御しきい値

先日TVを見ていたら、イタリアンのなんとかというシェフが出ていた。笑顔が素敵とか言われるこのシェフだが、見ていてどうしても気になる事があった。

それは「うどん」という言葉だ。

俺はこの「なにがし」という言い方がとても気になるのだ。俺自身がほとんどこの「御」という接頭語をつけないせいもあるのだろうが、そもそもこの接頭語、尊敬語や謙譲語・美化語を形成するためにつけるのであって、そういう使い方をしなければならない会話などそうそうあるものではない。また、これをつけたからといって言葉が柔らかくなったと感じることがないのである。逆に「おうどん」などという言い回しは聞いていて違和感ありすぎで、全く耳に馴染むことがない。

そうはいうものの、「御」がついても違和感がない言葉もあることは確かだ。「おそば」とか「おもち」と「おゆ」とかはさほどでもないのである。だが、「おうどん」とか「おなす」とか「お酢」とかには黒板を爪でひっかいた音を聞いたような感覚を受ける。

「お」を多用する人でも、「おブロッコリー」とか「おガソリン」とか言う人はまずいない。「お御飯」のような頭痛が痛くなる使い方をしている人もたまにはいるが、「お」を多用する人でも、その使用には何かかしらの「しきい値」が存在するのだろう。

俺が感じている違和感は、その「しきい値」の個人差が原因となって現れているのである。(ドヤ顔)

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