動物に人間のような複雑な感情があるとは思えない

とあるところで、「奇跡的に一命を取りとめ回復したねこが、その後に病気や怪我で弱っている動物が施設に運ばれてくると優しく寄り添い、傷ついた身体を舐めたり、温めるように抱きしめたりするようになった」という記事を見た。ふーん、と、思っただけだったが、この記事の最後のほうが全く頂けない。

わずか2ヶ月という幼い体で病と戦い、その辛さを知っているラデミンズ(この猫)。
同じように苦しむ動物たちを放っておくことができないのでしょう。
以来、ラデミンズはこの保護施設にやってくる動物達を毎日優しく看病しているのだそうです。
きっとラデミンズはこの施設で温かい治療と施しを受けたのでしょうね。
だから自分も同じように他の動物にもしてあげたいと思ったのではないでしょうか。

いい話ダナー、ではない。なぜ人はこんな阿呆な考えを持ちたがるのか理解できない。擬人化するのも程々にするべきだ。このようなものがエスカレートして、水からの伝言のようになってしまうのではないかと思う。

手乗り文鳥などは、ひなの段階で親から離され人間に育てられる。そこで人間に対する恐怖心がなくなり手乗りとなる。この猫も幼い段階で親から離され、看病された。だから看病された状態が刷り込まれている可能性は高い。それどころか、弱っている動物は威嚇などしてこないので近づきやすいだけなのかもしれない。大体猫はくっつきたがるではないか。この猫は単に弱っている動物が好きなだけなのではないか。というか、それが一番正解な気がする。

愛情を注ぐのは構わない。ただ、意味もなく複雑な感情があるように思い込むのは間違いである。特にこの例は思い込ませた上に「癒やし」とか「いい話でしょ」という押し付けが鼻につきとても気持ちが悪い。

猫がそんなにいろいろなことを理解できたら、どんな猫でもきちんとトイレで用を足すはずだし、勝手に人間さまの食べ物を食べたりしないだろうね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください