橋下知事に「『お前』メール」 府職員に100人もいる! : J-CASTニュース
はてぶのタグでも「これはひどい」が結構見られるが、確かに「これはないよなぁ」というのが正直な感想だ。ビジネスでは場面場面で「主従」の関係がはっきりしているから、ビジネスでこういうやりとりはまずあり得ない。
この原因は感情のもつれにあるのかもしれない。上位職者に対してこういう文章を送る勇気はなかなか持てないものだ。それでもメールであれば出せる人もいるだろう。しかし、これを署名入りの正式な書面にして出すとなると、ためらう人も多くなるに違いない。最初はためらいで膠着状態になっていても誰かが口火を切るとその後はわらわらと湧いてくることが多いものだが、メーリングリストやウエブの場合はその「口火」を切る閾値がかなり低い。言い古されたことであるが、ネットは依然「文章」でのコミュニケーションが主体である。そこには声の抑揚もないし顔の表情も身振り手振りもない。そして、発信できる情報量と発信のしやすさは比例しており、心理的なためらいも情報量に比例する。端的な例を言えば、面と向かって苦情は言いにくいが電話だと少し言いやすくなり、無記名のアンケートなどにはより一層書きやすくなるのと同じ仕組みである。
つまり、ネットでは顔が知れた関係でもこういう事がより起こりやすいのである。ましてや、相手の素性も知らないほぼ符号に近い「実名」で、これに近い現象が起こらないとは到底思えない。いや、顔を知っているほうがよりひどい状態になるケースも出るに違いない。
「実名であれば責任の所在が明確になり、実のあるコミュニケーションが出来る」という考えは叶わぬ願いだろう。そんなことが判らぬはずは無いので、実名を推進する人の本音は情報発信に物理的な実体(反撃対象)を求めているのかもしれない。しかし、もしそうであれば、極端な話物理的実体のない(ハンドルネーム的な)法人格も否定するべきだろうし、それこそ偽造されたかもしれない印刷された手紙やはがきなども一旦は疑ってかかるべきかもしれん。ましてや、誰が書いたか判らないWikipediaなど信用できないものであるし、そこからの引用などもってのほかだ。そのくらい徹底してから実名を推進するべきではないのだろうか。
といいつつ、小倉弁護士のエントリla_causette: 実名・匿名論争が論じるべきテーマはたった一つは、法に携わる方の見解をはっきり示していて妙に納得させられた部分があった。ただ、これも「白黒つける」ためには必要な措置だということだ。というか、揚げ足を取らせてもらえば、以前に小倉秀夫の「IT法のTop Front」というサイトで他人のblogを閉鎖に追い込むことはむしろ恥ずかしいことだというエントリを上げ軽く炎上した際、コメントスクラムを受けてみてで「コメントスクラムって、いざ自分が受けてみると、それ自体はたいしたことがないですね。」と書いていた。大したことが無いのであれば「無責任な攻撃」にもなっていないはずだ。しかし、今回は「無責任に攻撃する自由」は認めたくないようだから、実際は大ダメージを喰らっていたのかもしれん。
サッカーのサポーターの大声援が相手のチームに大きなプレッシャーになることがある。度を越したサポーターの暴走は咎められてしかるべきだが、ネットでは大声援をした人たちも叩かれるようになるのだろうか。まぁ、強いチームは相手サポーターの圧力などには負けないし、逆に黙らせちゃうけどな。