最近年寄りにうんざりしている人の話

友人曰く、「もうジジイは隠居してほしいよな」。よく聞く話である。友人はこういう話をめったにしないのだが、その友人でさえ少々イラッとしている事があるらしい。

友人は某奉仕団体に加盟しているのだが、その団体は結成50年を越える歴史ある団体らしい。友人は「さぞしっかりと運営しているのだろう」と思っていたらしいのだが、入ってしばらくして、「この団体、ガラパゴスじゃん!」と思い始めたという。会報は未だに印刷物のみ、連絡も電話かFAX、当然HPも持たない。時代の変化を取り入れるどころか、頑なに昔のしきたりを守っている。当然会員数は減少の一途である。

会員数が減少すれば、運営する組織も縮小するのがごく当たり前。しかしその団体は組織の縮小など一切行われていない。当然会員一人にかかる負担は大きくなる一方である。それだけでなく、口だけ老人にやたらめったら気を使うのである。大先輩であるし、今まで団体を支えてきた人たちであるから無碍に扱うことはよろしくないのは理解できる。しかし、今までのやり方を変えたがらないことの弊害が多すぎるのも事実だ。主たる活動メンバーが活動しやすいようにすれば、会員増強にもつながるだろうし活発な活動をしてくれているメンバーがより力を発揮してもらえる環境になるはず。それなのに、いつまでも過去のしがらみ、それも、過去の人間が決めたルールに縛られている老人が多すぎるというのである。

そもそも、老人たちは仕事の第一線を離れ、時間的余裕がある。であれば、活動も時間的余裕がある人が主体となって行うべきであろう。体力的な問題はあるかもしれないが、槍もしないで「昔はこうだった」という話をされてもしらけるだけだ。そもそも団体の会費の大部分は活動費と銘打った飲み食いに消えている。団体の会費が、暇な老人の暇つぶしと飲み食いに使われているように見えて仕方がないらしいのである。

友人はその団体に自分から入りたくて入ったわけではなく、会社の付き合いで加盟している。だから余計あらが目立つのだろう。

時間と金の使い方にムダはないのかという視点が圧倒的に欠けているのだろうね、と友人は残念そうに話した。暇な人ってそんなもんじゃね?と俺は思ったが、あえて口には出さなかった。

S21の耐久性

S21に履き替えたのは、走行距離28355km時点。現時点での走行距離は32022Kmである。

履き替えてから3667Km走ったわけだが、その状態でのリアタイヤはこんな感じ。

3分山ってところだろうか。4000Km弱走っても、グリップの低下とかは殆ど感じられない。ハンドルの切れ込みのような操縦性の変化も感じない。S21はなかなか良い。

この状態だと6000Km程度でアウトかな?次もS21でOKなのだが、MICHELIN POWER RSがかなり良さげだ。(参考 ミシュランの新しい「パワーRS」は革新的なタイヤだった!) S20系統はS20、S20evo、S21と3つ目なので、次はMICHELINもいいかも。やっぱり新しいコンセプトのタイヤを試してみたいよね。

ガス欠の恐怖

今日は前回に比べ少し寒かったが、天気は良かったので出かける。走り始めると予想以上に気温が低く、上に何か羽織ってくればよかったなーと後悔するが、我慢できないほどではない。

いつのもの峠では、やっぱり道端にバイクを停め話し込んでいる人たちがいたが、気にせず走る。5往復くらいしたあたりに、マシンを停めていた人たちが走り始めたのだが、これがまた結構速い。このまま行けばカメがモノバレなのだが、それ以前に寒さでふくらはぎがつりそうになってしまった。踏ん張るとビキーンと行きそうだったので、流しつつ逃げ帰る。

帰路についたとき、意外にガソリンが減っているのに気がついた。いつもなら300kmくらいで燃料警告灯が点滅するのだが、270kmくらいで点灯し始めたのだ。このペースだと家に着く前にガス欠になるかもしれん。ということで、久々に超省エネ走行で帰る。燃料警告灯が点滅するのは残り4Lになってかららしいので、少なくとも80Kmは走れるはず。省エネ走行をすると26Km/L程度は確実だし家まで60Km少々なので、理論的には絶対に間に合うはず。だが、ここまでの燃費は20km/Lを切っている。その上、途中で渋滞に巻き込まれたりして気が気じゃなかった。

少々不安だったが、家の近くのガソリンスタンドには無事辿り着いた。ガソリンは16.7L入ったので、トータルでの燃費はたったの20Km/Lである。うーん、こんなに燃費が悪いのは久々である。少々アクセルを開けすぎたのかなぁ。

本日の走行距離 170km

親父は何を思ったのか

うん、わかるわかる。なんだかじーっと見てしまったりするよな。

俺の親父は数年前に病気で他界したのだが、最後はほぼ自分では動けなくなり、痛みを押さえる薬で記憶もあやふやで発する言葉も支離滅裂になった。もう長くはないと医者に言われたある日、半日だけ自宅に戻った。俺達は親父をソファーに座らせたのだが、親父は身体をほんのすこし動かされるだけでも痛いらしく、ずっと「痛い痛い」と騒いでいた。その度に座る位置を修正てあげたが、痛みは収まらなかったようだ。そのうち、親父は痛さのせいか悪態をつき始めた。しばらく黙って聞いていたのだが、ついに耐えきれなくなり、「なんでそう文句ばかりなんだ。言われる方の身にもなってくれ。」と少し強い口調で親父をたしなめた。

すると親父は突然黙り、じっと俺を見た。最初は俺の言葉に腹を立てたのかな?と思ったのだが、その眼差しに怒りは感じられなかった。親父は、年を重ねた俺を記憶にとどめようとしているかのようだった。

いくら記憶にとどめても、その記憶は死とともに失われる。それなのに、なぜ記憶にとどめておきたいと思うのか。考えてみればとても不思議である。だが、あの眼差しから俺が感じたことは、俺が死ぬまで記憶から消えることはないだろう。

初走りは股が痛くなる

ほぼ4ヶ月ぶりにマシンに火を入れた。走り出す前にタイヤの空気圧をチェックしたら、前後とも0.1kPaしか低下していなかった。すごいなS21って。今までのタイヤでここまで空気が抜けなかったのははじめてかもしれん。

乗りたくてウズウズしていたのでイメージトレーニングがバッチリだったのだろうか、走り出して全く違和感なしである。気温も暖かくてもう最高だ。

いつもの峠に行くと、先客が6~7台いた。その大部分は道端にマシンを停めて談義中である。知り合いでもないし話すネタもないのでどんどん走る。ここでも全く違和感なしだ。というか、いつもよりスムーズなくらい。走り出し一発目でこれは珍しい。楽しいので6往復してしまった。本当はもっともっと走りたかったのだけれど、最初から走りすぎてもアレなので切り上げた。

帰る途中、むちゃくちゃ眠くなって焦る。睡魔にプラスして、クラッチを握る左手の握力がちょっとヤバイ。こういうところは必ず初走りの症状が出るんだよな~と思いながら帰る。翌日はマシンを挟み込んだ内股がとっても痛くなった。トホホ。

本日の走行距離 160Km

最近、またまたFPSにハマってる

なんだか急にゲームがやりたくなって、Serious Sam 3: BFEをやっている。一時期体調が芳しくなく、特に撃ちまくり系のFPSができなくなっていたのだが、最近は全く問題がない。体調がかなり回復したんだなーと感じる。体調を図るバロメータにもなるFPSってすごいね。

で、Serious Sam 3: BFEだが、最後の方は死にまくって進まん。やっぱり下手くそになっているんだなと痛感させられる。長時間やると集中力が途切れてますます死ぬので、気分転換にSerious Sam HDとかQuakeとかQuake4とかPainkillerとかもプレイしているが、Quake4は「こんなに移動速度遅かったっけ?」と思ってしまう。感覚がずれてきてるんだろうなぁ。

やってみてやっぱり面白いのは初代QUAKEだ。アレはまさに不朽の名作だ。リロードもなく、とにかく移動しながらひたすら撃ちまくる。今でもそれなりに遊べるこのゲームが発売されてから21年も経っているとは。年を取るわけだよ俺も。10年前にこんなエントリを上げているし。

Quakeの魔力に取りつかれ

さて、今日も帰ったら撃ちまくろうか。

ついに暖かくなってきた など

3月から4月上旬にかけては、一向に暖かくならなかった。昨日などは「冬か!」と思うくらい寒かった。だが、その寒さもそろそろおしまいのようだ。今日から暫く暖かい日が続く。となると、そろそろ始動かな? まるで春になって動き出す虫のようだ。

3月中旬あたりに、いつものコースを車で下見に行ったのだが、前日に降った雪が路肩に残っていたが、もうそろそろ大丈夫だろう。

マシンは今年車検である。始動させたらバイク屋に持っていかなきゃ。GW前は混むから、GW後がいいかもしれん。

話は変わるが、ついにCBR1000RRの新型が発売されたな。気になる車重はSPで195kgらしい。CBR600RRと10kg程度しか違わん。かなり軽い。その車重でパワーは192ps。すごいね。SPはエンジンだけじゃなくてサスも電子デバイス制御らしい。乗ってみたい。だけど乗ったら欲しくてたまらなくなるかもしれんので、できるだけ距離を置いておいたほうが無難かも。

スマホ時代到来から10年らしい

スマホ時代到来から10年、2強が迎える「天王山」

10年というのは、iPhoneが世に出た時を元年としている模様。ふーん、そうなんだ。俺の歴史の中での最初のスマホはW-ZERO3で、初めて購入したのは2006年05月ごろだった。なので、すでに11年が経過しようとしているわけ。その後、初代ZERO3、次にWillcom03を2012年04月頃まで使っていたのだが、めんどくさくなってガラケーに移行した。その後、会社からiPhoneが支給されたりしたが、どうも使いにくさだけが印象に残ってしまい、個人でスマホを買うことはなかった。再びスマホに戻ったのはつい最近のことだ。

以前は仕事ではWindowsが主たる選択肢であったが、時は流れ、OSの違いをアプリが吸収するようになってきた。MS Officeでさえ閲覧を主体としての使用なら、AndroidでもiOSでも十分に使える。現在ではスマホとタブレットの2つ持ちである。メールでのやり取りなど、簡単な仕事はこの2つさえあれば十分になった。なかなか便利に使えているように思う。

さて、これからスマホはどこに向かうのだろう。この記事にあるように、すでに端末の性能は十分なレベルにあり、消費者はこれ以上の飛躍的な性能アップはあまり望んでいないように思える。PCでは、性能アップが鈍化してからはPCそのものに対する楽しみや興味がどんどん失せていった。イジる楽しみがなくなっていったからだ。スマホも同じ道をたどるのだろう。普通に使えて当たり前で、快適に使うために時間と労力をかける意味がどんどん失われていく。

やっぱり次はウエアラブルだよね。今俺はSMART BRECELETを使っているのだけど、これがまた結構便利だったりする。ちょっとした通知機能だけでもこんなに便利なのだ。骨伝導をつかった音声案内とGoogleGlassのようなウエアラブルディスプレイが組み合わされたら、どんどん可能性が広がるだろう。ワクワクしちゃうな。

出来ない奴と嘆くなかれ

友人は、会社内で「あいつは出来ない」とか「あいつがやってくれない」という言葉をよく聞くという。このセリフを吐く人は、かなりの割合で人に仕事を任せていないか、もしくは「やっといて」みたいに丸投げしているらしい。友人曰く、「要は、自分に対する不満を他人を介して表現しているんだよね」。

確かにそうかもしれん。やってくれないと嘆く人は、具体的な作業指示を出していない、もしくは出せない人がほとんどだ。「これ〇〇なんだよね。ちゃんとやっといて。」というくらいの言葉で、相手が察してすべてをやってくれると思っている。そんなの誰がやるかって。新しい課題であれば期日も含めたゴールが全くわからないし、修正であればどこをどう直せばいいのかも不明だ。こんな指示でできるほうが不思議である。

だが、言ったほうは指示を出したと思っている。冷静に考えれば、どちらに非があるかわかるはずだ。わかるはず・・・なのだが、実は、わかるはずと思うこと自体が罠にはまっていることに気が付かない。他人に自分の考えが正確に伝わるものだと思っている輩が多すぎるのだろう。

出来ないやつを生み出しているのは、その先輩たちである。そのことに早く気が付かないと、悪者にされた「可能性のある人間」のほうが先にいなくなる。そして、ますます「出来ないやつ」が増えていく。これはまるで無限地獄だな。