかやって人集めした見世物小屋でもあるまいに。

ゴシップ的な記事はタイトルで人を呼ぼうとする。それはそれで面白い。しかし、こういう気持ち悪い日本語はダメだ。

Web編集者・ライターが間違うと恥ずかしい日本語の正しい用法10選 | 株式会社LIGといった記事でも読んで出なおして欲しい気分だ。

話が伝わらない人の話

これまた友人から聞いた話。

友人の部署には若い社員が2人いる。1人は男性で20代後半、1人は女性で20代前半らしい。部内のメンバーからは若い男性社員のほうが評価が高いらしいが、友人は違う意見を持っていた。

なんだかさぁ、喋ったことが全く理解されていないんだよね。資料の作成とかでは俺はかなり具体的、いや、具体的というよりほぼ言われたとおりに作ればいいというようなレベルで話をしているのだけれど、出来てきたものは100点満点で30点といったものばかりなんだよ。

友人は最初のうちは他の社員に言うようなレベルで指示を出していたらしいが、その段階で出てくるものは100点満点で10点程度の出来だったという。まず日本語がおかしく、報告すべき重点ポイントが全く分からないものばかり持ってくる。しかたがないので少し具体的な指示に改め再提出させるがダメ。こりゃたまらんと、ほぼ言われたとおりに作ってくればいいような内容を話すがその通りできないのだと言う。

少し前、その社員がやっている業務を見直すため、個別の業務でどんなことを注意しているのか箇条書きにして提出せよいう指示を出した。出てきたものは「発注書、確認書、見積・・・」といった提出書類の列挙だけ。「いや、だから、たとえばさ、この書類、最初に誰が作って誰に提出して、誰が最終承認しているの?で、キミの前を通るときに、絶対に抜けちゃいけないものは何でそれを何を持ってチェックしているの?」と聞くとまともな答えが帰ってこなかった。

ある時は、業務手順が悪くやたらと時間がかかっていたので順番を変えるよう指示を出したがきょとんとしていたという。どうやら順番を変えることで効率が上がることにさえ気がついていなかったようだ。

このあたりで友人は「なにかおかしいな」と思い始めたらしい。なぜこんなに話が伝わらないのか、なぜ日本語がおかしいのか、なぜ自分の業務の見直しも出来ないのか・・・

友人は人事部に行って部内の社員の学歴を全て調べてみた。友人の会社はまだまだ大卒者が少ないので、出身高校を調べその学校の偏差値を比べてみたらしい。その結果は恐るべきもので、仕事のスキルはほぼ例外なく偏差値に比例していた。問題の彼の高校は偏差値37でほぼ最低クラスだった。きちんと話のわかる人間は出身校の偏差値もそれなりに高く、低い高校の出身者は理解力も実行力も偏差値と同じレベルだったのだ。

人間は毎日考えていればその進歩のスピードに差はあるが、少しづつでも良い方向に行く場合が多い。だが、スタート時点でかなりの差がある場合、それを補う為にはどれくらいの時間を要するかわからない。彼が一般的なレベルになるのはいつの日だろう。友人はそう思うと、軽い絶望感を覚えたという。

2015年03月のブラウザシェア

今年は北の大地の雪解けも早く心はウキウキだけど車検もあるでよ。まるで俺の部署の業績のようにアクセス数は着実に減少中で泣ける今日このごろ、3月のブラウザシェア、いってみよう。

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ここ1年ほどブラウザ関係に大きな動きはなく、ブラウザ別シェアもその流れのままである。IEの脆弱性が大々的に報じられたのが約1年前で、これが一番新しいトピックスかもしれん。3月はIEがシェアを落としてGoogle陣営がシェアを上げているが、月による変動の範囲内のようだ。

各ブラウザシェアは次の通り。
IE 25.1%(-1.5%)、chrome+android 39.4%(+1.5%)、safari 22.3%(-0.2%)、FX 9.9%(-0.4%)

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ブラウザヴァージョン別でも、さほど大きな変動は見られない。こちらも月による変動は見られるが、大きな流れとしてはシェア率は安定しているようだ。

上位の個別ブラウザシェアは次のとおり。

1位 chrome 29.6%(+2.4%)、2位 safari 22.3%(-0.2%)、3位 IE11 18.9%(-0.9%)、4位 FX 9.9%(-0.4%)、5位 android 9.8%(-0.7%)

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デバイス別ではDesktopが若干盛り返し、Tabletがシェアを落とした。

デバイス別シェアは次の通り。
Desktop 58.2%(+0.5%)、Mobile 37.4%(+0.1%)、Tablet 4.4%(-0.6%)

W杯2次予選組み合わせ決定

W杯2次予選の組み合わせが決定した。我らが代表はシリアなどと同じE組となった。各組の組み合わせは次の通り。

<A組>UAE(69)、サウジアラビア(95)、パレスチナ(140)、東ティモール、マレーシア
<B組>オーストラリア(63)、ヨルダン(103)、タジキスタン(143)、キルギス、バングラデシュ
<C組>中国(82)、カタール(99)、モルディブ(141)、ブータン、香港
<D組>イラン(40)、オマーン(97)、インド(147)、トルクメニスタン、グアム
<E組>日本(50)、シリア(126)、アフガニスタン(135)、シンガポール、カンボジア
<F組>イラク(86)、ベトナム(125)、タイ(142)、インドネシア、台湾
<G組>韓国(57)、クウェート(127)、レバノン(144)、ミャンマー、ラオス
<H組>ウズベキスタン(73)、バーレーン(108)、フィリピン(139)、北朝鮮、イエメン

とりあえず第3ポッドまで現在のFIFAランキングを入れてみた。これを見るまでもなく、全勝で通過して当たり前の組み合わせだ。他の組み合わせではH組が若干こじれるかも?という程度で、第3ポッド以下の国が食い込んでくる可能性は極めて低い。

勝ち抜く12カ国も大体予想がつく。第1ポッドではオーストラリア、イラン、日本、韓国はほぼ確定。UAE、中国、イラク、ウズベキスタンも80%近い確率で勝ち上がってくるに違いない。後は1位通過する可能性が高い国から勝点が取れる国が残るであろうから、サウジアラビア、ヨルダン、カタール、オマーン、バーレーンあたりだろう。ほぼFIFAランキングの高い順に残ると思って間違いない。

2次予選は難なく勝ち抜くだろう。問題はその後の3次予選だ。今回は6ヶ国ごと2ブロックに分けて上位2チームが本戦進出となる。これまたこの4カ国に入る確率は非常に高い。だから予選で一喜一憂している場合ではなく、本戦を見据えてのチーム作りについて盛り上がるべきだ。それなのに、2次予選段階でくだらん気苦労的なものを煽るマスコミには本当に残念でならない。もっと自分達の実力を見極めて話をして欲しい。

頼むよホント