橋下氏当選に思う

大阪市帳に橋下氏が当選した。なんだか対立候補と五分五分みたいな報道が多かったが、フタを開けて見れば橋下氏の圧勝だったようだ。

傍目で見ている限り、この選挙は対立軸が公務員や日教組でとてもわかりやすかった。当選後、すぐに「市職員や教員はこの結果を重く受け止めなければならない」みたいなとんでもない釘を打つあたりをみても、既得権者的な人達の反発がものすごかったことが容易に想像できて笑える。しかし、既得権者的な人たちがどんなに反発しても、その反発は一般的な人達から見ればおかしなものだったというのが証明されたわけだ。

このような「変なの」感は、国会議員や官僚に対してみんなが感じていることなのではなかろうか。ただ、国政に携わる政治家に橋下氏のような人がいないだけのように思える。自民党をぶっ壊すといって首相になった小泉と姿がダブるところもあるが、今槍玉にあげたら盛り上がるのは政治家ではなくて官僚を始めとした公務員なんだろう。そういう投票者の根底にある意識をうまく突いたってところかもしれん。

報道等で見る限り橋下氏の言うことは至極真っ当に聞こえる。そして、反発するのは槍玉に上げられた人と既得権がなくなりそうな人ばかりに見える。結局とりあえず建前を言い続けた人が支持されたのだ。これは心ある政治家には朗報だったのかもしれん。

いずれにせよ、これからどんな動きを見せてくれるのか楽しみだ。その流れによっては、今までの体制が大きく変わる可能性がある。この国を硬直化させている人達には辛い未来が待ち受けているのかもしれん。というか、そうならないとお先真っ暗だよな。

まずは半歩前進

昨日の試合は途中から見ることが出来た。TVをつけるとスコアは1-0で、内容的にも「このまま行けるかも・・・」という感じ。何回か決定的なチャンスがあったがいつも通り決められない。そうこうしているうち、ヤバい雰囲気を出しまくっていたシリアの10番に、3人もDFがついていながらするすると前に出られてあっさり同点にされてしまう。少しまぐれ的な要素もあったが、あそこまで簡単に前に出られるのは頂けない。

その後は日本もそれなりに攻めるが得点の匂いはしなかった。それどころか、多少前ががりになっている分、カウンターを食らって負けてしまうかも・・・という雰囲気さえ漂う始末。

しかし、そのいやーな雰囲気のなか、誰よりも勝ちたいという強い意志を感じる選手が日本にいた。そう、大津だ。若き代表の雰囲気が変わったのは大津の鬼気迫るチェイシングからだったように思う。その大津が勝ち越し点を奪うのは偶然ではないように感じる。

それにしてもシリアは思ったより遥かに強かった。これはアウエーでもかなり苦戦すると考えたほうがいいだろう。より強いピースを揃え、これこそ天下分け目の決戦であるという意識で望まなければ負けも十二分に有り得る。万全の体制でアウエーを戦ってもらいたいものだ。

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慣れないまま手放したVFR400R

最新鋭のFZR400Rに乗って現実を思い知らされた俺は、新しいマシンが欲しくて欲しくてたまらなかった。しかし、HONDAからはこれといったマシンが出ない。CBRはそれなりに良かったようだが、今まで乗っていた直4のマシンではおもしろくない。興味のあったのはV4のVF系で、かなりのパワーだと聞いていた。だからもう少しスパルタンなVFが出ないかなーと思っていたのだが・・・

ある日、バイト先でボケーッとしていたら、向かいのゲーセンの前に見たこともないレーシーなバイクが停めてあった。なんだアレ?と思って目を凝らしてみると、車体にはVFR400Rと書いてある。デザインはシングルシートもどきの今時のレーサーレプリカタイプだ。驚いたのはそのリアで、なんとまぁ片持ちになっているじゃないか。

見た瞬間に一目惚れした俺はバイトの帰りにバイク屋に直行、即購入を決めた。

VF400からVFR400Rになった時、エンジンのカムもカムチェーン駆動からギヤトレーン駆動に変わっていた。このギヤトレーン、なかなかシビレる音で心踊った。ハンドリングは極めてクイックで、ブレーキも今までのCBXと比べたら信じられないほど良く効いた。一番度肝を抜かれたのはやはりエンジン。低回転から高回転までとてもトルクフルで、アクセルを開ければ開けた分加速する感じ。直4が二次曲線的にパワーが出る感じに対し、V4は直線的にパワーが乗ってくるのだ。あのキツい勾配の八幡平アスピーテラインを6速のままで加速して登って行ったのにはとにかく驚いた。

しかし、そのパワーと操縦性はあまり慣れることはなかった。というか、なんだかとても怖かった。なぜ怖かったのかは未だによくわかっていない。このマシンは8000Kmくらい乗って手放すことになった。

鶴のGPZ750R

このマシンは「鶴」と呼ばれていた後輩が乗っていた。そいつは難関といわれた限定解除を3回くらいであっさりパスしてこのマシンを購入した。正確に言うと購入してから限定解除した強者だ。この後輩とはよく走りに行った。2人でツーリングにもよく出かけたのだが、寝る場所がなくてラブホテルで一緒に寝たこともある。こいつとのツーリングは結構波長があって楽しかったのだが、これだけはあまりうれしくなかったなー。

で、一度だけこのGPZ750Rを借りて乗ったことがある。車格はさすが750で、跨ったときの印象は「でかいなー」である。その重さと大きさで少々緊張した。ハンドルは比較的遠目だが違和感のあるものではない。

いくら仲の良い後輩とはいえ、マシンを倒したりするわけにはいかない。少々ドキドキしながらクラッチを繋ぐと、マシンはあっさりと動き出した。エンジンパワーはやはり750で、低回転からそれなりのパワーがある。とはいえ、アクセルの開け方がビビリながらなので以前に乗せてもらったZ2に比べるとかなりマイルドな加速に感じた。ハンドリングは極めてニュートラルで全くクセがない。少したつとマシンの挙動にも慣れたので少しアクセルを開けてみた。

その時の加速は「やっぱりデカい排気量はいいなぁ」と思えるものであった。しかし車体は信じられないくらい安定していて安心感は絶大だった。高速ツーリングから峠を攻めるような走りにまで十分対応できる素晴らしさだ。

「いつかは限定解除だなぁ」と痛感させられたのだが、俺が大型二輪免許を取ったのはこのマシンに乗ってから20年以上経ってからなんだよね。トホホ。

マッハの末裔KH250

このマシンはバイト先の友人が持っていた。

KH250といえば2st3気筒エンジン。並列エンジンは4stなら6気筒が一番バランスがよいと言われているが、その理論から言えば2st3気筒は最高のバランスを持ったエンジンだ。この2st3気筒というレイアウトはMACHからなのだが、このMACHシリーズの他にSUZUKIのGT380、GT750も2st3気筒というレイアウトだった。

このころの2stは2stらしい2段ロケット的な要素も持ち合わせていたが、後から考えてみると低速トルクもそこそこあって意外に扱いやすい特性のものが多かったように感じる。ただ、前にも書いたが、とにかくエンジンマスが大きくてエンブレの効きは非常に悪く、また、回転の落ちも遅いマシンが多かった。このKHもその特性をそのまま持っていて、回転の上がりは速いが戻りがとても遅いエンジンだったように記憶している。

走りは「ジャジャ馬」とは言い難い気がした。確かに6000rpmを越えた辺りからはそれなりのパワーを感じたが驚くレベルではない。それどころか「もう少しパンチが欲しいなぁ」と思ったくらいだ。それは多分これらよりもずっと過激なマシンに乗っていたからとか、このKHが完調とは言い難い状態だったという理由からなのだろう。思ったよりもハンドリングは素直で驚いた。というか、KAWASAKIのマシンはとても乗りやすいものが多いような気がする。

曲がれなかったRZ250

このマシンには俺のバイト先の友人が乗っていた。RZは「乗り手を選ぶマシン」と言われていたが、個人的には機械的にアバウトな2stは好きではなかったし、YAMAHAのハンドリングもあまり好みではなかったのでさほど興味はなかった。

この友人とはたまに一緒に走りに行ったりした。人見御供で俺の身代わりにされたり一緒にヘリからの通報で捕まった俺一人で御用になったり・・・結構おっとりというか温厚な奴だったのだが、なぜかマシンは過激なRZで、そのアンバランスさがおもしろかった。

そいつから一度だけこのRZ250を借りて乗ったことがある。

まずはエンジン。それまでの2stマシンはほとんどが空冷だった。空冷の場合エンジンには大きめのフィンがついていて、その共鳴音と2st特有のパパンパンという破裂音が混じってジャランジャランというようなエンジン音のマシンがほとんどだった。しかしこのRZは水冷エンジンであったためフィンの共鳴音はない。それどころか今までの2stとは一味違ったババンババンというような排気音だった。煙は結構多めで、飛行機雲じゃないが排気煙で走った後がわかるみたいなマシンだ。

エンジンを暖機し、軽くレーシングしてみる。エンジン回転数の上がりは速いがビックリするほど速いというわけではなく、回転の落ちはやはり2stでどちらかといえば遅い。振動も思ったよりあった。

走り出すとまずそのハンドリングに驚いた。とにかくハンドルが重いのだ。これは多分、このころの俺のライディングがいわゆる「手乗り」になっていたからだと思う。なにせHONDAのマシンは良い意味でも悪い意味でもバカチョンなので、どういう乗り方をしてもそれなりに曲がる。しかしこのRZは全く違った。ハンドルで曲がろうとしても全く曲がってくれないのである。「なんじゃこりゃぁ」とジーパンもどきの台詞を口にしながらRZの上で焦る俺。目の前の交差点を左に曲がりたかったのだが、曲がれず左ウインカーをつけながら交差点を直進してしまった。

その後、曲がらないマシンの上で試行錯誤を繰り返し、しっかりとイン側に荷重を移すと見事に曲がっていくことを発見した。こういうことから「乗り手を選ぶ」と言われるのかな?と思ったのだが、あまり好きなハンドリングではないのも事実。

パワーバンドに入るとすごいよとか言われていたけれど、6000rpmを超えて振動が無くなるのには感動したがそのパワーにはあまり感動しなかったっけ。

そろそろそのポテンシャルの高さを見せつけて欲しい

昨日のバーレーン戦は勝ち点3を取れてよかったよかった。負ける要素はほとんど無い試合ではあったが、サッカーは何が起こるかわからないしこちらも主力メンバーを複数欠いての試合だったので、2ー0になるまでは気が気でなかったのは確かだ。

試合内容も、大津のゴールは見事だったが負けは無くても勝ち切れる圧倒的な強さも感じない。特に山田は相手に簡単に取られる「なんで?」みたいなパスを出していて泣けた。山田、ここ数年全然伸びていないんじゃないか?山田のセンスには惚れ惚れしていたのだがなぁ。

いまのオリンピック代表世代の試合は、数年前のA代表に似ているような気がしないでもない。まだまだ試合を落ち着かせるというか、流れをコントロール出来る選手がいないということなのだろう。まぁ、若いからしかたがない。それでも、このメンバに呼ばれていない奴にすごい奴がゴロゴロしているという年代は今だかつてなかったことだ。清武、原口、宇佐美、小野、宮市・・・パッと思い浮かべただけでもこんなにいる。個の能力が高いだけではダメなのは分かるが、良い素材を使って最高の料理を作るシェフがいないような感じもする。

さぁ次は天下分け目の決戦だ。シリアに勝てば、オリンピックの出場権はぐっと手繰り寄せられる。相手はそれなりに強いだろうが、こんな段階で躓くようではお話にもならないのも事実。というか、あのメンバで負けたらいつ勝つんだってところだ。それなりにメンバも温存出来たのだから、ホームではきっちりと力の差を見せ付けてほしいもんだ。

驚きまくったRG400γ

このマシンが発売されたころのレースの最高峰はGP500だった。1982年頃のGPマシンはほぼ2stで、YAMAHAはV4、HONDAはあのNRをあきらめてV3のNS500で勝負していたが、その頃に強かったのはルッキネリ、ウンチーニ、マモラなどを擁したSUZUKIだった。SUZUKIのマシンは2stスクエア4のエンジンで、この仕様をそのまま持ってきたのがRG500γ、RG400γは500のスケールダウン版だ。

ある日、知り合いの友人がこのバイクに乗ってやってきた。そして、ひょんなことからこのバイクを貸してもらえることになったのである。

「エンジンは温まらないとストールしやすいからね。」「加速はハンパ無いから気をつけて。」そんなことを言われながらマシンをスタートする。

走り出すとそのハンドリングに少々違和感を感じた。フロントが粘っこいのだ。これを「接地感」というのかもしれんが、個人的にはあまり好みではない。それでもマシンは軽く、とても扱いやすかった。で、注目のエンジンだが、6000rpmを越えると一気に加速という2st特有の2段ロケットエンジンだった。この回転粋になるとエンジンの振動も少なくなってまるでモーターのような回り方をした。加速は強烈の一言で、前にいる車に近づくタイミングが全然ちがうのである。加速で軽く恐怖を覚えたのは今のところこのマシンだけだ。

すっげーと思いながら異様に速いタイミングで近づいてくる先行車にぶつからないよう、アクセルを戻した瞬間に俺は心臓が口から飛び出すくらい驚いた。アクセルを戻しても全くスピードが落ちないのである。どのくらい減速しないかというと、アクセルを戻してもフロントフォークがほとんど縮まないというレベルなのだ。体はアクセルを戻したときの減速感を覚えている。それなのにマシンは全く減速しない。こういうときどういう感覚になるかというと、「アクセルを戻しても加速している」ように感じてしまうのだ。

これはマジに焦った。マシンはアクセルを戻しても全く減速せず先行車はあっという間に近づいている。軽くパニックになりながらあわててフロントブレーキを握るが、これが思ったより効かなかったのでさらに焦った。まじめに「これはぶつかるかもしれん」と感じたほどだ。

このRG400γ、クランクマスが大きかったのだろう。というか、昔の2stは全体的にクランクマスとかが大きかったに違いない。だからほとんどエンジンブレーキが効かなかったのだろう。クランクマスも小さくしてエンジンを軽量化し、2stにしては圧縮比も高かったNSR250Rはエンジンブレーキもそれなりに効いた。確かに2stは4stに比べ、その構造上エンジンブレーキの効きは悪い。しかし本来は全く効かないわけではないのである。

2stにヤラレタのはRD400に続いて二度目だ。2stなんて乗るもんじゃねーなと心に決めた俺だったのだが・・・

俺のバイクライフを変えたFZR400R

このマシンはパソコン通信で知り合った人が乗っていた。このマシンはシングルシート、可変排気デバイスEXUP、クロスミッション、強化クラッチなどが装備されたSP仕様で、お値段も80万円越えのSP仕様だった。ひょんなことからこのマシンに乗せてもらえることになり、昔よく行った峠でこのマシンを貸してもらった。

そのマシンはリアタイヤが太く如何にも走りそうだった。乗ってみて、まずそのレーシーなポジションに興奮した。前傾はきつくステップの位置は高い。シートの位置もかなり後ろよりだ。YAMAHA特有のハンドルの遠さは感じたが、全体的なバランスがいい為か前傾でも苦しいわけではなかった。走り出して驚いたのがその精密さ、繊細さだった。エンジンは極めてスムーズで、若干トルクの細さを感じるが回りはとにかく軽い。クランクマスが小さいのだろうか、レスポンスもとても良い。ブレーキも効き、タッチとも申し分ない。ハンドリングも「うわーいいなー」と惚れ惚れするものだった。

このマシンを乗って、改めて「マシンは最新鋭じゃないとダメだ」と思うようになった。設計、パーツ、素材・・・進歩は少しづつかもしれないが、数年経つと技術の差が大きく表れてしまう。このころはまだCBXに乗っていたのだが、このマシンで知ってしまった性能差に愕然とした。この差は何をしても埋めようがないものだったのだ。

このときを堺に、俺はとにかく最新鋭のマシンを追い求めるようになるのである。

反則技だと思ったGSX-R

これは俺の後輩と、ヤンキーな後輩バイトが乗っていたマシンだ。

このマシンが発表されたとき、「これ反則じゃん」と思った。レーシーなマシンは沢山あったが、このマシンのスパルタンさは他のマシンとは一線を画していた。一番驚いたのは、センタースタンドが無いことだった。車検のあるバイクでついにサイドスタンドだけのマシンが出てきたのだ。それも驚きの軽さを実現するためには必須だったのかもしれん。びっくりの車重は他のメーカーのマシンが乾燥重量で180kg前後であったのに対し、GSX-Rはたったの152Kgしかなかった。

後輩のマシンを借りて乗ってみたが、その軽さはまさに異次元。400cc4気筒のマシンは結構乗っているが、所詮400ccなのでエンジンパワーはそれなりだ。しかしその軽さからすべての動きが軽くて速い。切替しやアクセルレスポンス、ブレーキングに至るまでその軽さの恩恵がはっきりと出ていた。軽いマシンというだけでなく、そのころ盛んになり始めたF3のベース車両とするためだろうか、サスは固めに感じたっけ。

このマシンの発売後、マシンはどんどんレーサーっぽくなっていったんだよね。

CBR400F

これは俺の後輩が乗っていた。これが発売される頃、バイクはどんどんスパルタンになって行き、GSX400FSとかFZ400RとかZ400GPとかが出ていたと思う。

このCBR、エンジンの外見はCBX400Fにとてもよく似ていたが中身はぜんぜん違っていて、あのREVという可変バルブ機構がついていたのだ。たしかREVがついた初めてのマシンだったはず。後輩は「8000rpmあたりからエンジンの音が変わるんですよー」とうれしそうに語っていたが、俺にはその違いがよくわからなかった。鈍感すぎるだろ俺。

外見もCBXとは大きく変化した。一番変わったのはフロント回り。ブレーキはインボードディスクからオーソドックスなダブルディスクになり、流行だった16インチが採用された。乗った感じはやっぱりHONDAのマシン。癖といえる癖もなくとにかく乗りやすい。確か教習車にも採用されたはずで、それくらい癖がないってマシンだ。

この頃のオートバイはなぜかマフラーが両側出しだった。聞くところによるとCB400で集合管を出したらそれ以降運輸省だったかが集合管を認めなくなったとか・・・だからGSX400FSインパルスが集合管で発売されたときには「いいのかこれ?」ととても驚いた記憶がある。まぁ考えてみれば車なんかは当然集合管なのになぜバイクは駄目なのか理解に苦しむのだが、このころはメインスタンドが無いとダメとかキックペダルを必ずつけろとか、理解に苦しむ基準はたくさんあったっけ。

勝手に走って行ったCB125T

このマシンは俺の住んでいた大学の寮に捨てられたような状態になっていた。俺がこのマシンを物欲しげに眺めていたら、そのマシンの持ち主は「お前にやるよ」といって鍵をくれた。何てラッキー。

しかしこのマシン、傷みはとても激しかった。フロントフォークはオイルシールが破れてオイルが吹き出しほぼスプリングだけの状態。ドレンボルトを開けたら「何コレ?」みたいな得体の知れない灰色の液体が出てきたし、タイヤはひび割れチェーンは錆び放題たるみ放題・・・それでもさすが世界のホンダ、汗だくになってキックしていたらエンジンがかかった。

125ccながら2気筒のエンジンは低速トルクこそ無いものの、とても良く回った。「結構おもしろいじゃんコレ」と思いながら、調子に乗ってベタッと倒したら前後輪ともズルーッと滑りやがった。いやー、とんでもないタイヤでかつ空気圧も低いの忘れてたんだよね。

マシンは滑りながらコーナーを曲がりきれずアウトにどんどん膨らんでいく。そして前後輪がほぼ同時に路肩の縁石に激突! マシンはその衝撃で急に起き上がってしまい、その反動で俺はアウト側に体ごと投げ出されてしまう。縁石の先には用水路があり、そのまま転がっていけば用水路の中に落っこちるしかない。俺は数回回転した後見事に立ち上がり、その勢いで用水路をジャンプし反対側にきっちり着地した。10点満点!

マシンを見ると、なぜか倒れずライダー不在のまままっすぐ走っていた、冗談抜きで。20〜30メートル走ってついに失速し、フロントがフルロックしてグチャッと倒れた。

倒れた時はそんなにスピードが出ていないように見えたのだが、マシンのダメージは結構大きかった。直すのもバカらしかったのでこのマシンは再び放置してしまったっけ。ゴメンよCB125T。

ザックジャパン世界一の座を北朝鮮に譲る

ついにザックジャパンに黒星がついた。いつかは必ず来る「負け」だが、北朝鮮で負けるとは思ってもみなかった。日本はワールドカップで優勝したスペインを破ったアルゼンチンに勝ち、その時点で世界一の座についたのだが、その防衛も17戦で終了、世界一の座を北朝鮮に譲ったことになる。残念だなー。

さて、試合は開始時間がとんでもない時間の上に平日ということもあって全く見ていない。音声だけを少し聞いた感じだとかなりヤバいアウエー状態に思えた。あんな声援滅多にないぞ。あれはキツい。そのうえ先発メンバーを大幅に入れ替えて望んだのだから負ける要素は多分にあった。それでも負けても痛くも痒くもない試合でありながらとても厳しい内容の試合にサブ的なメンバーで戦えたのはとてもよいことだと思う。というか、ザックは「そろそろ負けておかないとネ。」みたいな感覚もあったのかも知れん。変に勝ちつづけてプレッシャーを感じるよりずっといい。ある意味ではものすごく価値のある一敗だと言えるかもしれん。

それでもグループ一位は譲れない。ウズベキスタンのホームでは好き勝手やられたが、今度こそ格の違いを見せつけてやらねばならない。それまでこの悔しさは取っておくべきなんだろうね。

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のへじのVT250F


このVT250Fは、「のへじ」という後輩が乗っていた。なんで「のへじ」かというと、いつものへーっとしていたからなのだが、その辺りは昔書いた記憶があるので「のへじ」でサイト内検索でもしてもらえれば出てくるかもしれん。

さて、このVTはホンダの90°V型2気筒エンジンを積んだ名機だ。そのエンジンは驚くほど良く回り、トルクもそこそこあった。ホンダのスポーツ系がV型エンジンにシフトしていくきっかけとなったマシンかもしれない。開発者の話をなにかで読んだが、このVTの開発期間は半年足らずだったという。90°の挟み角のエンジンは理論的に一次振動が0で、クランク幅も並列2気筒よりも短く出来る。開発中のエンジンはどこまで回るんだろうと思うほど良く回ったらしい。

ブレーキはCBX400Fでも採用されたインボードベンチレーテッドディスクを採用。フロントにはビキニカウルを装備し、赤いパイプのダブルクレードルフレームが斬新だった。フロントはその当時流行りかけていた16インチを採用、スリムで高い旋回性を誇った。

このVT、回すとそれなりに速かったしツーリングでもバッチリ、とにかく乗りやすくてオールマイティであった。理論上一次振動0とはいうものの、それなりの振動を感じない訳ではない。しかしその振動は排気音などから感じる部分が多く、実際は90°V型らしくどの回転域でも極めて振動は少なかった。俺もVFR以降しばらくV型ばかり乗っていたが、久々に並列4気筒のCBRに乗ってみて改めてその振動の大きさに驚いた。並列4気筒も振動が少ない部類のはずなのだが、90°V型の振動の少なさは次元が違うものなのだ。

のへじがこのVTを買ってすぐ、俺はのへじを誘ってプチツーリングに出かけた。のへじは免許取り立てだったので俺もさほど飛ばさず、かつのへじの無理なペースにならないようバックミラーでのへじの様子を頻繁に確認しながら走っていた。だが、とある緩いコーナーで、なぜかのへじは路肩のほうに吸い込まれて行くようにアウトに膨らんで行った。こういうときは全てがスローモーションになるのだが、FEARのスローモーのように自分もスローモーションになるので助けに行くことはできない。げげげ、なにやってんだアイツ、と思ったときには時既に遅し。新しいマシンはグチャッっと地面にキッスし、のへじは地面に投げ出されてしまった。なんということだ。おニューのマシンがもったいないじゃないか。

とりあえず俺はマシンを止めのへじの元に駆け寄ったのだが、のへじはのへーっとしているだけで倒れたマシンを起こそうともしない。しかたがないので俺がマシンを起こし、ついでにマシンのダメージも確認する。ブレーキレバー、ハンドル、マフラー、ステップ、カウルなどに転倒痕が残っているが、エンジンはかかるしフロントフォーク等の曲がりもなさそうだ。相変わらずのへーっとしているのへじを正気にもどし、簡単な修理を行うべく俺の住む大学寮まで連れていく。初心者を引っ張り回して転倒させてしまった罪悪感のようなものを感じた俺は、数時間かけてVTの修理をしてやった。それなのにその間のへじはそんな俺を尻目に居眠りこいていた。

罪悪感が怒りに変わったのは言うまでもない。