何故そんなに改行する

特に女性のページに多いように思うが、なんであんなに改行するのだ。

今日は彼氏と喧嘩。
とってもつまらないことで…
だめだね、これじゃ。
あしたどうしよう。
あやまろうかな。
でも…

(ノ-_-)ノ ~┻━┻
これじゃ散文じゃねーか。マウスホイールまわすので疲れますがな、ホントにもう。おっと、どこからともなく怒りの声が聞こえてきそうですな。そんなに気に入らないなら見に行くな?おっしゃるとおりでございます。
ネットでの文体とかについては、テキスト王ネット話系エッセイあたりになかなか言いえて妙なことが書かれていますぜ、ダンナ。一度見てみんしゃい。

何様ですか?

今日、とあるところで我が社と取引のある銀行の副支店長に出くわしました。

まぁ、一応面も割れてるし、名刺交換もしたしで、きちんと会釈した訳ですが、そいつ、会釈も返さず無視しやがんの。

あのねぇ、確かに我が社はその銀行((そこの銀行だけじゃないけど))には色々ご迷惑をかけていますよ。リスケも呑んでもらったし、元本返済も予定通りには行われていませんし、今回はさらにとんでもない話を持ちかけているし…

でもね、アンタ、どちらがお客か知っています?確かに優良なお客ではないかもしれないけれど、とりあえず滞りなく利子は支払っているし、お金も返さないと言っているわけでもございませんよ。これって、あんたの銀行ではお客といわないの?そういうところから変な風評がたって、アンタのところの業績にじわじわ出て来たって知らないよ?一応相手も感情のある人間だって、理解してる?

もし我が社が立ち直って優良企業になったら、たぶん手のひらを返したように「お金借りてくれ」って来るんだろうなぁ。でも、絶対借りてやんね。誰が借りるもんか。

その銀行は、「がんばれ!!ゲイツ君」MS怪談物語に出ている銀行系列の信託系銀行です。みなさん、こんな副支店長のいる銀行、取引したいと思いますか?

殺害された台湾女子大生の兄のコメント

台湾の女子大生蕭任喬さんが殺害されたニュースで、被害者のお兄さんが

大好きだった日本で永眠できて、妹も満足だと思います。

といった内容のコメントを残していました。

これ、本当にこういってるんですか?作為的に意訳などしていません?テロップでしか見なかったので、本当にこう言っているのか私にはわかりません。

しかし、本当にこう言っているとしたら…つらすぎます。もっと恨みつらみを口に出してもらったほうが、どんなに気が楽かと思います。大好きだった日本で、日本人の手にかかって殺されたのだとしたら、同じ日本人としてなんと言えばいいのでしょう。

精神鑑定など

女医万由子先生が、「精神鑑定」について書かれております。考えさせられる話題です。

ある面では万由子先生のご意見に大賛成です。期せずして私のところでも、若干ながら精神鑑定について書いていましたが、どうも精神鑑定というものは胡散臭いような気がしてなりません。世間一般から見て特異な事件は、必ず精神鑑定が行われるようですが、精神に異常をきたしていれば罪には問われないと言うのは納得いかない部分も多々あります。せめて罪には問われなくとも、世に出さないようにしていただきたいものだと思うのは私だけでしょうか。

日本には終身刑がありませんので、死刑にならなかった人はいずれ戻ってきます。死刑もどんなものかと思いますが、せめて終身刑を設けていただきたいと思っています。死を持って償わせるのではなくね。

ところで、万由子先生って、医療関係の質問したら、答えていただけるんでしょうかねぇ?

銀行マンへの対処方法

銀行に対する愚痴みたいな事ばかり書いていてもしかたないので、銀行マンへの対処方法についても書いておきましょう。

まず、銀行マンは、

1 見下す
2 内容よりも資料の計算があっているかを重視
3 最後の結果(利益)しか見ない
4 数字の内容はわからない
5 出っ張った数字だけをみて「ここ下げれば出るでしょう」と言う
6 書面は出さない

といった習性があります。これは

1 事なかれ主義
2 合議制
3 減点主義

という企業体質から来るものです。

ですから、まず低姿勢が第一です。相手はプライドの高い人間ですから、プライドを傷つけることは厳禁です。とにかく持ち上げてやりましょう。銀行のいいところを言うのはかなり効果があります。あ、他行のことはほめちゃダメですよ。けなしてもいけません。

それから、数字は本当の数字を出してはいけません。必ず余力を残したものを出します。どうせわかんないですから。大風呂敷を広げた数字も厳禁です。達成できなかったときのしっぺ返したるや、とんでもないですからね。目指すところの60%から70%程度で、必ず達成できる数字を出すべきです。

また、数字は詳細に出してはいけません。すぐわかるように、簡単な物にしておきます。どうせ利益しか見てませんから。詳細に出すといらぬところを突っ込まれるだけです。この数字の根拠をもってこいとしつこく言われたら、そのときに出すようにします。

銀行は書面をめったに出しません。これは証拠を残さない為です。自分はいつでも逃げられるようにしておいて、相手だけ締め付けます。ですからこちらも必要以上出す必要はありません。

相手はとにかくずるいですから、こちらも信用せずに対応せねば、確実にやられます。

あ、今は結構まともになりつつありますよ。牛歩ですがね。

加害者付添人の弁護士会見(NEVADA)

先ほどTVを見ていたら、佐世保事件の加害者の付添人の弁護士が

犯行態様が異常で、感情の起伏に激しさが感じられる。一方で、面会では冷静沈着。(なぜこんなに違うのか)普通の精神状態では説明できない

と述べているようですが、「異常な犯行態様だから感情の起伏が激しいはず」といえるのでしょうかねぇ。それに「犯行時は感情の起伏が激しく、面会は冷静沈着」って、おかしいことでしょうか。報道とかを見る限り、今回の事件は「冷静」かつ「感情をコントロールできる」人間でなくてはできないと思うのですがね。

逆に「感情の起伏がない」と言いますか、心が傷つかないようにガードをかけている状態が長く続き、それが普通の状態になってしまったのではないかと思うのですが・・・一種の自己防衛機能が働いているのではないかと思います(事件のかなり前から)。おとなしくて頭がよく、大人の言うことを良く聞く「いい子」が陥りやすいパターンの、少し度を越した例じゃないかと思うのですがね。「いい子」は、大人からも友達からも大きなストレス受けています。ストレスを逃がすには、発散させるか感じなくするか、どちらかになるはずです。こういう状況って、イメージわく人は少ないかもしれませんね。追い詰められた状況が、長く続いてないとなれませんからねぇ。

私が勝手に想像するに、この子は自分のことをとても客観的に見ていると思いますよ。犯行の時だって、自分の意識は体と少し離れたところにあって、その意識(分身のようなもの)が体を操作しているような感じだったのではないかと思っています。ロボットを動かしているような感じですね。非常に冷静に犯行に及んだような気がしてなりません。

うがった見方をしますと、この子は特におかしいところも見当たらないため、世間の目をごまかすために屁理屈をつけて「精神鑑定」って筋書きなんでしょう?とさえ思ってしまいます。

今の世の中、この弁護士の言う「普通の精神状態」にいつでもある人って、はたしてどのくらいいるものなのでしょうか。何をもって「普通の精神状態」とするかもわからないのですが、普通の人だって、疲れたり寝不足だったりストレスがたまったりすると、一日のうちちょっとの間おかしな精神状態になったりすることだって良くある話だと思います。平成14年中に警察が「家出人捜索願」を受理した件数は、10万人をゆうに超えるそうです。今回の事件はかなり特異な事件のように感じますが、その方法は別として、殺人や傷害は誰でもいつでも起こす可能性のあるものであるような気がします。そうでなくては、これほどまでに行方不明者が出るはずはないと思うのです。私はそ知らぬ顔した「殺人者」が結構いると思っています。そういう人に、この弁護士の論理は通用しないでしょうね。

長崎の事件から子育てについて思うこと

長崎のショッキングな事件で世の中持ちきりだ。珍しいな事件かも知れない。誰もが「なぜ起こったのか」を知りたがっている。そんな時、poohpapaさん次男の家出を読み、色々な思いがよぎった。

私が子供の頃は、子供は喧嘩をしても当り前という感じだったし、多少の怪我で大騒ぎする親も子もいなかったように思う。今の大人は子供を子ども扱いしすぎるように思う。子供と言えども小学生にもなればそこそこ自分で考え、行動できる力はある。それなのに、今の大人は全て先回りして「臭い物には蓋」のような対応を取りたがる。これでは子供は何が危険で何がしてはいけないことかわからないではないか。私には小学生の子供がいるが、私の子供の学校や親の対応を見てもそうである。のびのび教育などと言えば聞こえはいいが、全て大人が準備してやって、その中で可もなく不可もなくの状態にしたいだけではないのか。私には学校も親も責任逃れをしているようにしか感じない。

首都圏で雪が降ると転倒による怪我人が続出するのは、雪道を歩いたことがないからだ。実際に雪道を歩き、滑る感覚をつかんでいればそう転倒はしないし、転倒しても転び方を覚えているのでたいした怪我にならないですむ。そのような体験させてやれる状況にするのが大人の使命ではないのか。

確かに理想を言えば、世の中全てが安全であることにこしたことはない。しかし、それはあくまで理想論であって、世の中には危険なことがたくさんあるし、これからも全てなくなることはないであろう。そうであれば純粋培養のような育て方ではなく、もう少し遠巻きに見る育て方をするべきではないかと思う。

私が小学生の頃は危険な遊びをたくさんやった。喧嘩もしたし、いじめられもした。人を殴ってみると、殴ったほうも殴られたほうも痛い。ナイフで指を切れば血が出て痛い。木登りをして木から落ちたこともある。喧嘩した後の気まずさも、子供の頃に何度も味わった。その中で「加減」と言うものを覚えたし、自分を守る方法も覚えた。自分に起こったことは良く覚えているので、あとは相手の身になって考えればいいだけの話である。

生きていく為に大事な能力をきちんとつけてやるには、自分で行動させることだと思う。これは放任ではない。大事なことは実際の体験とコミュニケーション能力をつけてあげることだと思う。

家族で食事などに行ったとき、子供は最初自分では注文したがらない。大人に取ってはつまらない簡単な事かも知れないが、子供にとってはかなり勇気のいることであるから、至極当然のことである。私も小さい頃、かなりドキドキして注文したものだ。だからといって、そこで大人は簡単に手助けをしてはいけないのである。やり方は見せてやってもいい。その後は食べたいものはできるだけ自分で注文させなくては、いつまでたっても人に頼る。しかし、難しいのは、子供が単に甘えたい時や、親の対応で自分への愛情を計っている時かどうかを見極める必要があることだ。小さな子供は家族の中では自分が一番でいたいのだ。あまりにも厳しい態度は、かえって逆効果になる。

最近は自分にも子供の頃があったことを忘れている人が多すぎる。自分も通ってきた道なのに、なぜ子供の気持ちがわからないのであろうか。いや、逆に子供のまま大人になっているのかもしれない。だから嫌なこととか危険なことは排除したいのかもしれない。

例えは悪いが、安全な箱庭に羊を飼うような感覚で子供に接しているような現在の風潮は、非常に憂うべき状況だと私は思う。確かに最終の柵は必要だが、その中には将来一人で生きていく為に経験しなくてはならないことをちりばめていかなくてはならない。そんなことを教育委員会などのいわゆるエリートが考えたって、机上の理論にしかならないのは当り前ではないか。教育委員会も一生懸命なのはわかるが、起こりうる状況は千差万別であり、その中で都度判断しなくてはならないことばかりである。それを大勢で考えたら、障害を取り除く方向に向かうのも至極当然だろう。そんな議論に時間を重ねるより、子供を抱きしめる時間を増やしたほうがずっといい。

私は子供を一人の人間として認めたうえで、溺愛すればいいだけだと思うのだが、どうか。溺愛することと甘やかすことは違う。愛情で溺れて死んだ子供なんて聞いたことがない。

現在は子供を馬鹿にしすぎている。もっと一人前と認めてやればいい。例え判断に稚拙な部分があっても、そんなのは大人でも往々にしてあることだ。子供はしっかり考えている。自分の知っている世界が狭いのと、うまく表現が出来ないだけである。これも大人だって同じで、「目くそ鼻くそを嫌う」レベルだ。だから馬鹿にしてはいけない。子供だからと下に見てはいけない。大人のほうが、世間体や立場を守る為におかしな事をすることのほうが圧倒的に多いではないか。子供の純粋な気持ちをおかしくしているのは私たちだ。

ネットが云々とか、スプラッター映画がとか、まったく関係ないと思う。子供は現実と幻想の区別がつかないと本当に思っているのか。そうであればめでたい限りだ。もし、仮に子供が現実と幻想を区別できないとするならば、今回のような事件は一切報道できないはずだ。区別がつかなくしているのは現実を覆い隠している大人ではないか。私は祖父がマタギだったため、子供の頃に動物をさばくところを何度も見ている。皮を剥ぎ、腹を裂き、内臓を取り出す。断末魔の悲鳴、その物体の触感、臭いを知っている。そのような実体験があれば、映像などで惑わされることはない。小学校で屠殺場の見学に行かないのはなぜだ。野良猫や野良犬の処分を見せないのはなぜだ。あまりショックを与えるのもいいことではないが、ペットを捨てるなと言うより、捨てるとこうなりますと実際に見せてやったほうがずっといいではないか。セックスに関してもそうである。見られることは恥ずかしいことと教育してきたからではないか。男にはチン○ンがあるし、女にはオ○ンコがあるのだ。なぜタブー視するのか。衣服をまとうのは恥ずかしいからではなく、体を守る為だ。顔を出すことが恥ずかしいことと教育されてきたら、顔を隠すようになるだけではないのか。

全ては大人になり切れていない子供が見たくないからだけではないか。子供は大人の知らない場所で大きくなっていくのだ。子供だからという大人のエゴで、純粋な子供をもてあそぶなと思う。それほど大人は子供に勝っているのかといいたい。今回の事件はそんな大人が生み出した事件であり、今後もますます増えていくと私は思っている。

ビデオレンタルの応対

昨日ビデオレンタルに行ったときのお話。

ビデオレンタルの店員は、借りたビデオを私に渡すときこうのたまいました。

土曜日までのレンタルとなります。土曜日には必ず返却ください。

これを聞いて、チョッとムカッときました。別に短気だとか虫の居所が悪かったわけじゃないです。

このときの私の気持ちは

・必ず返却って、返すに決まってるだろ。返さないとでも思っているのか?
・大体にして、貸し出し料金より延滞料金のほうが割がいいじゃないか。二,三日遅れたほうが儲かるんじゃないの?
・でも、貸し出す商品が不足するとどうしようもないのもわかるよな。
・だかしかーし、なんつーかね、貸したその場で早く返せみたいな取られかたされても仕方ない言い方って、癪にさわるぞ。
・こう言えって教育されてるんだろうけど、もう少しどうにかならないもんかね。

って感じです。

しかし、人間が小さいぞ > 俺