ローマ字教育について納得できないこと

子供たちが昔買っていた雑誌の付録に、「ローマ字SURASURA」なるものがあった。この付録、なぜかトイレに置かれていたので用足しついでにパラパラと眺めていたら、この部分に目がとまった。

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何言ってんだよ(怒)!

単純に考えて、ローマ字はア行以外は全て2キー以上のタイプが必要だが、かな入力の場合は通常1キーだ。濁音・半濁音や「にゃ」みたいなやつはローマ字で2文字以上、かな入力でも2文字以上だ。どう考えてもかな入力のほうがタイプ数は少ないじゃん。

上の「どう考えてもかな入力のほうがタイプ数は少ないじゃん」でちょっと検証してみよう。ちなみに漢字変換なしね。

ローマ字入力
doukangaetemokananyuuryokunohougataipusuuhasukunaijan
[53タイプ]
かな入力
と゛うかんか゛えてもかなに[Shift]ゆうり[Shift]よくのほうか゛たいふ゜すうはすくないし゛[Shift]やん
[42タイプ]

小さい文字を入力するときのShiftキーを入力数に含めても圧倒的にかな入力の方が少ない。なんでこんな明らかなウソをつくのだろう。覚えるキーの数がローマ字は26+αに対してかな入力の場合は50以上あるから?そんなの慣れでしかないし、速度を測る場合はキータイプ数で表現するのが当然じゃなかろうか。そうでないのなら、何を基準に「速い・遅い」を決めているのか明確にしろ。さてはお前○系だろ。

さらに読み進むと、この付録では「店員」はローマ字表記すると「ten’in」とするのが正式らしい。ローマ字入力でもこの通り入力すると確かに「てんいん」となる。だが、通常は「tenninn」と入力することが多い。つまり「ん」は「nn」みたいに、指は2バイトで覚えているんだよな。

上の例はまだ正しく変換できるので許せるが、「勉強」などに至っては正規なローマ字表記は「benkyo^」(oの上に^)で、これは変換さえできない。ローマ字変換入力のことはさておいても、「勉強」をかなで表記すれば「べんきょう」であり、ローマ字でも「benkyou」が正しいような気がするのは俺だけだろうか。伸ばす音を「^」で表すとすれば、「benkyo^」は「べんきょー」ではないのか?変な日本語だね。

などと、くだらない疑問がふつふつと頭をよぎった用足し時間であった。

面倒なことは役人に投げる日本人

某焼肉チェーン店の集団食中毒で4人が死亡した。なくなられた方のご冥福をお祈りする。

さて、この事件以降、行政等の指導を強化すべきだといった論調が多く見られるようになった。そればかりでなく、先日の朝日新聞には「食中毒を起こした業者・卸売業者は某フードサービス協会とか某食肉卸売協会とかに加盟しておらず、目が届きにくかった」というような事も書かれていた。

ちょっと待ってほしい。規制を強化したり関連団体に加盟すればこのような事故は防げると本当に思っているのだろうか。そうだとしたらお目出度いかぎりだ。こんなことを真面目に思っているのであれば、実態をよくわかっていないとしか言いようがない。

まず規制であるが、規制を強化するためにやらなければならないのは「厳格な抜き打ち検査」になるだろう。しかし実態はというと、保健所の指導や検査は予め通達があり、抜き打ちに検査が行われることなどありえない。大きな企業になると自前で食品衛生検査を行う部署を持つことも多いが、そこに保健所OBとかを受け入れることで有利な立場を作れる事が多い。これはほぼ食中毒だろうというようなグレーな事故でも、OBが保健所に働きかけることでもみ消されることも多いのである。このあたりはまさに情報戦で、大きな病院や保健所などから内々に情報が入るパイプと、マスコミへ圧力をかけられる実力者のコネがあれば世には出ない。というか、食中毒認定の仕組み自体が病院などから保健所へ一報があって初めてスタートするので、最初の段階で止まってしまえば無かったことになってしまう。

関連団体などをアテにするのも大きな間違いだ。ああいう団体は会費だけ徴収して定期的に印刷物などを送りつけてくるだけだ。はっきり言ってしまえばクソの役にもたたないというのは言いすぎだが、睨まれると面倒なので加盟しているだけなのである。というか、これもまたなんちゃらOBとかに金を流す仕組みでしかない。そんな官民一体となったクサレ癒着体質に何が出来るのか。

食中毒はある一定の確率で必ず起こるものと考えていた方がよい。このあたりは交通事故と非常によく似ている。日本は昔、交通事故をどうやって少なくするかという研究発表の場で、「交通事故を少なくするには取り締まりを強化すればよい」という発表をして失笑を買ったことがあるらしい。今回の話もそれにソックリである。

細菌は目に見えない。だからこそしっかりとした知識を持った人間が調理しなくてはならない。特に多数の人間に食を提供する立場のものは、何はなくとも衛生管理だけは徹底させなければならない。チェーン店であればなおさらだ。食を提供する者にとっては食中毒は死を意味する。マクドナルドとかで食中毒の話を聞いたことが無いのはそういう恐怖心が根底にあるからだ。それが出来ないのであれば市場から消えてもらうしかないのである。

官に責任を持たせると高コストになるのは、今の日本を見れば明らかだ。官はこういう「お前たちがやれよ」話を待っているのだ。やるからには金もかかるし仕組みも必要と言いつつ着々と天下り先を増やしていくのである。一方では「天下りイクナイ」とか言いながら、もう一方では「お役人様お助けくだされ」とか、一体どういう神経でこういうことが言えるのか俺にはよくわからん。

ビジネス雑誌等から感じる「胡散臭さ」

ビジネス雑誌、特に業界の専門誌とかを見ていると、不思議な胡散臭さをよく感じる。その胡散臭さは記事と称した宣伝であったり、完全な提灯記事であったりすることから感じるものもある。しかし、一番引っかかるのは「これからはこれが主流」とか「勝ち組のやり方」みたいな記事だ。

そもそもこういう記事、勝ち組とか流行りとかに後追いで理屈をつけたものでしかない。誤解を承知で言ってみれば、「宝くじに当たった人」の物語を紹介しているに過ぎない。

記事に取り上げられるところは、飛ぶ鳥を落とす様な勢いがあるところが多い。その勢いは「ヒット商品」などの多くのニーズによって生まれる。サービスやシステムも商品の一つとして捕らえれば、ヒット商品を多く持ったところが勝ち組となる。では、そのヒット商品はどうやれば生まれるのか。

この解があったら誰も苦労はしない。

手前味噌でアレだが、このサイトで一番読まれているであろうエントリがある。いうなればこのサイトの最大のヒット商品だ。だが、なぜみんなが読みに来るのか理由がまったく分かっていない。あとから理由をつければいろいろあるのだろうが、書いた時点でアクセスがあれほど伸びるとはまったく予想しなかったし、そのエントリをあげて2年以上経ってもアクセスが落ちないのには驚くばかりだ。ヒット商品をだしたところはみんなこんな感じなのではないかと思う。ヒット商品は狙わなければ生まれないかもしれないが、狙ったからと言ってヒットするとは限らないのである。

サッカーにも「勝ちに不思議な勝ちあり 負けに不思議な負けなし」という言葉がある。これはゴールというものが不確定要素に満ちているから言われる言葉だ。シュートは入るか入らないかわからないが、シュートを打たれるまでのところに敗因がある。シュートまでの理由付け・分析はしやすいが、肝心のゴールは「運」の要素を多分に含んでいる。シュートまでのプロセスと勝敗はイコールではないのである。

それなのに、こういう記事はヒット商品を生み出したところのやり方を真似ろと推奨するばかりである。真似て負けない要素を学ぶことは出来るが、勝てるとは思えない。負けない要素をノウハウと言うのだと思うのだが、こういう雑誌は「これが勝つポイントだ」と書きまくる。それもごくレアなケースを大々的に取り上げ、その企業が後に倒産したりしても一切無視だ。それはもうノウハウとかではなくて、言葉は悪いが、あっちで大きな地震がありました被害はこんなかんじででしたすごいですねこっちでもこんな地震がおきていますこれもまた大きいですね、と書いているようにしか見えない。

そんな思いが「胡散臭さ」を感じさせる大きな理由なんだと思う。

Yahoo知恵袋とか

先日の京大入試ネット漏洩事件をきっかけにYahoo!知恵袋を知った人が増えたんじゃないか、なんてつぶやきをみた。確かにその通りだと思う。

で、最近気になっているのが、検索した時にこういう投稿サイトが上位にくることだ。一次ソースじゃないし全くもって答えになっていない奴も非常に多く、はっきり言えばノイズに近い。こういうのが検索上位にズラーッと並ぶの、どうにかならないんだろうか。一時期は検索するとブログしかでてこないプンスカみたいな話があったが、それと同じようなもんだ。

そのうち改善されるとは思うのだけれど、こういう投稿系はクロスポストされている事が多くて困る。それなのに検索に引っかかるのはブログばかりと言われた時のような、批判的な意見はあまり聞かれない。これは俺のアンテナがおかしいのかもしれないが、もし本当に話題になっていないとすれば不思議だ。検索エンジン側も検索される側も、個人のブログはカネにならんが投稿サイトはカネになるってことなのかもしれんね。

消費者が負担しているクーポンサイトの広告費

最近、どのサイトに行っても大手クーポンサイトの広告が掲載されている。今年の初めにはおせち関係で大いに話題になったのは記憶に新しい。

そもそもこのクーポンを扱っている会社はクーポンを発行している業者からの手数料で稼いでいるわけだが、クーポンの有無にかかわらずその商品を購入するのは消費者だ。企業としては全体で荒利が増加すればOKなので、宣伝広告のひとつとして使っているところも多いだろう。それでも企業は全部が全部トンデモ価格で販売できるわけではない。企業の業績がさほど上がらず儲かったのはクーポンを取り扱った業者だけとなったら、企業はさっさとクーポン乱発から手を引くだろう。

その効果がはっきりとあわられる前に荒稼ぎしてしまえ。現在のクーポンサイトの広告攻勢はそんなところなのではないかと思う。ほら、つい最近もあったじゃないか。「過払い金利が戻ってきます」って・・・

いずれにせよ、このような中間搾取業に消費者が踊らされているかぎり、本当の意味での「お買い得商品」というものは出てきにくい。なぜなら、その中間搾取されたお金も結局は消費者が負担することになるからである。流通では中間卸などを省くことでコストダウンを図ることが主流だが、なぜか販売側はこのような中間斡旋(搾取)業を増やしたがる傾向にあるのは不思議に思う。

最低賃金が雇用を減らしているかも

【2ch】ニュー速クオリティ:ざまあwwww失業を理由に生活保護を規制へwwwwwwwwww法改正m9(´`c_,’` )

こういう話題には、必ずといっていいほど

「正社員 → パートや派遣 → 外国人」という安い賃金に移行しているから働き口が減っていく

というような事が言われる。俺のまわりを見ていても実際その通りだと思う。じゃあどうすればよいのか。

逆説的に考えれば、外国人並の賃金でOKであれば働き口はあるということだ。本来2人でこなしたい仕事を賃金の高さ故に1人でこなさねばならないのだが、1人では長時間労働&割増賃金でますます割高になる。それよりだったら2人で1.5人前でも安い奴を2人雇った方がマシなのである。このジレンマを全く考えずに労働者の待遇ばかりを優先すると今のようになるわけだ。

自分で商売をやっている人間や生産者などの中には、時給換算すれば意味不明な最低賃金などをはるかに下回る人は非常に多いのではないかと思う。そういう人たちには補助金とか助成金とかこれもまた摩訶不思議な制度がたくさんあるが、いずれも「人なんて高くて雇えない」という大きな問題が根底にあるのは押して知るべきである。そして、働き口がないから生活保護を受ける。このサイクル、なにかおかしくないか?この負のスパイラルを断ち切るにはどうすればいいのだ?

俺は単純に最低賃金を大幅に引き下げてみるべきではないかと思う。それも出来れば年代別に基準を決め、若年層や年金をもらっている高年齢者などは大幅に引き下げ30〜50才あたりの本当にお金が必要な世代に金が回るようにすれば、少子化などの問題も解決するのではないかと思っている。

大体、経済活動で払える賃金分も儲かっていないのに「働いているんだから金だけはきちんとよこせ」みたいなのって、食べ物がないのに「俺にだけは十分に食い物をよこせ」と言っているようなもの。ある面では正しいけれどある面では自分で自分のクビを絞めているんだよな。余りに労働者ばかり保護すると金を払う大元の方が無くなってしまうことは忘れちゃいけない。

ま、最低賃金を下げると良からぬ経営者もたくさん出てくるだろうし、デフレが進んでますます経済がひどい状態になるかもしれん。それでも今の閉塞感を打開する一手にはなるような気がする。

もっともらしい文句を言う奴

人づてに聞いた話。

知人の会社では部課の隔てなく、いろいろなところの仕事に駆り出されるらしい。駆り出されるメンバの中にはそれをよく思わない奴もいて、事ある度に文句を言う。

「なんで俺らばかりなんですか?」
「主務の部署で休んでいる人もいるのになぜ俺らが行かなければならないんですか?」
「俺らが忙しい時にはまったく手伝ってくれないのはなぜなのですか?」
「俺たちは○○という業務も持たされているのに、その他にこれもやらなければならないんですか?」

文句の内容はこんなことらしい。

言う内容はもっともなことなのだが、やってみてから文句を言うのではなくやる前から文句ばかりなのだ。それもグチグチねちねち言われるので、味方になってやりたい気持ちがどんどん消えていくのだという。簡単に言ってしまえば「部下としてかわいくない」ってことなんだろう。

よく働きその上で文句を言う奴ならまだしも、こういう権利とか待遇とかを優先する奴にろくな奴はいない。これは600人くらい使ってきた俺の経験則でしかないのだが、断言してもいい。自分を最優先するタイプは組織の歯車にはなれないのである。組織の歯車にもなれない奴がその上に立てるとは到底思えないし、歯車になれない奴はほぼ使えない人間と言って間違いない。ただ、こういう自分最優先の奴が人を使う立場になってしまうとほぼ失敗するがまれに大化けする奴もいる。だから100%切り捨てはしないが、大化けする奴は持っているオーラが少々違うからなぁ。

というかだな、偉そうに文句言う暇あったら、文句を聞いてもらえるというか自分の意見が通る立場にまで上がってこい。てめえの文句など黙って従っている奴には非常に迷惑な意見だし、まわりの士気を下げるだけの効果しかないのだから黙ってろってんだ。世の中正しいことだけが通る訳じゃないし、そもそも君の正論はその会社では正論じゃないんだよ。繰り返すけど、自分の意見が正しいと思うのなら上を動かす立場になる努力ぐらいしろって。そういう意志も感じられない奴がいう正論もどきは単なる文句・愚痴でしかないことを早く理解してほしいね。

要らぬ仕事を増やしてくれるなお役所さま

少々前になるが、厚生労働省の労働局雇用均等室なるところから、就業規則についてのご指導を賜った。わざわざ訪問して新しく施行された法律に就業規則等が対応できているかをチェックして回っているようだ。本気で「すげーな」と思う。時間も金もかけて回るなんて。

驚くのがその対応で、はっきり言えば「至れり尽くせり」。どの点を直さなければならないのかを明示し、そのうえご丁寧に規定例までキチンと準備されている。悪く言えば「一般人には理解できないところも多いだろうから」ということなんだろうけど、とりあえず助かることは確かだ。それだけでなくて、修正後に添削までしてくれる。ありがたいことでござるよ。

これは法律の改正に伴うことだし企業コンプライアンスというのはとても大事なことなので、「めんどくセーよな」という本音はさておいても取り組まねばならないことだろう。

しかし、もう一つ言われた「一般事業主行動計画」とやらがどうにも解せない。これも法律で定められたことなのではあるが、役所の方も「とりあえず資料出しとけや」的な感じが見えてしまって困る。役所は決められたことをやっているだけなので文句を言ってもしょうがない。それは判っているつもりだ。しかし、「いらねー仕事増やして残業させんなボケ」とか、「こういう行動計画を立てさせるよりも景気が良くなってくれば解決すんじゃねーの」とか、「サンプルまで作って書かせるだけだったらお前が作ってくれ」とか思わないわけじゃない。というかマジそう思う。

こういうところからも「政治家も役人も全然実態が判っていないんだろうね」というのが垣間見えて素敵だ。

で、すごく気になるのは、ここまで至れり尽くせりなのはお役人が優秀だからなのか、それとも人も時間も余っているからなのか、どっちなんだろうってこと。考えられるとすれば、「上のクラスは超優秀で下の方は人余り」か「上のクラスが暇を持て余しているけれど現場に近いところは無茶苦茶大変」って2パターンだね。これ以外にも「米トレーサビリティ」とかのご指導も賜ったし、なんだか結構余裕かましているように見えるんだけどね。郵便物も官庁からとか外郭団体とか無茶苦茶多いし、そのくせほとんど見る価値なしだし。ホント君たち必要なの?と本気で思ってしまう。頼むから必要以上に仕事を増やさないでほしい。心からお願いするよ。

不公平感の原因はオマエだ

なんだか無性に腹が立ったんだ。

自慢するわけじゃないが、俺は多分他の奴より資料を作成したり報告書をまとめたりするのが速い。その出来もまずまずのレベルで、経営者とかにわかりやすい作り方をする。企画立案もそこそこやるし、データ収拾分析はかなり長けていると思う。まぁ素人レベルにしては、なんだが。

だから俺に仕事を振ってきた上司は、何度も俺に依頼して来るようになる。出し惜しみしても仕方が無いし勿体振った態度は大嫌いなので、出来そうな奴はたいてい引き受けることにしている。

今、うちの会社では「業務に偏りがある」とかなんとかで騒ぐ奴がいて、「とりあえずみんな均等に働かせようや」という方向に上層部が流れつつある。そんなこまけぇこたぁどうでもいいんだが、そのやり方とか経営者への報告とかを俺にやれという話がきやがった。確かに俺は生産性を上げて行こうという大きなスキームを提案したが、そんな誰にでもできる途中報告なんて他の誰かにやらせろって。俺はもうアレとかコレとかソレとか本社ぶちょーとか常務とか執行役員とかから来ている宿題でアップアップだし、日常のルーチンワークだってあるし訳のワカンネーどうでもいいような仕事だって振られてる。はっきりいって時間的にかなり無理っぽいんだよ。

そもそも仕事をある程度均等に与えることが生産性向上には必要不可欠なのに、自分の直属の部下たちに均等に割り当てられない上司が「みんな公平に」なんて有り得んだろ。誰がヒーヒー言っていて誰が後ろ向いて舌をだしているのかさえ判らんなんて、哀しくて涙が出そうだ。そんな人間に仕えた我が身を笑うしかないが、できる奴にだけに仕事を割り振るのであればそれなりの待遇を用意するべきじゃないのか。まぁ自分が出来ないことを人に振って成果だけは自分のものにするつもりなのかもしれんけどね。

で、あれこれ理由をつけてのらりくらりとかわしていたのだが、余りにしつこいし本質をわかっていないので「進める手順をまとめておくから見てほしい」こと、「あまりに業務がありすぎて資金繰りさえ見れない。金がショートしてもいいのか?」と半分泣き言半分脅し言葉を伝えたらしばし沈黙された。

いい加減に物事の優先順位をきちんとつけて欲しいと本気で思う。それが出来ないから社内は不満ブーブーなのが判っていないのが恐ろしい。社員の不満の大きな原因は経営者でも役員でもない、身近にいる上司、つまりアイツなんだよ。

と、飲み屋で隣の親父がわめいていた。どこでも同じだなーと思った。

足を引っ張りたがる人たち

いやまぁ同じ事ばかり何度も言ってしまうんだけどさ、先日会議でまたまた「こっちは頑張っているのに定時に帰る奴がいる」みたいな話が出たんだな。別にそれはそれでどうでもいいのだけれど、またまた「みんなで頑張るんだ」とか話が出たわけよ。残業しないのは「悪」みたいなね。

一部だけが苦しい思いをしているのは不公平だからみんなで平等にとかいう「みんななかよし平等に」思考回路なんだろうけど、ホントこういう「みんなで分け合いましょう」根性、特に嫌なことはみんなでやろうぜ根性ってどうしても理解できないんだよな。理解できないどころか「バカじゃないの?」とさえ思うんだ。

まず自分たちだけが苦労させられているという被害者根性が気にくわないのが一つ。もう一つは能力が高くて普通の人の倍のスピードで仕事をこなせる人間を「残業」のような時間で図るのって意味がないってことだな。これは逆も当てはまって、まぁこっちのほうが圧倒的に多いのだけれど、仕事が遅くてミスも多いから残業せざるを得なくなっている、いわゆる「アンポンタン」はどうすんだよって事は、なーんにも語られないんだよな。

それから、こう言っちゃ身も蓋もないのだけれど、残業はやむを得ずするもんだろ。残業なしで割増賃金も発生させずに割り当てられた仕事はキチンとこなして帰る人間ってダメなの?本来ならそれなりに評価してしかるべきじゃないのか?残業している奴が頑張っている奴なのか?

こう言う不公平感を口にする人間って、根本的な問題である「会社から与えられた業務の過不足」についてはまったく言及しないんだよな。そもそも割当てられた仕事の質・量・人員のバランスが悪いから残業が発生したり仕事があっと言う間に終わってしまったりするわけで、そんな状態を作り上げておきながら作り上げた張本人が「みんなでガンバレ」ってクソだろうと思うわけだよ。ほんと何考えているんだか・・・おっと、不公平感を述べる人間から諸悪の根源の方に照準が向いてしまったな。

というかだな、定時に帰って家の事とかもしなきゃならない人間と、仕事一筋24時間がんばれまっせ人間が同居できないってどうなのよ。仕事バカしか働いちゃイカンのか?決まった時間だけ真面目に働く人間も評価できないってどうなのよ。家に帰って家族の面倒をみて、割り当てられた仕事もキチンとこなしている人がダメに見られる職場っておかしいじゃん。

結局文句を言うやつは被害者意識だけで、相手のことなどまったく尊重していなんだよな。そりゃお互いある程度の譲歩は必要だよ。だけどな、まずは自分の持ち場をどうにかしてからだろ。こういう不満を言う奴は「できないから手伝ってくれてもいいじゃない」という自分が楽したい根性が見え見えで嫌になるよ。そういう感情だけではないだろうけど、言葉の端々にそういう甘ったれた根性が見えてしまって気分が悪い。せめてカッコだけでも「どうやったら早く仕事がこなせるか」を考えているフリくらいはしてくれよ。仕事のやり方に疑問ももたず自分の能力をアップさせようともせずに、「大変なんです」なんてなんにも考えない言葉が通用するかバカ。そんな言葉に耳を傾けるアンポンタンもアンポンタンだ。もういい加減にしろって。

つか、本当に頑張って結果を出した人間には、それなりの報いをしてあげればいいだけだろ。それが無いから会社バカは損してると感じるし、普通に仕事している奴は「普通に仕事しているのに、もっと働けと言われても」となるんだよ。会社にとって都合のいい会社バカを優遇したいのであれば、無理がきかない人間と会社バカの待遇にちょっとだけでも差をつけるとか、さ・・・いくらでも手はあるのに「みんなガンバレ」ってアホとちゃうか?つか、こういう状況で「みんな公平にガンバレ」なんて言ってるのは、「みんなで足を引っ張り合いましょう」って言ってると同じだカス。だから伸びる奴も伸びないし、カスがはびこるんだよ。わかるかアンポンタン。

と心の友が騒いでいた。お前もうるせえ奴だよ、と思った。

見なりだけでは人はわからない

とある友人から聞いた話。

その日俺が駐車場番をしていると、年配の女性が運転した車が入ってきた。いつものとおり車の鍵を預かろうとしたところ、「さっき提携先の駐車場から回ってきた。あっちで無料券は使ってきた。ちょっとこの花を置いてくるだけなのだけど・・・」と言われた。俺はその言葉を信用して、鍵は預からなかった。

数分後、さっきの女性の声に似た声がしたので周りを見渡すと、その女性は提携先の店舗とは全く違うマンションに入って行くではないか。まぁこのくらいなら許してもいい。その女性はその後マンションから出てどこかに歩いて行った。少しの時間だとか言ったのは口から出まかせで、2時間経っても帰って来ない。この様子では提携先を使ったというのも怪しいものだ。少し手が空いたので駐車場の空き台数を調べに行って、その女性の車の停め方に驚いた。停めてはいけないような場所に平気で停めてあるのだ。

とんでもない場所に平気で駐車しヌケヌケと嘘をつく。見なりや車からはお金に不自由している風には見えない。それどころか裕福な方に違いない。しかし、やっていることは人として最低だ。

大体こんな感じだった。

ある人から「金持ちは悪いことをしているから金持ちになれるんだ」と言われたことがある。それは多分直接的な「悪行」ではなく、人の好意を平気で踏みにじっても自分さえよければそれで良いという生き方をしていることも含まれているんだろう。

その女性は団塊の世代だったようだ。あの年代の人は、なぜかこういう人が多い。というか、年配の人が傍若無人な振る舞いをすると本当にたちが悪い。歳を取っても「人の振り見て我が振り直せ」という言葉は忘れたくないものだと思う。

「誰を見て働いているのだ」という言葉

この「誰を見て働いているのだ」と同義な言葉には「俺は社長のために働いているんじゃない」とか「社長の言う通りにやったら客が離れる」とかがある。

これらは結局のところは

自分の意見は社長と違うし、社長の意見より俺の意見の方が正しい。

ということを表現したいだけの言葉だ。本当に正しいと思うのであればきちんと社長に説明し納得してもらうよう動くべきだし、納得してもらえなくとも結果が出たときにどちらが正しかったか社長が判断する材料にはなる。はっきりと意見を述べずに裏でごちゃごちゃ言うのは自分の意見に自信がない証拠であり、そんな自信の持てない意見など経営者が聞くはずもない。

聞いていて情けなくなるから、こういう愚痴はほんとうにやめてほしい。偉そうな口を叩きたいのであれば、まずは自分の意見を聞いてもらえるよう実績を積めばいい。信頼というものは少しづつ少しづつ積み重ねて大きくしていくものだ。その信頼の大きさでやれるギャンブルの大きさも決まるのだ。「こいつの言うことなら多少のリスクがあってもやる価値があるかもしれん。」そう思わせるのは誰でもない自分である。実績を積み上げ、その実績にレバレッジをかけてさらに大きい信頼を掴む。こうやって自分の足元を固めていく奴は、こんな下らなくて情けない愚痴は言わない。

後出しジャンケンでは人は育たない

どこの会社でもよくある話だと思うが、決算報告になると途端に数字にツッコミを入れてくる奴がいる。「この数字はおかしくないか?」とかという疑問ならまだいい。問題なのは「なんでこんなに費用をかけているのだ」という発言である。そんな発言が決算報告を聞くような立場の人間から出るのはとんでもないことであることを、発言している輩は多分気がついていない。

会社の金を勝手に且つ自由に使える人間というのは、会社には通常存在しない。だから、調べようとすればいつでも現在の経営状態というのはわかるものだ。ましてや、日々しっかりとお金を管理している会社であればなおさらだ。だから、月で締めてみなくても大体のところはわかっていてもおかしくないし、決算報告を受けたりする立場の人間であれば現在の状況を大雑把にでも掴んでおくのが筋というもの。その状況をまったく把握していないから、出てきた数字がおかしく見えるのである。

ではなぜおかしい数字に見えるのか。それはすべて思い込みのなせる技である。「忙しいから業績もいいはずだ」とか「今月は一昨年のいついつと同じような状況だから・・・」とか、とにかく経験則とか思い込みとの数字しか頭に入っていない。そして、人間は自分に都合がいいことしか覚えていないものである。それはバブルのころの景気のよさを未だに忘れられずに「昔はこんなだったんだぜ」なんて言う人間が未だに多いことでもよくわかる。

こういう思い込み人間の一番困る点は、思い込みの数字と違っていた責任を誰かに取らせようとすることだ。「なんでこんなに費用がかかっているのだ!」「人件費が高すぎる!」「コストはもっと下げろ!」いずれもよく聞く台詞だろう。そんな言葉は数字を比較すれば誰でも言える。小学生でも指摘する基準を教えれば言えるはずだ。何で費用がかさんだのかを十分に吟味するのであればまだ救いがあるが、そうで無い場合は言うだけ時間の無駄だし言われる方も気分が悪いだけだ。それなのに、なぜか決算報告の場は犯人探しの場に変わってしまうのである。

費用がかさむ原因はすべて明確だ。無駄遣いをしているか不正をされているか、もしくはビジネスモデル自体が費用がかさむ構造になっているか、だ。無駄遣いは日々のチェックで削減できるし不正も同じである。思い込み人間が一番やっかいなのは、ビジネスモデル自体が破綻しかけているのに関わらず追求すればどうにかなると思っている点だ。実際費用は締め付けを厳しくすればそれなりに浮いてくる。それが結局はダメなビジネスモデルを無駄に延命させ、大きな破綻を招く結果になるとはまったく考えていない。だからいつまでも過去の栄光にしがみつき犯人探しに明け暮れるのだ。

何もしなければ失敗もしない。そんな環境の中では何も挑戦せず黙っている方が得策だ。そして社員は冒険や新しい挑戦をしなくなり、やりがいもなにも感じない社員が集まる職場と化すのである。

決算は結果だ。そしてたくさんの積み重ねでもある。大きく間違った結果を招く前に対策を立て方向を修正してやることをせず、結果だけを見ての後出しジャンケンに傾注するのは能力が無いとしか言いようがない。

ま、能力がないから人も育てられないし途中での方向修正も出来ないんだけどな。だってこういう人って、自分がどっちに走っているのか自分でわかってないもの。

クレジットカードの情報流出って他人事じゃない

今朝、郵便受けにクレジット会社からの封書が入っていた。なんだ?と思い開けてみると「○月○日までに連絡よこせ」と書いてある。ちょうどいい。先日amazonで買い物をしたらクレジットカード認証が出来ないというメールが届いたので、問い合わせてみようと思っていたところだったからだ。

早速クレジット会社に電話してみると、書類を整えた上で折り返し電話するとのこと。電話を置いて少し待つとクレジット会社から折り返しの電話がかかってきた。

クレジット会社「実は、以前にクレジットをご利用された○○社の顧客情報が流出しまして、その○○社からその旨のメールとかは届いておりませんでしたか?」
「うーん、あったかも知れませんが記憶にないです。」
「今月に入りまして、おやじまん様のカードで6万円程度のショッピング決済をしようとした形跡がありましてですね、おやじまん様は心当たりありますでしょうか。」
「クレジットカードで6万円なんて買い物、したことないです。」
「そうでしたか。決済はされていませんが、個人情報の流出もあり決済しようとした形跡があったものですからクレジットカード決済を停止している状態です。」
「にゃるほど。先日amazonでカード決済が出来なかったのはそのせいなんですね。」
「数日後に新しいカードをお送りいたしますのでよろしこ。」
「了解しますた。」

まぁこんな感じでやり取りは終了したわけなのだが、クレジットカードの情報流出って意外と身近なことなんだなと実感した次第。もし決済されていたらちょっと厄介なことになっていたかも知れん。それにしても個人情報を流出させた○○社、今後はこんなこと無いようによろしく頼みますよホント。