同じことを繰り返す奴

部下とかをみていると、「何でコイツはいつもいつも同じことを繰り返すのだろう」と思う奴がいる。同じ間違いを繰り返す奴、同じ事で同じ文句を言う奴、間違いに気がつかない奴・・・

同じことを繰り返す奴を観察すると、大きく二つのタイプに分類されるようだ。一つは間違いをなんとも思っていないタイプで、これは自分を頭から正当化しているのでどうしようもない。男「何度同じことを言わせれば気が済むんだ」女「だって、しょうがないじゃん」という会話に代表されるアレだ。このタイプは手の付けようがないので仕事とかの場合は頭痛のタネだが、他人をイライラさせても本人は全く気にしていない場合が多い。

もう片方のタイプは、失敗を悔いて落ち込むくせに一向に改善できないタイプだ。こういう人はどこがボトルネックになっているのかが判っていない場合が多い。仕事であれば、優先順位をつけられないとかリクエストを断れないとかという感じである。その根底にあるのは自分に対する過信だ。はっきり言ってしまえば、それほど高いポテンシャルを持っているわけでも無いのにポテンシャルが高いと思っているのだ。だから出来ない自分を悔いてしまう。プライドは高いのだが、ポテンシャルが低いが故物事をパターン化抽象化して重要なポイントがどこにあるのかが掴めないのである。だからいつまで経っても同じことを繰り返す。

いつでも朝眠いのは睡眠時間が不足しているか眠りが浅いか、もしくは体調がおかしくなっているからである。睡眠時間が不足しているなら、睡眠時間を長くするために何をするべきかを考えるだけでいい。そんなの簡単な話で、今までより早く床につくか朝ゆっくり起きることで解決だ。朝ゆっくり寝てなどいられないのであればより早く床につくために何をすべきか考えるだけだ。そのためにはなにかの時間を削るしか方法はない。そして時間を削る方法は、何かを止めるか早くこなすかの二つしかないのである。バカらしくてこれ以上言いたくもないが、時間を作るには止めるかスピードアップしかないことを判っていない奴が多すぎる。そのくせあれもこれもと欲張り出来なくて地団駄を踏み自分を責める。アホすぎて泣ける。

失敗をしない人はいない。だが、失敗から学べない奴はいつまで経っても同じことを繰り返すんだなーとつくづく思う。

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電気の使用制限が発動される

もうすぐ電気の使用制限が発動される。

電気事業法第27条による電気の使用制限の発動について(METI/経済産業省)

以前にも使用電力量15%削減できるかな?というエントリを上げたが、あの手この手を駆使しても15%削減は非常に困難な要求だ。簡単なのは全館の冷房を止めてしまえばいいのだけれど、客商売でその切り札を使うのは少々気が引ける。やってみなければわからないけれど、直接文句を言われるのは電力会社じゃなくてこっちだからね。ついでに言うと、電力会社は消費電力の上限に近づいているという危機感を煽るために姑息な手口を使っているらしい。

東電、電力使用率を情報操作 恣意的に数値を高く見せる:MyNewsJapan

そんな話を聞くと、躍起になって使用量を下げようとしているのがバカみたいに感じてしまう。そもそも震災後すぐに予見された電力不足に対し、電力会社は発電量アップのために何を行いどのくらい発電量が上がったのかさえ良くわからない。聞こえてくるのは15%削減せよという号令ばかりである。

7月1日以降には、見せしめのため適当な会社が罰金を適用されるだろう。そしてその様子は全国に流され、それは「ああ、15%削減出来ないとこうなるんだ」と思わせるには十分な効果を生むかもしれん。

それでも俺は納得できない。繰り返しになるが、電力会社のやっていることが全く見えないからだ。その上、電気料値上げまでまことしやかに話されると、節電で目減りした分を値上げで補填しようとしているとしか思えないのである。企業努力って言葉は電力会社には存在しないのかとさえ思える。

企業に15%削減を押し付けるのであれば、当面の間は電力料金を上げないなど電力会社にも何らかの制限を与えるべきだ。また、暑くてたまらないから冷房を入れろと騒ぐ客など、電気を使わせようとする人にも何らかの制限を与えてもらいたい。我慢させやすいところにだけ我慢させて、文句を言う奴だけ優遇するようなマネだけは勘弁して欲しい。

この法律に引っかかって罰金で倒産なんて企業が出ないことを祈るよ、マジで。

NewBootsだ

先日年代物のブーツのことを書いたが、ヤクオフでふらふらしていたらお安いブーツを発見したので即購入した。落札したのは6月上旬なので、とっくの昔に手にもとに届いているはずだったのだが・・・

落札後、出品者からは「発送しました」という連絡が程なく入ったのだが、待てど暮らせど物が届かない。配送状態をネットで追跡しても配送中と出るばかりだ。

実は配送状態の追跡で一度おかしい表示が出ていた。ちょっとの間だが「持ち戻り」という表示があったのだ。このブーツ、どうやら中国から送られて来ているようで、航空便で国内に入った後は国内の運送屋が配達するという仕組みらしい。その配送屋のサイトに行って、そこから配送番号で調べてみると「住所が不明です」と出る。一次発送先からたどっていくとこの表示はでない。

少々不安になったので出品者に連絡を取ると速やかに対応してくれた。すぐ国内の配送業者から連絡が入り、その数日後には無事物が手に入った。よかったよかった。届かなかった原因は配送先に番地が書かれていなかったからのようだ。だけどさ、配送伝票に俺の電話番号は書かれているんだから、せめて電話ぐらいよこすのが普通じゃないのか?>配送会社。

で、届いたものはこれ。

まぁ悪くは無いけれど値段なりでしかないって感じはする。悪い言い方をすると「ゴム長靴」みたいだ。縫製もちょっとアレだし革の部分も非常に少ない。というか、これウレタンと合皮じゃねーの?

ま、6800円だからしょうがないんだけどね・・・

震災は遠い昔だったような気がする

俺の回りは震災で被害を受けた建物もなく、今までと変わらない日常が訪れている。あの3月11日がまるで夢だったようにさえ思える。

あの日のスタートは携帯の警告音だった。周囲の携帯が一斉に鳴りだし「地震だ!」とか「大きいかも」とか「いや、また誤報じゃないの?」とか言っているうちに揺れが始まった。最初の揺れは大したことなかったが、そこから揺れはどんどん大きくなった。すぐ停電になり、建物の中は真っ暗だ。揺れは大きくなるだけでなく、いつまでも止まらない。それはとても長い時間に感じられたが、実際揺れは5分近くも続いたようだ。その後もとにかく揺れまくった。

最初は「でっけー地震だなー」くらいにしか思っていなかったのだが、電気は一向に復旧する様子がない。駅の様子を見にいくと全線ストップだという。俺は超楽観的だったのだが、時間が経つにつれ事の深刻さがはっきりとしてきた。

それから街は大混乱だ。高速バス乗り場は大混雑、ほとんどのガソリンスタンドは地震後数日で在庫切れで閉店し、スーパーなどでの食料入手は日に日に困難になっていった。仙台の俺の家に電気がついたのが地震から3日後だった。ガソリンの不足は2週間以上続いた。俺の使っているJR路線は復旧まで1ヶ月以上かかった。

そんな混乱もいつの間にか終息し、今では前と何ら変わらない。津波の被害を受けたところは未だに大変な状況が続いているようだが、それ以外の場所はあんな大きな地震があった記憶さえ薄れぎみになっているような気がする。こんな時間で通常に使い状態まで戻せる国って他にあるのだろうかと思う。

なぜか電力だけは全然だめだけどねwww

夢か幻かそれとも・・・

一週間ほど前から左膝が痛くなった。痛みと言っても違和感に近いものだったが、その原因は全く不明だ。2日ほど前、階段を上がっている最中に左膝に激痛が走り、その後は歩くだけでも痛みが出た。

昨日は痛みが一番ひどく、結構気になったので湿布を貼った。痛みは多少は和らいだが、あくまで対処療法なので治る感じは無い。それでも痛みが和らいだことでストレスはかなり減った。家に帰っても症状は変わらずだったのだが、根本的に治す方法もわからないので風呂に入って寝た。

俺は寝つきが早い。多分カップヌードルが出きるより早く眠りにつく。しかし昨日は少々違って寝付くころの眠りは非常に浅かった。頭の中がモワモワしていて寝付けないのだ。そのモワモワは脳への血流が多くなっているような感じで、ちょっと耳鳴りもしたりした。そのうちウトウトしていたようだが、頭のてっぺんに変な感覚を覚えて目が覚めた。

その違和感の正体はどうやら猫で、頭の上のあたりで猫がうろうろしているのである。その猫の毛が俺の髪の毛に触れているのだ。猫はたまに「ニャーン」と鳴きながら、俺の頭の回りをうろうろしているようだ。たまに痛んでいる左膝のあたりも歩いているようである。その時、頭の中に何かが入ってくるような感覚があった。何か霧のようなものがニューッと入ってきたのだ。その時なぜか俺は、その何かを「ぽっち(死んだボス猫)だ」と直感した。何しにきたんだろうとも思ったが、「おお、ぽっち。どうした?」みたいなことをつぶやいた気がする。ボス猫は何やらうごめきながら、俺の頭の中の何かを噛んで引きずり出そうとしているようだ。なにやってんのかなぁとか思いながら、俺は深い眠りに入ってしまったようだ。

目が覚めたといっても賊にいう「金縛り状態」に近いような状態で、正確には周囲の音が聞こえたような気がするというレベルだ。だからここまでの記憶のほとんどは「脳内創作」なんだろう。

朝、目が覚めると頭が割れるほど痛い。痛さで冷や汗が出るほどだ。その痛みは髄液の圧力が低下したときに似ていた。若干吐き気もした。このまま休みたかったのだが、どうしても片付けなければならない仕事があり会社は休めない。しかたがないので頭痛薬を飲んで会社に出かけた。

通勤途中、左膝の痛みがなくなっている事に気がついた。完全に良くなっている訳ではないが違和感はほとんどなくなっている。さらに時間が経つと頭痛薬が効いてきたのか頭痛も嘘のように引いてしまった。起きがけは本当にひどい状態だったが、なにかが取れたような感じで今は逆にとても調子が良く感じる。とても不思議だ。

猫は邪気を払ってくれるという話を聞いたことがある。
もしかして・・・

ただ、これは「脳卒中」とかの前触れなのかもしれない。ボス猫は憑き物を取りにきたのではなく、警告に現れたのかもしれん。しばらく自分の体を注意深く観察しておこうと思う。

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飲み物を頼むのはマナーですか?

飲み物を頼むのはマナーですか?

一応飲食店関係に勤めているけど、そんなマナー聞いたことが無い。それもパスタ800円クラスの店で・・・

ホテルの高級レストランなどでは、その食事にあった飲み物を頼めるか否かでその客のレベルが判断できたりするのだけれど、そこでも飲み物を頼むのがマナーというわけではない。そんなもんだ。マナーだったら、全部「ドリンクセットでほげほげ」みたいな商品にしちゃえばいいだけじゃん。

それより俺は、パスタ800円~ソフトドリンク400円~アルコール500円~という値付けのほうが驚いた。高級店ではワインなどを頼む場合、その値段の目安は大体料理の半分くらいと言われている。それからいうとパスタが安いか飲み物が高い感じで、値付けのバランスが良くない印象を持ったのだ。ついでに薀蓄たれると、その店の商品価格は、一番数量が多く出る商品を基準に組み立てるのがベスト。コーヒーが一番出ている店なら、そのコーヒーの価格に対してその他の商品の価格を考えないとバランスがおかしくなる。これは以前に安売りはだめだっていっただろというエントリでも少し触れたが、たとえばコーヒーが400円でランチが680円なんて価格を見たら、多分「このコーヒー高っ!」か「ランチ安いね」とか思うだろう。もうここで商品価格のバランスがおかしくなっているわけ。意図してバランスを崩すのならいいが、グランドメニューがおかしなバランスになっている店も良く見かける。そういう店は大体流行っていないけどね。

話が大きくそれてきたのでこの辺でE.O.F.

感謝感激雨あられと人気ブログの相関性

なんだか面白いものをみた。

なにやらブログで大切なのは読者さんのために記事を書くことと感謝の気持ちをもつことらしい。なるほどそうだったのか。面白すぎてさっきからTYPOしまくってなかなか打ち込みが進まないぜ。そうすることでいずれ自分に還ってくるんだって。

結構昔に笠地蔵とか「情けは人の為ならず」を勝手に解釈してみたとか本当の「笠地蔵」なんてエントリを上げたことがあるが、ちょっとマジに書いちゃうと見返りを求めるスケベ心も必ず自分に還ってくるよ、ってことかな。いや、話をつまらなくしてスマン。つまらなくしついでに言うと、俺のエントリなんて「喜怒哀楽」が書くきっかけになっていて、平たく言えば「聞いて聞いて!!」レベルでしかない。書くってそんなもんじゃないのかな?朝起きて「感謝」飯食って「感謝」ウ○コして「感謝」する時間的精神的余裕はあまり無い。ああいうことを言える人って、達観しすぎてもうすぐ天にでも召されるんじゃないのかと思う。

というか、なんで読者さんと書くのか理解できん。なんだよ「読者さん」って。この気持ち悪い言い回しどうにかしてほしいダレカタスケテ。これも以前違和感のある言葉というエントリに書いたことがあるからこれ以上言及はしないけどね。

おっと、最後にタイトルにふれておくと、「感謝」と「人気ブログ」の相関性は見出すことが出来ないだろうというのが俺の結論。それだけ。

バイクギア

バイクに乗り始めてから30年以上が経つが途中で乗らなかった時期もあるので、今使用しているバイクギアはほとんど新調したものだ。その中で、唯一バイクに乗り始めた頃から使用しているものがある。

それはこれだ。

メーカーはDARMAH(ダーマ)。ダーマというとLOSTに出てきたダーマ・イニシアティブが有名かもしれんが、当然違う。今では国内でほとんど見かけることがなくなってしまった。

このブーツを購入したのは今から25年以上前の事だ。正確に何年経ったかは覚えていない。値段もそれなりにいい値段だったように記憶している(といっても4万くらいだった)。値段に比例して作りはなかなか良い。作りが良いから今でも使えているのだけれどね。

長持ちしている理由は作りのよさのほかにもうひとつある。それは「あまり使っていなかった」ってこと。あるとき知人から片山レプリカの革ツナギをもらったのだけれど、そのツナギにこのブーツの色が全然合わなかったので新たにブーツを購入した。普通は片山レプリカを着て出かけたので、このブーツはしばらくお蔵入りになっていたのだ。そんなこともあって、このブーツは俺がCBX400Fに乗っている頃から使い続けることが出来ている。

とはいうものの、そろそろ痛みも目立ってきた。まだまだ使えるのは確かだが、壊れる前に新しいものを用意しておいたほうがよさそう。それにしても今のブーツってプロテクタとかつきまくってゴツいよなー。

Road Attackのサスセッティング

今日は雨の予報だったが、どうやら午前はどうにか持つ模様。雲の厚さはところによってまちまちで青空はまったく見えない。湿度は高く、場所によってはポツポツ来ているかも・・・というような状況だ。午後2時頃までは持ちそうな予感がしたので出かける。前回煮詰め切れなかったサスのセッティングがしたくてしょうがないのだ。

Road Attackはクセの無いタイヤなので、全体的にダンパをソフト側に振ってやってバイクの持つ素の特性に近づけたほうがいいような気がしていた。だから、走り出す前に前後のダンパを伸び・縮みともに1/8ほどソフトにしてみた。するとどうだ。今回のセッティングで恐ろしいくらいニュートラルなハンドリングになった。

このタイヤ、とっても不思議な点がひとつあって、いわゆるレコード盤路面でも全くハンドリングに影響が出ないのである。BT-015も影響が少ないとは思ったタイヤだったが、Road Attackは路面を見ないとレコード盤路面とは気がつかないかもしれん。それほどハンドリングに影響が出ないタイヤだ。四輪でも多少ハンドリングに影響が出るのに、なんでやねん。

このタイヤのもうひとつ面白い点は、クリッピングポイントに入ってアクセルを開け始めると、ポイントを間違ったのかどうかがはっきりわかってしまうってことだ。アクセルを開けてからも自由度はそれなりにあるので修正は出来るが、開けはじめが早すぎるとアウトに流れ気味になるし、遅いとインに切れ込み気味になる。これもサスセッティングで味付けは出来るのだろうけれど、基本的にきっちりとマシンに与えた情報を反映してくれるって感じ。素敵すぎる。

体がこのタイヤに慣れてきたせいか、このタイヤの走り方というかそんなものがなんとなく判ってきたように思う。つか、普通に走ればいいだけなんだけどねwww

帰ってきて一息ついたら雨が降ってきた。俺すげーじゃんと思った。

本日の走行距離 160km

明日は折角の休みなのに雨みたい

てめこのこんちくそ。休みがのびのびになっているし、こういうめぐり合わせの時は休みもよろしくないだろうと思ってはいたが、いざ本当に「明日は雨でござる」という天気予報を見ると泣ける。前日までは良い天気だったのに、俺の休みを境にずーっと天気がよくないなんて予報を見ると思い切り脱力してしまう。

せめて先週のうちに一回でも休みが取れれば、サスのセッティングももう少し煮詰めることが出来たのになぁ。天気もよかったし・・・

多分東北は明日から梅雨なんだろうな。これから一ヶ月ちょっと、マシンに乗れない日が多くなるわけだ。はぁぁ、泣けるね。

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上司の思い出

昨日のエントリが思ったより読まれているようなので、調子に乗って書きもれたことなどを書いておこう。

俺が今までで一番苦労したのは社会人になって間もなくの頃だ。そのときの上司は、なぜか大学も卒業できずにフラフラしている俺を拾ってくれただけでなく、突然店の責任者に抜擢してくれた。その上司は、どこの馬の骨かわからないフリーターのような奴を正社員に登用するだけでなく、事もあろうか年商一億以上の店の店長として採用を決めたのである。当然その人事は物議を醸し出し、上司はいろいろな人からあれこれ言われたらしい。

俺は俺で、経営なんてなんにもわからないタダのボンクラだったので、就任後数ヶ月は赤字垂れ流し状態だった。さすがにその上司もヤバイと思ったのだろう、俺はその上司からマンツーマンで「今の店舗の経営状態」についてのレクチャーを受けた。まあ、レクチャーといってもほんの数十分で、内容は「赤字だぞ」だけだったといっても過言ではない。ただ、赤字に対して怒られたわけではなくて、今はこういう状態だからいろいろ考えて黒字に持って行け、という話だった。そのときの上司はとても悲しげだったのは今でもよく覚えている。

そのあとはとりあえず店も黒字化出来たし、運営や経営のノウハウも身を持って知ることができた。ただ、その頃の俺は跳ねっ返りが強い若造だったので、その上司には本当に迷惑をかけたと思う。それでもその上司は俺を見放す事なく、つかず離れずで見守っていてくれていた。

そんな上司のありがたさや存在の大きさは、悲しいことにその人がいなくなって初めて気がつくのはお約束のとおり。そして、俺にあの人と同じようなことは出来るのだろうかと考える度、己の力の無さ、人間の小ささを思い知るのである。

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教えても覚えないのが当たり前

昨日の話に関連するが、先日上司から「やり方や考え方をみんなに教えてやらないとダメじゃないか」と言われた事があった。上司の言い分も良く理解できるのだか、俺はあえて「基本的な事を理解していない人はいないはずです。まずはやらせてみて、その上でないと何がわからないのかさえわかりません。そんな人たちに教えることは出来ません。」と突っぱねた。

この「何がわからないのかさえわからない」というのは、PCに関する質問等では特に顕著だ。そういう質問者は対処方法だけを求めていて、根本的な解決方法やその仕組みを理解しようとはしない。その場のトラブルさえ乗り越えられれば良しなので、その後も必ず同じトラブルを起こしその度呼ばれるハメになる。

本当にわからない人間に「自分で覚えろ」というのは時間のロスが大きい。だから初期教育を実施するのは悪い選択肢ではない。問題はその後なのだ。PCの場合もそうだが、頭から「俺には無理」と決めつけて人に聞いてくる奴がいる。そういう奴は聞くフリをして人にやらせようとしている場合がほとんどだ。その要求に答えてしまうと、いつまで経っても自分で解決しようとしない人間が出来上がる。

仕事もそうで、新しい仕事でも半分以上は教えなくても出来そうな場合は、時間が許すのであれば丸投げしてやらせた方がよい。やってみて初めてわからない点も出てくるし、もしかしたら今までのやり方の矛盾点も洗い出されるかもしれん。わからないところだけを教え、また自分でやらせる。それを繰り返していくうちにスキルが上がり生産性が上がっていく。そしてその仕上げは、その仕事を他人に教えることだ。

これはプログラミングにも言えることではないかと思うのだが、自分で作って自分だけで使うプログラムにはエラールーチンがそれほど必要なかったりする。それはエラーを出さない使い方を知っているからだ。しかし、何も知らない人に使ってもらう場合は話が全く違う。知らない人はとんでもない使い方をするもので、「うはー、それは想定外だったわ」みたいなことばかりしてくれる。しかし、実はそのノウハウが非常に重要だったりする。

普通の仕事もそうで、良くわからないまま人に教えると、とんでもないやり方でやる奴とかがバンバン出てくる。「うをー、そういう手抜き方法があったのか」とか、「モノには順番ってものがあるんだけどね」とか、信じられないことが出てくる出てくる・・・教える人自体が仕事を十分に理解していないから、肝心なポイントが伝えられないのである。そんなことを繰り返しているうちに、仕事が洗練されていくのだ。

そして、もう一段高みに上がるためには、教える方も教えられる方も考えながら仕事を進めていくための仕掛けが必要になってくる。この部分が無いので伸びない奴が多数出るのである。伸びる奴なんて何をやらせても伸びるので、そういう奴にはドンドン仕事をブン投げておけば良い。また逆に何をやらせても伸びない奴も確かに存在する。そういう奴には最低限のルーチン作業を叩き込んでおけば良い。それら以外の層をどうやって戦力アップさせていくか、これが腕の見せ所だ。そのためには「待つ」という事がかなり重要なポイントになるのだが、今は待てない人が多くなった。誰だって熟練するまでにはそれなり時間がかかるのだけどね・・・

「ダメな上司ほど部下が育つ」ねぇ・・・ふーん・・・

ダメな上司ほど部下が育つ:日経ビジネスオンライン

とちゅうで田中さんが部長になったり課長になったりするので少々混乱したが、そんな揚げ足取りはさておきそれなりに納得できるところがある話ではある。だが、「馬鹿な親の子は馬鹿」となる可能性の方が高いのではないか、そんな違和感は拭えない。

まず、ダメな上司といっても「部下に取ってダメな上司」と「経営者や会社にとってダメな上司」がいる。それなりの地位についた人間で「経営者や会社にとってダメな上司」というのは少ないだろう。だから、ここでいうダメな上司というのは、ほぼ「部下に取ってダメな上司」、いや、もっと正確に言うと「部下からダメに見える上司」なのだ。それを「ダメな上司」というのかな、と思う。

ダメな上司のフリをした良い上司という部分にも少々引っかかった。そういう人って自分で意識してそういう行動を取っているわけじゃなくて、多分「素」だ。忙しくてかまっていられないとか、めんどうだからやらせちゃえとか、そんなもんだ。その時の対応がうまいというか、ちょっとした言葉遣いと気遣いが出来るかの差でしか無いように思える。大体「お前のために・・・」オーラまるだしの人なんてうざったくてしょうがないし、大きなお世話さまな人が多い。そういう人の行動は、人のためとか言いながら結局は自分のためでしかない場合がほとんどだ。

また、場面によっては人を単なる労働力として使わなければならない場面もたくさんあるし、その「単なる会社の歯車」として動くということからも何かを学ぶ奴は学ぶのだ。全て自己責任とは言わないが、仕事なんて数回教えたら後は聞かれたら教えるくらいで十分だと思っている。そうしないと何がわからないのかさえわからないままになってしまう。

読み物としてはおもしろいし納得できる部分もある。それでも、考えていない奴は伸びないというだけの話なのに、それを上司の責任や手柄にするのは如何なものか。

『やってみせ、いって聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ』

つまりはこれだよな。この文のすごいところは行動だけを表現し、その行動の良し悪しについては表現していないということだ。人を動かすためのポイントはこんな程度のものでしかない。そもそも良し悪しなんて後で思うもので、まずは動くこと、動いてもらうことが重要なんだけどね。

カモシカ轢死か

もうすぐ、あの欝陶しい梅雨になる。湿度に弱い俺にとっては最悪の季節だ。

今年は休みも取りにくく、なかなかバイクに乗る機会を作れない。梅雨がきたらますますマシンに乗れない日が続くだろう。はぁぁぁ。気分が落ち込むぜ。早く梅雨が明けないかなぁ、と、梅雨に入ってもいないのに思う今日このごろだ。

ああ、連休が欲しいなぁ。

なんてことを書いていたら、突然大きな音がしたあと電車が急停車した。音は何かにぶつかったような音で、ちょっとした衝撃と衝突音のあと、バラバラとなにかを砕ながら巻き込んだような音がした。すぐに「小動物を巻き込んだため急停止しました」と車内放送が入った。

その後、運転手はどこかと盛んに連絡を取っている。俺は運転席のそばに座っていたので、そのやり取りをはっきり聞くことができた。ぶつかったのはカモシカのようだ。連絡先からは「熊ではないのか?」という確認が入っている。運転手はまだ運転席にいるようだが、連絡先からは「床下周りを確認しろ」との指示が・・・それだけでなく、その小動物がどこにいるのか報告しろと言われている。そりゃ無理だよアニキ。

ただ今運転手が電車から降りて確認中だ。あの音からすると、結構素敵な状態になっていると思う。かなり昔に俺の乗っていた電車が人と接触したことがあったが、あの時も運転再開までにかなり時間がかかった。今回も時間がかかるんだろうなぁ。

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