将来のことより目先のバラマキ

なんだか民主党のマニフェストがバラマキだとか騒がれているようだ。

まぁ、人気を取るには飯でもおごってやればいいのと同じで、現ナマが手に入りそうになればほとんどの人は喜ぶ。日本の将来を本気で憂いている人には申し訳ないが、俺の家庭に手当てがつくのは助かる。つぶれそうな会社が将来への投資より明日の資金繰りを心配してしまうように、俺はまず目先の金をくれるところがありがたいのだ。

自民党は「財源がないのに・・・」と騒いでいるようだが、大会社の一般社員が会社の資金繰りなど気にしないように、普通の人は国の財政なんて気にしない。そもそも今までだって利権団体に金を流す仕組みを作って選挙に勝ってきたのが自民党だ。その利権団体の票よりごく普通の市民の票が多いと判断したら、そちらに金を流して票を稼ぐようにしようとするのは至極当然の流れだし、金の流れのポイントを切り替えるだけなので全体的な金の動きは変わらないような気がしないでもない。

それにしても官僚の頭のよさと、風見鶏っぷりには呆れる。既に政権交代を見越した人事が行われたようだし、今まで来たこともない挨拶状などが民主党代議士の元に続々と届いているらしい。そもそも官僚はよほどのことがない限り解雇されないのであるから、何もしなくとも給料がもらえなくなる心配はないはずだ。なのに、なぜそこまで一生懸命なのだろう。そこになにかおいしいものが落ちていて、それを奪われないよう必死でガードしているとしか見えない。政権が変わったからといってこの官僚たちを抑え込めるとは到底思えないが、もし変わるようなことがあれば天下り全面禁止などの兵糧攻めできる仕組みくらいはつくってほしいと思う。

ミスは気合じゃ防げないけれど

事故は気合じゃ防げない JR西の「人為ミス研究」脚光 – MSN産経ニュース
人為的なミスを科学的に分析しミスを減らそうという取り組みは生産分野などでは昔から行われてきたことで、そう珍しいものでもない。実際のJR西日本の研究結果を読んでいないのでアレだが、上記記事を読む限りでは「気合を入れるとミスがどうなるのか」は書いていない。実際はどうなのだろう。

交通安全週間なんてことをやると、始まってすぐ死亡事故発生なんてしゃれにもならない報道をよく耳にする。交通安全キャンペーンなので必要以上に緊張した結果、事故がおきるのではないかと思っている。精神の緊張は体を硬直させたり判断のスピードを遅くさせたりする場合がある。スポーツなどで力むとミスをしやすいのはそのためだ。こういう交通安全キャンペーン実施期間とそうでないときの事故率に差はあるのだろうか。

ただ、のんべんだらりんとしていても判断が鈍るだろう。だから、ある程度の「気合」は必要不可欠ではなかろうか。気合というより緊張感なんだけどね。

この記事を読んで、ふと昔の毎日新聞の社説を思い出した。風の息づかい云々って奴だ。すでに本体は無いのでコピペを乗せておく。
社説:特急転覆 安全管理で浮ついてないか
五感を鋭敏にして安全を確認するのが科学的だとは到底思えないし、ましてや「風の息づかいを感じていれば、事前に気配があったはずだ」などとは絶対に言えない。この腐れ社説から3年半、せめてこの記事が毎日から出てくるような体質であればJ-CASTニュース : 毎日新聞、連結最終赤字12億円 08年度決算とはなっていなかったかも知れん。あ、この記事を書いた産経もあまり業績は芳しくないようだね。つか、MSNと組んだところって、もしかして・・・

携帯のリサイクルの矛盾

リサイクル | auをお使いの皆さまへ | au by KDDIとかCMとかで、携帯をリサイクルしてますと声高らかにアピール中のau。昨年193万台回収したとかしないとか。コスト面のデメリットよりもリサイクルしているという良いイメージが欲しいのだろう。

しかし、193万台しか回収してない事の方が驚きだ。2009年4月の携帯電話契約数 – ソフトバンクが純増24カ月連続1位 | 携帯 | マイコミジャーナルを見ると、auの契約者数は約3090万契約。193万台というのは契約数の6.2%にあたり、廃棄回収率から逆算すると全部入れ替わるのに16年かかることになる。仮に同じ携帯を4年使うとすれば、1年に廃棄される携帯は約770万台くらいになるはず。おかしいなぁ。計算が合わないよ。

という野暮なツッコミはさておき、リサイクルするならキャリアを変えても同じ電話機が使えるようsimロックを解除したほうが効率がよい。廃棄台数も減るだろう。解体リサイクルより「使いまわし」だ。こういう根本的な対策を蔑ろにしたまま「リサイクルしてまっせー」と言われてもはかなり違和感があるのだが、どうか。

ダメな人間を作り上げる10パターン

【第6話】ダメな人間の10パターン:日経ビジネスオンライン

今までイケイケGOGO最高とかバブリーな経験が成功体験とか成長しないやつは最低とか、そういう考えがもてはやされてきた。それは単に社会がそういう人を優遇していただけで、よーく考えると、サッカーでみんなが一発狙いのFWだけだと試合にならないように、何事もバランスが大事なのは言うまでも無い。失敗する者がいるから成功もある。みんな成功するのであれば、それはもう成功とは言わないのだ。今までの価値基準での成功者を褒め称えるのはそろそろやめにしたほうがいいように思う。つか、成功者の価値基準ってなに?

企業もそうだが、最近は多様性をどこまで許容できるかでその企業や社会の成熟度が測れるのではないかと思うことが多くなった。モーレツ社員(死語)だけの会社が業績が上がるのかはなはだ疑問だし、モーレツ社員(死語)だけで意見がまとまるとも思えない。言葉は悪いが、遊んでいるような社員も多数雇用できるような余裕がなくてどうするのだと言いたい。

ということで、ダメな人間を作り上げる10パターンを上げてみる。

1、自分のことを「やればデキる人間」だと思わせる。
自分がデキないことを理解しないと、デキるようにならない。まずやらせてみる方が重要。つか、何でもデキる人間は「やればデキる」なんて思うまえにやってしまう。

2、何かを始めなければという脅迫観念を持たせる。
毎日同じことの繰り返しさえデキないのに、新しいことを始めるなどおこがましいにもほどがある。

3、社内の人間とでも仕事以外の会話など論外。
無理無駄を省くのもいいが、機械でさえ「遊び」がないと壊れることは覚えておいたほうがいい。

4、友人は多く作るべきだ。
わずらわしくない?単に都合のいい人と思われているだけかも。

5、悩みはすぐ先輩に相談せよ。
仕事の場合、後輩(部下)に失敗されると自分の首を絞めることになるのでこう教育される。それ以外でも相談という行為は、実際はあらかじめ持っている自分の意見に同意してもらいたいためにする場合がほとんど。つか、自分のことを自分で決めないでどうするといいたい。

6、何事も目標どおりに行かないと気がすまない。
うまくいくかどうかわからないから「目標」にするのであって、「僕は中学生になるのが目標です。」みたいな、ほぼ確実に起こることを目標にはしないことを忘れるな。大事なのは目標立案より修正能力。

7、まずは「ありがとう」と感謝する。
感謝という思考停止によるマインドコントロールであることを知るべし。なぜ感謝するのか考えろ。

8、相手によって応対を変えることが出来ない。
相手によって応対を変えないのは、雑魚キャラにBFGとかボスキャラにブラスターとか、「それはないわ」であることが多い。正直な対応と裏表のない対応は違う。

9、知り合いの有名人を紹介しない。
自分ひとりがよければOKなんですかね。

10、勉強会を盲信している。
参加することに意義があるわけではない。つか、為になる勉強会などそんなにないし、あったとすればそれはアナタの勉強不足が原因であることを認識すべし。

今の「成功」とか言われることがどういうことなのか、『億万長者』というアメリカンジョークでも読んで考えるのも一興かもしれんね。

新聞業界を「ただの企業」と言うのであれば

先日、一ヶ月以上も前にアップした金がもらえなくなった途端にこれかよというエントリにはてブがついて驚いた。最近はこれだけじゃなくて、一年半以上前に書いたこんなExcelの使いかたなら手で書いた方がましだって奴も今月になってはてブがついたりと、なんだか変な感じ。

昨日は特に面白く、朝方にアクセスを見たら通常の二倍くらいあったので変だなと思い調べてみるとOpenOffice.org導入で注意すべき事ってエントリにはてブがついてアクセスが伸びたようだ。20個くらいのはてブなら通常半日もしないうちに落ち着くんだけれど、この日はいつまで経ってもアクセスが落ちない。おかしいなぁと思って調べると、今度は金がもらえなくなった途端にこれかよというエントリにはてブがついて、そこからどんどんアクセスされてる。パチンコで言えば一旦入った確変はパンクしたけど、またすぐ確変を引いたような感じか。まぁ、はてなブクマは突風でしかないかもで書いたとおり、相変わらず長続きはしないけれどね。新しく来てくれた人の数%でもまた来てくれればそれで良しだろ。

さて、長い前置きはこれくらいにして、金がもらえなくなった途端にこれかよについたブ米に少々気になるのがあったので書いておく。ブ米にも書いたけれど、気になったのは「新聞社も営利企業なんだから・・・」という趣旨の意見だ。

新聞社が営利企業なのは間違いない。営利企業だから利益をもたらしてくれる所に尻尾を振ってついていくのも当然かもしれん。しかし、営利企業であればこそ、どのようにすれば利益が上がるのか良く考えるべきだ。すると、広告主に偏ったスタンスはおかしいことが見えてくる。

利益を増やすには入ってくる金(収入)を増やし出て行く金(支出)を減らせば良い。そして、収入は利益の源泉なのは誰でも知っていることだ。新聞の収入経路は大きく分けて二つあるようで、一つは広告収入、もう一つは新聞の販売収入だ。具体的な数字は探せなかったのだが、 asahi.com > 朝日新聞社から > 会社案内 > 広告を見る限りでは、2007年度の朝日新聞の広告収入は1577億円程度と推測される。では、朝日新聞の年間売上はどのくらいかというと、asahi.com > 朝日新聞社から > 会社案内 > 朝日新聞データに3769億円とある。単純に考えれば、この全収入3769億円と広告収入1577億円の差である2192億円が新聞販売収入と推測される。このなかにはその他もろもろも含まれるので、安全率70%としても約1500億円くらいは新聞販売による売上がありそうだ。

この数字は新聞発行部数からも合致する。朝日新聞発行部数は約800万部であり、朝刊新聞販売価格は駅などで一部140円程度、家庭では一ヶ月あたり4000円程度なので一部にすれば130円くらい。当然朝日新聞は大元の卸なので、多分小売販売先には50円程度で卸しているのではないかと思う。一部50円とすれば、800万部×365日×50円=1460億円となる。販売部数の面から推測しても、1500億円程度と見て良いだろう。つまり、新聞購読者が売上の半分近くを作り出しているのである。この比率から言っても、新聞社は広告主に尻尾を振るのと同じ程度は購読者におべっかを使ってもいいのではないか。となれば、どちらからも距離を置いたスタンスが一番無難であり、その無難なスタンスが公平さに繋がるのではないか。そのスタンスが利益を作り出す根底ような気がしてならない。

少々古いが、ニュースが無料で読める恐さについて考えたことがありますか? という新聞関係者であろう方の意見がある。これが新聞社を代表する意見だとは言わない。しかし、今までのことを思い出すと、新聞社がまともな記事を書くためのコストを負担している新聞購読者をきちんと見ているのかは甚だ疑問だ。「営利企業」であれば、尚更購読者へ注意を払うべきなのではないかと思う。ということで、営利企業だから広告主だけ重視で当たり前という考えは片手落ちなのだよ。

といいつつ、金がもらえなくなった途端にこれかよというエントリは、ぶっちゃけて言えば「購読者バカにしてるんだろ?」ってのが伝わってくるようなこと書くなって事が言いたかっただけなんだけどね。

プラズマクラスターは活性酸素らしい

最近プラズマクラスターというキャッチフレーズが気になっている。プラズマといえば大槻教授だし、クラスターと言ったらあの悪名高きクラスター爆弾?みたいな貧困なイメージしか持っていないのが悲しい。

このプラズマクラスター、調べてみると

空気中にプラス(+H)とマイナス(O2) のイオンを大量に放出することで、浮遊カビ菌・インフルエンザウィルス・ダニアレルゲンなどの有害物資を取り囲み、化学反応によって不活化する空気浄化技術です。しかしこのイオン、空気中では非常に不安定で、発生ユニットで人工的に生成してもすぐにつぶれてしまいます。そこでシャープでは、プラズマ放電によって、プラスとマイナスのイオン粒子の回りに複数の水分子が取り囲むクラスター(ブドウの房の意)状に凝縮させる技術を開発しました。

世界初 イオンで空気浄化 プラズマクラスターイオン技術

というものらしいが、なんの事やらさっぱり分らん。何の物質が除菌してくれるんだ?つか、またイオンかよって感じだ。

そもそもイオンってのは電荷などによる原子の状態を表す言葉で、単一の物体(原子)を表す言葉じゃない。上記説明の「空気中にプラス(+H)とマイナス(O2) のイオンを・・・」って、何ばら撒いてんだよってことが知りたいのだが、そんなのどこにもない。意味分らん。で、何となく記憶にあった言葉にOHラジカルってのがあった。そこでOHラジカルを調べてみると、こんなのを発見。

第35回:除菌・消臭効果を謳う「イオン機能」とは

イオン機能は、基本的に「OHラジカル」と呼ばれる物質の利用をベースとしています。OHラジカルは酸化力の強い物質で、活性酸素と呼ばれる物質のひとつです。

わお。活性酸素だって。活性酸素って、一時期なんだかものすごく悪者扱いされていなかったっけ?老化を早めるだとか細胞を痛めるだとか・・・Wikipediaにもこんな記述がある。

細胞内の酵素で分解しきれない余分な活性酸素は癌や生活習慣病、老化等、さまざまな病気の原因であるといわれており、遺伝子操作によって活性酸素を生じやすくした筋萎縮性側索硬化症のモデル動物も存在するが、因果関係がはっきりとしていないものも多い。 なお、喫煙による活性酸素の増加が、細胞を傷つけ癌を増加させるのみでなく、ビタミンCの破壊を促進し、しみ、くすみなどの原因となるメラニンを増加させてしまうことが知られている。

いやぁ、これだったら納得だな。プラズマクラスターなんてそくせーと思っていたけれど、活性酸素を利用しているのであればそれなりの効果はあるんだろうね。だけど、変な言葉で表現せず、きちんと説明したほうがいいように思うのは俺だけか?

危機感を煽る民放は考えを改めるべき

W杯アジア最終予選中継 「危機感を煽る民放」と「冷静なNHK」、どっちを選ぶ?|SPORTS セカンド・オピニオン|ダイヤモンド・オンライン

先日、スポーツ中継インタビュアーのアホさ加減について書いたが、民放のスポーツ中継のお粗末さは以前から何も変わっていない。意味もなく危機感を煽り、わざとらしく興奮したフリしかしないタレントを用いてやかましいだけの絶叫中継をする。そんな中身を伝えようとする意図さえ汲み取れない中継などうんざりである。民放の程度の低い中継は腹立たしくさえあり、面白い試合もつまらなく感じてしまう。だから俺もNHKを最優先する。

そもそも、なんで民放がこんな滑稽なことをやらかすのかと言えば、一つは当然スポンサーの手前、それなりの視聴率が欲しいのだろうことは誰にでもわかる。しかし、根っこはもっと深いところにあって、民放では「視聴者はこういう仕掛けにかかりやすい」と考えているからに他ならない。つまり、視聴者のレベルを低く見積もっているのだ。

ことサッカーに関してだけ言えば、確かにJリーグ創世記にはそういう戦略で良かったかもしれない。Jリーグ発足後、TVがサッカーの露出度を高め、新たなサッカーファンを増やしてくれたのは疑いようもない。しかし、時は流れ、Jリーグ発足時に初めてサッカーの虜になった人も、既に15年以上サッカーを見続けているのだ。その間に日本はワールドカップに3度出場し、日韓ワールドカップも経験した。日本のサッカーファンの目は、民放が考えている以上に肥えている。その証拠に、ワールドカップ予選でさえ、ここぞという試合しか盛り上がらないではないか。民放が煽ってくれなくとも、大事な試合はみんなが良く分かっている。それでも視聴者をバカにしたような演出に走るのは愚かとしか言いようがない。挙句の果てに、WBCと対比してみたり、相変わらずのキャチフレーズを連呼したり・・・特にWBCの流れをサッカーにまで持ち込んで味噌糞一緒にしてしまうのは逆効果でしかないのではないか。このあたりは、宇都宮徹壱氏もコラムで指摘している。

カタルシスなき前進 W杯アジア最終予選 日本代表対バーレーン代表

民放の中継が支持されているのか否か、結果はいずれ分かるだろう。

都合のいい話に騙されるな

こんな記事が目についた。
シューティングゲームで視力の「コントラスト感度」向上、米研究
「ほんとかよ」と思いつつ、納得する俺。なぜすんなり納得してしまうのかというと、それは多分俺がFPS大好きだからだ。

ゲーム脳」とか「脳内汚染」などに代表されるように、ゲームは悪者扱いされる事はあれどよゐこ扱いなどほとんどされない。ましてや「撃って撃って撃ちまくれ超殺戮ゴア満載FPS」なんて、見た瞬間から毛虫のように毛嫌いされる場合が圧倒的だ。眉をひそめられるのもわからなくもないが、自分の好みのものを小賢しい理屈をつけて否定されるのはあまり気分がいいものではない。

そんな中で出てくる「ゲームもいい所あるよっ!」話は耳に心地よいのである。ゲームは良くないと自分でも思っている面があり、その後ろめたさを誤魔化すためにすんなり信じてしまう。自分の後ろめたさの言い訳が欲しいのだ。

これはとあるアイス業者の話なのだが、その業者はクズの果物を使ってアイスを作る技術を売り物にしていたらしい。通常のアイスはさほど売れないのに、そのアイスだけはかなり売れていた。なぜそのアイスだけ売れるのか、お客に理由を聞くと「健康に良さそうだから」なんだそうだ。そのアイスは通常のアイスよりカロリーが低い訳ではないらしいのだが、果物を使っているだけで健康そうに見えるらしいのである。通常のアイスを食べたいのだけれどカロリーが気になる。だが、このアイスを選べば「これは健康にいい」という自分に対する言い訳ができる。だから売れるのだそうだ。

このような、自分に言い訳を与えようとする心理は商売に良く利用される。その代表的なキーワードは「健康」、「エコ」、それと「環境」である。「健康」は自分に対する言い訳、「エコ」と「環境」は商品に対する言い訳で用いられる事が多い。だが、それが「bad,worse,worstの中からbadを選ぶ」ことになっていないか、偽りの付加価値をつけられていないか十分吟味し見極める必要があるんじゃないかな?

「気持ちで負けないために」どうすればいいのかよく考えるべき

桑田のブログ話題のようだ。いい内容だね。桑田がこの年齢までやってこれた理由が判るような気がする。

スポーツの世界だけじゃないだろうけど、「(気持ちで)負けるな、ガンバレ」みたいな話はよく聞く。だけど、そんな精神論ではなんにも解決しないんだよね。「(気持ちで)負けるな、ガンバレ」という人に聞きたいのだけれど、じゃあ、どうすれば(気持ちで)負けないの?ガンバレるの? まさか「とにかく負けるな」なーんて言わないよね。

「(気持ちで)負けるな、ガンバレ」をよく口にする人って、もしかして何にも考えていないんじゃないのかなぁ。解決策が判らないから「(気持ちで)負けるな、ガンバレ」で誤魔化しているんじゃないの?

そもそも挫けそうになるのは、自分の力不足がはっきりするときじゃないかと思う。要は自分の力が信じられなくなったときや自分の負けを認めたとき、人は挫けるんだろうね。だから、挫けないようにするためには、前段階での準備が全てじゃないかと。スポーツであれば一番効率のよい練習をして本番に備えるとか、まぁそんなところだろうね。ここでもまた繰り返しになるけれど、練習とか前準備とか、気持ちでいくら頑張ったって効果が出ないものはダメなんだよね。本番で宝くじが当たるみたいな火事場のバカ力を期待したって、それは無理というものだよ。

精神論もいいけれど、それを実現させるためにより具体的な方法を示さければ、それは祈りと同じだよ。念仏を唱えていれば腹が減らなくなって食べる必要がなくなる、なんて言う人はいないよね。「(気持ちで)負けるな、ガンバレ」だけ言う人の思考回路ってそれと同じようなものじゃないかなぁ。

さしずめ今は「凶作」なんだろうね

先日もTVが派遣切りについて騒いでいた。一連の報道を見ていると、「飢饉」というのはこういう状態では無かったのかなぁと思う。その昔は作物が出来なくて飢えた訳だが、それが今度は仕事が無くなるに変わっただけのような気がする。

じゃあ、その飢饉を誰かが助けてくれたのかといえばそんな事は無く、品種改良や栽培方法の工夫などで不作にならないようにしてきただけじゃないかと思う。ワークシェアリングで云々は米がこれしかないからご飯一杯だけで我慢してねって話だし、内部留保を吐き出せば・・なんて話は庄屋は米を溜め込んでいるらしいから分けてもらおうって話でしかない。そんなことやっていたって、米は増えないんだよね。つか、特に内部留保については、もしそれを吐き出させて死んでしまったら誰が責任取るんだろう。今の企業の人員削減なんて、「100人のうち10人であればずっと生きていられるが100人だったらたった1ヶ月しか持たない。そしてその決定権があなたにあったらどちらを選ぶ?」みたいな話だろ。

といいつつ、金持が金を使ってくれないとおこぼれもないのも事実。庶民が一ヶ月数万円で食べて行くところを、金持は平気で一晩数十万使ったりする。その金ってのは落としたところから働いている者や業者に回っていくわけで、金が無くてヒーヒー言っている多数の庶民から1000円づつ出させるより簡単かも知れん。そもそも2〜3割の人間で7〜8割の富を持っていると言われているのだから、その2〜3割の人間にもっと使ってもらうのがいいんじゃね?つか、賃金で払わせようとするから全てが停滞するのだよ。もっとドカーンと金を使わせなきゃ。

そういう意味じゃ、今の金持は粋じゃないよね。粋な旦那ってもう死滅したんだろうな。

ぼくゴリラが頭から離れない

asahi.com:「ぼくゴリラ」の短歌で市長賞-マイタウン千葉ayuさんのところで知った。

090126news ぼくゴリラ、とか – CROSSBREED

ぼくゴリラ ウホホイウッホ ウホホホホ ウッホホウッホ ウホホホホーイ

頭から離れないんですけど・・・

ぼくオカマ オホホホオッホ オホホホホ オッホホオッホ オホホホホーイ

あさひかせい イヒイヒイッヒ イヒヒヒヒ イッヒヒイッヒ イヒヒヒヒーィ

かぜひいた ゴホホォゴッホ ゴホゴホホ ゴッホホゴッホ ゴホーイクション

ガジラ語は クピポクピクピ クピポピポ クポークピクピ クピピピピーイ

じょうたろう オララオラオラ オラオララ オラララオララ オラごくう

けんしろう オアタアタアタ オアタアタ アタアタあべし ひでぶうわらば

きばやしくん なになになんだ なんだってぇ ここれはなんだ なんということだ

ぼくIKZO  てがてがてっが ががががが がっがてがてが なめんなよってが

おれはDio  ウリリィウリリ ウリリリリィ ウリウリウリリ ウリリ無駄ァァ

なにするの いやよいやいや いやよいや いやあいやいや だめやめちゃ

きょせんさん ウシシシウッシ ウシシシシ せえのっドンで さらに倍

なんべいは ゴォールゴルゴル ゴォォォル ゴルゴルゴール ゴォォォォール

かおなしだ あーあーあっあ あぁぁぁぁ あっあぁあっあ あぁぁぁぁーー

がまおうじ ゲロロロゲーロ ゲロゲロロ ゲーロロゲーロ ゲロロロローー

って感じ。かなり中毒性ありだね。

金利を安く見せる手法にだまされるな

電車の中吊広告に、こんな奴がある。

意外でした。
10万円借りても一ヶ月後に返したら、利息は1500円で足りました。

意外でもなんでもない。1500円/月だから、年額にすれば1500円×12ヶ月=18000円である。つまり、元本10万円に対しての年利は18000円の18%で、安いどころか利息制限法の上限だ。それなのに、さも安そうに見せるところはさすがというかなんというか・・・

40年以上昔の日本は、「借金」に対して異常な程の抵抗があったように記憶している。その頃、借金はそう簡単にできるものではなく、それゆえとにかく自分の手持ちの金だけでどうにかする事が最優先されたように思う。それが大きく変わったのは昭和50年後半だった。それまでは厳しい審査のあったローンが誰でも比較的簡単に組めるようになったのだ。そのことは大物家電や自家用車などの普及を促進したことは間違いないだろう。しかし、物品購入対しては簡単にローンが組めたが、現金の借り入れについては依然厳しいままであった。

それが、バブルを堺に方向が大きく変わった。銀行自体が借り入れ可能なキャッシュカードを作ったり、カード会社の現金借り入れ枠が大きくなったりと、現金の借り入れが非常に簡単になっていった。最盛期には、普通の人でもカード借り入れ枠を使うだけで、100万円くらいは簡単に集められたはずだ。

通常の借り入れは、要は「前借り」である。将来返さねばならないし、用立てしてくれたところには利息を払わねばならない。年利18%で10万円借りた場合の月々の利息は、高々1500円である。しかし、これを10年借り続けたら利息だけで18万円になる。これは元本の1.8倍の額だ。同じように、金利は高々年5%程度であっても、単利5年払いであれば元本の25%もの利息を払うことになる。複利になると計算は少々ややこしくなるが、金貸しは金利と月々の返済額を巧みに使い分け、「これなら手が届くかも・・・」と思わせるのが抜群にうまい。我慢すれば当然金利を払わなくて済むし、月々まじめに支払う事が出来るのであれば、その金を使わずに貯めることも可能なはずだ。

とまぁ、独身の頃は給料の8割がローンに消えていた俺が偉そうに講釈たれても、全然重みはないのだけれどね。

自衛隊は「軍隊」じゃない?

年末に「たけしのTVタックル国民はブチ切れ寸前!!言わずに年が越せるか怒りの鉄拳スペシャル」という番組をぼげーっと眺めていた。下手なお笑い番組やクイズ番組を見るよりはずっと面白かったのだが、なかでも3つのことに改めて驚いた。

それはあの「田母神・前航空幕僚長」が出てきた場面でのことだった。相変わらずこの田母神氏は真面目なんだか遊んでいるんだかからかっているんだかよくわからなくて面白い。そのなかで田母神氏は自衛隊の事を「軍」と呼んでいたが、その言葉に対して森永卓郎氏あたりがツっこんでいたように記憶している。

ここで俺はふと「自衛隊って、誰が見ても軍隊だよなぁ」と再認識させられたわけ。いくら自分達で「あれは軍隊ではない」と内規的な機能面だけを取り上げて話しても、360度どの角度から見ても軍隊にしか見えないと思う。自衛隊の装備と「軍隊の装備」、何が違うのか全くわからない。散弾銃を「猟にしか使わないから人殺しの道具では無い」と言っても、銃は銃なのである。あれが軍隊じゃないと言い張っているのは日本人だけじゃないのか? これが1つめ。

そして、そのあとの言葉にまたまたビックリする。それは森永卓郎氏だったかが「文民統制」という言葉を口にしたときである。それに対して勝谷誠彦氏だったかが「軍隊がいないのに文民統制なんてありえない」みたいな反論をしていたのだ。いや、まさにおっしゃるとおり。軍事力に対する民主主義的統制を文民統制と言うのだから、自衛隊は軍事力ではないとすれば文民統制という定義自体当てはめることはできない。まっとうすぎて屁理屈みたいになってしまっているが、この矛盾を無視して「文民統制」の言葉を多用した新聞を始めとするマスコミは言葉の使いかたをよく考えたほうがよさそうである。これが2つめ。

3つめは、勝谷誠彦氏の口から「田母神氏はクーデターを起こしたみたいに言われているが、制服組のリークが発端だった。田母神氏は制服組にクーデターを起こされた方なのだ。」みたいな言葉があったことだ。やはりそうかと思ったが、TVなどでみる限り、裏であれこれやろうとしている者にとって田母神氏は目の上の単こぶになり易い人のような気がする。あの守屋前次官騒動の仕返しだったのかも知れん。

ただ、この玉虫色な捕らえ方は多分日本人にしかできないことだと思う。それなのに全てを白黒はっきりつけたがった結果が、今の状況じゃないのかとも感じる。だから、日本人が日本人にしかわからないことを「非」とするのではなく、単細胞な諸外国にも日本の形ーTHE JAPANESE TRADITIONとして理解させるべきだと俺は思う。

そろそろ「変わる」とか「成長」とか騒ぐのはやめないか?

今年はとにかくアメリカのおかげで盛り上がった。原油価格高騰に始まり、オバマ氏のキカイダーよろしく「Change! YES, We Can.」のセリフで盛り上がり、アメリカ発の金融危機でその祭は最高潮に達した感がある。日本国内では「あなたとは違うんです」と言ったソーリとか「そんなのかんけぇねぇ」と言った軍人とか欽ちゃんよろしく「かいさーんナシヨ」となった国会とか、こちらもとにかく一般人にはあまり関係のない部分で盛り上がった。ちなみにキカイダーの変身のセリフは「ちぇぃんじすいっちおん わん つー すりー」である。

この景気の急激な悪化で、誰もかれも大変である。あのTOYOTAでさえ赤字転落するらしい。安泰なのは、今のところ自分達で金を作る必要のない公務員だけだが、これとて税収が落ち込めば長期的にはどうなるかわかったもんじゃない。

これからも外的環境は大きく変化していくだろう。企業や個人も、その変化に合わせていかなくてはならないのは至極当然の流れだ。しかし、このような状況では「変わらない」ことの方がはるかに難しい。「変わらない」と言っても全く変わらないことなど出来るはずもないが、現状を維持していくだけでもものすごいエネルギーが必要だ。だから、そんな状況で無理して変わる必要もなかろう。というか、「変わる」とか「成長」なんて言葉に踊らされて背伸びをする方が危ない。

そもそも日本なんて「みてみてー。どう?すごいでしょ。」というお隣自慢だけでここまで来たという話もあるくらいだから、「変わる」とか「成長」とか意識しなくとも大丈夫な国民性なんじゃないかと思う。もっと言えば、「お隣自慢」には「変わる」とか「成長」といったアメリカ的な相手をけ落としても達成すれば良しという意味合いは薄く、逆に自己研鑚的な意味合いが極めて強い。同じ「俺が俺が」でも、日本の方が楽しいじゃないか。

なんでもアメリカアメリカと言うけれど、アメリカを見習って良かったことなんてあるか?全部だめになって来てるだろ?

だからもうそろそろ「変わる」とか「成長」とか騒ぐのはやめないか?