育てなきゃいけない先生に教わる生徒ってどうなの?

(社説)先生を育てる 一つの型にはめないで - 朝日新聞

俺は先生が嫌いだ。その原因はこんなことあんなことだったりするのだが、とにかく「先生は偉い」感を醸し出しているのが苦手。これは多分環境によるもので、「社長!」とか「先生!」と呼ばれているとなんとなく偉くなったような気になってしまうのはわからないでもない。だがやっぱり嫌いだ。

俺の先生嫌いの根底には、俺があたった先生には、人生の師として尊敬できる部分があまりにも少なかったことがあると自己分析している。これから社会で生きていくための心構えとか気をつけるポイントとか、先生からは一切教わることはなかった。それを教えてくれたのは会社の上司・先輩だけだった。

だから、こんな先生の教育に力を入れるより、10年以上の一般企業等での社会人経験を必須にしたほうがずっとマシだと思っている。今の先生は学校を出て世の中の厳しい風にさらされること無く、まるで無菌の試験管ベビーのまま先生にっているとしか思えない。その薄っぺらい経験で、子供に何を教えるというのだろう。経験不足ではモンペに対抗する手段も持てないだろう。

繰り返すが、こんな事をやるより、一般企業でしっかりと実績を作れた人だけ先生にするほうがよほど効果的だ。実現は難しいだろうが、ぜひ検討して欲しい。

俺もリストバンド型はダメだと思う

リストバンド型で何かを作ろうと思うこと自体が間違いなのでは?

俺も、リストバンド型は流行らないと確信している。なぜなら情報量があまりにも少ないからだ。スマホでさえ大画面化が一つの流れにあるのに、何を好き好んであんな小さな画面でちまちまやらなきゃならんのか理解できん。

それだけでなく、いちいち時計を見るような動作をしなきゃならん。あれだったら黙ってスマホを手に持って使えばいいじゃん。リストバンド型ダメすぎ。何かトンデモない機能でも持たないかぎり、絶対に普及しないはず。

だからGoogleGlassが、プライバシー問題といったくだらん理由で一般消費者向けの販売を中止したのはショックだった。あれこそがこれからの主流だと思っていたのに。プライバシーを保護したいなら、隠すんじゃなくて爆発的な情報量の中に埋もれさせるという手もあると思うんだけどね。

セブンイレブンのコーヒーがまずくなっている

先日、久々にセブンイレブンのコーヒーを買って飲んだ。味は水っぽくなって、コーヒーフレッシュに負けてしまっていた。香りもイマイチだし、何より単なるローストがきついだけのコーヒーになっているように感じた。はっきり言ってしまえば、やっぱり100円のコーヒーだよねってレベル。

出たばかりの頃は「この品質を100円で出されたら辛いなー」というクオリティだった。そのクオリティはしばらく維持されていたように思う。実際今年の夏まではそこそこ美味しかった気がする。まぁ、夏はIce Coffeeしか飲まないのでホットの状況は今ひとつ定かではない。それでも入れた時の香りはもっと良かったように記憶している。

それがどうだ。上にも書いたが、コーヒーがフレッシュに負けてしまっている。コーヒーはまずはそのまま飲んでみて、その後コーヒーフレッシュを入れてみると味の状態がよく分かる。ブラックだとわからなかった味の強さがコーヒーフレッシュを入れることでよく分かるようになるのである。フレッシュを入れて水っぽく感じたり、フレッシュの味が強めに思えた場合は、コーヒー豆の挽き具合が荒くなっていたり、水の量がおかしくなっていたりする場合が多い。ただ、セブンイレブンの場合はしっかりとした機械だし、メンテナンスも確実に行われているだろう。だから機械の調子が悪かったとは思えない。今回はいったコンビニでは2台のマシンがあったが、そのどちらとも同じ味だった。だから豆の品質が変わったとしか思えないのである。

最初に品質の高いものを出し、その後徐々にわからないレベルで品質を下げてコストダウンを図るのはよく使う手口だ。俺とて毎日飲んでいたら味の違いはわからなかったかもしれん。だが、確実に味は落ちている。

コストパフォーマンス抜群だっただけにとても残念な気持ちでいっぱいだ。ただ、あのコンビニだけの現象という可能性も否定出来ない。だから他のセブンイレブンでも買って飲んでみようと思う。

政府はマイナンバー制度の巨大な穴に気がついているのか

ついに日本にも個人番号が振られる時代が来た。その番号はマイナンバーとか言われるらしい。今年の10月から世帯宛に通知カードが届くことになっている。詳しくはマイナンバー社会保障・税番号制度-内閣官房とかでも見て欲しい。

マイナンバーで一番注意しなければならないのは、その番号を他人に知られないようにしなければならないことである。上に紹介したサイトはマイナンバーの実施側なので、当然「安全」を謳っている。だが、日本年金機構の例にある通り、番号がバレたら何が起こっても不思議じゃない。というか、システムに完璧はないのだ。だから、番号を知られないというのが最大の防御策になる。

その観点から言えば、この制度には大きな穴が2つある。一つは通知カードと交換して手に入れる「個人番号カード」だ。このカードは身分証明書として使えるが、それはこのカードの利便性を高めて「良いカード」と思わせるために設定したことだと思う。だが、利便性を高めたカードの裏に個人番号が書かれているなんて、セキュリティホールがでかすぎというか、ノーセキュリティレベルだ。こんなカードは持ち歩くこと自体やめたほうが良い。

もう一つは通知カードの簡易書留郵送時に番号が抜き取られる可能性がある事だ。何らかの機械を使って通知カードの番号を読み取ることが可能に思える。なぜ手渡しでなく郵送なのか全く理解できない。いくら管理を徹底しても、配達時点で抜き取られたら意味が無い。総務省は誰がどこに配達したのかの記録もきちんと取ってもらいたい。配達先にも配達員が誰かを明示すべきではなかろうか。当然臨時のアルバイトなど言語同断。不心得者が手先を紛れ込ませている可能性は否定出来ないからだ。なにせ、掛けるコストに見合う見返りが期待できる可能性があるのだ。不心得者は着々と準備していると思ったほうがいい。

ぱっと考えても穴だらけなんだが、政府は本当に安全と考えているんだろうか。逆に言えば、これで安全とか言うレベルなんだろうなとも思えてきて残念だ。特に手元に来てからの管理は自己責任だが、それまでのプロセスがかなり心配なのだが・・・本当に任せて大丈夫?

リスクは0にはできない

原発稼働が話題に登っている。どこかで見たが、日本の電気が無茶苦茶安くて無尽蔵に使えたら、その恩恵たるやトンデモナイらしい。工業製品の競争力は高まり、家庭の経済的負担は軽くなるとかだけじゃなく、その大量の電力を使って農業さえ工場化出来るだろう。その電力を何で賄うかだが、現段階ではクリーンエネルギーだけでは到底無理なのは誰が考えてもわかる。

大企業とかではエネルギーコストを抑えるために、動力・温熱・冷熱をより効率よく使える仕組み、いわゆるコージェネレーションシステムを導入するところが多い。これで発電しつつ暖房や給湯などを賄うことが出来るようになる。それもこれも電気料が高いからであって、そんなのを導入するより買ったほうが安ければ誰も導入などしない。

そのためにはたゆまぬ技術革新が必要であり、逆行はあってはならない。また、リスクも0になることなどありえず、「リスクを回避=やらない」という愚かな選択こそが最終的には一番のリスクを背負い込むことになるような気がする。

原発は補助金などの利権構造を抜本的に見直し、現在の電気料の半分以下で供給してみたら、反対の声もかなり少なくなるかもしれん。東日本大震災は1000年に1度起きるかどうかの規模だったという。そんな規模の災害に、更新もされずに放って置かれたとしか思えない古い規格の原子力発電所がやられた。近くにあった女川原発は住民の避難場所になるくらい安全だったのに、この体たらくである。リスク管理的な意味でも技術更新は絶対に必要なのに、それを怠ったことも事故の一因だろう。というか、もともと廃炉にしておくレベルの古さだった。

いずれにせよ、リスクはその大きさを十分に認識しておくことがまず重要だ。そのリスクを把握した上で、そこから得られるメリットと冷静に天秤に掛けるべきだ。放射能は遺伝するとかコラーゲンを経口摂取したらお肌プルプルとか言っている人たちの意見は聞いても無意味な気がするのは俺だけだろうか。

朝型勤務なんてやってられっか

最近「朝型勤務」が話題らしい。
朝型勤務の推進など「夏の生活スタイル変革」に向けた取組を要請しました |報道発表資料|厚生労働省
要請書を読んでみたが、どうやら「女性や高齢者が働きやすく、また、意欲と能力のある者が活躍しやすい職場環境を作ることで、労働生産性を上げて成長を持続させること」を目的としている模様だ。それを「夏の時期に、「朝型勤務」や「フレックスタイム制」を推進し、夕方早くに職場を出るという生活スタイルに変えていく」ことを解決の糸口にしたいらしい。

って、全然意味わかんね。朝型にすれば生産性が上がるなんて誰が言ったんだ?根拠あるのかそれ。とか思っていたら、やはり同じような意見を発見した。こちらは俺のような単なる感情論ではなく、睡眠の科学からこの疑問に切り込んだものだ。

第24回 朝型勤務がダメな理由 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

俺にして見れば「我が意を得たり」という内容で思わずニンマリしてしまった。朝型断固反対。絶対ダメ。というのも俺がかなりの夜型だから。自分でもかなり夜型なんだろうなぁと思っていたが、朝型夜型質問紙でチェックしたら「やっぱりね」という結果に。それがこちら。

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うへっ。ヤバイくらい夜型じゃん。実際仕事の調子が上がってくるのは15時ころからだし、絶好調は21時過ぎたあたりからになることが多い。ものすごく集中力が高まるんだよね。もしいつも午後出勤、それも14時とかからの出勤でOKとなったら、多分今の仕事なんて定時内でほぼ終わると思っている。だって、午前中はほぼ死亡してるからね。まさに「いるだけ」状態。こんな意味のない時間は嫌なんだけど、規則だからしょうがない。

夜型が働きやすい体制って誰も考えてくれないんだよね。日本は早起きは三文の得とか、訳の分からない早起き崇拝思想があるからなぁ。夜型にも人権を!(大げさ)

提灯記事とコピペだらけのネットに疲れてきた

最近「提灯記事」がやたら目につく。今流行の言葉で言えば「ステマ」なんだろうが、俺には提灯記事のほうがしっくり来るのでそう表現したい。だって、ステマなんてかっこいい感じがするじゃないか。そんなによろしくないものにいい名前をつけるのはダメだ。売春を援助交際、麻薬をドラッグ、姦通や不義密通を不倫とか称するのがいい例で、なんとなくいい感じに思える表現は使うべきではない。

提灯記事とは取材や批評の対象である団体・企業・商品或いは個人の意図を汲み取り、持ち上げるために書かれた雑誌・新聞などの記事に対する呼称。ステルスマーケティングの一形態。有力な者に媚びへつらう者に対する「提灯持ち」という蔑称に由来する。
Wikipedia – 提灯記事

提灯記事はこれから売れるであろうもの、話題のものに対してが圧倒的に多い。雑誌の記事も提灯記事が多いのだが、知られていないものとか普通では手に入れにくいもの、試用も出来ないものなども取り上げられているので参考になる場合が多い。しかしネットは違う。ネットの場合はアクセスされてなんぼなので、とにかく記事が偏る。最近目につくのが某会社の時計型端末かもしれん。数は多いが読んでみて参考になる部分も少なく、疑似体験もしにくい記事が多いのは残念である。

もう一つ気になるのがYoutubeのコピペだけの映像だ。文字をテロップで流すだけ、もしくは元の映像をつなぎあわせてテロップをつけるだけ。タイトルは面白そうだが見たらガッカリばかりだ。この様は90年後半のWEB創世記のあたりにWEBサイトで起こったことによく似ている。見てみたらオリジナリティも何もない単なる2ちゃんのコピペとか、ニコニコとかで話題の映像とか、そんなのばかりだ。一時期バイラルメディアのパクリが騒がれた事があったが、これらもまたその系統でしか無く全く得るものがない。残念すぎる。

こういう質の低下がゆくゆくは自身の価値を下げてしまうことになるのだが、見る限りではWEBはSNSを含め価値を下げまくっているように思える。Googleの評価基準がExpertise(専門性)、Authoritativeness(権威性)、Trustworthiness(信頼性)に重きを置くようになったのも当然の流れだろうね。

動物に人間のような複雑な感情があるとは思えない

とあるところで、「奇跡的に一命を取りとめ回復したねこが、その後に病気や怪我で弱っている動物が施設に運ばれてくると優しく寄り添い、傷ついた身体を舐めたり、温めるように抱きしめたりするようになった」という記事を見た。ふーん、と、思っただけだったが、この記事の最後のほうが全く頂けない。

わずか2ヶ月という幼い体で病と戦い、その辛さを知っているラデミンズ(この猫)。
同じように苦しむ動物たちを放っておくことができないのでしょう。
以来、ラデミンズはこの保護施設にやってくる動物達を毎日優しく看病しているのだそうです。
きっとラデミンズはこの施設で温かい治療と施しを受けたのでしょうね。
だから自分も同じように他の動物にもしてあげたいと思ったのではないでしょうか。

いい話ダナー、ではない。なぜ人はこんな阿呆な考えを持ちたがるのか理解できない。擬人化するのも程々にするべきだ。このようなものがエスカレートして、水からの伝言のようになってしまうのではないかと思う。

手乗り文鳥などは、ひなの段階で親から離され人間に育てられる。そこで人間に対する恐怖心がなくなり手乗りとなる。この猫も幼い段階で親から離され、看病された。だから看病された状態が刷り込まれている可能性は高い。それどころか、弱っている動物は威嚇などしてこないので近づきやすいだけなのかもしれない。大体猫はくっつきたがるではないか。この猫は単に弱っている動物が好きなだけなのではないか。というか、それが一番正解な気がする。

愛情を注ぐのは構わない。ただ、意味もなく複雑な感情があるように思い込むのは間違いである。特にこの例は思い込ませた上に「癒やし」とか「いい話でしょ」という押し付けが鼻につきとても気持ちが悪い。

猫がそんなにいろいろなことを理解できたら、どんな猫でもきちんとトイレで用を足すはずだし、勝手に人間さまの食べ物を食べたりしないだろうね。

使いもしないのに欲しがる奴ら

友人の会社での話。

友人の会社のとある部署が図表作成環境を欲しがった。現在もそのソフトをインストールしたPCはあるが台数は1台しかなく、また、ヴァージョンもかなり古い。1台だけでは使いにくいので新しいヴァージョンが走るPCを増やして欲しい、と。

友人は「本当に必要なのか?」ということがまず頭をよぎったという。そんなに高い使用頻度になるほど受注があるのか疑問だったからだ。ただ、実際に現在使っているPCは10年落ちで、セキュリティ上の問題もないわけではない。それだけでなく、そろそろハード的にも駄目になる時期でもある。壊れてからではどうしようもないので、友人は新しいPCを2台準備した。

だが、要求した部署は一向に新しいPCを使おうとしない。なんで使わないのかと尋ねると、「今までのデータが使えないから」と言う。本来はそのくらい自分達でやって欲しかったが、そういうことであれば、と、友人は古いPCにあったデータを全て新しいPCに移した。

しかし、新しいPCは使われることはなかった。データも移行し何の問題もないはずなのに、である。

聞いてみると、今度は「ヴァージョンが変わって使いにくい」という理由らしい。もう「ふざけるな」である。欲しいと要求しておきながら、なんだかんだ理由を付けて使わない。それどころか、古い環境で十分に業務が回っている事を自分達で実証してしまうという愚行に全く気がついていない。

世の中には±3%タイル値に入るようなレアケースを、さも日常的に起っているように話す奴がいる。今回の例も、たまたま利用したい時間が重なったことがあっただけで「1台では足りない」となったのだろう。そのようなレアケースに対処するのが一番費用対効果が低いことを理解できていないのである。レアケースなのだからこちらもテンポラリに対応すればいいだけで、それを完全にカバーできるように要求してくる奴はコスト意識のない単なる馬鹿野郎だ。馬鹿の話を聞くと組織はおかしくなるので要注意である。

参考 「やりたい放題・やらない放題」の営業にIT武装は金のムダ:日経ビジネスオンライン

スタイリッシュ≒ペンギン・スタイル?

先日、とあるところで「スタイリッシュ」と言われるような男性たちに出くわした。髪型も今風でヒゲを蓄え、ピチっとしたジャケットにスリムなパンツを身にまとう。こう言ったらなんとなく想像できるんじゃないかな。ちなみにヒゲは不潔で感染症の原因になるらしいから注意だ。で、こういう人は、大抵両肩を開いて胸を張り、そして顎を引いて佇んでいる。短めのジャケットからはプリリッとしたオケツが見え隠れ、そんでもんって髪型はなぜか鶏冠のようだったりする。まるでペンギンじゃね?

なぜみんなそうなのだろう。デザイナー系はタートルネックなどのニット系にジャケット、ラフなパンツに帽子とかが多いし、芸能関係者はどこか中性的な雰囲気を持たせていたりする。いずれも「俺は違うんだんぜ」感がアリアリである。注目されなければダメなのもわかるが、最初から「何じゃアレ」と思われる危険性もある。違和感を持たれないようにすることに主眼がおかれる仕事じゃないからなぁとか思ったりするが、基本的に理解できない人種だったりする。

というか、個性を打ち出したいのなら、それこそ人と同じ事はしないほうがいいのではなかろうか。なのになぜか同じような格好をする。とび職とか機能的に理にかなった格好ならわかるが、スタイリッシュ系とかデザイナー系とかからは全く機能的なものを感じない。そのくせオリジナリティも感じられない。だったら極普通の格好をしていたほうが、変に回りを刺激しないで済むような気がするのだが、どうか。

効率のよいexcelフォームの作り方

少し前の話だが、会社の予算作成に際し、担当別に売上の見込みを出してもらった。フォーマットは特に決めていなかったので、営業責任者にフォーマットを作らせ担当に記入させた。俺は数字の取りまとめは営業責任者に丸投げ状態だったので、どんなフォーマットにしたのかは全く気に留めてもいなかった。

いざ数字が出てきたら全く足りない。どんな作り方をしたんだと思って確認したところ、数字の中身もさることながらそのフォーマットを見て愕然とした。そのフォーマットは月別にシートが分かれ、そのシートの中でも項目がわかれていたのである。

こんな感じ

まぁ一般的にはよく見る感じかもしれん。だが、こういう表には大きな欠点がある。

ここでどんな作り方が良いのかを例にあげて悪い点を説明しよう。良いフォームはこんな感じだ。
■入力フォーム■

■集計フォーム■

これらはなにが違うのか。それは大きく分けると3つある。

1、データの修正、転用
2、入力数の制限
3、汎用性

具体的に説明しよう。
1、データの修正、転用
悪いフォームはデータが月別にぶつ切りにされている。そのため修正には手間が掛かり過ぎる。例えば、4月に入っていた案件を5月に移そうとすると、4月の案件を消して5月に新たに入力しなければならないことになる。良いフォームならデータシートの発生月を変えるだけでOKだ。また、他にデータを引っ張ってこようとした場合、月別にデータがわかれているため見難いし探しにくいものになってしまっている。

2、入力数の制限
悪いフォームの場合、無駄に印刷した場合などの出来栄えも考慮しているため、一ヶ月当り20件とか入力できる数に制限がかかっている場合が多い。これを超える場合は列を追加したりするが、そうすると各シートでの合計が入っているセルの番地が変わってしまい、別途集計をする場合などにかなり手間がかかる。良いフォームの場合は順不同で付け加えていくだけで勝手に集計してくれる。

3、汎用性、連続性
悪いフォームでは売上予測にしか使えないが、良いフォームにした場合、データに決定売上等を追加するだけで実績管理表にも転用できる。また、悪いフォームでは単年度でしか使えないが、良いフォームの場合はずっと使い続けることが出来るので、過去実績との対比も簡単に出来るようになる。

とにかく、データを作成・集計する場合には、そのデータの汎用性と連続性を十分考慮しなくてはならない。今ではデータベースを使うのが一般的であるが、データベースはこのデータの汎用性と連続性が高いから重宝されているのだ。だから、excelを使う場合においてもその思想を取り入れることが重要だ。

しかし、残念ながらexcelは単なるワープロもどきに扱われ、本来の機能は忘れ去られている感じがする。だから悪いフォームのような表になってしまうのだろう。少し工夫するだけでトンデモなく効率が上がるのにね。

ベビーマッサージなんて不要じゃないの?

マッサージ死亡:逮捕の元理事長 うつぶせで首もむ – 毎日新聞

生まれたばかりの赤ん坊はホント水の塊みたいなもんだ。柔らかくて不安定で、そして力も弱い。そんな赤ん坊にマッサージなんて必要なのか?頭の骨さえしっかり繋がっていないのにね。今の若い親は兄弟も親戚も少ないからか、そんな赤ん坊の「脆い」感じをよくわかっていないのかもしれん。

そもそもきちんとお風呂に入れてあげたら、それ自体がマッサージみたいなもんじゃないのか?身体を優しく洗ってあげると、赤ん坊は本当に気持ちよさそうな顔をするもんだ。水の中であれば赤ん坊の身体に余計な負担を掛けないというメリットもある。片手でも余りあるような赤ん坊のマッサージをする意味がわからん。

といいつつ、ちょっと調べてみるといままで普通にやっていたことが「マッサージ」と称されている感じがしないでもないけどね。

俺の認識と結構違うので後で調べる

ということで、ちょっと記録的に書いておく。気になった記事はこれ。

減塩で集中力を低下させる事も?知っておきたい仕事に効く栄養にまつわる知識4つ – リクナビNEXTジャーナル

今のところの俺の記憶はこんな感じ。
1.若く健康な体で減塩食を実行すると、集中力が低下して体がだるくなる
これは特に異論はないが、以前「高血圧と塩分のとり過ぎには関連がない」というのを見た記憶がある。塩分をとり過ぎてもそのほとんどが尿として排出される。塩分摂取量が増加すると血圧が上がる人はある一定割合でいるが、すべての人に塩分のとり過ぎが高血圧を引き起こすということは立証されていないとかいうもの。ちょっと調べてみないとね。
後、精製塩と自然塩で塩化ナトリウムの構造が違うわけではないし、自然塩に含まれる他のミネラル分でミネラルの不足分を補うとしたらどんだけ塩を使わなきゃならんのか計算してんのかな?と思ったりもする。それから、今の中国近辺の海からの自然塩より精製した塩の方がずっと安全じゃないのか?とか。

2. コラーゲンをそのまま食べても、美肌にはつながらない
これは常識だろ。違うのかな?
コラーゲンって本当に効果があるの? – 「健康食品」の安全性・有効性情報
そもそもコラーゲンなんて捨てるような部位に多いのでコストにしてみればメチャ安。それを健康や美容に良いとして高値で売りたい輩のいいカモになっているだけだよね。

3. 疲れ目には「紫色」食材を
アントシアニンが視力回復に効果あるというのは全く実証されていないと聞いたが、どうだったっけ?
アントシアニン- 「健康食品」の安全性・有効性情報

4.玄米菜食でもの忘れが激しくなる?
玄米は消化吸収率があまり良くないというのは聞いたことがある。実際下米を食うと便が緩くなるというのは良く聞く話。これだけ見ても消化吸収率が悪いのは自明の理じゃないかと思う。

ちょっと覚書程度に書いておく。あとで調べよう。

GoogleGlassの消費者向けの販売を中止だと?

“ものづくり”とビジネスモデルが乖離していたGoogle Glassの教訓  – 機械・部材 – 日経テクノロジーオンライン

この記事の内容はとにかく、GoogleGlassの消費者向けの販売が中止になったのは驚きだし残念でたまらない。以前こんなエントリをあげたが、これこそが人間世界のブレークスルーになるのではないかと思っていたからだ。プライバシーとか言うけれど、SNSとかでばんばんプライバシー情報を流しておいてそれはないだろうという気もする。自主的か抜かれるかで大きな差はあるが、近未来的な効果を夢見ていた俺には本当に残念でたまらない結果になった。プライバシーの件はGlassのカメラで見ている映像が他人にも判ればいいだけな気もしないでもないんだが、どうか。

今後は医療関係とかの限られた用途に使用されるようになるようだが、そのうち警察が使うようになり・・・とかしてどんどん広がっていくような気がする。というか、そう思いたい。

口コミサイトの逆バージョンがあってもいいのではないか

俺は口コミサイトが嫌いだ。なぜ嫌いかというと口コミが匿名に近いからだ。企業や商品を評価するのはかまわない。ただ、それを一種の圧力として使おうとする輩が一定数いることは意外に意識されていない。

そろそろ口コミをあげた人を上げられた側が評価するシステムが出来てもいいのではないか。一種のクレーマーに近い客がどのような態度を取り、どのように従業員に接しているのか、企業は明らかにしてもいいように思う。

これのいい例がお客様窓口の電話である。今まで散々言われ放題だったのが、「この電話はサービス向上のため録音させていただいております。」とアナウンスするだけで対応が大きく変わる。文句を言う側にチェックされているという意識を持たせるだけで変わるのである。

言われ放題やられ放題が過剰なサービスにつながり企業経営を圧迫している一面があるのは紛れもない事実だ。監視カメラの映像などをプライバシー情報を削除した上で公開するなど、企業もサンドバック状態から脱却するべき時期に来ているのではなかろうか。ま、サンドバックじゃない企業も多いけどな。