当たらない宝くじを、なぜ人は買い続けるのか

おお、なんだか本のタイトルのようだ。

先日書いた高額当せん者に聞く「宝くじの当て方」というエントリに

当たらないのに買い続ける人がいるのはなぜかを考えてみると面白いかもしれない

というコメントがついたので書いてみる。

今でこそやらなくなったが、俺は昔はパチンコ・パチスロが大好きだった。アレもまずほとんど勝てないシロモノなのだが、それでもなぜかやめられない。やめられなかった理由は

1、プレイ自体が楽しい
2、負けを取り戻せるような錯覚に陥りやすい

の2つに尽きる。パチンコ・パチスロはゲームとして見るとそれなりに面白い。そこに「金が増える」というギャンブルの要素が絡み、勝つとやっぱり嬉しい。その上、たまに大勝してしまったりする。これが曲者で、負けが込むとその負けを取り返す確率はどんどん低くなっていくにも関わらず「あのときの大勝が再び出来れば取り戻せる!」なんてアホな考えで自分を慰めることになりがちだ。結果大負けするのだが、「いつかは大勝」という「過去のレアケースがいつも起こるんだ」みたいな超非現実的な思考(願望)が何処かに必ず存在する。

パチンコ・パチスロと宝くじを同じまな板の上で料理するのはいかがなものかと思うが、根本的な考えは同じだろう。コレを「夢」と言うのであれば、確率から言えばまさに「夢」だろう。実現しないのが「夢」で、実現可能なのが「希望」らしいから。

身も蓋もない言い方をすれば、そんな「騙される」人がいるからこそ社会は回っているのだろう。仮に確率とか統計とかで機械的に判断する人ばかりだったら、世の中は全く違ったものになっていたに違いない。

ああ、風邪の薬で頭がボーっとしてもうコレ以上だめぽ。

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Serious Sam ドはまり中


先日買ったSeriouSamだが、Serious SamThe First EncounterとThe Second Encounterをなんなくクリア(Easyモードだってのはナイショだ)。Serious Sam IIはなぜか最後のところでつまずいてそのまま放置したままSerious Sam 3: BFEをプレイしている。

最初はかったるいなーとか思っていたSerious Sam 3: BFEだったが、ステージがエジプトになってからは様相が一転し、「まってました!」のSerious Samだ。特にヘリから落っこちた後はかなり面白い。ノリの良いBGMとともに、久々に時間を忘れるほどのプレイを楽しんでいる。というか、まだ出るのかよーとウンザリするくらい出てきてたまらない。

さて、今日もぶっ放すかぁ。

高額当せん者に聞く「宝くじの当て方」

先日、TVで『高額当せん者に聞く「宝くじの当て方」』みたいな番組をやっていた。あまりにバカらしいので内容はほとんど忘れたが、確か

・ツイている人に買ってもらう
・あれこれ選ばない
・予感を信じる

みたいな話が出ていたような気がする。まぁいずれも確率的に見れば全く意味が無いのは誰でもわかる。

宝くじを当てやすくするためには当選確率を上げるしかない。じゃ、どうやって確率を上げるかだけど、それは多分「たくさん買う」しかない。極端な話をすれば、全部買い占めれば必ず当たるわけ。だから購入枚数を増やせば増やすほど当たる確率も上がっている。

それ以外に当然確率を上げる方法なんてあるのか?ないだろ。

なのに、運だとか予感だとか、そんなオカルト話を信じる人が多くて驚く。未来のことがわかるなんて、光より速い物質(というかそんなもの)がなきゃ無理じゃないの?いまのところそんなのの存在なんて確認されていないし、とりあえず理論的には未来はわからんってのが科学的な見解じゃないのかなーと。

そんな事をいうと夢も希望もないみたいだけど、宝くじ当てたいみたいな夢や希望って必要なのかなーとさえ思う。だって、宝くじって配当金が50%以下なんだよね。一番儲かるのは胴元だからね。言い換えれば、宝くじを買った時点で半分はドブに捨てたようなもの。そんなのに夢なんてあるわけ無いじゃん。だから俺は宝くじは一度も買ったことがない。TOTOは少しの間ハマったけど、あまりに予想が当たらないしBigが出てから売上も上がったようなので買うのをやめた。買わなければ当たる確率は0だけど、ドブに捨てるよりはマシだなーと思ってる。

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自分の事を名前や苗字で言うヤツ

友人の会社に、自分のことを苗字で表現する奴がいるらしい。なんだかやたら気に障るとか言っていた。なんで自分のことを名前や名字で呼ぶのか意味がわからん、と。

言われてみれば自分のことを名前や名字で言う奴は結構いる。しかし、それはある特定の場面とかで使われる場合が多い。普通は「私」とか「僕」とか「俺」とかで表現するのがほとんどだ。だが、中にはいつでも名前や名字で言う奴がいる。

俺自身は全くそういうことがないので、自分を名前で呼ぶ思考パターンがよくわからない。よくわからないが気になったので周囲を観察してみた。すると、どうやら自分を苗字や名前で呼ぶときには周囲に自分をアピールしたい場合、具体的に言うと「これ、誰やるんだろ・・・」「(私)名なしの権兵衛がやります!」みたいな、周囲が聞いていることを意識しており、かつ「オレオレ、オレだよ!」ということを表現したい場合が多い。まぁこれは会話というか表現のテクニックの一つであり、使い方によっては非常に効果的だ。

では、年がら年中自分の事を名前や名字で呼んでいる奴はどうなのか?

これもどうやら二種類タイプがあるようだ。ひとつは完全に口癖みたいになっている奴。もうひとつは自意識過剰なオレオレちゃんだ。

そもそも日本人は会話の時にあまり一人称代名詞を用いない。二人の会話では二人称も用いられない場合もあるくらいで、三人称で区別のために初めて固有名詞や三人称代名詞とかが出てくるくらいだ。口癖になっている奴はその省略されやすい一人称代名詞の代わりに固有名詞を用いているわけだ。そもそもの話からすれば、通常省略されやすい一人称代名詞の代わりに自分の名前や名字を使うこと自体が自意識過剰気味なのだが、会話の思考回路に組み込まれてしまっている場合は意外に違和感はない。

違和感があるのは、通常は一人称代名詞などを省略するのに、学校とか仕事とか人が周囲にいる場合にやたら自分の名前や名字を使う奴だ。これはもう選挙の名前連呼と同じで、とにかく自分を認識してもらいたいという事に尽きる。そんなお仕着せがうざく感じ癪に障るのではないか。

そういう人は得てして声もデカく全てが芝居がかってわざとらしく大げさである。これを俺は勝手に一人アクター(アクトレス)と呼んで面白がっているが、気に障る人もいるんだろうなーと、友人の話を聞いて思った次第。

電子書籍の波は思ったより早くやってくるに違いない

先日、日本でもamazonからkindleが発売になった。ただ、日本では出版社の抵抗により電子書籍の数が揃わず、また、それに足並みを揃えた電気量販店もkindleの発売を見送っているようだ。当然価格も紙の本と大差ない。(2012/11/27 はてブで指摘されたので修正。なんだかキンドルが売れないこれだけの理由 | 紙メディア VS ネット 最終決戦 | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイトとかヤマダ、ヨドバシなど「Kindle」販売見送り 顧客流出を懸念とかが勝手に脳内シェイクされてたみたい。指摘の通り「出版社の抵抗」なんて言うものは見当たらなかった。)

これは出版社にとって非常によろしくない状況だと思う。なぜなら、下手をすると出版社をかませず電子書籍でしか読めないベストセラーとかコンテンツが出てくる可能性が大きくなるからだ。

タブレットは順調に販売台数を伸ばしてきている。また、スマホはW-ZERO3が出たことは「あんなデカイの電話じゃない」みたいに言われたが、あっという間にガラケーを追い抜いてしまった。使い道はそんなに変わっていないのに、である。タブレットもiPad miniのサイズはこれからどんどん売れていくだろう。

何より電子書籍はスマホでも見れる。もう既に電子書籍を見る環境は整いつつあるのだ。紙の本は確かに捨てがたい。しかし、通信手段さえあればどこでも手に入れられ、物理的な重さや容積という制限がないのは大きなアドバンテージだ。ビデオテープがあれよあれよというまに光学DiskやHDDに置き換わったように、書籍も紙から電子に変わっていくのは止められない。みんな情報が欲しいのであって、紙が欲しいわけじゃないのだ。

出版社とかはできるだけ長くいまの状態を維持するよう頑張って欲しい。そうすれば切り替えはある日突然一気に進むだろう。音楽の媒体がLPからCD、そして電子メディアに移った流れは、そのまま紙の本にも当てはまるにちがいない。振り返ってみると新メディアへの切り替えはあっという間だった。出版社の抵抗はその絶望感の現れに見える。だからこそ、電子書籍への切り替えは予想よりずっと早く短期間で進むのではなかろうか。

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次第に景色がモノトーンになってきた

今日は天気がよく風も弱いので、気温のわりには暖かく感じる。とはいうものの、さすがにこの時期は寒さ対策が必要。中に一枚多く着込んで出かける。

走りながら、景色がだんだん白黒っぽくなっているのに気がつく。夏はあんなに色鮮やかなのに、冬はまさにモノクロだ。なんでかなーとか思うが、単に光の強さなんだろう。人間の目は光量が減ると色を認識しにくくなるから。そんなことを思いながら走る。

今日はなんだか異常なくらいマシンが軽く感じる。まるで250ccクラスの感じ。ガソリンは満タンなので、そんなに軽いわけじゃない。もしかしたら寒さで若干タイヤのグリップが落ちているのかもしれん。それでもやはり軽いのは楽しい。

中に一枚余計に着込んでいるものの、走っていたらやっぱり寒い。俺は体が硬いせいかよく筋肉がつる。今日も走りながらシフトアップの際にすねの筋肉がつりかけた。やべーと思ってつま先を伸ばすと、今度はふくらはぎがヤバイ。つま先を伸ばしても曲げてもつるなんて、一体全体俺にどうしろと? 仕方がないのでとにかく力を抜いて回復を待つ。するってーと今度は右足がヤバくなりやがる。バイクに乗りながら足がつると、停止した時に足を地面に付けられなくなったりして非常にまずいのだ。実際かなり昔に信号待ちで足がつって立ちゴケしたことがある。多分周りから見たらとってもマヌケで、なぜ倒れたのか不思議だったと思う。

筋肉がつるといえば、手の指もつることがあって困る。これもかなり昔だが、左手の指がつってクラッチを離せなくなったことがある。こうなると走れなくなるので大変だ。昔のマシンはエンジンで暖を取ることができたが、CBRではそうもいかない。

10月に入ってから、いままで少なかった警察をよく見かけるようになった。沿岸部への応援が少なくなったのかもしれん。これからは要注意だな。

ベガルタ2位

ベガルタがホームで新潟に負けた。新潟も負けると降格が確定的になるので必死だったのだろう。この時期の降格争いをしているチームは全く侮れない。広島はセレッソに完勝で、この時点で広島の優勝が決まった。3位以下のチームの勝ち点は最終節でベガルタを逆転することが出来ないので、自動的にベガルタの2位も確定した。

今年のベガルタは本当に強くなったと思う。昨年も負けはとても少ないチームだったが、負けないのはそのままで勝ち数がグッと増えた。しかし、引き分けも相変わらず多く、そしてまた夏場に勝てない日々が続いたのは例年通りだった。

それでもベガルタは、あのJ1入れ替え戦で負けてから着実に強くなって来ている。今年はまずACLの出場権を得た。以前も書いたが、来年はACLを闘いながらリーグも今年同様に優勝争いにしがみついて欲しい。で、再来年はどちらも優勝を狙えるチームになってほしい。

さて、最後までもつれている降格争いだが、優勝が決まった広島はアウエーで神戸と戦う。広島の気が抜けてしまっていれば神戸はかなり優位だ。新潟は最下位札幌と、ガンバはジュビロと、セレッソは川崎と当たる。どのチームも「負け=降格」という状況で、どの試合も非常に面白いものとなるだろう。ガンバ大丈夫かなぁ。

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政治の混迷も日本が先駆者になるかもしれん

以前バブルが崩壊した時、その処理で日本は世界中から散々叩かれた。しかし、今は日本の処理方法が一番良かったと見直されている。そりゃそうだ。日本は事なかれ主義でなんとなく納めてしまうのがお家芸なのだから。そして、そもそもバブル崩壊みたいな経済の混乱は、世界的規模の経済活動が活発になってからは日本が一番最初に経験したことじゃないかと思う。まぁ、ブラックマンデーみたいなのもあったが。

で、今の日本は完全に低成長or停滞経済だ。だがみんなそれなりに暮らしている。生活水準は世界的に見れば非常に高いレベルで安定し、生きていく上で短期的に大きな不安は少ない。そんな中では頑張って生活水準を上げるんだとか偉くなって所得を上げるんだというようなインセンティブは働きにくい。つまり、もう完全に国全体がのんびり行こうぜ的な感じなわけ。いや、それは当然諦めとか失望とかも影響している。だけどしゃかりきになって「行くぞー」みたいな人は本当に少ない。となると、人々の要求も多種多様になり、その要求を実現して行こうとする政治家も目指す方向は様々になる。ほら、いまの政党の乱立って実情に合っているじゃないか。

あと10年もしれば、日本のようになんとなーく安定してしまう国も出てくるかもしれん。というか、アメリカのオイル事情もここ数年で大きく変わってくるだろうから、先進国はのんびり安定ムードになる可能性はそれなりに大きい。中国みたいなのもあるけど・・・ となると、バブル崩壊後の処理のように、日本のいまの政治は将来に他の先進国が通る道なのかもしれん。そうなればまたまた日本が先駆者になるわけで、そういう意味合いからもドンドン混迷しておくべきかも、なんて思ったりする。

誰のための選挙なのかという愚問

このごろのニュースは今度の総選挙のことばかり。沢山の政党が乱立し、なにがなんだかよくわからん。それだけでなく党を鞍替えする議員も多いらしい。そんな状況をどう思うか、という街頭インタビューに誰かがこう答えていた。

「国民のためなのか、自分が当選したいだけなのかわからないですね。誰のための選挙かのかよく考えてほしい。」

ぼーっとして聞くとごもっともだが、そんなの「自分が当選するため」に決まっている。当選しければ民意も吸い上げられないのだから当たり前じゃないか。卵が先か鶏が先かみたいな話にも聞こえるが、これは全然違う。担ぎあげられた人も自分から立候補した人も、その目的を達成する最低条件が「当選」だ。国民のため?なにねぼけてんの?って感じ。

そもそも国民って誰だよ。圧倒的多数であるサラリーマンは誰を選んでもそう大差ない。だから選挙とかに意味を見出せない。逆に様々な利権や恩恵を引き込みたい連中は選挙に熱心だ。誤解を承知で言えば、そんな特定少数の利権がらみ選挙だから腐った政治家しか出てこないのだ。圧倒的多数のサラリーマンを味方につける何かをしてみろって。政治家よ。周りをよく見てみろ。保護されたものは怠け衰える一方じゃないか。補助しなければやっていけないのは世の中からもあまり必要とされていないからではないのか。

しかし、ここまで政治がクソでも大丈夫な日本て、本当に平和だなーと思う。だがそれももうそろそろ終わりかもしれんね。

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日経新聞ってオワタだな

そんなふうに思ったきっかけはコレ。

髪や爪にも効果 コラーゲン、そのとり方はNG  :日本経済新聞

いやはや、まぁ宣伝の一貫なんだろうが、恥ずかしげもなくインチキ商法とも言えるコラーゲンについてこんなことを書くとは恐るべし。コラーゲンの何がインチキかは少し知識のある人ならわかっているはず。例えば、「健康食品」の安全性・有効性情報〔独立行政法人 国立健康・栄養研究所〕コラーゲン(最初に同意画面がでます)とかを読んでみればいい。似たようなことはコラーゲン – Wikipediaにも書いてある。

そもそも経口摂取されたコラーゲンはそのままの形で体内に取り込まれることはない。だからあんなゼラチン質みたいなものを食ったからといって何が起こるわけでもない。これと全く逆の話がコレ。

【牛乳を信じるな 70p】 例えば、赤ちゃんに牛乳を注射するとすぐに死んでしまうと言う事実。

コレなんかは馬鹿らしくて何も言う気になれないのだが、静脈に注射すれば死んでしまうような異種たんぱくでも経口摂取すれば死なない。つまり牛乳(というか食物)はそのままの形で体内に取り込まれることはない。コラーゲンとて同じ事だ。

ではなぜコラーゲンがここまで話題になるのか。そのヒントのひとつはコストにある。はっきりいうとコラーゲンは安いのだ。食品加工とかで出てくる「生ごみ」的なものから作れるのだから安くて当たり前。それを加工して保存が効くような状態にしておけばロスも出ない。あとは「健康によい」とか「お肌プルプル」といった言葉で売り込めば良いだけだ。もうひとつは摂取してもほとんどなにも起こらないということ。もともとタンパク質なので食べてもほとんど悪影響は出ない。というか出るはずがない。害はほとんどないし安いしで、こりゃボロ儲けだわwwwwってことだ。

そんな商売のうまい人達に踊らされているだけだってことなんだが、まー、信じるものは救われるのかバカを見るのかは誰もわからん。ただ言えることは、知らないってことは幸せなことなんだよなってことだけだ。じゃあの。

臭いと話題のナゲット食べてみた

最近ファミマが熱い、いや、臭いらしい。つい先日も立ち寄ったのだが、その時はいつもと変わらなかった。だが、ネットでこんな記事を見つけた。

ファミマから異臭。全国的に『臭い』との苦情!原因は新作のナゲット|| ^^ |秒刊SUNDAY

うほっ。なにやらチーズナゲットがかぐわしき香りを漂わせているそうな。チーズ好きの俺は行ってみるしかあるまい。

その日の帰り道、早速ファミマに行ってみると確かに臭い。もろチーズの匂いだが、ブルーチーズ系ほどではない。そんなに騒ぐことないじゃんと思ったが、チーズナゲットから出ていると知らなければただウ◯コ臭いだけかもしれん。

価格は130円だが今はサービス価格で120円、ファミマのTポイントカードを持っていると更に10円引きらしい。とりあえず2個買って食ってみた。

もう少し歯ごたえがあるかと思っていたが、かなり柔らかい。チーズの味はそれなりにするが食べているときは臭いはそれほど感じない。まずくはないが「まいうー」という程でもない。ただ、途中からなんだか口の周りがチーズ臭くなってきた。帰りの電車の中で食っていたので、もしかして車内にかぐわしき香りをばらまいてやしないか、少々気になった。「オナラじゃないのよオナラじゃないのよ、ナゲットなのよ。」とでも言えばいいのだろうか・・・なんて思った次第。

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タイヤの空気圧はマメにチェックすべし

バイクはタイヤが2つしかないのでタイヤのグリップ力は4輪に全くかなわない。また、下手に滑るとかなりの確率でぶっコケる。コケると体にも財布にもとてもイタい。だから、4輪しか乗ったことのない人に比べて、タイヤの状態や路面の状態には神経質なほど気を使う。

道で見かける自転車やスクーターの中には、ひと目見るだけでタイヤの空気圧が不足しているのがある。それも結構な台数だ。タイヤの空気圧が落ちると転がり抵抗が増して動きが重くなる。だから特に自転車はこぐのに余計な力が必要になって疲れる。また、ちょっとした段差とかでパンクしたり一気に空気が抜けたりするのでよろしくない。

とまぁ、2輪には神経質な俺だが、4輪は「動けばいいや」なのでメンテさえしない。ところが、先日バイクを磨きながら家の車をふと見ると、なんだかタイヤがやけに潰れている。おかしいなーと思い、空気圧を測ってみてびっくり。標準圧が2.1kgf/cm2のところ、なんと1.6kgf/cm2とかしか入っていない。一本なんかはたったの1.0kgf/cm2だった。おそろしー。こんなに減っていたら下手すりゃバーストするぜ。

で、手押しポンプでしこしこ空気を入れたのだが、これまたバイクより空気がたくさん入る上に4本もあるのでちょっと疲れた。空気を入れた車の走りはとっても軽やか。明らかに転がり抵抗が減っている。これで燃費も良くなるだろう。メデタシメデタシ。