「想定外」を都合良く使うな

あれよあれよという間になぜか大晦日。こうやって歳を取って行くんだろうなぁ・・・とか、毎年書いているような気がする。爺様が同じ事ばかり話すのと同じだな。

今日とある記事を読んでいて、「我々は想定外という言葉は使わない」という文言に感動した。これは福島第一原発事故の対処に当たった自衛官指揮官の言葉なのだが、やはり戦に備える集団は言うことに重みがあるとつくづく思った。考えて見れば至極当たり前で、どんな場面でも最善の方法を瞬時に判断するためには予め想定しておくしかない。しかし、当事者である東電、政府、原子力なんちゃらホゲホゲ、果ては学者に至るまで「未曾有の災害による想定外の事態」みたいな言葉を平気で使っていた。今更ながらだが、プロとしてはもっとも恥ずべき言葉を軽々しく使っていたわけで、そういう見地からいえばみんなド素人だったって事なのかもしれん。

翻って自分のことを考えてみると、思った以上に「想定外」でバタバタすることが多いことに気がつく。正確にいうと想定はしているのだが可能性は低いと判断してその対策まで考えないことが多いのである。これはプロとしては失格のレベルなのかもしれん。もっともっと判断のスピードを上げて行かないとイカンなーと、先の言葉から痛感した次第。

掛け算の書く順番

最近6×8とかなんとかの話題が旬らしい。一人に8本ローソクを渡すとして、6人いたら何本のローソクが必要なのか、みたいな問題だった。で、8×6=48としたら間違いとされたとかって奴だ。あれ?逆かな?

なんだかどうでもいいような話なのだが、掛け算の場合は「掛ける数」に「掛けられる数」みたいな説明を受けたような気もする。一人8本づつ6人だからとかなんとかもっともらしい話があるようだが、こんなの別に単位をつけてやれば良いだけのような気がする。つまり

8本x6人

って表現すれば良いだけじゃないか。なんて思っていたら、単位もこれじゃオカシイらしい。これだと答えの単位が「本・人」みたいになるので変だろという事のようだ。じゃあどう表現すれば良いのかというと

8本/人x6人

なんだと。ほぉー、言われてみりゃ確かにそうだ、と、思いつつもなんだか違うだろそれという感じ。何がオカシイって、なんで掛け算の順序にこれほどまでにこだわるのかってことだ。「よく出来ましたね。だけどこういう解釈をすればなお良いですよ」って話しじゃないのかこれ、と思った次第。

自分の行動・言動を振り返る

とある友人から聞いた話。その友人はある会議で「おまえの部課は非協力的だ」みたいなことを言われたという。確かにちょっとした協力要請には応えられないことも多い。しかしそれはわざとしているのでは無く、単に協力要請されたときに出せる人がいないからなのだそうだ。誰もいないのに誰を出せっていうのかね・・・と。

こういう話はよく耳にする。たいていの場合、文句を言ってくる人間はある場面で自分に火の粉がかかってきたことに腹を立て、その不満を正当化するため意見に変えた文句を言う。ある場面では全く同じ事を他人にしていることも多いのに、自分の行動はほとんど振り返らない。そんな人は極めて多い。

こういう人間がそれなりの立場にいると周囲はしかたがないので言うことを聞く。周囲が応えたことで、言った人間は自分の意見が正しかったと盲信し再び同じことをする。そして結局人望をなくして行くのである。

そうなる前に自分の行動、言動を良く振り返ることが必要なのだろうなぁと、友人の話を聞いて思った次第。

バイクを取るかそれともサーバか

このサーバはVMware上の仮想マシンで動いているのだが、OSもかなり古いヴァージョンなのでblogツールのヴァージョンアップが出来ない。特に不便は感じてないけれど、全てが枯れた状態でいじる所も無くて少しさびしい。それだけでく、せっかくPS3を手に入れたのに、マザーを入れ換えたときにメディアサーバとしての機能を止めてしまったままだ。マシンパワーはかなり余裕があるので、そろそろサーバの構成を変えたいところだ。

しかし、どうせやるならメインマシンのアップグレードも兼ねてやりたい。今はかなりメモリが安いので、メインマシンのPhenomIIとDDR3という構成にして今メインマシンで使っているマザーをサーバに移すというのが良い感じだ。サーバをメディアサーバとしても使うとすると、SATAのポートは最低でも6個欲しいところだが、そこまで贅沢は言うまい。

さて、問題はマザーとメモリを買う金を捻出出来るかどうかである。春にはCBRのフロントを交換しなくてはならないだろう。その金も作らんといかん。

うーん、サーバを取るかバイクを取るか、悩むところだ。

タスクが処理できましぇん

なんだかものすごく時間が足りない。今日抱えていたタスクは会議関係1つプロジェクト4つデータ入力と加工2つ人事関係3つ決算関係2つ・・・こんなもんかな?全部で12タスクか・・・で、十分に出来たのはそのうち8つでひとつは積み残し、あとのみっつは着手さえ出来なかった。泣ける。

明日も朝早く出社して積み残しをやっつけなければならないのだが、このくらいタスクが重なってくると自分で何をやっているのかわからなくなるときがある。また、ほんの少しでも手待ち時間が出来るとついついボーッとcしてしまっていたりする。つか、こんなの無理だっつーの。持っているタスクを誰かに割り振らないと真面目にパンクしてしまう。問題は誰かに振ったとして、それをやれる奴がいるかどうか、だ。時間をかければ多分大丈夫だろう。しかし時間をかけている余裕はない。

なにより恐ろしいのは、タスクが重なりすぎると本当に大事な事もポッカリ穴が開いたように忘れてしまうことだ。それが契約関係であったり法務関係であったりすると、あとあと面倒な事になったりするのでよろしくない。よろしくないのはじゅうじゅう承知ぼはずなのに、なぜかものの見事に忘れている。人間の能力の限界を感じながら、その一方で「いつでもレッドゾーンで走っていたらエンジンも壊れるよなぁ」といった言葉も口をついて出てしまう今日このごろ、みんな体だけには気をつけてくださいまし。

人を活かすトップと活かせないトップ

昔から良く言われる話に、十人居れば、その中の一人は居なくてはならない人、二人がいてほしい人、四人が普通の人で、残り三人のうち二人が居てほしくない人で一人は居ないほうがよい人である、みたいな話がある。いまの世の中はこの中の普通の人以上を集めたがっている場合が多いが、果たしてそれは正解なのだろうか。

俺はそんな事絶対に出来ないと思っている。なぜなら、その必要度の評価はほとんどの場合相対評価によるものだからだ。どんなに優秀な人間ばかり集めても、その中から必ず居ては困る人が発生するに違いない。

ただ、これは組織のリーダーやトップによtって大きく変わってくるのも事実。ダメなトップは一元的な評価しかしないため、必要な人と不必要な人を人物で分けたがることが多い。逆に良いトップはその人の特性に合わせて、プロジェクト別に必要な人材を登用して場面場面で必要な人材を変化させている。人間なにか取りえはあるもので、その取りえをきちんと評価すれば人は見違えるような動きをみせたりする。その根底にあるのは人間を信じることが出来るかどうかだと思うのだが、どうか。

環境ビジネス

今年は昨年に比較し、気温が3°以上低いようだ。日本上空を寒気が覆っているという事らしいが、温暖化とか騒いでいる割には年々寒くなっているような感じだ。

聞くところによると太陽の活動が弱まっていて、これからしばらくは寒くなっていくとか・・・それに連動するように、温暖化だとか二酸化炭素だとかという話もめっきり聞かなくなった。その原因は、実は気候のせいではなくて、日本が震災によって経済活動が低迷し、金を搾り取れなくなったと判断されているからのような気がしてならないのだが、どうか。

やる気があるが能力の低い人とやる気が無くても能力が高い人

これはよく話に出ることかもしれんが、「やる気があるが能力の低い人」と「やる気が無くても能力が高い人」どちらを選ぶかと聞かれたら、俺は間違いなく「やる気が無くても能力が高い人」を選ぶ。その理由は簡単で、やる気では能力をカバーできないからだ。これはサッカーなどを見ていればよくわかると思う。走らないメッシとよく走る高校生、どっちが欲しいかってことだ。メッシは走らなくともボールを渡せばものすごいパフォーマンスを見せてくれるだろう。しかし、かたや走るだけの高校生は何の役に立つのかわからない。というか、戦力として計算できないのだ。

また、「やる気があるが能力の低い人」というのは変な方向に走りがちである。どうでも言いようなことにやたらにこだわったり、もっとずーっと簡単に出来るのにその方法を探せなかったりするのがこのタイプだ。仕事の重要さや優先度を判断できないのである。だからいつでも一生懸命やるしかない。その結果なにが起こるかというと、今ここで120%の瞬発力で乗り切らなければならない時に80%の力しか出せず、みんなの足手まといになったりする。

とはいうものの、能力というものも一定ではなく、計画性と目的意識を持っていれば自然に上がってくる。だからいつまで経ってもダメな奴はダメなわけではない。しかし、能力が高い人と低い人ではその能力の上昇度合いも差がある。同じ時間では能力のある人に敵わない事が多い。これは残念だがどうしようもない事実なのである。

タボーダ

ここ数日何となしに忙しい。はっきり言ってしまうと「手が回らん」という状態。まぁ毎年の事なのだが、今年は特にひどい、よってクリスマスも正月もあったもんじゃない。

世は忘年会で盛り上がっていて全体的に浮かれている感じだ。おれも浮かれたいがちょっと無理っぽくて泣ける。来年こそはこの仕事を誰かに振らないとなぁ。

俺の感覚がおかしいのだろうか

とある人から聞いた話。その人の会社にある会社から社長交代の挨拶状が届いたという。その挨拶状はその人の会社の社長宛てだったらしいが、社長の名前が前社長になっていた。その人の会社の社長も少し前に交代していたためだと思うが、それにしても失礼な話だと言っていたらしい。

俺にはこういう感覚が良くわからない。そういう挨拶状の一番の目的は交代の情報を伝えるためであり、それは宛名が間違っていようがいまいが関係ない。そんなことでいちいち目くじらを立てていたら疲れてしょうがないだろう。頻繁に人事異動をやっている会社であれば肩書が違う郵便物が届くのは良くある話だし、そのときに間違いをひとつひとつ指摘していたら時間のムダというものだ。社長と社員では違うだろうという意見もあろうが、肩書や名前なんて所詮はポインタでしかないという見方もある。

こういう所にこだわるのは情報量が少なくて細かいところまでチェックできるからであり、つまりはヒマさと不必要なプライドの成せる技なのかもしれんなぁと思った次第。ま、間違えないのが一番いいのだけどね。

R-TYPE

しばらく前の話になるが、知人からPS3を買った。PS3はゲーム機としては勿論、メディアステーション的な使い方が出来そうだったので金に余裕ができたら買おうと思っていたのだが、知人の言い値がちょっと魅力的だったので即購入した。とはいうものの、俺はPCゲームのほうが好きだ。だから購入した後はあまりPS3には触っていなかった。

ある日、なんとなくPlaystation Storeを物色していると、PCエンジンアーカイブスとかいう奴が目に留まった。中を覗いてみると、イースとかグラデウスとか懐かしいタイトルが並んでいる。その中に俺がかなりはまったR-TYPEがあるじゃないか。はまったといっても4面までしかクリアしたことがないのだが、ゲーセンでもかなり注ぎ込んだしPCエンジンはこれがやりたくて買ったくらいのタイトルだ。これは買うしかあるまい。

価格は800円なのだが、steamとかではもっともっと手の込んだタイトルがもっと安い価格で販売されているわけで、はっきり言って「高いナー」と思う。DLCなんだし、この古さからいったら500円がせいぜいだろ。こんな値付けだからダメなんだよなー、とか思いながらもさっさと決済を済ませてダウンロード開始。ダウンロードは一瞬で終わった。こんなサイズのゲーム、普通だったら300円コースじゃないのか?

ゲームをスタートすると、その画質に少々驚いた。あの当時は綺麗な部類だと思ったが、今改めて見ると古さは隠せない。しかし、そんな思いもゲームをスタートしたら一気にぶっとんでしまった。やっぱり面白いのである。ゲームの進め方というか攻略方法も体が覚えていて思わず苦笑いだ。ついうっかり死ぬのも昔と全く変わっていない俺。全然進歩してないじゃん。

ということで、最近はR-TYPEにはまっている俺なのであった。

お隣りさまのご事情

将軍さまが天に召されたらしい。いつぞやTVで、あの有名な女性アナウンサーが最近姿を見せないというニュースが流れていたが、もしかしてその時期に・・・なんて思ってしまう。ま、どうでもいいけど。

で、そのお隣の国は、とっくの昔に保障も済んでいる戦争のときの話を振り返しているようだ。まるでユスリタカリのようで笑える。日本はもっと毅然とした態度で突っぱねるべきだと思う。曖昧な顔をしているからいつまで経っても付け込まれるのだ。なんでお隣りの国はこんなに騒ぐのか理解できん。きちんとした書面もあるのに騒ぐのであれば、それこそこっちが訴えてもおかしくない話だと思う。そういう常識も持ち合わせていない国なのだろうか。そんなはずないだろ。一部におかしな奴らがいるんだと思うが、大統領まで下らん話をしてくると国全体がオカシイ目で見られるんじゃないかと思うのだが、どうか。

ホント疲れるね。

バルサが強すぎてブラジルがヤバイかも

バルサの試合は残念ながら見ることが出来なかった。泣ける。それでもKeyHoleTVで音だけは聞いていた。画像も見れればよかったのだけれど、画像は見れたもんじゃないので諦めた。

試合はご存知のとおり4-0でバルサの圧勝。ボールポゼッションも70%を越えたとか越えないとかで、あのサントスを持ってしてもチンチンにされてしまった模様。ちょっと手がつけられない感じだ。注目のメッシVSネイマールはメッシが2得点で貫禄勝ちってところか。

それにしても今回のサントスの負けは、ブラジルサッカー協会にとって頭の痛い負けだろう。あそこまで点差がつけられてしまうと、今のブラジルの戦い方では自国開催の大会で良い結果が残せない可能性が非常に高くなったわけで、みんな頭を抱えているに違いない。ブラジルは早めにチームとしての方向性と戦術を固めないと迷走するかもしれん。そのくらい今日の負け方はヤバイように思う。

バルサかサントスか

明日はクラブワールドカップの三位決定戦と決勝が行われる。決勝はもちろん楽しみだが、柏にはバルサに手も足も出せずに終わってショックを受けているであろうチームにはきっちりと勝ってほしい。あそこまでチンチンにやられてアジア王者だなんて顔をされるのも嫌だし。

そもそもACLは審判もヘボい上に韓国中国は格闘技サッカーで荒れた試合を繰り返すばかり。ああいう試合をしている限り、いつまで経ってもアジアのクラブは世界レベルに到達することはない。先日のアルサットが良い例で、所詮あのレベルの試合しか出来ないのだ。試合内容やレベルアップという確固たる目的をもたず、勝ちだけにこだわるとああなってしまうのだろう。柏にはその志の違いを見せ付けてもらいたい。

さて、決勝は目論見通りバルサVSサントスとなった。メッシはやっぱり手がつけられないすごさだが、TVで見ている人さえフェイントに引っ掛かってしまうのがネイマールだ。ペレの言うとおり、メッシより上かもしれん。あの二人の対決も見物だが、バルサの組織を南米のいい加減さ・個人伎・ずる賢さがぶち壊すことができるか、見る前から楽しみでしかたがない。あのバルサを敗るのは至難の技だろう。しかし、ネイマールを見ていると、その可能性は十分にあるような気がしてしまう。

ああ、明日が楽しみだ。

肝臓内部から大腸菌が検出?

先日、牛のレバーの内部からO-157が検出されたという報道を目にした。みんな平気な顔でこのことを報道しているが、これってとんでもない事なんじゃなかろうか。

O-157は牛の腸内に棲息している。なぜそれが肝臓のなかにいるのか。これは俺の常識を遥かに越えたレベルの話だ。口から摂取した食物が消化され肛門から排出されるということは、その経路は外界と繋がっているからに外ならない。その栄養や水分は血液の中に取り込まれ体内を巡る。決して食物そのものが血液の中に取り込まれるわけではない。ヒアルロン酸とかが嘘クサイのは、それを経口摂取しても摂取したヒアルロン酸は消化液でアミノ酸に分解されてしまうだけで、ヒアルロン酸のままで必要な部所に届くはずが無いからだ。

腸内にいるはずの大腸菌が、なぜ肝臓内部から検出されたのか。肝臓は胃や腸のように直接食物等に接触する器官ではない。その肝臓の中に大腸菌がいたとなると、考えられる原因は2つくらいしかないように思う。なんらかの理由で血液の中に大腸菌が入り込み、それが肝臓で検出されたか、その牛が生まれた時からの肝臓の中に大腸菌がいたか、である。考えられないことだが、もし血液によって大腸菌が肝臓に運ばれたとしたら、その牛はあらゆるところから大腸菌が検出されてもおかしくない。それどころか、人間でも血液の中に大腸菌がいる人が存在する可能性があるということなんだろう。

とはいうものの、人間も血液の中に細菌が入り込んで悪さをすることはある。それでも、外界からかなりのレベルで遮断された肝臓のような臓器の中に大腸菌が居たことは、俺に取ってはものすごく大きな驚きだったのだけは事実。これが本当なら、脳の中に大腸菌がいてもおかしくないような気もする。まぁ、血管が破れない限り大丈夫だろうけどね。