地デジ映らず

東北の中山間地 地デジ受難 電波不安定で受信障害(河北新報) – Yahoo!ニュース

数日前にこんな記事が載っていた。山間部だけじゃないから。俺のところも地デジは2局しか映らないよん。一応NHK、NHK教育、民放4局あるんだけど、OKなのはそのうち民放2つだけ。

アンテナが悪いのかとも思うのだけれど、ワンセグも地デジと同じ放送局しか映らないのでアンテナの問題じゃないと思う。帰宅時にWillcom03で試してみたのだけれど、俺の降りる駅のひとつまえでは全て受信OK。それなのに、俺の降りる駅ではとたんに電波の状態が悪くなって、家に歩いていく途中ではほぼ全てのワンセグが受信できない。

家に近づくと、かろうじて地デジが受信できる民放局が映るのだけれど、それもちょっと場所を移っただけでも入らなくなる。要は「ほぼ映りましぇん!」状態。いちおう俺の住んでいるところはこれでも市内だし、中心街から電車で30分も離れていないし渋滞していないときは車で15分位で中心街に着く程度しか離れていない(と、決して田舎でないことを強調してみた)。

だいたい、衛星放送もあわせて受信料を払っているにもかかわらず、NHKが映らないとはどういうことだ。

この状況は、俺が地デジ対応HDレコーダを買った2年前から変わっていない。総務省も放送局も本当にやる気あんの?と小一時間問い詰めたい気分だがそれがなにか。

派遣切り報道に思う

最近の不景気の煽りを真正面から食らっている感のある派遣社員。企業としては、このようなときのために正社員と比べて社会的責任をさほど問われず削減できる派遣社員を使っているのだろうから、方向性としては至極当然のことをしているに過ぎない。

企業が苦しくなって真っ先に切るのは、このような有期雇用者だ。苦しくなった企業が生き残るためには、食い扶持を減らさねばならない。だから社会的責任を問われにくいところから切っていく。バブル崩壊後企業はずっと苦しく、また、さらに厳しい時代になったときに備え、切り捨てし易い雇用体系に変えてきた。企業は準備してきたのだ。その安全弁を開いたに過ぎない。企業や組織には感情は無い。あるのは経済合理性だけだ。

TVには契約を解除された派遣社員の様子が流され続けている。切られたほうは大変だろう。給料だけでなく、住む場所も無くなってしまう人もいるようだ。しかし、大変だなぁと思うより、その苦しむさまを見て「ああ、自分はこうならなくて良かった」と思ってしまう俺がいる。明日は我が身かもしれないのに、である。

ただ、現在の苦しいさまだけで判断するのもいかがなものか、とも思う。安定・高収入と槍玉に挙げられやすい公務員だが、彼らはとりあえず競争に勝って公務員になったのだ。「コネ」で入っても競争に勝ったことには変わりが無い。その代償として安定・高収入がある。努力すれば報われるわけではないが、行動しなかったものに結果はついては来ないものまた事実なのだ。

[関連エントリ]
働かざるもの食うべからずなのか
超人手不足でも払えんものは払えんだろ
いい世の中になったもんだ

定額給付金は何故ありがたがられないのか

痛いニュース(ノ∀`):定額給付金、1人「1万2000円」 高齢者と18歳以下は「+8000円」

なにかと評判の悪い感のある定額給付金だが、国全体で負担するコストの割にはまったくありがたがられていない。その理由は極めて簡単で、1000円/月程度の金額という低額給付金をもらってもうれしくもなんとも無いからだ。独り者や子供のいない夫婦などは特にうれしくないだろう。

以前俺のいた会社では、年末手当なるものが支給されていたことがある。年末年始に働いていた人には一日500円の手当をつけるというものだ。その制度を知ったとき、俺は人事部長に「いまどき500円貰ってうれしい人なんているのか?」と聞いたことがある。もともとこの制度は、社員があまり働きたくないであろう年末年始に働いてもらうための、いわゆる「ニンジン」効果を狙った制度であったのだと思う。しかし、少ない原資を意味もなく均等に分け与えようとしたがために、この制度はニンジンにもならず「けちくせー会社」と思われてしまうだけになり、そのくせそれなりの費用は発生するというすばらしい効果しか生まなかったと言ってもよい。こんな小金を個人に払うくらいであれば、上司にまとめて金を渡して何か差入でも買わせた方がよっぽどましに思える。

今回の定額給付金は、この年末年始手当にそっくりに見える。一人12000円と奮発したつもりかもしれないが、月額にすればたったの1000円である。いまどき1000円で何が出来るのか、良く考えて欲しい。ただ、家族が多いともらえる金額も一気に増えていくため、5人家族くらいからはなんだか得した気分になりそうだ。それとて子供への給付金を親が霞めとるから多く感じるのであって、個人が単独で取るのであれば全くうれしくない。

人数の多い家庭で全員の給付金を集めればそれなりの金額になるように、一人にすれば少額でも集めれば大きな金額になる。大きな金があれば一人に12000円を与えるよりはいろいろな事が出来るはずだ。そんな金の使いかたも検討せずに放棄し金をバラまくのは「私達は金の使い道を知りません」と吐露していることと同じだ。そんな政治家も役人も要らん。さっさと辞めてもらえばよろしい。

自分の金でないからこんな案ができるのだろう。国家予算は一般会計予算、特別会計予算合わせて200兆円を越えるが、その1%程度を意味もなくバラまくのだ。これは、個人で言えば自分の収入の1%をビルの屋上からバラまくようなものだ。年収500万円の人が10円玉5000枚を持ってビルの屋上に上がり、そこから豆まきよろしく10円玉をバラまく、それと同じだ。普通の人は自分の金をそんな風に扱ったりしないだろうし、もしそんなことをする人がいたらその人の人格が疑われてしまう可能性だってある。個人と国家を比べるのはおかしいが、この低額定額給付金に対する感情だってそんなもんだと思う。

コピペサイトにコピペされてる

アクセスログで遊んでいたら、ふとした拍子にこんなサイトに遭遇した。リンク張るのもバカらしいからスクリーンショットを置いておく。

このサイトに掲載されているものは、明らかに俺が書いたものだ。

戻ってきたぞstrelok (S.T.A.L.K.E.R. Clear Sky)

このエントリと一字一句違わない。それどころか、コピペエントリにタイトルとカテゴリまで記載されているのが笑える。

面白いので少々見て回ったが、左下の方にちょっとしたリンクがある以外の外部リンクもなく、外部に誘導する目的にしては少々おそまつだ。エントリ数だけは比較的多くて、一日に70〜80程度されているが、逆にコピペにしては少ないくらい。

さて、このサイトは何が目的で開設されているんだろう。「自動車」で検索しても上位に来るはずもなく、「世界情勢」でもトップ20にかろうじて引っかかる程度である。「世界情勢ニュース」でやっと上位に入るくらいのために開設されているのだろうか。

ソースを見てもGoogleAdsenseが埋め込まれているだけで、特に怪しげなものもない。

不思議だ。

だけど、なんだか自分の書いたのがそのまま他サイトに載っているとものすごく変な感じがする。途中まで自分の文章とは気がつかないことさえあるくらいだ。

こういう奴って著作権侵害じゃないのか本当は。まぁ、どうでもいいけど。

社員を壊したのは誰か

社員が壊れる【1】“抜け殻”正社員、派遣・請負依存経営のツケ:NBonline(日経ビジネス オンライン)

社員が壊れる【2】管理職が壊れる〜企業内 “多重責務者” の悲鳴:NBonline(日経ビジネス オンライン)

社員が壊れる【3】憂鬱なオフィス〜あなたは監視されている:NBonline(日経ビジネス オンライン)

社員が壊れる【4】現代のチャップリンは叫ぶ、私たちはもう限界です:NBonline(日経ビジネス オンライン)

社員が壊れる【5】社員酷使に未来はない:NBonline(日経ビジネス オンライン)

俺の回りでも記事に書かれているような状態になっているところは多い。それが顕著に表れ始めたのはバブル崩壊後数年経ってからだったと思う。

俺の勤めていた会社も同じような状況になっていた。そのきっかけは銀行の貸し渋り、貸し剥しであった。バブル崩壊後の景気低迷で会社の業績は悪化する一方だった。金融機関は当然ながら「人件費を下げれば収益は改善しますよね。収益が改善する見込みがあれば融資も考えましょう。」と、リストラだけが残された道といわんばかりに圧力をかけてくる。

その一方で、ファーストフードのような業態は業績を上げていた。このような業態はオペレーション・教育等のマニュアル化、小人数の正社員と多数のパートアルバイトという人員構成が特徴で、ある分野や商品に特化している事が成功の秘訣だ。しかし、金融機関やコンサルタントなどは、悲しいかなファーストフードなどの高い収益性にしか目がいかない。あそこで出来るんだからおまえたちも出来るだろうみたいな事をいとも簡単に言ってくるのである。

かくして、内容が伴わないまま正社員はどんどんリストラされ、その不足は有期雇用契約者に置き換えられていった。中には正社員から時給社員に格下げされてしまう者までいたのだ。しかし、労働力を低賃金者へ切替えしただけで業務の生産性が上がったわけではない。賃金単価が引き下げられただけで、それは一時的な効果しか生まないのはいうまでもない。

実務の重要な部分を担っている人達はあまり目立たず、黙々と仕事を進める人が比較的多い。また、謙虚な人が多いのか、自分の待遇に不満を持っていても表立って文句を言わない。ただ、目立たない人は忘れ去られ軽んじられてしまうのも悲しい事実である。おとなしい人からリストラ対象にされ、気がつくと会社には口ばかり達者で目立つが仕事をしない奴しか残っていなかった。当然業績もますます落ち込み、金融機関からの締め付けがますます厳しくなり、更なるリストラを進めるハメになる。絵に描いたような負のスパイラルである。

バブル崩壊時の危機的状況を味わっている経営者は用心深くなり、企業の経営状態がよくなってもその利潤を従業員に返そうとはしない。あるのは売上アップ、経費削減、生産性向上のかけ声だけだ。

そんな状態で寄せる波を乗り切るためには、どこかに大きなしわを寄せなくては無理だったのだ。それが現在の管理職クラスだと思う。この十数年間、新規採用は大幅に制限され、採用があっても中途採用ばかりである。自分の色に染め上げた部下はほとんどいない。自分の仕事を引き継ぐ者など誰もいない。管理者は多分そう思っている。

質問者と回答者のマナーで納得できないこと

掲示板やメーリングリストなどで場が荒れる原因のひとつに、マナーの悪さがあります。

質問者と回答者のマナーについて

ただ、このマナーについて、昔から矛盾してるよなーと思うことがひとつだけあります。それは

過去に同じような質問と回答がないかよく調べる

というところ。いや、確かにそうなんです。少し検索すればすぐにでも解答が得られるのに、そのような労力はまったく払わず、なんでもかんでも質問してくる人も確かに存在します。しかし、しかしですね、まじめに調べる方法を知らない人もいるんじゃないかと・・・調べる術を知らず、藁にもすがる思いで質問したら「ぐぐれかす」ときたもんだありゃこりゃでは思わずもらい泣きしてしまいます。

実際の所、俺の回りをみても自分で調べる人なんて少数派で、さらに自分で調べた上で自己解決出来る人なんてほとんどいません。だからそういうことが出来る人が重宝がられるわけですよ。ですから、万人に向かって「まず自分で調べましょう」ということ自体が大きな矛盾を含んでいるのは間違いありません。

しかし、やはり物事を理解するにはそのルールや言葉を知らないと話自体が出来ません。サッカーのルールを知らないで試合するのは難しいのと同じで、最低限の覚えておいて欲しい言葉というのは確かに存在します。その最低限のレベルを満たそうとしない人には、きっと何を教えても無駄です。

その一方で、教えて君と屑回答者に書いてあるように、回答側にもなんだかなー君は沢山存在します。この原因に「わかっているつもり」とか「教えるのが下手」とかというものもあるでしょうが、相手を自分と同じレベルに考えてしまうということもあるかもしれません。

最後に、昔見つけた私流パソコン上達法というものを紹介しておきましょう。人に聞くのは自分だけ楽をするためでなく、自分のスキル向上のためと考えたいものですね。

[関連エントリ]
質問者と回答者のマナーで納得できないこと 追記
技術系メーリングリストに何を求めているのか

YahooBBの勧誘に激怒する

先日YahooBBの勧誘の電話がかかってきた。今お使いのADSLの回線はフレッツADSLだろとか今なら月々3366円だとかやかましい。

俺「メールアドレス変わるのもめんどくさいし、いいわ。」
禿「メールアドレスは現行のままお使いいただけます。」

は?ODNのメールアドレスがYahooBBでもそのまま使えるってどういうこと?そんなサービスあるのか?聞いたこともないけど・・・そんな事まで出来るなんてSoftBankってすごいね(棒読)。ま、いいさ。

俺「いや、とにかく変える気ないし。」
禿「毎月お得になっていましてかくかくしかじか。」
俺「あのね、いくら勧誘しても、俺変える気ないわけよ。」
禿「何か勘違いされているようですね。これは勧誘ではなくてですね。」
俺「は?勧誘でない?じゃ、なによ。
禿「勧誘じゃなくてですね、勘違いされているようなのでですね。」
俺「つか、この電話、どうやって調べたのよ。」
禿「サービスを提供している地域の電話番号に無差別にかけています。」

おーい、消費者センターの誰かー、こういう迷惑な営業活動っていいんですかー。多分「無差別に電話している」と答えるのがマニュアル化されているんだろうけどさ、本当にそうであったらそれこそはた迷惑すぎるのだけどね。

俺「あのなぁ、俺は要らないって言ってるんだよ。いくら説明しても無駄だって。」
禿「なにか勘違いされていr・・・」
俺「あんた、名前は?会社は?株式会社?どこの会社?北海道?登記が北海道なのか?」

なんていうお決まり逆質問には一応答えた禿。どうやらYahooBBの代理店らしいのだが、なんども何度も「勘違いされているようで」を繰り返すので俺は切れまくりだ。どうせ名ばかりの代理店で、コールセンターから一斉にかけているんだろう。これを勧誘の電話といわずして何というのか、誰か教えて欲しい。

つか、調べたら3366円って8Mとかの奴じゃないか? 大体俺の友人がYahooBBに入っていたんだけれど、夜になると実用にならないくらい遅くなったので光に変えたってこともあったので、俺はYahooBBの品質は全く信用していない。今でも少々腹が立つことがあるのに、もっと腹が立ちそうなYahooBBに変える気など全くないってんだこの禿野郎。

あの犬のCMでiPhoneを宣伝しているくらいだから、勝手に想像するにiPhoneの不振を何かで補うべく指示が出ているんだろうな。こんなことしてるから評判悪くなるんだよ。少しは自分たちのしていることをよーく振り返ってみろってんだこのアホンダラ。

結論 SoftBank逝ってよし。

長時間労働が問題視される理由

日本は週50時間以上働く長時間労働者の割合が高いらしい。
図録▽長時間労働者比率の国際比較
上記サイトに載っていたグラフは、同じようなものが2008年9月26日付けの朝日新聞にも掲載され、記事にもなっていた。

日本は本当に長時間労働者が多いのだろうか。

俺が知っている範囲では、俺も含め、ただ会社にいる時間が長いだけという奴が多いような気がする。特に顕著なのは飲食店で、ここではお客が来なくても店を開けておかねばならないため、単に立っているだけの人間にも賃金を払っている場合が多く見受けられる。このような、「ただ会社にいるだけ」という現象は、賃金の高い役職が上の人間にさらに顕著に表れ、ホワイトカラーに至っては生産性ほぼ0の人間が高い給料をもらっているのが当り前になっている。念のため繰り返し断っておくが、全て「俺の知っている範囲」の話だ。

会社としてはある一定の生産性をクリアしないと利益がでない。こんなのは誰でも知っている。しかし、高い賃金の者が生産性が低いため、低い賃金の者が非常に高い生産性を上げなければならなくなっている。また、社会保険だの労働保険だの年金だのなんだのかんだうのだの、本来個人が処理ししかるべき作業を会社でやってやらなければならないというのも生産性を下げるひとつの要因だ。これは自治体や関係機関などが、取りっぱぐれが無いように、さらには自分達が楽できるよう企業に押しつけている作業だ。これと同じように、全てにおいて自分が楽をするため人に押しつけて行く構造が蔓延している。これが生産性があがらない大きな理由のひとつだ。簡単に言えば、生産性が低い奴(つまり働かない奴)が多すぎるのだ。一部の特殊法人なんかは最たる例なのかもしれない。

生産性があがらない二つめの理由は、買手を優先しすぎていることだろう。お客さまは神様みたいな風潮の上に、売上獲得を最優先にするため、結果としてそれに対処する時間が莫大に増えてしまっている。生産性を上げるために売上UPを狙うが、それが逆に生産性を落としていると言い替えてもいい。そもそも買手自体の購買意欲が低いときは何をしても売れないのに、365日休み無しなどで売上を獲得しようとする。更には特売などのコストを度外視した販売戦略、となりが開けているからうちも開けるといった横ならび意識、せっかく来たのに開いていないとはどういうことだとか下らんイチャモンを付けてくるごく少数の客、利益が落ちても売上が欲しい経営者・・・。そんな事などの為に結果として生産性が著しく低下し収益が悪化、それを長時間労働で補うが改善するはずもなく、結果として給与もあがらない。そんな素敵なスパイラルに入っているのに「長時間労働は悪」みたいなことをよく言えるもんだ。

企業は収益が上がらないと存続できないので、当然売上は欲しいし人件費も含めた経費は可能なかぎり抑えたい。ただ、今の状況では企業が活性化しても賃金は上がらず、企業が持ち金を増やすだけだろうな。

大体いつでも全開120%で死ぬ程働いている奴なんて一握りで、後は適当に流しながら長い時間拘束されているだけという奴がほとんどなんじゃないのか?社会全体がそういうまったりした構造なんだから、別に他の国と比べて労働時間が長いことを引け目に感じることは無いように思うけどどうなんだろうね。仮に長い時間働くことで生産性が上がり、企業が潤い、更には賃金も上がるのであればそんなに悲観する事でもないと思う。この流れのどこかが寸断されているから問題視されるのであって、もし賃金が上がっていったら文句が出るとは思えない。要は「お前だけ儲けて狡いよね」ということだろ、これは。もっと言えばサラリーマンなんかは、長時間労働と引き換えに「安定」と「気楽さ」を得ているのだからいいじゃないかとまで言ったら言い過ぎかな?

「お前はやめとけ」と感じたこと

先日電車からホームを眺めていると、柳原可奈子を二回りくらいデカくしたような奴がホームのベンチに腰かけ、となりに座っている友人らしき人と話をしていた。その友人らしき人は非常にスリムな人で、その絶妙なコントラストが素敵だったのだが、もしかしたらエセ柳原があまりにデカいのでスリムに見えただけかもしれない。

そのエセ柳原であるが、むっちむちの足を惜しげもなくさらけ出し、見た瞬間お腹いっぱいといった感じだ。さらに衝撃的なことに、よせばいいのにその重そうな足を組んでいるのである。マラドーナ真っ青の太股の上に乗せられたもう片方の太股は、その土台となる太股の太さによって尋常ではない角度になっている。その靴の位置は、普通の人が足を組んだ場合にあるであろう位置の遥か上に存在していた。

視界に入ってきた瞬間「ナンデアンナニ片足アゲテルノ?」と思ったのだが、良く見るとそういうことらしい。あんな重そうなものが乗っかった片方の足も不憫だし、かなりの角度で乗せられた太股も迷惑そうである。

そもそも、足を組むと太ももがより太くなったり腰によくないなどの話もあるようだ。このエセ柳原は、さらに足を太く立派にしたいのだろうな。つか、足組まないと足を閉じられず、パンツが見えるのかもしれん。

そんな諸事情を想像しながら、まじめに「お前はやめとけ」と思ったが大きな御世話か。

五輪サッカーの矛盾というトンデモ記事

8月19日付けの朝日新聞に「五輪サッカーの矛盾」という記事が掲載されていた。

この記事を書いた記者は、かなりの悪意を持っているか無知のいずれかだろう。そうでなくてはこのような事を書けるはずはない。

まず、野球がオリンピックの正式競技になったのはごく最近のことであり、また、野球はオリンピックの正式種目になるための「3大陸50カ国で競技が行われている」という条件を満たしていない(世界的に見ればマイナーな)スポーツであることになぜ触れないのか。日本でいくら人気があっても世界的視野から見ればマイナーな競技でしかないのである。よって、大リーグがオリンピックを軽視していることと、野球がオリンピックの正式種目から外れるのに関連性を持たせる意味など全くない。サッカーを悪者にしたいという悪意があれば別だが。

さらに言えば、オリンピックはもともとアマチュアの祭典であった事を忘れてはいけない。しかし、アマチュアとプロの境があいまいになりつつあったこと、アマチュアだけでは共産圏だけが勝ち残ってしまうことなどの理由からプロを解禁したのはIOCのほうである(近代オリンピック – Wikipedia参照)。アマチュアの祭典としておきながら、アマチュアでは客が呼べないからプロを・・・と言い出したのはIOCの方であってFIFAではないのだ。

FIFAは各年代の世界大会を実施している。そのFIFAがIOCとの妥協策として23歳以下の世界大会をオリンピックに割り当てただけで、IOCがプロを解禁せずにアマチュア選手権でやっていてもらえればこんなことはなかったのだ。それを忘れちゃ困る。逆に19歳以下の大会にすればクラブとの仲たがいも最小限に抑えられるし、国のチームとしての強化も今までよりずっとやりやすくなるだろう。国の威信をかけて戦うのであれば、オリンピック男子サッカーは19歳以下にしたほうがいいかもしれない。

いずれにせよ、そもそもFIFAはオリンピックを必要以上に重要視していない。現実としてサッカーの最高峰はワールドカップであり、オリンピックは年代別大会の一つにすぎない。サッカーにはそのほかにもヨーロッパ選手権だのクラブチーム世界一を決める大会など様々な大会がある。そしていずれの大会もその集客力も半端では無く、単独競技としては異様なほどの人気だ。サッカーは単独でもさまざまな大会がある世界で一番人気のあるスポーツなのは誰もが認めるところであり、なんでもかんでも詰め込んだごった煮のようなオリンピックとは根本的に違うのだ。そんなことを理解できていない記者がいるのであれば、もう記事など書かないほうがいいだろう。

と、オリンピックと高校野球が嫌いな俺がついかっとなって書いた。反省はしていない。

すばらしいお土産品

先日、知り合いが俺の生まれ故郷である青森県八戸市に遊びに行ったそうだ。

海に近いところで育った俺は、山の人間には保守的なイメージを持っているが海沿いはいい意味でアバウト、悪く言えばいい加減というイメージを持っている。八戸は海沿いの街なので、どちらかといえば楽天的であったり破天荒な人が多い。

なんでこんな事を書くのかというと、知り合いが買ってきたお土産があまりにもすごかったからだ。そのお土産はこれである。

クッキーにちょっとブームになったイカ墨を使って仕上げた極上の一品、その名もずばり、いかいかクッキー「いかすみ入」
OTL ダメすぎじゃん。

さて、中身はどうかというと、これまたびっくりである。

まぁ、ここまでは許してやってもいい。問題は見た目ではなくこの後なのである。

この怪しげな食い物のにおいから、クッキーの匂いは一切しない。なんと表現したらいいのだろう。とにかくクッキーの匂いではないのだ。色はご覧のとおり黒く、匂いもおかしい。そしてその味は・・・

これだけを見て味を想像できる人がいたらすごい。イカ墨自体はそんなに味があるものでもないので、ただクッキーが黒くなっただけじゃないと思ったアナタ、残念でしたまた来週。多分この味の再現は非常に簡単である。「クッキ」ーと「するめ」を一緒に食べてみればいい。わからない人はぜひ試して欲しい。するめとクッキーがこれほどまでに合わないとは知らなかった。原材料には「イカ粉末」みたいな表記があったような気がする。マジにクッキーにイカの身を混ぜているらしい。なんでやねん。

いくらアバウトな人が多い八戸とはいえ、これは売っちゃダメだろ。確かに俺も変な飲み物とかあるとすぐ挑戦する。そんな八戸人であっても、商品開発の時点で誰もストップをかけなかったのが信じられない。納豆に砂糖をかける人はいるが、するめに砂糖をかけて食べる奴がいるのか?

話題(ネタ)づくりにはいいかもしれないので、ネタに困った人が八戸に行く機会があったら、ぜひ買って食べてみて欲しい。ちなみに製造は青森県弘前らしいが、なんで弘前なんだ?

全てが怪しすぎる。

観客不在のオリンピック

今回のオリンピック放映に違和感を持っている人はいないだろうか。特別へんな映像があるわけではないし、特定の国に偏った放映がされているわけでもない。非常に淡々と競技が放映されているように感じる。しかしなにかおかしい。

その違和感が何なのか、今までのオリンピックやサッカーのワールドカップのような世界的なスポーツイベントの放映を思い出しながら考えてみた。するとあるひとつのことが浮かび上がってきた。

北京市内での聖火ランナーのコースが公開されず、それでも一目みたい市民が見当はずれの沿道に並んでいたり、聖火コースの沿道にいる観客は全て動員された人間であったりと、このあたりから変な感覚が付きまとっていた。本番が始まって見ると、北京オリンピックのTV放映では歓声は聞こえども観客はほとんど映らないことに気がついた。普通はお祭り騒ぎの観客が必ずといっていいほど放映されるものだが、それが全く映らないのだ。北京オリンピックの放映は「観客不在」なのである。

このような世界的な大会が開催されると、どうしても気分はお祭り騒ぎになる。俺はこの規模の大会では2002年のワールドカップしか経験がないが、宮城県でたった3試合しか開催されないのにかかわらず心は躍ったし集まってくる各国のサポーターもそれはもう楽しそうに4年に一度の大会を楽しんでいた。このような世界的なお祭りは、その独特の雰囲気が開催国の人たちに特別な記憶として刻まれていくものだと思う。大会を見に来る人、迎え入れる人が楽しめるのがこういう大会のすばらしい点なのではないのか。だからオリンピックやワールドカップの観客はTV放映しても絵になるし、その観客の映像で雰囲気を直接的に伝えることが出来るものだと思う。

みんな「お祭り騒ぎ」がみたいのだ。お祭りの山車だけ見たいのではなく、そこに集まる人の熱気が見たいのだ。しかし、今大会にはそれがない。競技という山車はそれなりに放映されるが、放映はそれだけしかない。中国国民がどのような気持ちでこのオリンピックを受け入れているのか、全くわからない。また、見に行った外国の観客も楽しめているのかさっぱりわからない。

このオリンピックは、中国の人たちの記憶に残るのだろうか。

そろそろドコモのブランドロゴについて一言いっておくか

今年7月から、NTTドコモのロゴマークが変わったのは既に御承知のとおり。
NTTドコモが「新ドコモ宣言」を発表、ブランドロゴなども刷新へ – GIGAZINE

このロゴ変更、予想通り評判がよろしくないようだ。

大西 宏のマーケティング・エッセンス:やはりというか、ドコモ新ロゴタイプの惨めな評価結果 – livedoor Blog(ブログ)

バブルの頃、C.I.戦略とかなんとかうまいこと言ってコンサルタントどもが企業から美味しく金を吸い取っていったことを思い出してしまう。このC.I.変更、ロゴひとつ変えるだけでも名詞から伝票に至る全ての物を変更しなくてはならず、思った以上に金がかかる。だから吸い取るチャンスも多いのだ。その滲んできた樹液で美味しい思いをした輩も多かっただろう。今ではその費用対効果があまりないのがバレてしまったため、C.I.戦略はほとんど騒がれなくなった。また、このような路線変更は、どちらかといえば右肩あがりの時にブランド力をさらに強めるべく用いる方が効果的だと思うのだが、ドコモは出直しの手段として用いたようだ。余分な金があるんだなとしか言いようがない。

そもそもこのように大きくブランドイメージを変えようとする場合、まず最初に賊に言うSWOT分析で組織や個人の内外の市場環境を監視、分析すると思うのだが、その分析した結果が報道発表資料 : 新しいドコモブランドについて | お知らせ | NTTドコモということらしい。ドコモは方向性を見誤っているのではないか。

NTTドコモといえば、イメージするのは「高品質、高価格、ビジネスユース」だと思う。実際のシェアが企業、個人でどちらが多いかはわからないが、地方ではやはり「会社関係はNTT、個人はその他」みたいなキャリアイメージがある。もっと具体的に言えば、地方ではいまだに経営判断する層にNTT信仰者が多いのである。この層は団塊の世代とほぼ一致し、団塊の世代が企業の第一線から退くのと比例してNTTドコモの落ち込みが始まっていると見ていいのではないだろうか。だからドコモは企業でなく個人へシフトチェンジしようとしているのかもしれない。実際ロゴマークを見ただけでも企業から個人へ、剛から柔へというギアチェンジをしようとしているのがすぐわかる。しかし、もともと持っている強みを投げ捨てて成功できるとは到底思えない。個人を捨て、企業が喜ぶ商品やプランを醸成していった方がよほど確実に見える。ターゲットを見誤ることがどれだけ大変なことか、NTTドコモは大きな代償を払って学ぶことになりそうだ。

社名を「NTTドコモ」から「NTTドコニ」に変えた方がよさそうな気がする。

営業するならそれなりに勉強しろ

また聞き話でNTTに腹を立ててみるにひき続き、みかか関連でちょっとびっくりした話。

ある人のところに某みかかの担当がフレッツ光の営業に来たらしい。その人はLinux初心者だったので、Linuxでもフレッツ光に繋げるかその担当に尋ねた。すると、その担当からは驚くべき答えが・・・

RedHat 6.2なら対応しています。

(@_@)こら、みかか。個人ユーザで現在RedHat使っている人は少ないだろうし、なにより6.2っていつのだよ。

違う!つっこみどころはそこじゃない!

この話を鵜呑みにすれば、みかかのルータはある特定のディストリビューションにだけ対応した特殊なものということになる。更にいえば、普通このようなネットワーク機器はOSに依存する部分はほとんどなく、WindowsやMacなどで使えるのであればLinuxでも問題なく使用できるのがあたりまえだのクラッカー。OSに依存し、そしてLinuxは一部のディストリビューションのみの対応なんてすばからしい機器を販売しているのかオマエらは。そんな機器を使う光なんて推奨するんじゃないよこのドアホ。

と罵倒してもいいだろうこの解答、もうね、脱力感120%。こんな営業担当を使っているとブランドイメージを下げるだけだぞ。ほんとみかかの社員ってピンとキリの差が大きすぎるんじゃねーの?もう少し教育したら?

節約と倹約とエコ

ガソリンの高騰が止まらない。リッター200円に突入も間近のようである。一時期100円を切っていた時もあるから、既に税込みで2倍だ。ガソリン価格だけを考えればほぼ3倍である。なんとしたことか。まぁ、俺はほとんど車を運転しないのでどうでもいいのだが。

先のエントリにも書いたが、ここに「節約」に関して大きなヒントが隠されているのがおわかりだろうか。節約しようと思ったら「安いものを買う」とか「効率をあげる」などということの前に、まず「買わない」ことが重要なのである。これが究極の「節約」であるのは言うまでもない。今まで使っていた物が本当に必要なのか、代替はないのかを考えれば意外に不必要な物は多いものだ。

良く「バーゲンで安く買ったのー」などとたわけたセリフを口にする奴がいるようだが、いくら安くとも金を使ったのは紛れもない事実であり、安く買えたからお徳なんて思うこと自体が既に商売人にだまされているのになんとめでたいことか。買わなければ金はなくならず、金を残すことが得と言う前提に立った場合は「買わない」ことが一番の得なのである。それに早く気がつけアホ。

ところで、倹約と節約は何が違うのだろうか。「倹約」を辞書で調べると、

〔「浪費は罪悪だ」という見地に立って〕むだ遣いをしないようにして、費用を切りつめること。

らしい。簡単に言えば、歯を研くときに水を流しっぱなしにしないとか、こまめに消灯とか、躾け的な要素も含みつつ費用を削減していくことが倹約と言うのかも知れん。こう見ると、日本人には「倹約」のほうが合っているような気がする。つか、この精神をなくしたら日本人じゃなくなるようにも思うのだがどうか。

さて、日本国民全てが出ていく金を抑えるために「節約」や「倹約」にいそしめばどうなるか。当然のように消費は停滞し景気はますます悪くなる。すると雇用は不安定になり賃金は一向に上がらず手取りがどんどん減っていく。入る金が少なくなるもんだからますます節約に力が入り・・・以下同文。つーことは、景気を悪くすればエコが進むんじゃないのか?いや、間違いなくエコが進むぞ。

ということで、エコエコ騒ぐ人は景気活性化などは絶対しちゃダメだ。当然企業もCMなんてしたらダメ。特に電化製品や石油燃料を使う物はCM禁止。当然だろ。なぜそうしないでエコエコ言えるのか不思議だ。エコエコと唱えていればザオリクの効果でもあるってぇのかこのブタ野郎とエコエコアザラクに掛けてみたのだが親父ギャグにしかなっていないな。OTL