上司からのメール
俺大笑い。
それに対する俺の返信メール
orz
だめすぐる。
Linuxからアホ話まで、何でもありでござる
今日は久々にまとまった雨だった。電車は止まるし道路は水浸しだしワイパーは最速にしないと前が見えないしという状態だったが、風がそんなに強くなかったのが幸いだった。今日は休みだったのでニュータイヤのマシンでお出かけウキウキという目論見は見事にご破算、家でおとなしくビデオを見て過ごすハメになった。
ボケーっとしていると意外に時間は早く進み、何にもしないのにもう休日が終わってしまう。メールを確認すると「コレよろしく」みたいな仕事のメールが来てるのを発見。なんだかなーって感じだ。
で、明日からまたまた仕事が目白押しで少々気分が重い。もう少し休みが欲しい。このままじゃ本当に擦り減ってしまう。ちょっと体力的にも精神的にも厳しい。これでもせめて金銭的に余裕があれば少しは違うのだろうが、それもきびしいので気分は下降気味のままだ。
というか、他の誰かに仕事を振ってくれないかなぁと思う。何でもかんでもこっちによこすなボケ。一週間くらい休もうかなぁ。

さて、本題に入ろうか。まずはすり減ったBT-015を記念にアップ。うけけけけ、よく減ってるじゃん。
フロント

リア

Road Attackを装着し走り出しての第一印象は、「うおっ。軽い!」ってことだった。フロント回りがなんだか軽いのだ。BT-015の最初のころの状態なんてすっかり忘れてしまっているので、この軽さがタイヤが新しいからなのか、それともタイヤ自体の性質によるものなのかはわからない。
少し走ってみると、最初はフロントのヒラヒラ感が若干強くて少々戸惑った。フロントが遅れぎみでヒラヒラするというか、とにかく「パタッ」と倒れる感じ。これは多分切り返しが重くなってきたBT-015に合わせたサスのセッティングによるものだろう。実際伸び・縮みのダンパーを1/8程度強くしたら見違えるほどよくなった。誤解の無いように書いておくが、ヒラヒラ感はあったが落ち着かないということではなく、安定性は抜群なんだが倒し込みが感覚より軽いということ。感覚的にはフロントがスキーのストックみたいな感じに思えた。セッティングを変更してからは素敵の一言だ。
リアはというと、これは不思議なくらい黒子に徹している感じ。ここまで主張(クセ)が無いのは逆にすごいと思う。フロントもクセが無い部類だと思うけれど、リアが完全黒子なのでフロントさえ好みに合わせてしまうとほぼ満足出来る状態になった。
峠に行って走ってみたが、その操縦性のよさに一層感動した。一言で言ってしまえば「リーンウイズが楽しいタイヤ」だ。倒し込みは軽く、倒し込んだ状態での安定性も抜群である。乗っていてムチャクチャ楽しい感じ。それなりのペースで走るにはうってつけのタイヤかもしれん。CBR600Fみたいなバイクにつけたら最高だと思う。というか、CBR600RRもOEMがこのタイヤでいいんじゃないか?で、峠に行った後のタイヤがこれ。リアの写真はWillcom03のカメラ性能がクソでとんでもない色になったので、GIMPで補正してある。
フロント

リア

さてみんなが気にするグリップは・・・俺のレベルではわからんというのが本音。俺のスピードレンジであれば、BT-015よりグリップするような気がする。BT-015でズルーっと感じたところもきっちりグリップして回ってくれる感じがするのは驚く。これも多分BT-015が減った状態での印象しか無いからだと思うが、本当のところはわからん。
そういう感じなので、今までより高いコーナリングスピードでコーナーを回れている気がする。これは多分に感覚的なものなので実際のスピードがどうのこうのというのはわからない。倒し込んだ状態での安定性がいいからなのかもしれないし、ただ単にタイヤが新しいからなのかもしれない。そのあたりはもう少し乗り込んでみないとなんとも言えない。
それでも初回のインプレとしては「大満足」ってところだ。すごく気に入ったよこのタイヤ。
本日の走行距離 200km

ついにニュータイヤを装着した。Road Attackはたいそう大げさな梱包でやってきた。交換は行きつけのバイク屋で・・・と言いたい所だが、俺の休みの都合上違う店でやってもらった。スマン。
装着までの価格だが、大体こんな感じ。
これを安いと見るか高いと見るかは人によって違いがあるだろうけれど、手間暇とかを考えると行きつけのバイク屋でやってもらうのが一番簡単なのは確か。特に輸入とかネット通販とかは品質確認できないという問題があるのだが、今回もそれが一番の心配事だった。実際タイヤ交換した店の人曰く「このタイヤの製造年は2009年」とのことだった。品質に問題は無いと言ってはくれたが、モノは値段分の品質しか無かったと言えなくもない。やはりこういう通販の場合は「買うなら新製品」なのかもしれん。新製品で棚晒しってのは考えにくいからね。
タイヤの交換価格はこんなもんだろうと思う。確かに車のタイヤに比べればバカ高だが、そもそも処理する台数が違う。タイヤを買ってもらえなければ利幅は大きく減る。というか、工数から言ったら車のタイヤ交換価格はかなり低いと思う。それもこれも数をこなせるから出来る値付けなので、バイクの場合はもう一回ブームでも来てもらわないとタイヤの価格も工賃もバイクの値段も下がらないだろう。
今回は「安く済ます」という目的は半分くらいしか達成できなかった。それでも欲しいタイヤが国内で販売されていなかったというのが輸入に踏み切った一番の理由なので、これでよしとしておこうか。
このニュースをみて吹いた。東電と政府の右往左往ぶりは目を覆いたくなるが、あれほど騒いでいながら、今更「実は継続注入していたんですぅ。」と言われたらずっこけるしかない。このニュース、ほとんどの人は「東電とミンスのでっち上げ」と感じているのではなかろうか。
俺はそういう見方ではなくてこのあたりで「おおお」と思った。
ちらちらと聞こえてくる話に、この所長がいなかったらとんでもないことになっていたかもというのがある。この所長、混乱する現場を見事に統率し、最悪の事態の中でも的確な判断で困難を乗り越えてきたという話である。事の真偽は分からないが、もし聞こえてきた話が本当であればこんな感じじゃないかなぁと・・・
なんて場面が頭の中に浮かんで吹いた次第。この継続注入が正しい判断かはわからないけれど、こういう現場の判断でかろうじて徳俵に残っているんじゃないかと思うのだ。
上がヴァカでも現場が素敵だからどうにかなっている構図は、そのまま日本全体に当てはまるようで笑える。
商売と言うものは常に隆盛と衰退を繰り返しているが、一旦負のスパイラルに入るとなかなか抜け出せない。そんな時、世の中の多くの経営者は他の少しばかりの成功事例を取り上げて「こういうことをすればいいんだ」みたいなことをよく言うが、残念ながら成功事例と言うのは全体から見ればごくごく稀な話、つまり「レアケース」であることのほうが多い。レアケースの良い部分だけをシステムとして取り入れてもそうそう効果が上がるわけではない。
それでも伸びている企業には共通点がある。それは何かと言うと「ターゲットや業務などを具体的に絞り込んでいる」ということだ。これは先の少量多品種のエントリに通じる部分もあるのだが、商売で一番つらいのは「何でも屋」だ。何でも屋をやるのであれば、とにかくスケールメリットがないと難しい。そんなのは大企業でないと無理なので、中小は専門色を如何にして出していくかが重要なポイントだ。
ターゲットや業務を絞り込むというのは、違う言葉でいうと「制限する」ということだ。制限される要素が増えれば増えるほど、そのままでは出来ないことがどんどん増えていく。この「出来ないこと」が工夫を生むのだ。金が潤沢にあっていつでも最新鋭のPCが買える人間より、遅いPCだけしか使えない人間の方がいろいろな工夫をするのと同じである。工夫は知らず知らずのうちにスキルを上げてくれる。商売もこれと同じで、普通では出来ないことをどうにかして実現しようとするところに工夫が生まれ、それが特色となっていく。
立派な調理人を抱えたホテルのレストランがなぜ街場の小さなレストランに負けるのか、その理由もこのあたりにある。どんな料理でもそれなりに作れるスキル、つまり何でも出来てしまうことが一番の弱みになっているのだ。そこには今までの苦労と思い込みに似た自信・自己満足しかなく、経験はあれど工夫はない。人・金・スペース・・・全てに於いて制限の多い個人営業の店舗は、生き延びるためにそれこそあの手この手でいろいろなことを工夫する。また、チェーン店はオリジナルメニューの開発などはまず出来ないし、ありとあらゆるものがマニュアルで定められている。そういう制限の量がそのまま結果に繋がっているように見える。
それでも、なにか制限が増えると人は文句をいう。そして「そんなの必要ないだろう」とか、「無くても十分やっていける」とか言う。そういう場面を見ていると、「制限は無いほうがよい」というのは単に楽をしたいがための方便でしかないのではなかろうか、と最近良く思うのである。
先ほどニュースをみていたら、「福島原発1~3号機はメルトダウンしている可能性が高く、圧力容器から格納容器燃料そのものが落ちる、いわゆるメルトスルーが起きている可能性がある」というようなことが報道されていた。メルトスルーってはじめて聞いた言葉だったのだが、俺の無知さを「いわゆる」という言葉がよりいっそう際立たせてくれて素敵だ。
で、メルトスルーって言葉はそんなに一般的な言葉なんだろうか。Google先生に聞いてみたが、ウィキにもメルトダウンはあってもメルトスルーは無い模様。なんということだ。いつぞや「ライフライン」とかいう和製英語が知らぬ間に世の中に蔓延したが、今回のメルトスルーもいつの間にか使って当たり前の言葉にされてしまいそうな予感がする。
もしかして、燃料は既に格納容器の中にさえなかったりしてね。原子炉の温度は100℃前後とそんなに高くないようだが、これは既に原子炉の中には少量の燃料しか残っていないからなのかも知れん。というか、あっという間にメルトダウンするほどの熱量なのだから、そう簡単に冷えないような気がしないでもないし、原子炉から格納容器に解け落ちてしまっているから原子炉の温度が低いというほうが可能性として高いような気がする。
再臨界なんて起きたらどうするんだよ。逃げる準備でもしておくか?
sekaimonで購入したRoad Attackが日本についた模様で、到着と二次決済費用の通知メールが届いた。
予定外だったのはその二次決済費用で、sekaimonのサイトにある決済費用概算では大体7000円だったのに対し、実額はなんと12,000円。おいおい、ほぼ倍じゃないか。もしかして2本セットだから高かったのかなぁ。
これに組み込み工賃を入れると、出来上がりは50,000円をちょっと切るくらいだ。思ったより安くならない。うまくできているもんだと思うね、ホント。安く手に入れても、輸送費・関税とかで結局国内の価格に近いところまで上げられちゃう。日本の官僚は頭いいよね。
ここまでタイヤの価格に差がつかないとなれば、タイヤのコストパフォーマンスは耐磨耗性だけが決め手になるってことだ。このタイヤのインプレを見る限りでは、温まった時のグリップはそこそこありそう。それで耐磨耗性も優れているとなれば、次の交換時には「かなりお買い得なタイヤだった」となるに違いない。
だけどもう少しお気軽にタイヤ交換出きるようになりたいもんだね。気合を入れて給料が上がるようにしないとダメだなー。
「今求められているのは少量多品種である」と言われるようになってから久しい。爆発的なヒット商品が生まれにくくなっている今、大当たりよりたくさんの小当たりを狙う商法に切り替わってきているわけだ。確かに少量多品種であれば差別化もつけやすいし、下手な鉄砲も数打ちゃ当たることもあるだろう。
この少量多品種、小さな会社は根本的な考え方を間違えている場合が多いように思う。
陥りやすい罠は商品数だけに目がいってしまいがちなことだ。たくさんの商品を抱えると、大体は在庫が増える。そして商品の回転率は落ち、デッドストックが増えていく。で、在庫処分のために安売りしたりして本末転倒な結果になりがちだ。
特に食品関係というか外食産業では要注意で、「たくさんの種類の商品を作るために」とありとあらゆる食材を揃え出す奴がいる。これが始まるともうサイアクである。使いまわしの効かない材料がどんどん増えていき、倉庫や冷蔵庫はあっというまに使いかけの材料で満杯になってしまう。この罠に陥りやすいのは、何でも作れてしまう職人が多い。自分の技術を出さなければならない少量多品種はオーダーメイドに近いのだから、それなりの価格設定をしないと労務費とか材料のロスとかをそのままかぶってしまう。
このあたりは大手企業の手法をよーく見習った方がいい。大手は根本的な部分は統一で、本のちょっとしたところを変えてバリエーションを多く見せている。車ならばちょっとしたオプションや車体の色だし、ファミレスならトッピングやソースと単品の組み合わせでバリエーションを演出している。
コストを下げる基本は大量生産しかないのである。その事は絶対に忘れてはいけない。それを前提に大量生産のパーツの組み合わせでコストを引き下げ、少量多品種に見せる。このことを忘れて少量多品種を目指すのであれば、結果は見えているとしか言いようがない。コストは材料と手間暇の掛け算でしか無いのだから。
ブログを開設してから5ヶ月で月間16万PVを達成するために私が行った3つの戦略と2つの心構え
うーん、開設5ヶ月で16万PVかよ。すごいねー。ちなみにここは、WebalizerでカウントしたPVは月間20万以上あるよrobotも含めてだけど。Googleさまに調べてもらうとそのPVの7〜8割がrobot君らしい。まさにrobotのrobotによるrobotのためのサイトって感じ(意味不明)。
特にここ1年半くらいは完全に伸び悩みで、こういうことを「頭打ち」と言うんだなとしみじみ思う。かといってアクセスをぐんと増やすような素敵なネタも持ち合わせていないし、バイクを買い換えてからは極度の金欠でPCの改造も出来ない。この改造ネタのカテゴリ[DIYする?]は比較的アクセスを稼いでいたんだけれど、今は完全に昔の名前で出ています状態。かわりにエントリ数が増えたバイクネタ[Bike!Bike!Bike!]はすこしアクセスを稼いでくれているけれど、バイク乗りってのは絶対数が少ないのでアクセス数もそれなりだったりする。バイクを嫌いな人というか毛嫌いしている人も多いだろうし。また、目玉の一つのゲームネタ[Game Fan]も金欠と多忙の影響を受けてエントリに出来るネタなし状態。うーん、このサイトはますます沈むな。
アクセス数を増やしたくてサイトを運営しているわけではないのだけれど、サーバ管理も落ち着いちゃってるし全てにおいて少々マンネリぎみなのは確か。だけどこのサーバのOSもかなり古くなっちゃった。CMSのnucleusも新しいバージョンではPHP5でないと動かないようだし、全面的に内部を刷新しないといけない時期に来ているのだけれどなんだかやる気なしモード全開。というか、俺の部屋自体が3.11の震災の後、ちょっとしか片付けていなかったりする。そう、部屋の中はまだ震災直後みたいな感じなんだよwww
つか、休みくれよ。労基に駆け込むぞコノヤローwww
と、自分でもまったく考えていない方向に筆が滑ったのでこの辺でEOF
先日sekaimonからメールが来た。タイヤはついにアメリカを飛び立ったらしい。地面に食いつくのが仕事のタイヤが空を飛んでやってくる。楽しみだ。
さて、予想よりはるかに速いペースで無くなってしまったBT-015だが、そのタイヤの減り方からなんとなく自分のライディングの癖が見えたような気がするので書いておこう。
まず前後の減り具合だが、これはマシンの重量配分が50:50ということもあってかほぼ同じように無くなっている。前後がここまで一緒に減ったマシンもタイヤも初めてなので、少々感動している。
サイドの減り具合はというと、フロントは左右とも大体2cm位端が残っている。これは比較的低速でハンドルをガチっと切りつつ深くバンクさせないと多分無理。ジムカーナとかコースのシケインとかでないと使わないし俺には使えないと思う。リアは左側が1cm弱使っていないところが残っているが、右側はほぼ全部使っている。日本は左側通行なので左コーナーのほうが多少Rがきつくなっていることが多く、当然バンクのさせ具合も左コーナのほうが深いと思っていたのだが、俺の場合は昔からタイヤの左サイドは多少残る傾向がある。ではなぜRが比較的ゆるい右コーナーで使う右側のほうが端まで接地してしまうのだろうか。このあたりに俺のライディングの癖が隠れているに違いない。
もう少しタイヤの減り具合を詳しく見ると、フロントも左右の減り方に若干の差がある。

フロントで一番減りやすいのが赤く色をつけたあたりなんじゃないかと思うが、この部分の減り方が左右で若干違うのだ。濃く色をつけた側(進行方向に向かって右側)の方が微妙に摩耗が進んでいる。バイクに長く乗っている人はわかるかと思うが、ハンドルをこじるようにして曲がるとこの部分がよく減る。この曲がり方、重心移動によるオートステアができない人がよくやる方法で、極論すれば「ヘタクソ」や「初心者」に多い曲がり方だ。教習所のマシンはこの部分が異常に減っていることが多い。これは教習所のコースの特性もあるのだろうが、やっぱり体重移動よりハンドルで曲がろうとする受講者が多いからじゃないかと思っている。話がちょっとそれたが、このハンドルをこじる曲がり方をすると軽い逆ハンを当てたような形になってバンクも少し深くなるのである。つまり、俺は右コーナではちょっとハンドルをこじっていて、そのせいでフロントのあの部分とリアのサイドまで使う結果になっているってことだ。逆に左コーナーは荷重の移動が右コーナーよりうまくいっているのだろう、タイヤの端まで使うことなくより小さなRを曲がることが出来ていると言えそう。
BT-015とかのように6000kmくらいでなくなるタイヤだと多少偏摩耗しても1シーズン以下でおさらばできるけれど、今度のタイヤはかなり持ちが良さそうである。ということは、へんな減り方をしてもしばらく乗り続けないとダメってことだ。減りが遅いからこそ、逆に出来るだけタイヤにおかしな負担をかけない乗り方が必要になるかもしれんね。
日本のモノ作りは本当に効率的だったのか?:日経ビジネスオンライン
こういう話をしたり顔でされても「あそ」というしか無いんだけれど、カイゼンなんてのは「自分の目の前のことだけとりあえず効率よくやれればいい」という考えに陥り易いのは確かだ。部門の業績ばかり追いかけても同じような現象が起こる。
生産過程での「カイゼン」の中で、いわゆるサービス業の場合はカイゼンの後に必ず「作業の熟練度をあげる」時間を作らないと大体失敗するのだけれど、せっかちな人は熟練度が上がる前に「ダメじゃん」と判断してまた違う「カイゼン」を取り入れてしまったりする。そうなると生産性の向上などまさに絵に描いた餅で、何にもしなかった方がよかったという結果になりかねない。こうなれば改善ではなく改悪で、ここで「カイゼン」と書いているのはそういう意味からだ。部分最適化だけを進めたらおかしくなるのは業務の全体像を把握していない奴が最適化を進めるからで、そういう奴に任せる事自体が間違いと言える。
それだけじゃなくて、何事にも「余裕」というか「バッファ」というか「アローアンス」というか、とにかくそういうものを計画的に持たせないと、一つが遅れると全部がぶっ飛ぶことになってしまう。いつでも限界ギリギリというレーシングマシンのような切れ味も素敵なんだけれど、60〜80%の力でずーっと続けていける確実性を目指した方が生産性は上がりやすい。あくまでサービス業の話だけどね。
もっと小さな個人企業とかになってくると、カイゼンのほとんどはスキルアップとお付き合いしている企業との関係に絞られちゃうわけで、上記の記事でかかれていることってのは比較的大きなところにしか当てはまらない話といってもいいんじゃなかろうか。
サービス業では首都圏の手法が地方でそのまま通用することはほとんどない。そんなの求められてもいない場合も多いし、なんといってもスケールが違いすぎてダメなのである。こういうしたり顔話は大企業がモデルになる場合が多いけれど、参考になるのはちょっと大きめの中小企業くらいまでで、それ以外は「いいこと覚えたナー」くらいで終わらせておいた方がいいのかもしれんよ。なんでかというと、こういう話はごく普通の従業員が多くいることが前提だから。プロ中のプロの集団には全く余計なお節介という話だし、カイゼンを行っても従業員自体がすんなり理解できないというところだってあるんだもの。
ホント、こういう話を読むと「お気楽でいいねー」と、ある意味ホッとするね。
先日の全てわかっていたことじゃないのか?に、こういうコメントがついていた。
さらしてしまって申し訳ないような気もするが、とりあえずサイト管理者としての意見を書いておこうと思う。
まず最初に感じたのは「告知してほしい」とか書いてはいるけれど、このコメント自体が俺の好むと好まざるに関係なくこのサイトに掲載されてしまっているということ。コメント主のサイトへのリンクも貼られているし、デモの告知サイトへもリンクが貼られている。俺に言わせりゃ「既に勝手に告知してるじゃん」だ。
俺は原発事故について「困ったもんだ」とは思っているが、脱原発とかという思想は持っていない。というか、原発で腹が立つのはその利権構造であって、その技術については「無くてもよいもの」とは思っていない。
管理者としてよく思うのは、「こういうコメントとスパムコメントの違いってなに?」ということである。志が違うとかいう人もいるかもしれないが、人のサイトを使って他人を誘導しようとしていることに違いはない。俺にはこういうコメントとスパムコメントの違いがわからないのである。
まぁ、どこからか「そういうのが嫌ならコメント欄など閉じてしまえ」という声が聞こえてきそうだが、そういうのは覚悟の上でコメント欄を開けているので致し方ない話ではある。一応覚悟はしているのだけれど、やっぱり気になるので書いてみた。コメント主は諸手を挙げて賛成という告知を望んでいたのかもしれんが、そうは問屋が卸さないんだよね。だけどこれでも告知にはなるだろ。とりあえずリクエストには答えたつもりだけどどうかな?
先日TVを見ていたら、イタリアンのなんとかというシェフが出ていた。笑顔が素敵とか言われるこのシェフだが、見ていてどうしても気になる事があった。
それは「おうどん」という言葉だ。
俺はこの「おなにがし」という言い方がとても気になるのだ。俺自身がほとんどこの「御」という接頭語をつけないせいもあるのだろうが、そもそもこの接頭語、尊敬語や謙譲語・美化語を形成するためにつけるのであって、そういう使い方をしなければならない会話などそうそうあるものではない。また、これをつけたからといって言葉が柔らかくなったと感じることがないのである。逆に「おうどん」などという言い回しは聞いていて違和感ありすぎで、全く耳に馴染むことがない。
そうはいうものの、「御」がついても違和感がない言葉もあることは確かだ。「おそば」とか「おもち」と「おゆ」とかはさほどでもないのである。だが、「おうどん」とか「おなす」とか「お酢」とかには黒板を爪でひっかいた音を聞いたような感覚を受ける。
「お」を多用する人でも、「おブロッコリー」とか「おガソリン」とか言う人はまずいない。「お御飯」のような頭痛が痛くなる使い方をしている人もたまにはいるが、「お」を多用する人でも、その使用には何かかしらの「しきい値」が存在するのだろう。
俺が感じている違和感は、その「しきい値」の個人差が原因となって現れているのである。(ドヤ顔)