フライト・ゲーム

「これは凄い!」と思った96時間のリーアム・ニーソン主演。今回はちょっと影のある航空保安官だ。

NY発ロンドン行旅客機の警備のため、客を装って乗り込む航空保安官のビル。真夜中、彼の携帯に指定の口座に送金しなければ、20分ごとに機内の誰かを殺すというメールが届く。悪戯か本気か半信半疑でいるうちに、1人目の犠牲者が出てしまう。ビルは乗客を拘束して荷物や携帯を調べるが、何ひとつ手掛かりは見つからない。乗客名簿を調べた保安局は、「全員問題ない。お前以外は」とビルを疑う。彼には暗い過去があり、今もある問題を抱えていた。さらに犯人の指定口座がビルの名義だと判明する。2人目、3人目と犯行は繰り返され、機内の疑惑と緊張感が頂点に達するなか、次のタイムリミットが迫る──!

じわじわと犯人に仕立てられていく主人公。罠はなかなか巧妙で、次第に誰も信じられなくなっていく。このあたりの話の展開は緊張感があってとても良い。また、誰が犯人かも最後の最後まで絞り込めない。このあたりは「わかりやすい=観ている人は理解力が低い」という構図で作っている日本のドラマとかとは大違いである。

リーアム・ニーソンはやっぱり強かったけれど、ちょっと憂いのある感じが最高に似合うなー。

マチェーテ

この映画の主演、ダニー・トレホをみたことがない人はいるだろうか。あらゆるアクション系の悪役とかで出て来る彼だ。もう、一目見るだけで悪人っぽい。

そんなダニー・トレホがはじめて主役を張った作品がこれだ。

この映画、最初からぶっ飛びである。バシバシ殺す。殺し方も超残忍で、首チョンパとかの連続だ。そう、これだよこれ。こういう映画が観たかったんだよ。

で、なんとダニー・トレホの敵役がスティーヴン・セガールとロバート・デ・ニーロという、贅沢な配役。話は結構バカバカしいのに。このロバート・デ・ニーロ演ずるマクラフリン上院議員は、メキシコからの移民を弾圧する上院議員という役で、トランプかよ!とか思ったのは言うまでもない。

マチェーテを捜査するI.C.E.捜査官はダークエンジェルのジェシカ・アルバ、移民のために戦う女革命戦士役はワイルド・スピードのミシェル・ロドリゲスなど、女性陣もなかなか。

こういう映画、もっと作って欲しいなぁ。

ビッグ・アイズ

ティム・バートンが監督ということで観てみた。

アンディ・ウォーホルですらその魅力を認め、60年代アメリカで一大ブームを巻き起こした、絵画<ビッグ・アイズ>シリーズ。
作家のウォルター・キーンは一躍時の人となる。しかし…。その絵画は1枚残らず、口下手で内気な彼の妻、マーガレットが描いたものだった!
セレブ達と派手な毎日を過ごす夫、1日16時間絵を描き続ける妻、そして10年…。
心の内のすべてを絵で表現してきたマーガレットは、「このままでは自分を失ってしまう! 」と<告白>を決意。
だが、天才的なウソつきのウォルターは「妻は狂っている」と反撃、遂に事態は法廷へともつれ込む…。

ティム・バートンといえば、シザーハンズに代表されるような、子供が夢をみているような映画を取らせたら天下一品の監督だと思う。結構どぎついような色使いも全くおかしさを感じさせない。

そんなティム・バートンが実話を描いた。話自体が実話とは思えないような話であるが、実話としての重さはしっかりとある。エイミー・アダムスは好みの女優だし、最後まで面白く観れる作品なのは確か。でも、実話なのでティム・バートンの良さはちょっとスポイルされているかなーとは思った。

赤ずきん

赤ずきんの物語を知らない人はいないだろう。

グリム童話「赤ずきん」が生まれたのは、今から何百年も前のこと。時は流れ、美しく成長した赤ずきん、その名はヴァレリー。彼女は今、危険な恋の真っただ中にいる。
親が勝手に決めた結婚から逃げるため、すべてを捨てて愛するピーターと旅立つと決めたとき、ヴァレリーの姉が何者かに殺される。有名な人狼ハンターのソロモン神父が駆けつけ、満月の夜にだけ狼に姿を変え、普段は人間として村に住んでいるはずの犯人を必ず倒すと宣言する。やがてヴァレリーは、犯人の目的は自分を連れ去ることだと知る。ダークブラウンの瞳でヴァレリーをじっと見つめるは、もしかするとピーターか、それとも婚約者のヘンリーか?愛と恐怖に引き裂かれるヴァレリーを待ち受ける、驚愕の真相とは―――?

オリジナルの赤ずきんの話を押さえつつ、新たな解釈を加えた物語の展開はなかなかおもしろかった。特に「人狼は誰なのか?」というところは最後の最後まで決定的なポイントが見つからず、消去法でも絞り込めない。

この作品、特徴的なアマンダ・サイフリッドの目が非常に良いインパクトを与えている。ソロモン神父役のゲイリー・オールドマンもいい感じ。それほど期待していなかったが、なかなかおもしろかった。

ロックアウト

リュック・ベッソンが放つSF超大作!という言葉に惹かれて観る。

まぁそれなりに面白い。

だけれども、最後の地球に戻ってからが少々いただけない。大統領は権利を剥奪されたんじゃなかったっけ?とか、レニー・ジェームズ肩持ちすぎでおかしかったよねとか・・・おっとその前に、宇宙ステーションから飛び出して落ちるほど地球の引力は作用していたのかな?という疑問も。まぁ娯楽作品なんで、堅いこと無しで行こうか。

それにしても、囚人をコールドスリープさせるというのはいいアイディアかもしれんな、とか思う俺はちょっと頭のネジがおかしいのかもね。

ブラッド・ダイヤモンド

主演 レオナルド・ディカプリオと聞くだけで、それなりの大作なんだろうなーと思ってしまう。内容は「1999年、アフリカのシエラレオネ共和国。ダイヤの密輸に手を染める元傭兵と貧しいながら幸せな生活を送る純朴な漁師。交わるはずのなかった二人の人生が、運命に翻弄され動き始める。」by Amazon である。

面白いし時間を感じさせないまま話は進むしちょっとハラハラ・ドキドキするし最後はそれなりにグッとくるしで、いわゆる「ソツのないとても良い映画」だ。

だけど、なんでか知らんが記憶に残らない。頭に焼き付くようなワンシーンが無いんだよな。悪いところなんてあまり無いんだけど・・・精神的にきついところもそんなに無いし。親父が子ども兵士にされた息子に殺されそうになって息子を殺してしまうとか親父が殺されるとか、理不尽すぎて気持ち悪いみたいなところが無いからかもしれん。ま、そんなの映画に誰も望んでいないんだろうけどね。

最高の人生の見つけ方

先日見た「ショーシャンクの空に」の流れで、モーガン・フリーマンが出ている「最高の人生の見つけ方」を見た。

個人的には原題の「The Bucket List」のままでいいんじゃね?と思う。別に「最高の人生」じゃねーし。

それでも名優2人にはジーンとさせられた。特に凄いシーンとか盛り上がるところとか無いんだよこれ。だけどグッと来る。意味わからん。

ミザリーを撮った監督なんだよロブ・ライナーって。これも意味わからん。

いい映画だ。

ショーシャンクの空に

この映画、実はずっと食わず嫌いしていた。なんでか知らんが手が伸びなかったのだ。理由は多分「いい映画だよこれ」という評判。いい映画と呼ばれているものはいつでも手に入る。だから焦って観る必要はない。だが、評判でない作品はタイミングを逃すと二度と見ることが出来なかったりする。なので俺の中では誰が見ても高評価な作品は優先度が低くなってしまうのだ。そのくせ、この映画の内容は全く知らなかったりする。

もう一つ敬遠していた理由は、きっとこの映画のスチール写真である。なんつーかなぁ、感動モノですよこれというにおいがプンプンするわけ。俺は「名作」より「B級ホラー」に手が伸びる性格で、映画の好みは「感動」や「希望」や「リアリティ」よりも「恐怖」と「絶望」と「虚構」なので、どうしても優先順位が落ちてしまう。

だけどやっぱり面白かった。といいつつ、最後に箱の中から銃が出てきて、やっぱり嫁&間男殺しはアイツだったのか!みたいになるのかと期待していたが、とてもいい終わり方でちょっとがっかりしたのはナイショだ。

「期待されて金メダル」の凄さ

先日、ちょっと久々にボウリングをした。やりこんでいる頃はAVG175くらいで、ハイスコアは242、最低でも150くらいの点数は出た。つか、150台だと落ち込んだ。なので今回もそこそこの点数がでるかなーと思っていたが、ブランクの大きさには勝てず、AVG155であった。だめじゃん。持っている力の最低ラインでそれなりの点数にならないと結局こうなる。100回に一回しか出ないような過去の栄光&まぐれのハイスコアなんて参考にも自慢にもならない。

羽生選手、小平選手の金メダルで大盛り上がりの日本だが、こういう「期待されても金メダルを取れる」というのはものすごいことだ。なぜなら、いつでも絶好調では無いからだ。ボウリングのプロテストは60ゲームでAVG200以上だ。60Gもすればダメなゲームもそれなりにある。それをカバーしつつAVG200を出すということは、悪い状態でも180以上のスコアが必要になるだろう。金メダルとレベルは違うが、ま、そういうことだ。だから、期待されても金メダルを取るには、調子が悪くても優勝できる力がないと難しいに違いない。ダメな状態でも世界一に近いってこと。だから恐ろしいくらいにレベルが違うはず。

これを感じたのが、夏季オリンピックでは野村忠宏だとか吉田沙保里だとか伊調馨だとかである。これらの選手は非常に長きに渡って世界一の称号を守った。冬季オリンピックでは憎たらしいほど強かったスキーノルディック複合団体の印象が強いけれど、羽生選手も小平選手もこのレベルにまで行けるといいね。

文句の多いおじさんおばさん生成方法

友人の会社に文句の多いおじさんおばさんが多数存在していてウザいらしい。

ふと、なんで仕事でウザいおじさんおばさん(以下、ウザGB)が生まれるのかを考えてみた。文句の多いおじさんおばさんは多いけれど、仕事に対するこだわりが他の社員も納得できる場合は「ウザGB」とは呼ばれない。その場合、「厳しい人」という評価になると思う。なぜウザいと感じるのか。

それは多分、効率化とか仕事の出来栄え以前に、自分のやり方が全てだからだと思う。簡単にいえば、自分のやり方以外認めねーって奴。これがウザく思われる一番の要因だろう。

以下、ウザGBの生成仮定を推測。

ウザGBも、最初は「自分のやり方が全て」なんて思っていなかった。逆に少々機転が利かないタイプで、教わったやり方を苦労しながらしっかりこなすことで精一杯だ。そんなウザGBであったが、年月を費やすうちに、とりあえずその業務は一人前にこなせるようになった。

そこに人事異動で他部署の外様くんが配属された。外様くんにはウザGBが仕事を教えるのだが、ウザGBは今まで仕事を人に教えたことが殆ど無い。だから全て言葉足らずである。それでも外様くんは自分の理解した範囲内で仕事をこなすのだが、当然不備も失敗もそれなりにある。ウザGBはそのミスがとても気に入らない。
「私は苦労してここまで出来るようになったのに、外様はなんなの?そもそも教えたとおりにやっていないじゃない。」
と、自分の教えるスキルの低さをそっちのけで血圧を上昇させてしまうウザGB。

こうなるともうダメで、外様くんがいつまでも仕事が出来なければ人格否定、仕事が出来るようになっても自分のやり方と違う点を見つけては「外様はダメだ」となる。

まとめるとウザGB生成方法は次の通り。

1、若干能力の低い人間を採用する

2、同じ部署で同じ仕事を何年もやらせるが昇格はしない

3、自分なりに仕事の手順などが固まったあたりで他部署の下につける

4、上司は異動してきた人間の教育をウザGBに丸投げしフォローしない

大抵の人間はこれでウザGBになる。このポイントは2のあたりにあって、このウザGBがずっと同じ部署に留まっているというのがキモである。要は、ポテンシャルが低くて異動させられないのだ。仕事できねーなのに、ずーっといるからその仕事だけはそれなりにこなせるようになり、結局はお局とかっぽくなってしまうのである。

この裏にあるのは「頑張っているのに評価されない」といった逆恨みのような感情と、能力が低いことから由来する高い自己評価であろう。

なぜ能力の低い人ほど自分を「過大評価」するのか 参照

やっぱり人事異動は偏らせず定期的に行わないとダメだよね。

アンケートとかに「もう利用しない」とか書く必要あるのかなぁ

ホテルとかの口コミで、「もう利用しません」というような書込をたまに見かける。気持ちはわからなくもないけれど、まずはその場で不備を指摘し改善を促しつつ対価に見合ったサービスをしてもらうべきじゃないのかと思う。何も言わないのであれば最後まで黙ってもう二度と利用しないほうがずっとスマートだよね。それを揚げ足取りのように不備だけをクローズアップして書き込むのって営業妨害じゃね?

また、「これじゃもう利用することはない」とか言うのもあくまで個人の感想。そう思う人が多ければ黙っていても売上が落ちて潰れるだけなんだけどな・・・

オリンピックでも日韓W杯の悪夢が繰り返されるのか?

今日から平昌オリンピックが始まる。思い出されるのは日韓ワールドカップでの醜態である。

【日韓共催】2002年 FIFAワールドカップを台無しにした出来事まとめ【誤審・反則】

今はあの当時と比べてネットが著しく発達した。なので、醜いやつはどんどん世の中に出てくると思う。悪意があるのかもしれんが、すでにオリンピックの運営とかで「これは・・・」と思うようなことが漏れ伝わってきている。日韓ワールドカップの醜態を、お隣さんは再び繰り返すのだろうか。

ま、やるだろうね、きっと。あの国には常識なんて通用しないだろうし、恥よりメンツだろうからね。

後付理由は必要なのか

採用選考に「AI」を導入しようとしたが、断念した会社の話が面白かった。

なるほどなーと思いつつ、かなり納得できない部分が多かった。納得できない一番のところは、「選考基準が明確だったら誰がやっても結果は同じ」だし、結果が人によって差があるとすれば、それは個人のセンサー(感覚)の違いでしか無いのではと思えるからだ。この場合、選んだ理由の説明は、そのまま個人のセンサーの説明とイコールである。人はそれをもっともらしい理屈を付けて説明するのだろうが、結局のところ「好み」というものに行き着くような気がしてならない。

この話に出てくるAIに関して言えば、『AIが「なぜこの人を選んだのか。なぜこの人を選ばなかったのか」を説明してくれなかった』というより、選考基準となったポイントを表示できないAIだったということではないのか。

さらに「採用は非常に責任がある行為だから、AIが出した答えに本当に合理性があるのかを二重にチェックする必要がある」という理屈のもとに再検証したら「結局これ、普段やってる業務とやってる事かわらなくない?」という話になったというのが驚きだ。結果はなかなか上々だったのに難癖つけて時間をロス、で、出した結論がAIの導入を断念だと。なんだそれ。

AIの結果を参照しつつ人間が決めればいいだけじゃないの?とかAIの判断した項目が細かく数値化されて出てくれば問題ないんじゃね?、と思った次第。つか、本当に優秀なAIになったら、採用された人のデータから評価者の傾向もラーニングして結果をだすようになるはず。

極端な話をすれば「AIより人間のほうが賢いんだ」と思いたいだけじゃないかと思った次第。多分、人間の脳はその機能の大部分でAIに負けるよ。そんなところで意地を張るより、どうやって使っていくかを考えたほうがずっといいよね。

とか書いていたら、やまもといちろう氏がずっとずっと的確な指摘をされていたので貼っておく。

人工知能が人間の採用基準を決めてるわけがないだろという話

話題の「チェイス」を観てみた

清水潔さんの『殺人犯はそこにいる』との類似が指摘されている、Amazonプライム・ビデオで配信中のドラマ「チェイス」を観てみた。現段階では第6話まで。

チェイスを見る前に、「殺人犯はそこにいる」は読んでいたのだが、このドラマは「殺人犯はそこにいる」が原作と言われても仕方がないレベルで酷似している。というかそのまんまじゃん。ただ、所詮人気タレントを使ったドラマなので物語の重さは比べるまでもない。

「殺人犯はそこにいる」との相違点は、冤罪で拘束された期間は27年ではなく17年であったこと、報道したのはBSでなく地上波だったこと、この事件を取り上げたのは女性ADでなく男性記者だったこと、最初の犠牲者の家族には殺された女の子の弟もいたこと、殺人現場にあるのはお地蔵さんでなく筆者が打った杭であることくらいしか思い当たらない。列挙した相違点も、原作から映像化するにあたって脚色が加えられるのはよくある話で、この程度の脚色などカワイイものである。

ここまで酷似していると疑われても当然だろうね。

感情2号線になっていませんか?

環状2号線が出来ない政治責任はどこに?

かなり由々しき問題だと思う。小池都知事が引っ掻き回さなければ避けられていた問題なので、都知事はその責任をしっかりと取ってもらいたい。

しかし、ドライな目で見た場合、オリンピック・パラリンピックのたかだか2ヶ月弱のために、そんなに金をかける必要があるのか?という論点は、すでに忘れ去られているように思う。小池憎しで環状2号線が感情論になっていないかと・・・

物理的に完成できないことが判明しているのであれば、やるべきことはただ一つ。持っているリソースから最善策を導き出すしか無い。ここまでグダグダにした責任はしっかりと追求しつつ、この難問をどうやって解決するかを考えるしかないのではなかろうか。

まぁ、川松真一朗氏は最後に

私は、大会の成功に向けて全関係者が全力に取り組む中で政争の具にしてはならないと考えています。一日も早くを心を一つにしたいと考えます。

と書いているので、国会のアホな野党のような、不毛なモリカケ追求ばかりとはならないだろうけどね。