Facebookってうざくね?

リアルでもネットでもそんなに人付き合いしたいという欲求はない俺。だから「つながり」とか、はっきり言ってどうでもいい。だけどとりあえず流行りものには手を出してみる性格なので、Facebookのアカウントは持っている。

で、そのFacebookだが、「○○○○さんをご存知ですか?」みたいなメールが来てチョーうざい。知り合いかもしれないなんてわざわざ送ってくんな。大きなお世話だボケ。

ということで、早速配信停止にした。

なんでみんなそんなに他人と連絡を取りたがるのかよくわからない。仕事で人にもまれたら俺にはそれで十分すぎるんだけどなぁ。

効率アップとブラックボックス

知人の会社に業務監査が入ったらしい。監査といえば聞こえは良いが、つまるところ「アラ探し」である。特に金銭取り扱いの手順などは結構厳しく「そこまでやる必要あるの?」みたいなことを沢山指摘される。

複雑な会計手順を踏む場合、その内容や手順がしっかり頭に入っていると何かと便利だ。それは間違いない。しかし、その手順が煩わしく、かつ多数の人を介し手数をかけると自ずとミスする確率は上がる。そのため、そういう業務は次第に機械化されていく。決められた通りにするだけで手数は減り、アレコレ伝票をあわせる必要もない。ただ、業務はブラックボックス化されて、システムが止まった時には対処できなくなりがちだ。システムが止まるというレアケースに照準を合わせて業務を構築すると、手作業と何ら変わりのない手順となり、それこそ本末転倒である。

自動車やタブレットPCなど、いつの間にかその中の仕組みなどわからなくても良くなった。それは故障や不具合が起こる確率がぐっと減ったからにほかならない。会計などの業務も然りで、手順などを覚える必要もなくチェックをしなくても済むシステムが最強だと俺は思う。ミスをするのはほとんどが人間だ。自動釣銭機能付きレジなどはその最たる例で、ドロアを開けないから金を盗まれる心配も減るし、つり銭も間違う可能性は非常に少ない。今までは仕事を任せる勇気がなかった外国人にも、あの機械があれば任せられるという。これで金銭授受のところの心配は非常に少なくなる。あとはレジにきちんと登録されているかに神経を使えばよい。これを効率アップと言わずしてなんというのだ。

手数を減らすことはそのままミスを減らすことに繋がる。また、労働力の軽減にもなる。そういう提案が出来ない業務監査はいかがなものか。

と知人はぼやいていた。相手もアラ探しが仕事だしそういう業務しか知らないんだから諦めたら?と思った。

今どきのやきいも屋

先日、電車を降りたらどこからか「ピー」という音がする。なんの音だろうと思ってあたりを見回すが、音の発生源らしきものは見当たらない。不思議だなーとか思いながら改札を抜けると、駅を出たところにやきいも屋の車が止まっている。「ああ、この音はやきいも屋の音だったんだ。」と納得した。

しかし、なんだか音の調子が、昔聞いたやきいも屋の音とは少々違う。なんでだろうと思って車をよくよく見ると、その車からは蒸気のようなものが全く上がっていない。やきいも屋の「ピー」っという音は、芋をふかすときにでる水蒸気を利用しているはずだ。その蒸気が上がっていないってことはこりゃインチキな音だなと思ったら、案の定その音はスピーカーから発せられている音だった。それだけではなく、ある一定時間なると音が途切れる。数秒間音が途切れたあと、再び音がなり出すのである。これはもう完全に「オートリピート」で再生しているのがバレバレである。なんだかなーって感じだ。

そんなことを考えていたら、やきいも屋の風情もなんにも感じなくなってしまった。こういう細かなディテールって、本物には必ず必要な物なのじゃないかなと改めて思った次第。

ことし、はやってほしくないメイク

先日、電車の中でちょっと不思議な広告を見た。それはJTの広告で、こんな文言が書かれてあった。

ことし、はやってほしくないメイクは、車内でのメイクです。

車内のメイクって、ポスターにされるほど迷惑な行為だったとは知らなかった事に驚くとともに、なんでタバコ屋が車内のメイクについてアレコレ注文をつけるのか理解できなかった。これがJRの広告ならまだ理解できるけれど・・・

くりかえすが、車内でのメイクって誰に迷惑をかけているんだろう。こっちの電車は比較的空いているので、メイクなど全く気にならない。帰りの電車で一杯引っ掛けるオヤジも多いから首都圏などとは比べるのが間違っているのだろうが、意識としては車内のメイクに不快感はない。まー、俺が鈍感なだけかもしれんが。

残業年1873時間もすごいが783万円がもっとすごい

残業年1873時間で783万円、年収1574万 さいたま市職員なぜそんなことが許されるのか (1/2) : J-CASTニュース

残業1873時間ってことは月平均150時間くらいだから、ブラックなところとかは結構ビックル一気飲みというレベルの労働時間じゃない(って、俺もかなりマヒしてるなー)。それより驚きは残業単価。なんと時間あたり4180円なり。割増率がどのくらいかわからんが、確かこのくらいの残業になると50%以上になるはずで、50%と仮定したら換算時給は2787円。なかなかいい金もらってますなー兄貴。って、こんなの計算しなくても「この職員の年間給与は791万円」なんて出ているんだけどね。

こういう時に一般企業で良く言われるのは、「残業は上司の指示で行うもの」とか「残業しなければならないのは能力のない証拠」とかってやつだ。こういうのは公務員は言われないんだろうか。というか、さいたま市では年間1000時間を超える残業をした職員が79人いたらしいので、さささっと計算しただけでもこの79人に年間3億円以上が残業代で支払われたってことになるみたい。財政難とか言いつつ、公務員は優雅なものですな。

反日デモに見る民意の低さ

中国の反日デモが暴徒化しているようだ。他の国では暴徒化という言葉をたまに聞くが、日本ではほとんど聞いたことがない。だから中国の様子を見てもまさに他人ごとだ。

それにしても、自分が正しければ人の財産を略奪したり破壊してもいいという感覚が理解できない。多分ほとんどの日本人が理解できないのではないかと思う。国民性というか教育というか、そういう人間としてのベースが違うんだろう。

それと時を同じくして、日本では自民党と民主党の総裁選挙が姦しい。特に自民党は完全に「国益を守る」みたいな方向に向かっているようだ。悲しいかな、日本の国力はそこまで弱ってきているのである。強さを取り戻すには戦うしかない。そして、国際的な紛争では勝ったほうが正しいとされるので手段は問わないのである。知られなければそれでオシマイだ。

前に書いたことの繰り返しになるが、反日教育などをしている国とうまくいくはずがないのだ。今の日本人の殆どはゴキブリが嫌いだろう。ゴキブリは黒くて汚そうで気持ちが悪い。しかし、その昔はアブラムシと言われてそんなに悪者でもなかった。今から「ゴキブリを好きになろう」と言ったってまず無理だ。それと同じように、反日教育をされて育った中国人や韓国人に「日本は良い国なんだよ」と言ったって無理なのだ。刷り込まれてしまった事柄に思考の入り込む余地は少ないのである。

だから日本は断固とした態度で戦っていくしかない。対等に付き合うために反日教育をやめさせ、日本での在日優遇などもやめるべきだ。グローバルな世の中になったとはいえ、ここは日本なのだから。

反日教育をする国とは距離を置くべき

先日、こんな話題が目を引いた。元ネタは既に削除されたか何かで読めないので2ちゃんまとめ系で。
韓国好きの有名モデルが、「韓国旅行で現実を知ってしまった」とブログで激白

で、韓国ではこんな報道もあったらしい。
「大震災に続きもう一度天罰が下る」 竹島がらみで韓国ネットニュースが妄言

ちなみにこんな話もある。
当時を知る韓国人(88歳)が殺されるのを覚悟で真実を語る

韓国が反日教育をしているのは確からしい。俺には朝鮮系の友達も知人もいないのでよくわからんが、大学の時に寮にいた先輩が朝鮮系で酒を飲むとなぜかいつも大暴れした。俺が小さい頃、「朝鮮系は甘い顔をするとすぐつけあがるから厳しく接しろ」と言われたことがある。

俺は本当のところはよくわからない。よくわからないが、「日本人には何をしても許される」だとか「日本人は敵だ」みたいな教育をする国と付き合う必要はないと思う。日本では少し前までイジメについて盛り上がっていたが、反日教育をする国など「アイツは○○だから話をするな」みたいに仲間はずれを作っていく奴らと同じだ。そのくせ金は欲しいので手を擦り足を擦り近寄ってくる。いや、ゆすりたかりに近いと言ってもいい。そんな状況なのに、韓流スタアとかにうつつをぬかす日本人には本当にガッカリする。国に帰れば日本の悪口を言う奴らに対して、なぜキャーキャー言えるのか。「お前なんて死ねばいいのに」みたいに言われてもファンでいられる神経がわからない。そんなこと言わないって?そういうふうに教育されているんだよ。

中国も反日教育をしているのだろうが、あそこは優秀な人間も沢山いるようだし、なにより世界2位の経済大国である。2位ともなればそれなりの品格を身につけないと・・・と思う人も多く存在しているだろう。いや、黙っていても叩かれるにきまっている。日本も経済大国と呼ばれるようになる間、エコノミックアニマルだのなんだのかんだの神田うのだの散々言われた。それと同じ道を必ずたどる。だからかなりマシなような気がする。

やっぱり問題はお隣なのだ。日本がこれまでしてきた功罪の罪の部分だけを強調し、なぜいまそれなりの近代国家の体をなしているのかさえ考えない。どれだけの金が韓国に渡ったかも無視し、もしその金がなかったらどうなっていたのかという事も考えることが出来ない。日韓スワップもさっさと打ち切ってこんな国とは今すぐにでも距離を置くべきだ。

都合が悪くなるとタテマエを言うんだよな

友人から聞いた話。友人の会社の取引先で、とある設備に投資することになったらしい。で、工事業者から見積りをとって稟議を上げたところ、オーナー会社の方から待ったがかかったという。金額が高いというのだ。

取引先の会社はいわゆる業務委託会社で、本来ならば資本的支出に当たるようなことは行うべきことではない。とはいえ、ほぼすべてを任されているようなものなので、設備投資的なものもオーナーに稟議を上げて承認をとっている。だから稟議を上げたあとでアレコレ出てくることがたまにあるらしい。

業務委託はその契約内容にもよるが、基本的にはオペレーションを請け負う場合が多い。設備や建物などの維持管理はオーナーの仕事である。これはテナントで入っている店を考えればよく分かる。営業上必要な器具備品はテナントで入っている店が持つが、空調や水まわり、それから躯体に関わることは普通はオーナーが責任を持って行うものだ。テナントは「エアコンが効かないんだけど」とかオーナーに言えばいいだけだ。

友人の取引先の会社も、本来あるべき姿はそうなのである。躯体工事などの資本的支出に当たる場合はオーナーが責任をもって行うべき話だ。そのような責任を放棄し、業者を探して申請したら「高い」というなんてもってのほかではないのか。

とか言っていたらしい。話は筋が通っているが、裏を返せば「拒否されたのが腹立たしい」だけという話でもある。もしそのタテマエを通したいのであれば全てその手続に変えるべきだし、そうでなかったら今までどおりもう一度業者に当たって値段交渉するしかない。実務上の答えは簡単なのである。文句が言いたかっただけなんだろうなーと思った。

おかしな指示

以下、友人から聞いた話。

先日、とある人から「報告用資料の送り先が違うよ」メールが来た。そのメールは本社へ報告のために送っているメールだ。人事異動で人が変わっているのは小耳に挟んでいたが、本社から「送り先を変更するように」みたいな指示もなかったのでそのままにしておいた。これは何年も変えていない。

メールを送ってきた人は本社のお偉いさんなのだが、その人いわく「送り先を見直す必要がある。」だそうだ。ちょっとまって欲しい。そんなのはこっちで見直すべきものじゃない。本社から指示があってしかるべき内容だ。本社で取り決めもせず「見直す必要がある」なんておかしすぎる。というか、見直すのは貴方の仕事の進め方じゃないの?

だそうだ。

なんだかなーと思う話だったので書いてみた。

土地柄のせいにすると気が楽で良い

昨日ちょっと書きかけたが、俺の住んでいる東北の海から離れた地方では自分を卑下するようなことを言うことが多い。何かあると「ここの人は○○だから」だとか「そういう土地柄なんで」だとか言う。

これは全く本心ではなく、実は「お前の感覚がおかしいんだよバーカ」と言っているのである。決して自分を卑下しているのではなく「この土地の風習がわかんないお前がわかるようになればいいんだよ」という拒絶・警戒心・軽蔑などが入り混じって出てくる言葉だ。本心で思っているなら自分を変えていこうとする姿勢が少しは見られるはずだ。だが、残念ながらそういうことはほぼない。

仕事でも同じで、自分たちのやり方、考え方がすべてだと思っている。というか、変えて失敗するのを極度に恐れる。それは厳しい冬を乗り越えるために身についた習性なんだろう。

これは漁や狩りで生計を立ててきた人の多い沿岸部では、あまり見られない傾向だ。耐えることが生きるための最善の方法であったのだろう。自分の工夫やチャレンジで収穫が増える可能性の高い「漁師」とかは多少のリスクは厭わない。しかし山の人間は違うのである。

この閉鎖的な考えもそのうち変わってくるだろうと思う。問題はその変化に気がついていない人があまりに多いことだ。ネットでバンバン情報が取れる時代に、その土地独自の考えかたが一番いいなどと思う人間はどんどん少なくなっている。悲しいことに今一番いい方法と思っている人たちの意見が、実は一番実情に合っていなかったりするのだ。だが、その間違いにいつまでも気がつくことはない。なぜなら新しいことにチャレンジしないからだ。チャレンジしないがゆえ、真綿で首を締めるようにじわじわと業績が落ち込んでいく。その落ち込みは今まで支持してくれていた人たちの人口の減少に比例している。支持してくれていた人は死んだりどこかに行ったりして減っていくのだが、それをカバーする新規顧客は来ない。そりゃそうだ。新しい客にマッチしていないのだから。古い考えのところには古い考えの人しか集まってこないのである。

無駄な労力か否か

会議などでの報告を聞いていると、どうでもいいようなことを延々と話す奴がいて萎える。会社の業績なんて結局は数字だ。どんなに頑張ったつもりでも赤字では意味がないし、適当にやっていても成績がよければOKだ。

どうでもいいようなことを話す奴は、たいてい何が問題なのかがわかっていない。だから問題の原因追究も出来ない。なぜ問題がわからないのか。それは物事を数値化して考えられないからだ。計測できないから変化の量がわからないのである。

家計に例えていえば、家計が苦しいと意味もなく「電気節約!」なんて話になる。だが、削減できる可能性が高いのは金額が大きいもののほうだ。また、ちょっとの工夫で大きく削減できるもののほうが効果は出やすい。きちんとデータをチェックしていれば上昇気味の費用も把握でき、上がった理由もわかるだろう。電気料でいえば、家の電気をこまめに消したって月間数百円程度にしかならず糞の役にも立たない。それよりテレビとか冷蔵庫とかに手をつけるべきだ。また、そんな苦労をするより携帯のプラン見直しとかのほうが効果がデカかったりする。意外と無視されているのがコンビニとかでの少額の買い物だ。

少し前に「頑張りで数字はかわらない」みたいなことを書いたが、簡単に「頑張ります」とか言う奴はかなりの確率で何を頑張るのかわかっていない。何をすれば効果が上がるのかわかっていれば、「いついつまでに○○します」という答えになる。それがわからないから「ガンバリマス」になるのだ。

こういう奴の次に来る言葉は「忙しい」、「時間がない」である。それは当然だ。無駄な労力に時間を割かれているのだからな。

逆不気味の谷現象

先日、ちょっと不思議な写真を見た。それはこれだ。

【画像あり】韓国の完璧すぎる美人双子・・・?目大きすぎわろたwwwwww

とにかく違和感ありすぎ。どこがどう変だとかという話ではなく、なんというか、マリンちゃんのかぶりものをしているような感じ。

以前不気味の谷現象という言葉を耳にしたことがある。

ロボット工学者の森政弘・東京工業大学名誉教授が1970年に提唱した。森政弘は、人間のロボットに対する感情的反応について、ロボットがその外観や動作において、より人間らしく作られるようになるにつれ、より好感的、共感的になっていくが、ある時点で突然強い嫌悪感に変わると予想した。人間の外観や動作と見分けがつかなくなると再びより強い好感に転じ、人間と同じような親近感を覚えるようになると考えた。

なぜこのようなことが起こるのか。俺は人間の脳の想像力と補正能力がポイントなのではないかと思っている。ロボットなどの動きを見た人間の脳は、その動作などを多少補正し想像力で補って見ているはずだ。そしてポイントポイントで「ああ、人間っぽいね」とか「やっぱりロボットだね」とか思いながら見ている。それが次第に本当の人間の動作・容姿に近づくにつれ、脳はその補正をしなくなる。その結果、似ているのだが何か根本的に違うという感覚が強く残るのではないか。

その逆パターンを、この姉妹の写真から感じた。あの写真たちからは、人間ではない作り物のイメージしかもてないのである。

権利権利と騒ぐ奴ってどうなんだろう

異議あり! 有給休暇 – 守井 嘉朗(河北新報 オピのおび ふらっと弁論部) – BLOGOS(ブロゴス)を火種にして、ネットがちょっと盛り上がりを見せている感じ。で、この記事へのカウンターパンチ有給休暇は当然の権利です | 100% Pure NEETについたブコメを読みながら、ふと、みんな権利に関しては敏感なんだなーと思った。

かなり昔になるが、俺がとあるファーストフードで働いていた頃の話。その日はとても忙しくて、アルバイトに休憩を与えることさえままならない状態だった。それでも短かい時間ながら順番に一服や食事を取らせ、どうにかその場をしのいでいた。ほとんどの人は文句も言わずに働いてくれていた。だが、一人のアルバイトが、勝手に「休憩いただきます」とか言って持ち場を離れやがったのである。「おいおいなんだそりゃ」と思ったが、周りの連中も特に何も言わない。それどころかダチョウ倶楽部よろしく「どうぞどうぞ」って感じだった。

それでもあまりに理不尽なので、俺はそいつに「こんなに忙しくてみんなまとまった休憩も取らずに働いているのに自分だけ休憩するのか?」と言ったら、あっさり「休憩は労働者の権利です」と言われた。

確かにその通りである。

だが、このアルバイトは入ったときから権利ばかりを主張する奴だった。このときも周囲のメンバは「またかよ」という感じだったし、腹を立てるのもばからしいという雰囲気が感じられた。だからこれ以上は追求はしないことにした。このバイトも、みんなからそう思われているのは重々承知のはずだ。それでも自分の信念を貫き通すのだから大したものだ。

あのバイトは今どうしているのだろうか。あの信念を曲げずに今でも生きているのだろうか。

手書きを重んじるのもほどほどに

橋下市長バッサリ「無駄な労力」学校文書手書き : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

手書きを重んじるというのを全て否定するつもりはないが、作業効率とかそういうものも量りにかけてみないとよろしくない。この話は教育現場のことだからとか言うなかれ。教育は既にれっきとしたビジネスだ。

そもそも「手書き=心がこもっている」というのは、俺のような理系頭ではほとんど理解できない。超悪筆の人は機械を使った方が読みやすい。相手のことを思えばPCで作成する方が良い場合もあるわけだ。

以前マクロを組んで作業するのは実力ではないですか?で思い出した事というエントリに書いたことがあるが、なぜか手書きにこだわる人がいるのも確かだ。年賀状も「手書きじゃないと・・・」なんて言われた時代もあった。そんなもんだ。実際今でも大事な郵便の宛名は毛筆で・・・なんて言う人もいる。しかし、それにありがた味を感じる人は確実に少なくなっている。だから橋下市長が「無駄な労力」と切り捨てるのは当たり前の話だろう。

不意打ちされる銀行団がおかしい

不意打ち申請に猛反発 銀行団との軋轢、エルピーダ再建の障害に : SIerブログ

これを読んだ友人いわく、「他行に資金を回せるなんてすげーな。」なんだそうだ。

友人の努めていた前の会社は私的整理で営業を譲渡した。会社更生法とか民事再生法とかいずれの手段をとっても、営業を継続する場合の最大の懸案事項は資金繰りである。

社会的信用とかそういうものをすっ飛ばして会社が一番有利に物事を進めるとしたら、とにかく運転資金を現金で確保してある日突然裁判所に会社更生法とか民事再生法を申請すれば良い。そうすれば当面の間借金は払わなくて済むし、現金はあるので商売は続けられる。この手法を取られると銀行の被害はとんでもなくでかくなる。通常の場合、最大の債権者は銀行だ。だから銀行は危ないところには社員を出向させ金の動きを注視する。逆に言えば、借金の踏み倒し額が大きくなる場合が多いので、その後の再生はしやすい。これをやられるとたまらんので、銀行は金の動きをつぶさにチェックしているのだ。

大企業ならいざ知らず、中小企業はまず金を貯められない。エルピーダは結構な額を他行に移したようだが、こんな額を他行によく移せたなーと思う。結局銀行間でも足並みが揃っていなかったわけだ。

友人の会社は私的整理の話がまとまりかけた頃に某都銀が債権を何とかショックを起こしたファンドに売却し破談したらしい。そのせいでもともと青色吐息だった会社は息も絶え絶えになり、不渡りを出す寸前まで行ったという。銀行は経済合理性の名の元にそんなことを平気でする。

金を扱うプロなのに見抜けなかった方がマヌケだろ。

と友人はちょっとうれしそうに語った。