物事を客観的に見る目

友人の会社で、とある業務に付随した仕事をどの部署で受け持つかでもめているらしい。その仕事は、責任はA部署なのだが、業務内容的にはB部署が専門なのだという。で、A部署では「Bでやって当然だろ」みたいな雰囲気だが、Bでは「内容がこっちよりだからと言って何でもかんでもこっちによこすな」みたいになっている。同じ会社の業務なので、どっちがやっても外からは文句を言われる筋合いはない。だが、両部署とも被害者意識丸出しで泥のなすり合いみたいになっているという。

きっと自分が主体になりすぎ、感情だけで話がこじれているのだろう。そして、この両部署を仲裁するには「お互いのことをもっと思いやって・・・」みたいな話になってしまうのだろう。きっと仲裁者も感情論の中にどっぷりと浸かって火に油を注ぐか一方だけに我慢させるかで終わってしまうに違いない。とりあえずはそう取り繕っても、実際はもっと理論的に采配しなければならないはずだ。

こういう話を聞くと、物事を客観的に見れない奴はどうしようもないなーと思う。こんなの答えは簡単で、どっちが受け持てばより効率的に出来るかというだけだ。より効率的な方法で業務をこなし、利潤が最大になった所で費用の配分さえ決めてしまえばいいだけの話である。どこにもめる理由があるのかさっぱりわからない。こういうことは理系の人間が長けている場合が多いのだが、残念ながら世の中に理系の人間は数少ない。だからくだらない感情論や感覚だけで物事が進みがちになってしまう。残念なことだ。

早めに帰ろうと画策すると仕事が追っかけてくるでござるの巻

友人のボヤキが面白かったのでほぼそのまま掲載。

頼むから18:00近くになってから急遽会議を設定するとか明日までの資料の修正を指示するとか他部門との調整をさせるとかスケジュールを組み直せだとかなんでもかんでもオマエがやれみたいな指示をするのはやめてほしい、冗談抜きで。

腹も減るし肩もこるし気持ちもちょっとだけ萎えるし、マジあんまり良い事ないよ、ふぅぅぅ。あまり言いたきゃないけどさ、俺より高い給料貰っている人にお願いしてくれないかなあ。俺だとコスパ良すぎで搾取されているように感じちゃうじゃないか。ああめんどくせ。つか、あんまり外野が口出してくんなって。口も手も金も出すなら許す。口だけだもんな。で、なーんにもなし。こっちは作業だけ増えるんだよ。そんな状況で「残業が多い」とか、どの面下げて言ってますかアンタら、と声を大にして言いたいけど言えないんだよね。泣ける。

ま、こういう指示が来るだけましかもしれんけど、単なる「便利屋」扱いなのかもと思うと、なんだかなーって思えちゃう。というかだなぁ、早く帰ろうかなーと思った時に限って仕事が追っかけてくるのはなぜなんだ?CIAの陰謀なのか?それとも「アイツ早く帰るっぽいぞ?」って伝わってるのか?なんでじゃ。

それはマーフィーの法則ってやつだよね、とか言ったら無視された。言うだけ言って俺は無視かよああそうですかそうですかよかったですね。

「つまらない」という価値観

「つまらない大人」になる方法 – デマこいてんじゃねえ!

「つまらない大人とは減点方式でしか評価されない人の成れの果て」なんだそうだ。確かに言えるかもしれんね。だけど、物事ってだいたい適当なところで満足するというか、そんなもんじゃないかと。加点方式というとカッコいいけど、そもそも「このレベル(70点)で十分」みたいな仕事を100点目指してもしょうがないし、あまり喜ばれなかったりする。だけど、70点を下回ると突然文句が増える。減点主義と言うよりは、かかるコストとそれに対する評価(価値)の一番バランスの良いところを探している結果なんじゃなかろうか。

野球のピッチャーは、まず完全試合を目指して投げ始めるらしい。これがピッチャーにとっては100点だからだ。で、フォアボールを出したらノーヒットノーラン、ヒットを打たれたら無失点、失点したら勝投手・・・と、現状の中で最大の結果を目指すらしい。これってある意味では減点主義じゃなかろうか。

大企業とかで歯車となって働くのに、つまらなさとか面白さとかは全く必要ない。というか、求められていない。大体の人は、その行動が最小のコストで済むような方向に流れる。それだけ。仕事をしていて重宝されるのは、突然の困難を乗り越える瞬発力があるとかあらゆる事にそつなく対処できるとか、もしくはいつでもコンスタントに計算できる仕事をするという人が多い。これは減点主義とか加点主義とかとは全く関係ないような気がするけど、どうか。

NHKオンデマンドって思想がおかしいよね

ここしばらく見続けていた「純と愛」が終わった。その日に不幸があって最終回は見逃していたので、しばらく前に登録していたNHKオンデマンドで見ることにした。

NHKオンデマンドの価格は105円。その他にも月額945円で・・・ってのもあるが、特に見る必要もないのでパス。たった15分のドラマで105円ってどうなのよと思ったが、一番驚いたのが視聴期限がたったの1日だってことだ。

こういうオンデマンドのコンテンツは、一般的には「試聴する権利」を購入するというのが多く、大体はいつでも見られる。コミックとかもそうで、購入すればいつでも見られる。いつも使っているHuluも月額定額でいつでも何回でも見られる。

それなのに、NHKはたったの一日でその権利が消失してしまう。これはちょっと意味がわからない。いつでも見られるようにするなら月額の見放題パックを購入しなければならない上、配信が停止したらそれでオシマイらしい。このコンセプトってどうなのよって思う。DVDとかのリアルなメディアを買えってか?こうやって日本のメディアは、ますます世界(というかネット)から取り残されて行くんだろうなぁ。

人との距離感がわからん人にポータブルなスキルがあっても意味ないんじゃね?

タイトルが全てなんだが、「ふーん」って記事を見たのでつらつらと。

[注意] 「学生時代は遊んでおけ」というアドバイスは真っ赤な嘘 – ihayato.書店 | ihayato.書店

納得して読める人は、これはこれでまあいいんじゃね?とか思うけど、簡単に言っちゃうと、人と遊んでない奴の戯言にしか聞こえんなーって話。教育ママ(死語)の「遊ぶ=悪いこと」って思考回路と同じだろこれ。「人生≒遊び」と思っている俺がおかしいのかもしれんけど。

会社が求める「即戦力」というのは2つの側面があって、ひとつは、いわゆるルーチンワーク的な業務を極めて少ない教育時間でこなせる人材であることだ。簡単にいえば「教えなくてもOK」ってやつ。これは人材不足とか経費削減とかで、教育・スキルアップに要するコストをかけられなくなっていることに起因する。もう一つは人脈とか営業力といった類のもので、教育だけではなかなか身につかないものだ。簡単にいえば「キミでなきゃダメ」ってやつ。このふたつが区別されずに「即戦力」と一括りで表現されていることは忘れちゃいけない。

先の記事でいう「ポータブルなスキル」というのは、あくまで前者のスキルを指しているにすぎないし、そもそも

どんな会社であっても、社内の課題を見つけて改善プランを出せる自信はあります

とか書かれても、「キミの声は相手にストレスなく届きますか?」といった話を聴かせるスキルがあるのかさえわからんので意味不明だ。

人との距離感がわからないと声が届かなかったり逆鱗に触れたりする。そんな奴の言葉は誰にも届かないし、届いても反感をもたれるだけでおしまいとなる。そんな人でも黙々と仕事をこなしてくれるならOKだが、言葉を発するたびに軋轢を生じるようでは組織としては戦力ダウンにしかならん。人との距離感が分からない人間は戦力として見ると劣っている場合が多いのだ。

ついでにいうと、

多くの学生は「どんなスキルが社会で求められているか」を肌感覚として理解していないでしょう。まずは、社会にはどんなモンスターがいて、どんな戦士や魔法使いが重宝されているのかを知る必要があります。

とか書いてあるが、それこそ人との距離感がわからん人間にそんなことを判断できるのだろうか。この能力は、対人関係を重ねることで育っていくものだからな。また、他人同士の距離が判断できても、その中での自分の立ち位置の判断、そこでの情報発信の方法を正確に判断できるとは思えない。

なんでそんなことわかるのかって?そりゃ今の就活してる奴をみてれば誰でもわかるだろ。みんな「俺が俺が」で、自分のことを声を大にしてアピールすることしか教えられていないし、それを馬鹿正直に実践しているだけだ。そもそも、どこの馬の骨かわからん奴に「僕は優秀です」ってアピールされても信ぴょう性ゼロなんだよな。つか、評価ってのは周りがするもんで、てめえでてめえのことをいくら良く評価したって意味ないって知ってる?それを客観的に見るために資格とか免許とかがあるのであって、それ以外は実際に会って話して見ないとわからんよね。人との距離感を判断する能力って、対人関係を重ねることでしか身につかないんじゃないのかなぁ。で、一番効率よく対人関係を重ねることが「遊ぶ」ってことじゃないかと思った次第。

都合のいい解釈

身内に不幸があって更新が滞ってますよっと。

で、超久々に葬式なるものにずっぽりとはまったわけだが、あれこれしきたりみたいなものが多くて面倒だ。ま、仕方ないけど。そんなしきたり的なことなんて普通の人はほとんど知らない。そういう不都合なところを葬儀屋が補ってくれるわけで、そうやって葬儀屋は商売してる。それはそれで合理的な考えだよね。

その葬儀屋が話していたことでちょっと疑問があったので書いておく。

死んだ人の棺おけには三途の川を渡る渡し賃六文を渡してやるのだそうだが、それだけでは一文無しになるからすこしお金とかを入れてあの世に送り出すのだそうだ。で、あの世には両替とかがないから、あまりに大きなお金を持たせても不便だとかいう。そのくせ、あの世はとってもいいところで苦しみとか心配事とかがないとか・・・

うーん、まず、三途の川の渡し賃が六文で、持たせてやる金が現在の「円」って、思い切り矛盾してるだろ。「気持ちだろ」とかいうのであれば、別に思えばいいだけで入れる必要などない。そもそもあの世ではなーんの心配もないのであれば金なんていらねーはず。

葬儀の形とかも時代とともに変化している。古いやり方を守るのも大事かもしれないが、一番大事なのは送り出す人に踏ん切りをつけさせる儀式であるということじゃなかろうか。先祖を大事にするというのは、結局は今を大事にすることでしかない。死んだ人を大事にすることと生きている人が幸せになることにはなんら相関性はない。ましてや死後の世界など、あることさえ証明できない。確かなことは「死んだものは帰ってこない」ことだけだ。

哺乳類は一回に生む子供の数が少ないため、その子供を大切に育てるようにできている。それは種を守るために備わっている本能であるが、宗教なんてものはその本能とかをうまく使って都合のよい解釈をしているように過ぎないものと感じている。今回の葬儀屋の話を聞いて、ますますその思いが強くなった次第。

おくればせながらB787のバッテリーについて

航空機関連の仕事をしていた人と話をしたとき、B787の話題が出た。俺がユアサのバッテリーについて聞くと、その人は「あれはフランスの会社がユアサのバッテリーを組み込んだユニットを作っているんだよね。」と言っていた。だから本来問題にされる会社はユアサではなく、そのユニットを設計制作した会社である。そもそもバッテリーなんて過剰な電流が流れたりしないと発火なんてそうそうするもんじゃない。だからバッテリー自体の問題というよりそれ以外に原因があるはずだ、と・・・

それだけでなく、そもそもB787はあちこちでユニットを作ってそれをアッセンブリして出来た機体で、問題が起きるとどこが悪いのかイマイチよくわからないらしい。昔は全て一貫して作っていたから問題が起きるとすぐに原因が解明できたが、あの機種はユニット自体が問題なのか、その制御系が問題なのか、はたまた他からの影響なのかなど、問題の切り分けが困難とのこと。だから今回の問題の解明と改善には暫く時間がかかるだろうと言っていた。

確かに言われてみれば、例えば買ったテレビがすぐ壊れたとした場合、テレビの液晶パネルがどのメーカーであろうとその責任はテレビを作ったメーカにある。その後でそのメーカーから部品メーカーに何らかのアレはあるだろうけど、それは表面には出てこないのが普通だ。だから今回の件もユアサのバッテリーを使ったパーツを作った方に責任があるのが当たり前で、なぜあそこまで大々的に「世界のユアサ」を叩くのか不思議である。多分叩き安かったんだろうなーと思っていたら、そんな記事を発見。

B787事故でLi電池正念場、ソニー他は事業統合へ…GSユアサはスケープゴート?(1/2) | ビジネスジャーナル

この中にこんな文面がある。

仏タレスは、GSユアサから納入されたリチウムイオン電池に独自の制御システムを組み込んでボーイングに納入している。電気系統を担当したのは仏タレスで補助動力装置は米プラット・アンド・ホイットニーが手掛けた。FAAは本来ならタレスに検査に入るべきところだが、いきなりGSユアサに疑惑の目を向けた。タレスはフランスを代表する航空宇宙・軍需関連企業だ。タレスに手を突っ込むと国際問題に発展し、フランスとの関係が悪化することを恐れた。その点、「GSユアサはスケープゴーとにしやすかった」と航空界ではみられている。

なるほどなー、である。いろいろな利害関係はあろうが、とばっちりを食らったユアサはたまったもんじゃないよな。

huluさま 続きが見たいです

気がついたらhuluに加入して一年が経った。最初はツイン・ピークスとかLOSTを見たら解約すっかなーとか思っていたけれど、気がつきゃ一年経過だ。その間に月額は1480円から980円にダウンし、そのせいもあってか日本のアニメやヒーロー物などのコンテンツがドバーッと増えた。アニメ・ヒーローパワー恐るべし。

で、先日はスーパーナチュラルのシーズン3まで見たんだけど、huluにはこれ以降がまだない。スーパーナチュラルはシーズン8まで行っているらしいんだけどね。実はこの他にも「Dr.House」、「ミディアム」も最終シリーズまでは取り扱っていない。CSIに至っては権利の関係で途中のシーズンがなかったりする。

そんなこんなで最後まで見れなくてウ○コの切れが悪いような感じになっちゃってる。

最後まで見せてくだしあ。

データのない勘は山勘って言うんだけどね

これまたなんだかなーと思った記事。

ボーイング787のトラブルと首都圏を襲った大雪の“意外”な共通点:日経ビジネ スオンライン

確かに昔と比べたら「職人」みたいな人は減ったように感じる。だが、本当にそうなのだろうか。突き抜けた存在は減っているかもしれないが、全体のスキルとかは上がっているんじゃなかろうか。

というか、人の経験とか勘が当たるように感じるのは全くの勘違い。たまたま当たったときのことだけを覚えているからに過ぎない。記事では、予測できないからこそ人間が・・・みたいなことを書いているが、仮にそれが正しいとしても、それは単に人間の持つデータのほうが機械より有益で多かっただけだ。そもそも「勘」というのは今までのデータを脳が加工して生まれるもので、膨大なデータが無くては単なる山勘でしかない。

クイズで「完全に止まっている時計と一日に10分進む時計がある。正しい時間を指す回数が多い時計はどちらか。」というのがある。答えは「止まっている時計」。なぜなら止まっている時計は、12時間周期の時計なら一日に2回は必ず正しい時間を示すからだ。同じように、レアケースを言い当てたいならいつもレアケースだけをアナウンスしていればよい。だが、それでは予報にはならない。それでもレアケースが起きた場合、「俺は正しかった」と声を大にしてアピールすれば信じる人も出る。

「株や為替で必ず儲かる」と言って人を騙す手口は次のようなものらしい。まずものすごく多くの人にある銘柄の株価が上がると案内を出す。その銘柄はランダムだ。少し時間をおくと、ランダムな銘柄の中には本当に値上がりする銘柄がでる。今度は上がった銘柄の案内を出した人に再び同じように次の銘柄の案内を送る。これを繰り返すと、中には全て上がった銘柄の案内を受ける人が出る。で、信じてしまう。

普通の人の勘なんてほとんど当たらない。当たる人がいるように感じるのは上に書いたような仕組みによって操作されている場合がほとんどだ。それなのにあんな記事を平気で書く神経が理解できない。

というか、これって「風の息づかいを感じていれば・・・」って話と同じじゃんか。

NHKの連続テレビ小説でステマしてた

最近NHKの連続ドラマ小説を見る日が増えた。今やっているのは「純と愛」という奴で、結構賛否両論あるやつらしい。これを俺が若い頃に見たらそのクサさに虫酸が走っていたと思う。一生懸命といえば聞こえはいいが、個人の一方的な意思の押し付けだし、そんな個人の一方的ながむしゃらさに動かされる周囲も周囲って気がする。とは言いつつ、歳を重ねてそんなことなど気にせずに「ふーん」みたいに見ることが出来るようになったのは自分でも驚きだ。

そんな俺のことはさておき、先日のこのドラマで少々驚くべきシーンを目にした。その回は引きこもりオヤジをどうにかして部屋の外に引っ張りだそうと、ヒロイン「純」があの手この手を繰り出すのだがダメ。問題のシーンは引きこもりオヤジが娘に絵本を読んであげていたというので、「純」がそれにならって絵本を読み聞かせるところだ。その絵本の中に、題字・タイトル画を書いた荒井良二の絵本があった。題名は忘れた。

これってステマじゃないの?

それもさておき、荒井良二の作品は一番古いものでも1990年かららしいので、引きこもりオヤジの娘はまだ20歳にもなっていないかそれに近い年齢となる。計算間違いも甚だしいので訂正。まあそれでも最高で26歳前後だよね。時代考証がおかしすぎる上にステマってどういうことだNHK。100文字以内で明確に答えよ。

書いたら終わりと言ったら自分が終わった件

「後から入ってきたけど、お客さんが来るときは自分が入ってきてからお客さんを呼べ。いいか。長幼の序がわかっている自衛隊ならそんなことやるぞ。わかった?しっかりやれよ。今の最後の言葉はオフレコです。書いたらもうその社は終わりだから。」

有名になった松本龍氏だが、今回の選挙では見事に落選した模様。投票率が低いと云々とか言われるけれど、こういう人がキッチリと落選しているところを見るとそれなりに妥当な選択をしているふうに見える。

それにしても「書いたらもうその社は終わりだから。」と言う言葉はお仲間の部落開放同盟とかからも批判され挙げ句の果てには自分が終わりだからとなるあたりが素敵だ。まさに自業自得。これほど顕著な例はなかなか無いように思う。

ま、これだけだとあの時の溜飲を下げるまでには至ってないんだけど、とりあえずざまあみろってところだな。

「九州の人間だから、何市がどこの県とか分からん」
「本当は仮設はあなた方の仕事だ」(仮設住宅の要望をしようとする達増知事に対して)
「知恵を出したところは助けるけど、知恵を出さないやつは助けない。そのくらいの気持ちを持って」
「県でコンセンサスを得ろよ。そうしないと、我々は何もしないぞ。ちゃんとやれ」(被災した漁港を集約するという県独自の計画に対して)

あの被災地の様子を見てこんな言葉を発することができる奴にこの程度の仕打ちではまだまだ生ぬるい。というか、被災地の人間はこの一連の言葉は一生忘れないと思う。それだけは覚悟したほうがいい。

投票率が低いと嘆く人に

今回の選挙は戦後最低の投票率だったらしい。選挙の重要性についてはアチラコチラで言われているので、そのことについて知らない人はいないだろう。それでもなぜ投票に行かないのか、そのことについてもっと科学的に切り込まなければ解決は難しい。

そもそも論として「投票率が低い」と言う人はどの程度の投票率ならOKなのか。そのゴールも示さずに「低い」なんて言うのはバカのやることである。きちんとしたゴールを設定し、その目標を達成するための障害を一つ一つ潰して行かずして、投票率など上がるはずもない。ましてや、投票率が低かった原因は「無関心だ」というような精神論に終始する事自体が問題を問題として捉えていない証拠なのだ。数字的な話だけをすれば、全体を推測するには無差別にしたサンプルが全体の2%ほどあればかなり正確に全体像を把握できる。だから無差別にサンプリングできたら2%が投票すれば大体正確な数字になる。しつこいようだが、投票率が50%もあれば十分に全体を表しているのである。無差別なサンプリングであれば、だが。そういう意味から捕らえても、投票率が低いと言う人は、満足できる投票率とはどのくらいなのかを明示してもらいたいものだとつくづく思う。

投票率を上げたいのであれば上げるための対策を講じなければ結果は絶対に出ない。今までと同じやり方で結果だけを望むのは、勉強が出来ない奴に「頑張りが足りない」というのと同じだ。そんな言葉で成績が上がったら誰も苦労しない。投票率が低い原因、それは「投票システム自体が間違っているから」なんじゃなかろうか。

まず最初に投票するためのコスト(障害)について。これには投票所まで移動するための物理的コスト(障害)、投票時間内に投票しなければならない時間的コスト(障害)が挙げられる。時間的コストについては不在者投票や期日前投票がかなり認知されてきたため、以前よりずっとコストは低くなったと予想される。変わっていないのは物理的コストだ。ここまでいろいろな通信手段が発達したにも関わらず、未だかつて投票は紙に書いて投票所で行うというシステムは変わっていない。これを変えずして結果も変わるはずはない。コストを引き下げるには移動せずに投票できる仕組みが必須であり、そのニーズが高いのはネット通販の販売額の推移を見ても明らかだ。早急にネット投票、それも携帯端末から投票できるようにするべきだろう。

次にプロモーション。これは直接的に「投票に行こう」みたいなキャンペーンを張っても無駄だ。そんなのではなにもインセンティブが働かない。あり得ない話かもしれんが「投票したら金券がもらえる」みたいにしたら投票者が増えるのは容易に想像できる。こんな冗談はさておき、一番のインセンティブはなにかというと「この人が当選したら俺は得する」というヤツだ。投票率を下げているのは年齢別では20~30代、職種では浮動票をもった人(いわゆるサラリーマン)だとよく言われるが、そこを動かすための政策が全く見えない。これについては、逆に「出てきてもらっては困る」政治家や既得権者も多いだろうから、実際は投票率を上げるための「この人が当選したら俺が得する」インセンティブは期待薄である。それでもこの構造が変わらない限り何も変わらない。だからこそ投票という行為自体に対してのインセンティブは必要な気がする。

話はそれるが、プロモーションで重要なのはマスコミの存在である。選挙の結果予想が早い段階から出されているが、その結果が自分の狙っているところに合致していたら選挙に行こうとする意識が薄れる人は必ず出てくる。良い意味で「行っても行かなくても同じ」だからだ。これについて誰も言及しないのはなぜか。また、気のせいかもしれんが、いわゆる無党派層を情報による印象操作で動かしているように見える。いい例が首相を引きずり落とす時で、どうでもいいような不祥事を大々的に取り上げてネガティブな印象を植えつけてきたのはご承知の通り。野田政権がそこそこ生き延びたのは、いわゆるぶら下がり会見をしなかったからだと俺は踏んでいる。話がそれたが、今回は自民にという流れを作るため、また、維新のようなところを黙らせるためには投票率が低いほうがよい、そんな意図が見え隠れしたように思う。これももっともっと利害関係の少ない報道手段・機関を使うべきだろう。

いずれにせよ、投票率が低いという話はあまりにも感覚的かつ非科学的で頂けない。繰り返すが、まずはどの程度の投票率を目標とするのか明示してほしい。その上で現状をしっかり分析し具体的な対策を講じるべき話だと思う。

Tシャツで自殺は可能か

尼崎連続変死の角田被告が県警本部の留置場で自殺したらしい。状況ははっきりとは伝わっていないが、角田 美代子容疑者「自殺」 同室の2人、寝ていて異変に気づかず – FNN によると

兵庫県警によると、角田容疑者を含む3人が同室だった。
12日午前5時25分に、女性巡査長が巡回した際には、角田容疑者は、あおむけに、いびきをかいて寝ていて、布団は、腹のあたりまでかかっていたという。
その15分後に巡回した際も、寝息を立てて寝ていたが、その際には、布団は首までかかっていて、その首元には、寝間着以外に黒いTシャツが見えたという。
角田容疑者の異変に気づいたのは、午前6時10分に見回った時だったという。
この時、寝息は聞こえず、体も動いていなかったという。
確認すると、Tシャツが首に巻かれたうえで結ばれ、右手は右肩、左手は腹のあたりにあったという。
この時、同室の2人は寝ていて、異変には気づかなかったという。
元滋賀県警鑑識課の坂本啓一氏は「自分で首を絞める自絞死(の可能性が)。一般的には、自絞死の場合、自分で首を絞めると緩んでしまうから、息を吹き返すことが多いんですよ。これは並大抵ではないと思います。計画的に死ぬという覚悟をしていたのでは」と話した。

とある。

さて、誠に不思議なのが赤太文字の下り。首にどのような状態でTシャツが巻かれていたかが問題なのだが、一回締めたら緩まないような方法でないと窒息死までには至らないはずだ。緩んだら最後、ほぼ確実に血流が回復して脳内に酸素が送り込まれてしまう。これがまず一点目の疑問だ。

二点目は同室の2人が異変に気が付かなかったという点。窒息死までにはそれなりの時間を要するだろうし、なにより痙攣、脱糞を伴って激しくのた打ち回るという。
窒息 – Wikipedia参照
これは本能というか反射反応みたいなものだから、どんなに強い意志を持っても止められるものではないはずだ。ガタガタ暴れて脱糞だぜ? 大きな音もするだろうし臭いも必ず出る。そんな状況を同室にいた2人が気が付かなかったというのは非常に不自然だと言わざるを得ない。

こういう時に疑うべきは角田被告が死んで得する人間だろうが、そんなことは知る由もない。それにしても腑に落ちない話だ。誰も不思議に思わないのだろうか。

使用後は○○そうね

先日のこと。ちょっと大きいほうがコニチハしたがっているのでトイレに向かう。トイレに着くとなんとなく匂う。あれー、誰か先客がいたのかな?と思いながらドアを閉めて便座の蓋をあけると、そこにはなぜか立派なウ◯チが。臭いわけだ。

ちゃんと流せよなーとか思いながら、その上に重ねて用をたす勇気もないのでとりあえず流す。人のウ◯チを流すのは思った以上に気分が沈むのを改めて知る。

その次の日、またまたもよおしたのだが、昨日のこともあったので違うトイレに行くことにした。で、そこでトイレの蓋をあけると、そこにはぷかーっと浮かんだトイレットペーパーの間から茶色の物体が存在していた。流せって。流す暇もないのかオマエは。それとも流すことも忘れるくらい幸せだったのか?と、なんとも言えない怒りを覚えながら、再び人のウ◯チを流す俺。なんだか悲しくなるぜ。

そんなことが2日も続いた。運がついてるかもしれん。

とか思っていたら、昨日もまたまた遭遇する。CIAかKGBの陰謀に違いない。誰かわざとやってるんじゃないのか?使用後は水を流しましょうって書いてるじゃないか!頼むよホント

最低賃金の廃止は大賛成

日本維新の会の公約に「最低賃金制の廃止」が盛り込まれているらしい。

最低賃金廃止、橋下氏「雇用狙い」 維新公約に波紋 (朝日新聞デジタル) – Yahoo!ニュース

個人的には大賛成である。最低賃金を決めなくても、その賃金は市場が勝手に決めてくれるはずだ。低め安定だろうけど。

最低賃金など無いほうが良いと思う一番の理由は「日本は自由に解雇できない」ということにある。その上、最近労働契約法が改正され、来年の4月からは有期雇用者を5年以上雇ったら雇用者から申し入れがあった場合は次の契約更新時には無条件に無期雇用契約にしなければならなくなった。これには有期雇用契約者の雇い止めの実質禁止みたいなことも織り込まれている。雇わせるだけ雇わせて金を沢山払わせその上辞めさせることも自由に出来ない。コレではどうしようもないではないか。最低賃金を引き上げるなら解雇の自由度をもう少し上げるべきだ。

日本の最低賃金は、他の国と比べてもかなり低い。その理由のひとつがコレだと思う。

頼むから中小企業をこれ以上いじめないでほしい。