バイク乗りの握力

俺んちの風呂場のタオルはなぜかボロボロになっている。俺が使うとなぜかボロボロになりやすい。若いころは特に著しく、気がつくとタオルに穴があいていた。

その頃の俺の握力は、右が68kg、左が73kgくらいあったと思う。りんごを二つに割ることなどお茶の子さいさいであった。体を鍛えていた高校時代よりも、怠けまくっていた大学時代の方がなぜか握力は強くなっていた。最初はその理由がわからなかったのだが、バイクのレバー操作で鍛錬されているのに気がついた。考えてみればバイクに乗ればレバー操作は必須であり、特にクラッチレバーは何回握っているのかわからないくらいだ。車の流れに乗って走っている時などは、確実にフロントブレーキのレバーよりクラッチレバーを握る回数の方が多い。だから左の方が握力が強くなっていたのだろう。

バイクからしばらく離れていたらタオルの破れはいつの間にか少なくなったのだが、それはタオルの品質が良くなったからだろうと思っていた。

RVFを購入して久々にマシンを操ると、クラッチやブレーキ操作で腕が痛くなった。長距離を駆けた時などはレバー操作がかなり苦痛に感じた。なんのことはない、握力が低下していたのだとこのとき初めて気がついた。タオルは低下した握力で絞られただけだったのだ。

今ではレバー操作を苦痛に感じることはほとんどなくなった。レバー操作の回数に耐えうる筋力が戻ったのだろう。それと時を同じくして、タオルがボロボロになり始めてしまった。ま、いいけど。

2016年オリンピックで東京が負けた理由

これも某講演会で聞いた話。

2016年オリンピックの開催立候補地はシカゴと東京、リオデジャネイロ、マドリードが残ったが、シカゴと東京の前評判はかなり高かった。にも関わらず、最終選考で真っ先に落ちたのがシカゴであり、次に落ちたのが東京だった。とても不思議な結果だったのだが、これにもきちんとした理由があったらしい。

まずシカゴが落ちたのは宗教上の理由からだそうだ。2009年10月2日にコペンハーゲンで開催された国際オリンピック委員会総会にて候補都市のプレゼンテーション演説が行たのだが、そのときオバマ大統領はスピーチ後に婦人と抱き合ったことがイスラム経のIOCメンバーには不快に映ったのだという。イスラム教の教えでは公の場で婦人とスキンシップはもちろんのこと、抱き合うなどはもってのほからしい。イスラム系の国際オリンピック委員会委員は数が多く、この時点でオバマ大統領アウト!だったとのこと。

逆に日本はなかなか好評だったらしい。石原都知事のスピーチまでは。

石原都知事のスピーチは力強く内容も素晴らしい出来で終了後に拍手喝采だったという。この時点で東京リードかと思われたが、その後の鳩山前首相のスピーチがまずかった。そもそも鳩山のスピーチは英語はうまいがインパクトには欠けていたのだが、オリンピック招致のスピーチなのに「日本は二酸化炭素排出量を25%削減します」とぶち上げた時点で会場どっちらけ。ここは環境問題を提示する場所じゃないんだよ空気読めよとなったらしい。その後の少女のプレゼンテーションも諸外国には極めて不評で、ただでさえ幼く見える日本人なのに少女をプレゼンテーターにしたせいで「あんな10歳くらいの子供をプレゼンテーターに使うなんて何考えてんの?」となったという。これで東京オワタとなった。

こんな話を聞くと、W杯招致最終プレゼンテーションに8歳の女の子を使うってどうなのよ、と思うね。オリンピックとワールドカップはまったく違うし、FIFA理事会の理事とオリンピック委員会委員は数も国も宗教も違うんだけど、それでも、こういう大事な場面に幼女を持ってくるって感覚は日本人だけかもしれんよ。

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北京にオリンピックが決まった理由

某講演会で聞いた話。

オリンピックが北京で開催される事が決まったのは、表向きは2001年7月13日にモスクワで開かれた第112回国際オリンピック委員会総会とされている。ところが、関係者はシドニーオリンピックが開催中に「2008年のオリンピックは北京だな」と言っていたらしい。

シドニーオリンピックには中国と日本の誘致委員会もサマランチ会長に誘致を働きかけに行っていた。その開催中にサマランチ会長の妻が死亡、サマランチ会長は妻の元に駆けつけるのだが、その時に中国と日本の誘致委員会メンバーもサマランチの後を追ったのだという。そして葬式に出した「お布施」は、日本が5000万円、中国はその倍の1億円。この時点で日本の負けは決定し、2008年のオリンピックは北京になった。

世の中こんなものなのかもしれん。

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世界でも有数な職人の話は面白い

先日、世界一の砲丸を作る辻谷政久さん(辻谷工業 代表取締役)の講演会に出席する機会に恵まれた。この辻谷さんのことは何度かTVで見て知っていたのだが、実際に話を聴くのは当然ながら初めてだ。

素晴らしい職人の話はとにかく面白い。辻谷さん曰く、他メーカーの砲丸は重さを合わせるために砲丸に穴を開けて加工しているのだという。軽い場合は鉛を入れ重い場合は空洞にし、その加工した後を隠すため色を塗っているのだそうだ。

辻谷さんは、場所によって密度の違う鋳鉄の状態を旋盤で削るときの音と光具合と旋盤を動かすハンドルに伝わってくる微妙な感覚で判断し、重さと中心を合わせるのだとこともなげに言っていた。全体の重さの調整はハンマーで叩いて勘で位置を調整するのだそうだ。職人の「勘」ほど恐れ入るものはない。

辻谷さんは「良い職人を育てるためには、必要以上に教えてはいけない」とも言っていた。半分くらい教えたら後は自分でやらせて考えさせるほうが良いらしい。教わったことは身につきにくく、自分で考えたことはずっと残っているというのである。なるほどなぁと思う。今の世の中はとりあえず無難にこなすことばかりが求められている。だから全て教育しておくのがいいとされているが、教わった枠の中からでることはあまりない。これは辻谷さんの言う通りの「教えすぎ」なのかもしれん。全て教えられているため自分で考える余地がほとんどなく、そしてイレギュラーな事が起こった場合の対処方法は考えられない。まさに今の世の中そのもののような気がする。

見なりだけでは人はわからない

とある友人から聞いた話。

その日俺が駐車場番をしていると、年配の女性が運転した車が入ってきた。いつものとおり車の鍵を預かろうとしたところ、「さっき提携先の駐車場から回ってきた。あっちで無料券は使ってきた。ちょっとこの花を置いてくるだけなのだけど・・・」と言われた。俺はその言葉を信用して、鍵は預からなかった。

数分後、さっきの女性の声に似た声がしたので周りを見渡すと、その女性は提携先の店舗とは全く違うマンションに入って行くではないか。まぁこのくらいなら許してもいい。その女性はその後マンションから出てどこかに歩いて行った。少しの時間だとか言ったのは口から出まかせで、2時間経っても帰って来ない。この様子では提携先を使ったというのも怪しいものだ。少し手が空いたので駐車場の空き台数を調べに行って、その女性の車の停め方に驚いた。停めてはいけないような場所に平気で停めてあるのだ。

とんでもない場所に平気で駐車しヌケヌケと嘘をつく。見なりや車からはお金に不自由している風には見えない。それどころか裕福な方に違いない。しかし、やっていることは人として最低だ。

大体こんな感じだった。

ある人から「金持ちは悪いことをしているから金持ちになれるんだ」と言われたことがある。それは多分直接的な「悪行」ではなく、人の好意を平気で踏みにじっても自分さえよければそれで良いという生き方をしていることも含まれているんだろう。

その女性は団塊の世代だったようだ。あの年代の人は、なぜかこういう人が多い。というか、年配の人が傍若無人な振る舞いをすると本当にたちが悪い。歳を取っても「人の振り見て我が振り直せ」という言葉は忘れたくないものだと思う。

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押しても命の泉は沸かないクリック型ランキング

先日、俺の心のバイブル巧 Arm`s Project バイク編で、オーナーのすなよしさんがブログ村・・・・ というエントリを上げていた。なにやら「相互クリックしませんか」というお誘いメールがきたらしいのである。

俺は以前にもこのクリック型ランキングについて述べたことがある。

クリックしてねはうざったい
「クリックしてね」はサイト離れを招く危険性あり
クリック型ランキングってすごいな

上のエントリの繰り返しになるが、俺は基本的にクリック型ランキングとかは好みではない。クリックしても得るものがほとんど無いからだ。とはいうものの、このサイトにもクリック型ランキングのバナー等は貼ってある。サイトの状態を知るのに意外と使えるし、なによりそのバナーからランキングサイトにワンクリックで行けるのが便利なのである。そう、俺はクリックしてもらうために貼っているのじゃなく、自分でクリックするために貼っているである、エヘン。

サイトの状況は自前サーバなのでサーバのログを見ればかなり詳細にわかる。以前、某掲示板で晒されたことがあったが、自前サーバで情報筒抜けと思われたせいなのだろうか、嫌がらせ的なコメントなどは一切こなかった。だが、これは思い出す度腹が立つので、晒された一年後にでもエントリとして公開しようと思っている。匿名プロクシとかを通されたりマンガ喫茶のようなところからアクセスしたりすればこちらも調べようがないが、まぁ、それなりに調べはつくからなー。そういうのが抑止力になっているのかもしれん。

*おおっと*話がそれた。とにもかくにも、自分の自己満足を満たすために人にクリックのお願いをするのはどうなんだろうね、と、いつも思う。ああ、また書いちゃった。何回同じ事書けば気が済むんだ?>俺

Dungeon Keeper2ですったもんだ その6

さぁVMware上での仮想マシンセットアップは完了した。だが音が出ない。調べてみるとCreative Labs社からドライバを採ってこないとダメらしい。

VMware:Windows 98インストールメモ(サウンドドライバ): ER ‘n NU

ドライバを入手しようと思ってIEを開くと、ヴァージョンが古すぎてまともに動かない。MicrosoftのサイトにいってIE6を入手しようとしたが、ここでもエラー出まくりでブラウザがクラッシュ。ダウンロードなんて出来やしない。仕方が無いので仮想マシンに共有フォルダをつくり、ホストマシンでダウンロードしたIE6をその共有フォルダにぶち込む。そのプログラムから仮想マシンにIE6をインストールしてとりあえずネットが使えるようにしておく。俺みたいな奴がいるから、IE6ってしぶとく生き延びているのかも知れん。ついでなので、IE6のほかにWin98で使える一番新しいDirectXのヴァージョンもゲットしておく。

IEは無事動いたのでサウンドドライバを手に入れインストールする。

やっとDungeon Keeper2がインストールできる状態になった。長かったなぁ。CDを入れてインストールを開始、インストールは程なく終わり、ついにゲーム開始だ。

さぁやるぞと気合をいれ、画面の「ゲームプレイ」をクリック・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
うんともすんとも言わないのだけどなんで?

午後から雨らしい

今日の天気予報は午後から雨。降水確率はなんと100%だ。午前中は持つようなので、とりあえず出発する。

走り始めると、路面のところどころが濡れている。地形によっては雨が落ちたところもあるんだろう。雲は厚く、特に山沿いでは「雨降るよー」みたいな雲が広がっている。これは早めに退散したほうが無難だろう。

天候は今ひとつだが、気温はここ数日の寒さが和らいでいるためそんなに低くは無い。このくらいの気温であれば手が悴んだり体が震えたりはしないので助かる。走っていると雲の様子がますます怪しくなってきた。ちょっとヤバそうだったので、舟形山方面はパスして早めに帰ることに決定。

途中、大倉ダムの様子を写真に撮るため停まったのだが、そのときタイヤを見て愕然とした。ついにスリップサインが出始めてしまっている。おいおい、1シーズンしか持たないのかよ。いくらなんでも減りすぎだろ。俺は昔からタイヤもガソリンもそんなに使わない走りなんだけどなぁ。はぁぁ・・・春にはタイヤ買わないとダメかよ。金が無いぞ、どうしよう。

本日の走行距離 90km
ロックオン・逆ロックオン 2回

何言ってんのかさっぱりわからない

回りにもっともらしいことをあれこれ並べて喋りまくる奴がいるだろう。何も考えずに聞いていると、何となく理屈も立っているように感じるし言葉が多い分内容も伴っているような気がしてしまう。だが、そんな言葉に騙されてはいけない。

よく聞いてみて欲しい。こういう人は言葉の端端に数字を織り交ぜながらもっともらしいような話をする。この段階で客観的に事実を見ていますよと思わせるわけだ。そのあとも延々と前年と比較してだとかここ数ヶ月の傾向としてとか喋りまくるのだが、ここで「そうなのかぁ」と納得してはいけない。問題はその後で、あれこれ喋りまくる奴は思いの丈とか意気込みとかが口をついて出てくる。もうこの時点で「アウト」だ。

そんな感覚的な話で何が変わるのか。聞きたいのは何をいつだれがどのようにしてやるのかであって、「がんばります」なんて漠然とした言葉ではないのである。ゴメンなさいで済んだら警察はいらないし、がんばってゲームしてましたでもOKだ。

喋りまくる奴に限って「みんなでがんばりましょう」とかよく言う。みんなって誰で、みんなで何を頑張ればいいのだ。部隊の長は具体的な事柄の入らない言葉は使ってはいけない。具体的な内容も明示されない言葉を投げかけられる身にもなってほしい。

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「誰を見て働いているのだ」という言葉

この「誰を見て働いているのだ」と同義な言葉には「俺は社長のために働いているんじゃない」とか「社長の言う通りにやったら客が離れる」とかがある。

これらは結局のところは

自分の意見は社長と違うし、社長の意見より俺の意見の方が正しい。

ということを表現したいだけの言葉だ。本当に正しいと思うのであればきちんと社長に説明し納得してもらうよう動くべきだし、納得してもらえなくとも結果が出たときにどちらが正しかったか社長が判断する材料にはなる。はっきりと意見を述べずに裏でごちゃごちゃ言うのは自分の意見に自信がない証拠であり、そんな自信の持てない意見など経営者が聞くはずもない。

聞いていて情けなくなるから、こういう愚痴はほんとうにやめてほしい。偉そうな口を叩きたいのであれば、まずは自分の意見を聞いてもらえるよう実績を積めばいい。信頼というものは少しづつ少しづつ積み重ねて大きくしていくものだ。その信頼の大きさでやれるギャンブルの大きさも決まるのだ。「こいつの言うことなら多少のリスクがあってもやる価値があるかもしれん。」そう思わせるのは誰でもない自分である。実績を積み上げ、その実績にレバレッジをかけてさらに大きい信頼を掴む。こうやって自分の足元を固めていく奴は、こんな下らなくて情けない愚痴は言わない。

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Dungeon Keeper2ですったもんだ その5

Windows95の仮想マシンに空の仮想HD追加しマシンを起動する。当然だが、追加した空の仮想HDはOSからは認識されていない。DOSモードで再起動後にFDISKを実行しWindows95を再起動、その後にフォーマットしてやっと追加した仮想HDが使えるようになる。やって見ると意外と手間がかかることに驚く。簡単で便利になったもんだ。Windows98のCDを入れて仮想HDに丸ごとコピーし、Windows95を終了させる。これで下準備はOKだ。

さぁインストールの開始だ。Windows98の仮想マシンに今作ったWin98インストール用のHDを追加しFDでブート。その後Win98インストール用のHDからインストールを開始する。ついにインストールまでたどり着いたぞ。

うひゃー、懐かしいね。その後のインストールは順調に進んだ。

インストールは無事完了。さぁDungeon Keeper2をいれるぞ! と、思ったらサウンドドライバが見つからないようだ。おいおい、音が出なきゃゲームなんて面白くもなんとも無いじゃないか。だけどサウンドドライバって何を入れればいいんだ?

後出しジャンケンでは人は育たない

どこの会社でもよくある話だと思うが、決算報告になると途端に数字にツッコミを入れてくる奴がいる。「この数字はおかしくないか?」とかという疑問ならまだいい。問題なのは「なんでこんなに費用をかけているのだ」という発言である。そんな発言が決算報告を聞くような立場の人間から出るのはとんでもないことであることを、発言している輩は多分気がついていない。

会社の金を勝手に且つ自由に使える人間というのは、会社には通常存在しない。だから、調べようとすればいつでも現在の経営状態というのはわかるものだ。ましてや、日々しっかりとお金を管理している会社であればなおさらだ。だから、月で締めてみなくても大体のところはわかっていてもおかしくないし、決算報告を受けたりする立場の人間であれば現在の状況を大雑把にでも掴んでおくのが筋というもの。その状況をまったく把握していないから、出てきた数字がおかしく見えるのである。

ではなぜおかしい数字に見えるのか。それはすべて思い込みのなせる技である。「忙しいから業績もいいはずだ」とか「今月は一昨年のいついつと同じような状況だから・・・」とか、とにかく経験則とか思い込みとの数字しか頭に入っていない。そして、人間は自分に都合がいいことしか覚えていないものである。それはバブルのころの景気のよさを未だに忘れられずに「昔はこんなだったんだぜ」なんて言う人間が未だに多いことでもよくわかる。

こういう思い込み人間の一番困る点は、思い込みの数字と違っていた責任を誰かに取らせようとすることだ。「なんでこんなに費用がかかっているのだ!」「人件費が高すぎる!」「コストはもっと下げろ!」いずれもよく聞く台詞だろう。そんな言葉は数字を比較すれば誰でも言える。小学生でも指摘する基準を教えれば言えるはずだ。何で費用がかさんだのかを十分に吟味するのであればまだ救いがあるが、そうで無い場合は言うだけ時間の無駄だし言われる方も気分が悪いだけだ。それなのに、なぜか決算報告の場は犯人探しの場に変わってしまうのである。

費用がかさむ原因はすべて明確だ。無駄遣いをしているか不正をされているか、もしくはビジネスモデル自体が費用がかさむ構造になっているか、だ。無駄遣いは日々のチェックで削減できるし不正も同じである。思い込み人間が一番やっかいなのは、ビジネスモデル自体が破綻しかけているのに関わらず追求すればどうにかなると思っている点だ。実際費用は締め付けを厳しくすればそれなりに浮いてくる。それが結局はダメなビジネスモデルを無駄に延命させ、大きな破綻を招く結果になるとはまったく考えていない。だからいつまでも過去の栄光にしがみつき犯人探しに明け暮れるのだ。

何もしなければ失敗もしない。そんな環境の中では何も挑戦せず黙っている方が得策だ。そして社員は冒険や新しい挑戦をしなくなり、やりがいもなにも感じない社員が集まる職場と化すのである。

決算は結果だ。そしてたくさんの積み重ねでもある。大きく間違った結果を招く前に対策を立て方向を修正してやることをせず、結果だけを見ての後出しジャンケンに傾注するのは能力が無いとしか言いようがない。

ま、能力がないから人も育てられないし途中での方向修正も出来ないんだけどな。だってこういう人って、自分がどっちに走っているのか自分でわかってないもの。

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人にボールを当て喜ぶ乱暴で教育上よくないドッジボール

痛いニュース(ノ∀`) : 【発言小町】 「人にボールを当てて喜ぶなんて、乱暴で教育上よくない」…ドッジボールをどう思いますか? – ライブドアブログ

この発言小町とかそれに対してのあれこれという話ではないのであしからず。

俺の高校では体育の時間のドッジボールが恒例行事となっていた。「高校でドッジボールなんて!」などと思うなかれ。これがまたちょっと工夫するだけで無茶苦茶おもしろいのである。

どういった工夫かというと、

ボールを複数個にする

のだ。そしてボールデッドは無し。体育館をいっぱいに使って、壁にぶつかって跳ね返ったボールは自陣で取った方のものになる。外野同士のパスもOK。生き返りは内野の残り人数が少なくなってからのみ発生。もうこれでみんなドッジボールの虜間違いなし。クラス対抗で戦ったりするとなお熱い。

ボールが2個になるとなかなか目で追えない。ある奴はボールを外野で隠し持ち、近づいてくる奴を虎視眈々と狙ったりする。だからまるで交通事故のように当てられることが多くなるしFPSのマルチ対戦のように「出落ち」もよく発生する。外野の重要度は通常ルールよりも状況判断と視野の広さの重要度が大きくアップするので、逃げまくりの奴でもヒーローになれたりするのだ。

中には「当たってもノーカウントになるのは足の裏だけ」というルールを活用して、足の裏を敵に向けて仰向けに寝転って円陣を組むクラスまで出る始末。

是非やってみてほしい。マジおもしろいから。

Dungeon Keeper2ですったもんだ その4

仮想マシンは準備できたがCDが読めない。WinMeではなくWin98の起動ディスクならどうにかなるかもしれんと、嫁のマシンにFDを持っていそいそと向かう。嫁マシンはこういうときのためにWin98とのデュアルブートにしてあるのだ。嫁マシンをWin98で立ち上げ起動ディスク作成に取りかかるがFDがぴくともしない。なんということだ。あまりに使用頻度が低い上に猫毛アタックにFDドライブは昇天してしまっているようなのである。さぁ困った。起動ディスクが作成できないぞ。

ガサコソと部屋の中をあさると、Win98で動いていたNoteを発見した。電源を入れてみるとまったく動かない。中をみたらHDとメモリが外してある。これでは動くはずもない。メモリを入れHDを繋いで電源ON。あ、あれ?起動しないよ。

さぁ万事休すだ。うーんと唸りながらない知恵を絞り出すと、整いました。

昔作成したWindows98のディスクイメージを持ってくりゃいいじゃん。

以前メディアサーバ作成時にお遊びで作ったWin3兄弟を思い出したのだ。

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このディスクイメージはこのサーバのHDの中にひっそりと眠っている。そこからディスクイメージをUSBメモリで抜き取って入れてみる。ワクドキしながら移動させた仮想マシンに電源を入れると、途中までは立ち上がるのだがログインのダイアログが出たあたりで何も受け付けなくなってしまう。

このディスクイメージはLinuxで作ったものだ。当然VMwareToolsもLinux用で、どうもそれが悪さをしている模様。またも手詰まりかと思ったが、試しにWin95を立ち上げてみると見事に立ち上がった。Win95にはVMwareToolsを入れられなかったのだが、これがこんな時に役に立つとは。

ここからの手順はこんな感じだ。

1、Win95の仮想マシンに仮想HDを追加
2、追加した仮想HDにWindows98のインストールCDをコピー
3、新しい仮想マシンを作成
4、新しい仮想マシンに先ほど作ったWin98CDをコピーしたドライブをマウント
5、Win98のインストール開始

さぁやるぞ。