手書きを重んじるのもほどほどに

橋下市長バッサリ「無駄な労力」学校文書手書き : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

手書きを重んじるというのを全て否定するつもりはないが、作業効率とかそういうものも量りにかけてみないとよろしくない。この話は教育現場のことだからとか言うなかれ。教育は既にれっきとしたビジネスだ。

そもそも「手書き=心がこもっている」というのは、俺のような理系頭ではほとんど理解できない。超悪筆の人は機械を使った方が読みやすい。相手のことを思えばPCで作成する方が良い場合もあるわけだ。

以前マクロを組んで作業するのは実力ではないですか?で思い出した事というエントリに書いたことがあるが、なぜか手書きにこだわる人がいるのも確かだ。年賀状も「手書きじゃないと・・・」なんて言われた時代もあった。そんなもんだ。実際今でも大事な郵便の宛名は毛筆で・・・なんて言う人もいる。しかし、それにありがた味を感じる人は確実に少なくなっている。だから橋下市長が「無駄な労力」と切り捨てるのは当たり前の話だろう。

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