返す先の無いコメントは落書きと同じ

少々前になるが、極東ブログという有名ブログがコメントを承認制にすると宣言して、そのエントリの内容が大きな話題となったことがある。

もうコメント欄を承認制にしますよ。みなさんもそうしたほうがいいですよ。- 極東ブログ

このエントリに書かれてあることは至極もっともで、いろいろ考えた結果なんだろうと思う。人それぞれなので、承認制を採用するか否かについてはサイトオーナーが決めたことに何もいうことはない。

俺の場合はコメント、TBともに承認制は取っていない。TBは乗り込んでいく先があるだけまだマシである。だからSpam以外は基本的に削除はしない。しかし、便所の落書きの類のコメント、つまり自分のブログなども持たずステハンみたいな名前で書き込んでいくコメントなどはどのような扱いをしてもいいと思っている。そんな書き捨てコメントなど所詮は単なる落書きレベルであって、落書きを消した方がきれいと思うのであれば全て削除しても良いはずだ。

人のサイトに来て長々と持論を書き込んだり馬鹿にしたようなコメントを残したり書いてもいない行間を読んでセルフ燃焼したりするクソッタレは必ず存在する。そんなクソッタレには「目には目を」で反撃してやりたいのが本音である。グウの音も出ないほどコテンパンに叩きのめしレールガンで二度と反撃できないようにとどめを刺してやりたいと思う。

しかしそんなクソッタレは怒鳴りこむ先であるブログや不幸のメールを送りつけてやるメールアドレスも書いていないのが普通で、そんなクソッタレと繋がっているのは唯一自分のサイトだけなのだ。つまり喧嘩しようにも自分の庭の中で喧嘩をするしかないのである。セキュリティの基本は全て禁止であるにもかかわらず、わざわざドアを開けておいてやらなければ喧嘩も出来ないなんてこっちが不利に決まっている。

コテンパンにやっつけてしまいたいのは山々でも、感情に任せて喧嘩をすれば揚げ足を取られたり過去からの矛盾点を指摘されたりして撃沈してしまうかもしれない。スルーすればスルーしたと騒がれ、それどころか粘着クソッタレに付きまとわれるようになってしまうかもしれない。繰り返すが、サイトオーナーが自分の庭で便所の落書きをしていくクソッタレと戦うのはあまりに不利な事なのである。

クソッタレコメントはSpamと何ら変わりない。しかし、Spamの場合はほぼ誰がみてもSpamであるのに対し、クソッタレコメントは意見が割れる場合があるのが悩みのタネなのである。公開されたあとに削除などしたら検閲だの反対意見は聞かないのかだのクソッタレの最高のネタになる。だからこそオーナーには神権限が与えられているのだと理解したい。その権限はオーナーに精神的な支えを与えてくれる最後の切り札なのだ。それを行使しようがしまいがオーナーの自由である。その権限について、何人たりとも口を挟むべきではないだろう。

ちなみに一番タチが悪いのは、悪意のあるものではなく、善意と思い込んでいる輩の粘着クソッタレだろうな。

本当に洗っているのだろうか

洗濯から戻ってきたスーツを着ると、なんだかしょっぱいような匂いがするときがある。バスや電車のシートの匂いといえばわかってもらえるだろうか。洗濯から戻ってきたスーツのくせにそんな匂いがするのである。

また、あるときつけたネクタイは猫の小便臭かった。オレんちの猫がやんちゃだったころは粗相しまくりで、ありとあらゆる物が被害にあったのだが、たぶんそのネクタイも被害にあったやつだ。だけどクリーニングに出しても匂いが取れていない。昔はドライクリーニングといえどもクリーニング後は有機溶剤などの匂いがほのかにしていたように記憶している。ドライクリーニングは水溶性の汚れには適さないということもあるのだろうが、なんだか腑に落ちない。

匂いだけならまだしもそのネクタイは十分にしわも取れていないし汚れ自体も薄くまんべんなく広げられただけといった感じで、なんとなくくすんで見える。

以前ある週刊誌だかなんだかに格安クリーニングチェーンについての告発記事が載っていたことがあるが、そこには確か「あまり汚れていないものは洗わずプレスだけして返すこともあった」なんてことが書かれてあって驚いた記憶がある。

そもそも今のクリーニング屋はポケットにハンカチが入っていてもそのまま返ってくる。昔は必ず別の袋に入れられて返ってきたものだが、今ではポケットに入ったままご丁寧に変なしわまで付けられて返ってくるのだ。ポケットに物を入れたまま出す方がよくないのは重々承知である。しかしハンカチのような布製品ならまだしも、紙とかネームプレートのようなプラスチックとかまでそのままの状態で返ってきたこともある。昔のクリーニング屋を知っている物としては少々信じられない。というか、洗ってもそのまま入っているということが腑に落ちないのである。

安ければいいというものでもなかろうに、品質も見極められず価格だけで勝負が決まるのが今の日本なのだろう。ついでになんとなくスーツの洗濯の頻度を調べてみたら、そこには驚くべき実態があった。

スーツってどれくらいの頻度で洗濯すればよいでしょうか? – OKWave
スーツの洗濯頻度 – Yahoo!知恵袋

シーズンが変わる時とか2ヶ月にいっぺんとか、どういう神経だか俺には理解できん。こいつらの体からは老廃物がでないのだろうか。臭いぞお前。ジャケットならまだしも、同じジーンズやパンツを洗濯せずに2ヶ月履くのかオマエ等は!と小一時間問い詰めたい。普段着は洗うのに食い扶持を稼ぐ仕事着は洗わないとは信じられんのだがどうか。ああ、きっと制服があるのだな、そうだそうに違いない。しかし、こういうやつらは制服も洗わないような気がする。とにかくものすごく驚いたぞ俺は。

非常に恐ろしいクレームのつけ方

人づてに聞いた話だが、これはなかなかやるなぁと思ったのでエントリ。

ある会社でちょっとしたクレームが入った。そのクレームとは「お前のところの駐車場で車のフォグランプとその取り付け部分に傷が付いた」という奴で、実際その車のフォグには傷が付いていたらしい。こういった場合、駐車場側によほどはっきりした過失が無い限り駐車場側には責任が無い。ただ、こういうことは良くある話なので、駐車場側の対処としてはお客に事故証明を取って保険を適用したほうがいいというアドバイスをしたらしい。

しかしその客はそのような手続きを一切せず、駐車場係員の対応の悪さを指摘してをとりあえずその場を去ったらしい。

その後、しばらくは何もなかったらしいが、忘れたころにこの客から電話が入った。この客は何を要求する訳でもなく延々と対応の悪さについてクレームを入れてきたというのだ。さらに、「車に傷が付いてしまって残念だから新しい車に買い替えようかと思っている」といった話もしていたらしい。

駐車場側も一方的につっぱねた訳ではなく、何度かこの客に連絡を取ろうとしたらしいのだが、なかなか連絡が付かない。そんなすれ違いもこの客には格好の材料であったのだろう。その後この客は車を買い替え、その傷のせいで査定が下がったとか、傷ついたフォグを外すのに数万円かかったとか言い始めた。しかし、決して金品を要求するのではなく、淡々と事故発生時の対応の悪さやその後の連絡のすれ違いなどを嘆き、そして途方に暮れて「どうしたらいいのか・・・」と言うばかりであったらしい。

しかし、この客はある日を堺に対応が一変する。この駐車場の本社、家主、関連会社などに一斉にクレームを入れ始めたのだ。オタクの会社はこんなにも誠意の無い会社のなのか?と・・・

証拠となる車は既にない。そして、金品の要求なども一切ない。ただ単に対応の悪さにクレームを入れてきただけである。最初は軽く考えさせておいて、真綿で首を絞めるようにじわじわと、相手が根負けするまで攻めてくる。この方法でやられたら、お客を大事にするところの方が餌食になりやすいだろう。恐ろしいクレームのしかたがあったものだ。

有名人2人が相継いで死亡(昨年の今日)

27日午後3時10分、ZARDの坂井泉水さんが病院の非常階段から転落、脳挫傷のため東京都新宿区の慶応大病院で死去
28日、ナントカ還元水の松岡農水相が東京都港区赤坂の議員宿舎で首をつって自殺

ああ、もうあれから一年が経つのか。年をとるわけだよ。

見返りを求めてたら何にも出来ない

ブログを辞めた理由

この方の書いてあることは、「ブログを書く」という作用に対して自分以外からの反作用を求めている人の意見とみるべきで、そのような人には反論の余地がないくらいごもっともな話でしょう。もっとはっきり言えば、自分が行ったことに対して見返りが必ずあると信じ、かつその見返りは自分の行った事の大きさに比例するという、非常に打算的かつ全く根拠のない考えに基づいた意見といえるかもしれません。

俺の家には猫がいますが、この猫を飼うことで何か見返りを期待しているわけではありません。俺はPCを組み立てたりパーツを交換したりするのが好きですが、速いPCを組み立てたからといってゲームが快適になる以外ほとんどメリットはありません。俺には子供がいますが、じい様になったとき面倒をみて貰うために作ったんじゃありません。

今の世の中、なんでもかんでも見返りを求めるのが当たり前になっているような気がして恐ろしいです。笠地蔵とかもそうですが、自分に返ってくるから・・・というふうにしか教えられていない人が多いのかもしれません。

こういう打算的な考えをするのであれば、もっともっと理論的に作用と反作用について検証すべきです。以前ホリエモンが「金で買えないものはない」なんて言っていましたが、ブログを継続するか否かをさまざまな角度から数値に置き換えて検証しなければ、結局は全て「気分」で決めているといわれてもやむを得ません。

話は大きくそれますが、物事の効果を測定する場合は、その効果を通貨に換算して計測する場合が多いように感じます。通貨であらわせないものはアンケート等での支持率などのような形で表現される場合もありますが、経済活動に絡むものはアンケートの結果さえ通貨換算してしまう場合が多いです。つまり、ある意味ホリエモンの理論は正しいし非常に理にかなっているのです。

上記増田の例に限って言えば、ブログをやめる理由をもっともらしく書くのもいいですが、そのやめる理由が結果として単なるこじ付けになっているのが少々もったいないように思いますね。やはり「個人ブログを続けるのは経済的にXXXXの損失であり、また精神的にもXXXXのようなデメリットがあるためやめた」くらいまで言わんとだめじゃろ。

つか、みんないい加減に見返りばっかり求めるのは商売だけにするべきと気がつくべきじゃないかな。

[5/31追記]
なんだか書き方が悪くてうまく伝わっていない部分もありそうなので追記。
ここで言う「見返り」とは、最初のほうの文面に書いた「自分以外からの反作用」のことを指しています。つまり他人からなにかしてもらえてアタリマエー(Byアルシンド)と信じきることはどうなんだろうねって言いたいだけのでそこんとこヨロシク。自己研鑽のたぐいは見返りとはあまり言わないと思うのだけど、どうでしょ。あれ?言うかもしれんな・・・ま、気にしない気にしない。

阿呆に歩み寄ると阿呆になるぞ

映画字幕で業界が四苦八苦 若者の知的レベル低下が背景か? – MSN産経ニュース

字幕が読めないとか字幕に書かれている意味がわからないとか、多かれ少なかれ誰でも経験していることだろう。特に字幕のスピードについていけないのは最初はよくある話だと思う。しかし、字幕を読む回数が増えればいつの間にか読めるようになる。

言葉の意味についても同じことで、わからない言葉をいちいち気にしていたら本など読めたものではない。字幕とて本を読むときと同じで、まずは最後まで通して読むのが普通だろう。その後で自分で意味を調べるのが当たり前と思っていた。

しかし、こんな認識は改めたほうがよさそうだ。

見回せば読めない漢字にはふりがなが振られ難しい単語は敬遠され誰でもわかるようにしなければならない症候群で満ちあふれている。売春は援助交際に名を変え浮気は不倫や婚外恋愛となり「はたらくおじさん」は「はたらくひとびと」に変えられる。耳障りのよい言葉だけが生き残っていくのはどういうことなのか。特に差別用語と言われるものの変更はあまりに醜く、漢字数文字で表現されたことが「○○の不自由なかた」などの表現に変えられそんな書き方をするくらいなら漢字の熟語など不要だろうと暴言さえ吐きたくなるのである。

今の日本では誰でもわかるようにするということは簡単な言葉だけで表現することと同義である。簡単な言葉だけ使っていればどうなるのか良く考えた方がいい。人間はわからないことがあるから調べるのであって、わかることばかりでは何も考えなくなってしまう。もっと平たく言えば、阿呆に合わせるには阿呆になるしかないのである。歩み寄りだけが選択肢ではないはずなのだが、商売優先であれば阿呆に歩み寄るしかないとしか考えられないのは考える方もまた阿呆だからかもしれんね。

このままでは売られている本は幼児向けの絵本にあるような簡単な文章だけがならび少々難しい言葉で書かれた本は読めないため売れず、そして誰も何も考えなくなってしまうのではないかと危惧してしまう。

2万円を80倍以上にできる商売

アクセスログを見ていたら、スピーカーケーブルで音は変わるのかというエントリが予想以上に読まれていることを発見。発見ついでに改めてエントリを読むと、なんだか「高いケーブルはいい」みたいに読めちゃいますね。orz 本当は「あまり安物はよくないよ」というくらいの意味だったのですが、そのあたりはうまく表現できていませんな。ダメ杉じゃん。

さて、そんな話はさておき、オーディオ関係でオカルトチックな話の最たるものはやはり超高価なオーディオ製品への盲目的な信仰話かもしれません。そのあたりは楽譜の風景-オーディオの部屋に非常に面白いことが書かれていますので御覧あれ。なかでもぶっとんだのが

ゴールドムンドGOLDMUNDの真実(おまけ)

のページ。うほっ。実売価格比較で88倍です。つか、2万弱のDVDプレイヤーの基板でいいのかよ。これってに近くないですか?

昔どこかのサイトで見た記憶があるのですが、SONYの59800円のアンプを設計どおりの性能の部品だけで組み上げてみたら信じられないくらいのいい音が出たんだそうです。オーディオに使う抵抗やトランジスタなどのパーツは意外に個体差があるらしいですね。だから通常の大量生産ラインで組み立てられた製品は設計どおりの性能にはなっていなくて、設計性能どおりの部品で組み上げたオーディオ機器はものすごくいい音になるとかならないとか・・・

これと同じような話は銃にもあるらしいです「One Of Thousand」-カメラ雑文 参照。1000挺にひとつくらいトンデモナイ精度の銃ができあがることがあるというこの話、俺は確かこの話をゴルゴ13で読んだような気がするのですが定かではありません。この特別に組み立てたアンプは、いうなればこのOne Of Thousandを意図的に作り上げたものと言ってもいいでしょう。

ま、これもオカルト話のひとつかもしれませんがね。;P

JASRACに公正取引委員会が立ち入り検査

痛いニュース(ノ∀`):「JASRAC」を、独禁法違反の疑いで立ち入り検査…公正取引委員会

JASRACのやっているあんなこととかこんなこととかは良くわからないのですが、あるところの決算書を眺めながら「おや?」っということがあったので書いておきます。

その会社では「カラオケ」の機械があるのですが、そのカラオケマシンがあるためJASRACに著作権料を支払っています。支払いは仕方のない話ですが、少々不思議なのがその金額です。なんとまぁ、毎月一定額なんですよ。まるでNHKの受信料です。どんな曲が良く歌われる曲なのかもわからず、著作権料の分配ってどういう風にやっているんでしょうか。つか、カラオケの著作権料なんてカラオケ機器をリースしている会社から取っ方が合理的じゃんって感じです。ユーザ負担分はカラオケ料金に付加しておいて、データの集まるカラオケ機器メーカーから取った方が明確じゃないの?

それもさておき、こんな徴収の仕方で本当に著作権料が著作権者に渡っているのでしょうか。一連の騒動を見ていると、レコードやCDからの収入減をその他で補おうとしているように見えます。それどころか、著作権料の行き先が良くわからないところからの徴収をより厳しくして、手残りを増やそうとしているように見えて仕方ありません。俺がJASRACの幹部だったらそうするもの。

バンド生演奏にも著作権料がかかっていたりしますが、こちらは演奏した曲も申請するみたいです。だけどこれだって本当にデータを基に処理しているのかははなはだ疑問です。つか、いろんなことをAppleの音楽配信ようにオンライン化するくらいじゃないと、データ収集も課金も無理でしょ。配分はアバウトなザル方式な癖に徴収は厳しいなんて時代遅れもはなはだしいですよ、JASRACさん。

後発医薬品への疑問

先日少々体調を崩し病院に行ったのだが、薬局でジェネリック医薬品にするか先発品するかと聞かれた。話を聞くと、2008年4月1日より医師のサインがない場合は後発品へ変更してもよくなったらしい。効き目が変わらなければ安い方がうれしいので、ジェネリック医薬品を頼んだ。

会計時にその価格差に改めて驚く。俺がもらった薬は先発品の1/3位の物さえあり、全て半額以下だった。開発費用の差なんだろうが、それにしてもこの価格差はなんだ。

安いのはうれしいのだが、ここでちょっとした疑問が頭をもたげた。「ジェネリック医薬品が普及することで開発費用が少なくなることはないのか」ということと、「この価格で薬局は儲かるのか」の2つだ。

後発医薬品 – Wikipediaを読むと、この疑問は取り越し苦労大きな御世話だったようだ。もともとジェネリック医薬品は院内処方では広く使われていたらしい。また、薬局もジェネリック医薬品に変更してもらうことで後発医薬品情報提供料がもらえるようだ。この後発医療品情報提供料は10点もつくらしく、薬の粗利より高くなる場合も多いだろう。

なるほどと思ったが、また新たなる疑問が湧いてくる。ジェネリック医薬品の使用量が多かったと予想される院内処方がどんどん減っていった過程では、利益率の高い先発品がそれに変わって処方された可能性がある。もしそうだとすれば、先発品メーカーはジェネリック医薬品が推奨されるようになるまでの間、それまでより儲けていたことになるんじゃないか、ということだ。

また、なぜここまでジェネリック医薬品の利用を促進するのか、も非常に疑問である。これは医療保険の増額を薬代の引き下げで賄おうとしているからではないか。

となれば、病院から薬をひっぺがし病院を減収させる->その間は大手メーカに儲けさせる->ジェネリック医薬品の利用促進で大手メーカ減収となっていると推測される。また、利用者にとってはジェネリック医薬品による薬代の減はあっても保険料の負担が増えている。多分利用者は負担増だろう。よって収入が変わらないか増えているのは保険を集めている国、薬局となる。

データのないものすごいこじつけだが、儲けていると思われている病院、医薬品メーカへ回る金を国(か、もしくはなんらかの利権団体)が吸い上げるためにこの制度は作られたのかもしれないね。

逃げ口上

「人手が足りない」

素晴らしい逃げ言葉だと思う。ほとんどの事がこの言葉で逃げられる、まさに魔法の言葉だ。特に上司が現場に詳しくない場合など、この言葉は天下伝家の宝刀を抜くようなものである。

だが、俺はこの言葉を安易に使う奴を信用できない。

どんなに人手不足であろうとも仕事は回さなければならない。それが現場を預った者に果せられた使命だ。この言葉を安易に使う人間は、既存の行程だけを踏襲し作業行程や人員配置の見直しなどやろうともしない。変化がない現場には活気もなくなり離職率も上がっていく。人手が足りないと言う奴が人手を足りなくしているのになぜ気がつかないのか。

「この業界ではこれが標準だ。」などともっともらしく語るのも構わない。従業員のためになどと建前を語るのもいいだろう。しかし、その標準や建前を尊重すれば経営は成り立たなくなり、そして最後には従業員も標準も守る場所が無くなってしまうのだ。そうならないためには何をすればいいのか、そこまで考えた上で建前を語ってもらいたいものだ。

入ってくる金以上に金は払えないのだ。

そんな簡単な足し算引き算もできないのであれば、もっともらしい意見などいうだけ無駄だし誰もお前の話など聞く耳も持たない。そもそも全ての従業員が死ぬ程働いて働いて働いてそれでもダメなのであれば、それはその事業モデル自体がダメなのである。改善もへったくれもない。儲からない商売はさっさとやめるのが正解であり、また、経営者は「やめる決断」をすることが一番重要な仕事だろう。

儲からない商売を儲かるように出来ない奴に限って、人が足りない賃金が低いなどと騒ぎたてる。改善できないと思うならさっさと辞めてしまえばいい。人を大事にするということは甘やかすことじゃない。なれあいや表面上だけの協力なんかじゃ何も生まれない。尻をひっぱたき、明後日を向いている奴の向きを変え、歯を食いしばりながら知恵を搾り出していく中で出てくる意見こそ本物なのだ。「協力して」とか「自発的に」なんて期待したって無駄だ。それが黙っていても出来るのであれば、経営者や上司なんて要らない。

馬鹿を言うのもほどほどにしろよ。

これはもうダメかも知れんね

905iクラスの高性能、国内初“音声認識入力”メール搭載──「らくらくホン プレミアム」 – ITmedia D モバイル

さて、この機種は売れるでしょうか。俺は売れない方に3000点。

だって、メールを音声入力するくらいならそのまま電話した方が早いじゃん。なぜわざわざメールにして送る必要があるのか理解できないのですがドウデスカ?つか、この機種を開発した人は、自分で音声入力したことあるんでしょうか。あれ、かなり恥ずかしいんですけどね。

音声認識による入力が役に立つなぁと思ったのは、やはり長文の入力でしょうか。それも既に活字になっているものをデータ化する場合は意外と使えるかもと思います。ですが、キータイプが速い人は音声認識入力の必要性など感じないでしょう。音声認識は既に高い水準に達している技術だと思いますが、なぜかあまり利用されていませんよね。便利だったらもっと導入されていておかしくありません。つまり、音声認識にはそんなに便利じゃないってことなんですよ。

それに、音声で伝えられないような時や場所だからメールするってのもあるじゃないですか。文字にするくらいなら、ストリーミングサーバでも置いてそのまま音声と画像が見聞きできるようにした方がずっとマシじゃないのかなぁ。

とにかく、この機種はおもいっきりターゲットのニーズを見誤っていると思いますがどうでしょう。

先日のらくらくホンそっくり?ドコモがソフトバンク携帯の販売差し止め仮処分申請のように、小さいパイを奪うために足を引っ張り合うのは、やはり何か根本的なところがずれているからのような気がします。

煙草くらいでガタガタぬかすな

煙草を一箱1000円にしようなんて話が出ているようだ。

J-CASTニュース : タバコ1箱1000円 そんな時代が日本に来る?

別に構わないんじゃないかと思う。1000円でも吸いたい人は買うだろうし、未成年は手が届きにくくなるし、喫煙者の絶対数が減って医療費も減るなんて試算もあるようだし、喫煙者が減っても煙草の税収は値上げ分でカバーできるようだし、値上げして悪くなる点はほとんどない。未成年者の喫煙防止のためには、TASPO導入なんかより自販機撤収の方が効果あると思うが、そんな抜本的対策はやる気ないようなので好きにすればってところだ。

しかし、しかしである。俺は今の嫌煙家の言い分はまったくもって理解できない。理解できないというか、どちらかといえばJ-CASTニュース : 養老孟司の超刺激発言 「たばこの害根拠なし」「禁煙運動はナチズム」という意見に賛同しているくらいだ。それはなぜか。矛盾が多いからだ。

俺は香水とか化粧の匂いがあまり好きではない。きつい香水の匂いなどは、腋臭や足の臭さに勝るとも劣らないほど迷惑千万だと思っている。これと煙草の煙と何が違うのか、俺には全く理解できない。嫌煙家は「煙草は健康に被害をあたえる」と言うだろうが、香りで健康被害を受けることもあるらしい。「香水はんたーい」なんて言ったら基地外扱いされること間違いなしなので黙っているが、香水より煙草は税金を余計に取られているわけで、そういう意味では香水などより社会に貢献していると言ってもいいはずである。

健康面でさらに言えば、自動車の排気ガスや工場の排煙などと煙草の煙を比べた場合、どちらの方が健康にあたえる影響が大きいのか、である。すぐ近くのスーパーやコンビニまで自家用車で買いものに行き無駄なガソリンを使い排気ガスをバラまくあなた。例えばその買いものでのエンジン稼働時間が10分だとしよう。排気量1000cc、平均2000rpmで燃費が15km/lくらいの車とした場合、消費されるガソリンは少なくとも250cc以上にはなると思う。さらに産出される排気ガスの量はなんとまぁ10000リットルにもなるのだ(計算式:2000回転×10分×1000cc÷2 : 4ストロークエンジンの場合)。その事実、判っているか?たった10分間でガソリンを缶コーヒー一本ほど燃やし、その排気ガスは10000リットルにもなるのだ。

それに対して人間の呼吸は一回約500ccで大人で1分間に12~20回程度である。これが全て煙草の煙だとしても、10分間では100リットルくらいにしかならない。もし車の排気ガスが煙草の煙のように目に見え匂いも付いていたら気分を悪くする人が続出すること間違い無しだ。これだけ空気を汚して車を運転する人には「煙草は云々」なんて言う資格は無いように思う。

それでも世間一般の人は車を運転する人間に「お前の車はおれの健康に悪影響を及ぼしているから乗るな」とか言わないし、「車の排気ガスは、あなたの周りの人、特に乳幼児、子供、お年寄りなどの健康に悪影響を及ぼします。車の運転の際には、周りの人の迷惑にならないように注意しましょう。」と車体に書けとも言われない。なんでじゃ。おかしいじゃないか。なぜ煙草だけを悪者にするのだ。

そんなこんなで、嫌煙家の話はアホ臭くて聞く気にもならんのである。そんなに空気の汚れや匂いを気にするのであれば、人や車の少ない田舎に住めば空気はいいだろうし、そうでなければガスマスクでも付けて歩くことをお薦めしたいくらいだ。そうすれば排気ガスとか花粉とかも大丈夫になって一石二鳥じゃないか。嫌煙運動は捕鯨禁止運動とかにダブって見えるのだが、どうか。というか、煙草なんかより中国からの工場排煙の方が絶対やばいだろ。

ちなみに俺は煙草やめた派だ。前にも8年間ほど煙草をやめていたけど、その間に健康になったかというとそんなことはなかった。今回もやめて一年以上経つが、身体が怠けて逆に健康じゃなくなったような気がする。煙草をやめてよかったことと言えば、寝覚めがいいことと煙草を吸う時間と金が浮くことくらいだ。煙草をやめれば飯がうまくなるなんてウソだし、煙草を吸っていると味がわからなくなるなんてことは感じたことも無い。このあたりは完全に禁煙の「都市伝説」だと思う。ただ、煙草をやめると歯茎が綺麗なピンク色に変わっていくのは面白い。長年煙草を吸っていると歯茎はタール色にどす黒くなってしまうのだが、それが煙草をやめてタールが摂取されなくなるとそのタールは次第に身体から抜けていくようなのである。身体からタールが抜けていくさまを数年かかって見るのもなかなか一興ではある。

タバコは完全なる贅沢品と思われるくらいに値段をあげ、喫煙家が「金あるねぇ」と妬まれこそすれど嫌われることの無いようにするべきじゃなかろうか。

梯子を外す奴は自分も梯子を外される

かなり前の話だが、イーバンク銀行がATM手数料を改定した。

それまでイーバンク銀行はATM手数料が無料であり、それはこの銀行の大きなセールスポイントの一つだったはずである。俺もATM手数料が無料であること、全国のセブンイレブンにATMがあること、24時間ATMが使えること、totoの引き落としが出来ることが魅力でイーバンク銀行に口座を作った。特に24時間無料でATMが使えるのはとても便利で、他の銀行口座は必要ないとさえ思っていたくらいだ。

しかし、そんな素敵な時間は長くは続かなかった。イーバンク銀行の業績はさほど良くないという話は聞いていたのでATMの有料化もあるかもしれないとは思っていたが、2007年10月31日のATM利用手数料変更のお知らせでそれが現実となったときはがっかりした。特に入金時にまで手数料を負荷させることを知ったときには、がっかりを通り越して腹立たしさまで覚えたくらいである。安いよ便利だよといって客引し、その後突然料金を改定する。それもすべての時間で他行の時間外取り引き並の一回210円に設定するとはどういう了見なのか。サブプライムでの損失などもろもろをユーザにかぶせるとは最低である。この手数料付加は、イーバンク銀行の優位性を一気に失わせるに十分だったのではないか。

さすがに入金にも手数料を負荷するのは他の銀行にも劣るサービスなので、2008年2月8日付けで「イーバンク銀行、ATMから3万円以上の入金は入金手数料を無料に」と改定されたようだ。しかしこのような小手先の変更で、すでに失われたであろうイーバンク銀行の優位性と信用が戻ることはないだろう。

最近のmixi騒動を見ていると、これと同じような感覚で盛り上がっているのかもしれないと感じる。最近のmixi騒動で憤慨した人の感覚は、俺がBlogPeopleのTrackbackPeopleに突然広告が入ったときに味わった気分と似ているのかもしれない。mixi騒動とイーバンク銀行のATM手数料改定の違いは目に見えた利害が発生しているか否かだけで、甘い言葉でユーザを誘いそのあと梯子を外すというやり方はまったく同じといっていい。

このようなやり方は場合によっては必要で、すべてを否定するわけではない。しかし、一度傷ついたブランドイメージはなかなか回復しないものだ。ネット関連企業のその辺りの感覚は、他の一般企業に比べて非常におそまつとしか思えない。Googleも同じような話を聞くことがある。そのおそまつさの一番の原因は、直接的にユーザと接する機会が少ないことではないかと思う。しかし、いくら人の姿が見えなくても、その先で使っているのは感情のある生き物なのだ。その点は忘れてはならないだろう。

今はまだネットサービス自体が未成熟なため、ネットの世界ではデータの正規化などによる省力化、効率化、利便性向上に重点が置かれている。だからみんな多少のおそまつさには目をつぶるのである。しかし、それが複雑化、多様化、高度化していくうちに、細かな対応が出来ないところは残れなくなっていくだろう。今梯子を外しがちなところは多分にその変化についていけない要素を多く含み、そしてそんな所は消え去るのみである。梯子を外した奴は、いつか自分も梯子を外されるかもしれないと覚悟すべきだろう。

mixiに文句を言う前に

最近mixiの規約変更で盛り上がっていましたね。

mixi、4月1日より利用規約を改定–日記などについて著作者人格権の行使を禁止

即座に著作権に関して反応あり。
ミクシイはあなたの日記をあなたに無断で商品化します
mixi日記はもう真面目に何かを書く場所じゃない

やばいと思ったmixiが弁解。
「mixi日記、無断書籍化はしない」――規約改定の意図をミクシィが説明

さらには鎮静化のためか規約見直しますよ発表。
mixi新規約見直し 「ユーザーに著作権」を明記へ

ここまでたった一日の出来事ね。すごいね。

俺もmixiのアカウントは持っていますが、アカウントあるだけの運転免許で言えばペーパードライバーなので、規約改定なんてどこ吹く風ではあります。ですので、「へー、そういう見方もあったのか」とさまざまな過剰反応に少々驚いています。

俺はこの時期に敢えて地雷を踏みに逝ったmixiは偉いという切込隊長の意見に近く、またさらに、News – mixiはblog化するのか?というエントリを読み、なぜ騒ぐのかますますわからなくなっています。

まず思うのは、「そんなに自分の情報が大事であれば自分でどうにかするべきだ」ということです。サービスを利用している意識が「利用してやっている」状態になっているようにも見えます。サービスを提供する側が何を考えているのかも想定しないと、単なるクレーマーみたいになっちゃう可能性も否定できません。

サービス提供側の意見を知るためのヒントとして、俺はおごちゃん(おごちゃんの雑文の主 彼の名前をしらねー奴はネットワーカーとして勉強不足かもよ)が提供しているサービスであるネットワーク利用技術研究会注意事項独白に目を通すことをお勧めします。おごちゃんの意見は利潤を求めていないボランティア活動なんでその分は差し引く必要はありますが、タダが普通になっている人はこういった話も参考に、もう一度自分の考えを見つめ直したほうがいいでしょう。

つか、何度も言ってるけど、文句があるんだったら自分でやればいいだけですよ、ええ。金払っているんだったらいざ知らず、ただで使っているんでしょ?サービス提供側にもメリットがなかったらタダで利用出来るわけないことを忘れちゃだめじゃん。タダなのに文句言ってまで使いつづける気持ちが理解できないんですが、どうですか?

企業での携帯導入昨今

携帯メーカの崩壊が始まったの諸悪の根源は・・・というコメントで思い出したことがあったので書いておきましょう。

俺の前の会社は地方ではそこそこ大きい企業でした。事業所数もそこそこあり従業員数もそれなりでしたので主有している電話回線数もそれ相当に多く、当然のように電電公社とのお付き合いもそれなりにあったんですね。

外回り(営業)も結構いたので、ポケベル→携帯の会社契約も多いわけです。昔は電電公社一社しかないのでどんなに高かろうとそれを使うしかなかったのですが、電電公社がNTTとなり、携帯や有線電話に他のキャリアが入ってきてから、その通信費はどんどん下がっていくはずでした。理論的には。

その通信費引き下げの大きなチャンスであったマイライン導入ですが、前の会社は市外通話も多かったのでマイラインはフュージョンなどのコストのかからないところにしたほうがメリットがあったのはいうまでもありません。ですが、どこからともなく圧力がかかるのです。特に大きな圧力は社外からではなく実は社内からで、「(NTTとの契約をやめると)あそことの契約に支障をきたす」とか、「(NTT以外は)信頼性が・・・」とか、とにかくネガティブなことばかり言ってきます。それも経営者に直接言うんですよ。誰が言うかって?そりゃ団塊の世代の会社上層部に決まってるじゃないですか。

そんなこんなで前の会社は市内・市外通話と携帯ほぼすべてNTT系列。当然他社に比べれば割高であったのですが、そんなのかんけーねーとばかりに潰れる間際まで契約の見直しは無しでしたね。資金繰りの悪化や事業所閉鎖が相次いだときに、ついにマイラインをNTT系列から違うところに変えたのですが、実際にやってみるとNTTとの関係の悪化などどこ吹く風で、なんら影響はありませんでした。逆にNTTのほうがドライだったくらいです。早めに決断していたら、その効果額は年間1千万くらいは軽くあったんじゃないかと思います。

要は、NTTにお土産を持って行きたい会社上層部が会社を食い物にしたのですね。

すべてこんな調子だとは言いません。ですが、今の状態は官だけが悪いのではなく、官も民もぐるみでこんな状態にしちゃってるのだと思います。反面教師のような人たちをたくさん見たので後の世代にツケを回すことのないようにしたいなとは思うのですが、思っているだけに終わってるかもね。orz