裏金天国日本

先日のバンキシャ!で、役所の裏金について報道していた。この報道でものすごく不思議に思ったのが、なんでいまさら役人が白状しているのか、である。隠し通せないとあきらめたからとは到底思えない。

考えられることとしては、やはりお得意の「自分の立場の保全」だろう。今までこういうことがありました。しかしそれは前任者がやってきたことで、私は良くないと思うので公表しましたってところじゃなかろうか。

それにしても簡単に裏金が作れてしまうこと自体がおかしいことを、なぜ誰も言及しないのか。先の報道番組では、その裏金の作り方についても報道していた。その作り方はバカらしいくらいに簡単で、実際に請求された額を水増しし、その水増し分を裏金にまわすというものだ。

ここでもまたまた大きな疑問がある。通常支払額は請求書を元にして金額が確定するのが普通であって、水増しを役所だけで行った場合の請求書の額と実際に支払った金額は絶対に合致しない。通常であれば金を支払った時点でこの水増しは判明するはずなのだが、なぜ判明しないのか理解できない。唯一判明しにくくする方法は、業者に頼んで水増しした請求書を送らせることだ。しかし、もし裏金を支払いにまわさずプールしたとなれば、その支払いが銀行振込などの金融機関経由の場合は振込額と請求額の差が証拠として残る。うまくやろうとすれば一旦全額業者に渡し、後で業者から水増分をバックしてもらわなければならない。よって、水増請求書は現金支払にて処理するほうが確実で簡単だ。しかし現金支払いの場合も、業者から受け取る請求書も領収書も水増しした請求額でなければならないのは言うまでも無い。

このような抜け道はいくらでもあるのは事実だろう。しかし、それでも腑に落ちない。

役所の会計は一般的に用いられている複式簿記ではなく単式簿記にて行われているらしい。少々乱暴な言い方をすれば、単式簿記による収支管理はわかりやすいが誤魔化しやすく、複式簿記は少々複雑であるが誤魔化しにくい。ただ、役所が現金主義であるとすれば単式簿記の導入も理解できなくも無い。一般企業であれば「未払金」とか「未収金」とか「売掛金」とか「買掛金」など、今後現金移動が発生するであろう金額も計上することが多い。平たく言えば発生主義だ。しかし、役所ではそんな金など見る必要は無い。ものすごく雑に言えば、役所のBS科目のほとんどは「現金」なんだろう。だから複式簿記にする必要は全く無く、そして誤魔化しやすい土壌が出来上がるといったところかもしれない。

しかし、複式簿記も用いずに、よくもまぁ予算だなんだと金、いや、税金の管理が出来るもんだと思う。資金繰りに頭を悩ませることも無く、不足しそうとなれば補助金をねだり税金を引き上げ、そして入ってきた金は一円たりとも残さず使い切る。そんな行き当たりばったりのやりくりなのだから、年金もおかしくなって当たり前である。入ってきた金を使い切るだけで将来のことなど考える必要など無いのだからうらやましい限りだ。

とは言うものの、役所の会計基準を見直す必要があると思うのだが、どうだろう。

日本代表への不安とマスコミへの不満

先日発表の日本代表メンバーを見て、言葉にしにくい不安に襲われた。ぱっと見たとき、ジーコの選んだメンバーに近くなってきたような感じがしたのだ。先の東アジアサッカー選手権の試合ぶりも、いつか見たことのあるような試合だったような気がする。この既視感が俺の不安をどんどん煽っていく。岡田監督を悪者にするつもりはないのだが、今は何がしたいのかさっぱりわからない。個の力だけに頼っているようにも見える。アジア内では個の力で勝負しても勝てるだろう。だが、俺の望んでいるのはアジアでの勝ち上がりなんかじゃない。

ワールドカップは自国のサッカーの品評会である。もちろん勝ち上がるに越したことはないが、世界中に自国のサッカーをアピールする場でもあるのだ。負けても記憶に残るサッカーが出来るかもしれない、オシム監督の時にはまじめにそう思った。強くなっていく代表をみて、心躍った。しかし、その期待は泡となって消えてしまった。

それと呼応するかのように、日本のトップクラブに位置するであろうレッズとガンバの調子が上がってこない。オシム監督の時には監督の発するメッセージで、代表だけでなくリーグ自体も活性化していた。だのに、その代表レベルを多く有する両チームがこのていたらくというのはどういうことなのか。

岡田監督に関しては不満と不安だらけだ。だが、何が不満で何が不安なのか、自分でもよくわからない。不安に思える一番の要因は、代表の進化する様子が見えないからだと思う。だがそれはオシム監督の時がスゴすぎただけなのかもしれない。岡田監督に対する漠然とした不安は、もう一度前監督の指揮する試合などをみて確認する必要がありそうだ。

そうは言っても、マスコミはいい加減「岡ちゃん」と呼ぶのはやめるべきである。というか、いますぐやめろ。一ファンの日常会話ならいざ知らず、おまえらは多数に発するべき言葉かどうかさえ判断できないのか。そんな言葉で不快感は増しても親近感は増さない。不勉強でまともな不満さえ言えないから小馬鹿にしているのだろうとさえ思える。あんな言葉は馬鹿にしているようにしか聞こえないのを、書いているやつらは判っているのか。判っていないなら理解するべきだし、判って書いているのであればそんな馬鹿の書くことなど読む価値もない。日本の代表監督を小馬鹿にするな。どういう経緯であれどんな人物であれ、俺たちの代表監督なのだ。それを理解して「岡ちゃん」と書いているのか。おまえら業界には敬意も表せない非常識人間しかいないのか。

マスコミは無い頭でよく考えろ。

梯子を外す奴は自分も梯子を外される

かなり前の話だが、イーバンク銀行がATM手数料を改定した。

それまでイーバンク銀行はATM手数料が無料であり、それはこの銀行の大きなセールスポイントの一つだったはずである。俺もATM手数料が無料であること、全国のセブンイレブンにATMがあること、24時間ATMが使えること、totoの引き落としが出来ることが魅力でイーバンク銀行に口座を作った。特に24時間無料でATMが使えるのはとても便利で、他の銀行口座は必要ないとさえ思っていたくらいだ。

しかし、そんな素敵な時間は長くは続かなかった。イーバンク銀行の業績はさほど良くないという話は聞いていたのでATMの有料化もあるかもしれないとは思っていたが、2007年10月31日のATM利用手数料変更のお知らせでそれが現実となったときはがっかりした。特に入金時にまで手数料を負荷させることを知ったときには、がっかりを通り越して腹立たしさまで覚えたくらいである。安いよ便利だよといって客引し、その後突然料金を改定する。それもすべての時間で他行の時間外取り引き並の一回210円に設定するとはどういう了見なのか。サブプライムでの損失などもろもろをユーザにかぶせるとは最低である。この手数料付加は、イーバンク銀行の優位性を一気に失わせるに十分だったのではないか。

さすがに入金にも手数料を負荷するのは他の銀行にも劣るサービスなので、2008年2月8日付けで「イーバンク銀行、ATMから3万円以上の入金は入金手数料を無料に」と改定されたようだ。しかしこのような小手先の変更で、すでに失われたであろうイーバンク銀行の優位性と信用が戻ることはないだろう。

最近のmixi騒動を見ていると、これと同じような感覚で盛り上がっているのかもしれないと感じる。最近のmixi騒動で憤慨した人の感覚は、俺がBlogPeopleのTrackbackPeopleに突然広告が入ったときに味わった気分と似ているのかもしれない。mixi騒動とイーバンク銀行のATM手数料改定の違いは目に見えた利害が発生しているか否かだけで、甘い言葉でユーザを誘いそのあと梯子を外すというやり方はまったく同じといっていい。

このようなやり方は場合によっては必要で、すべてを否定するわけではない。しかし、一度傷ついたブランドイメージはなかなか回復しないものだ。ネット関連企業のその辺りの感覚は、他の一般企業に比べて非常におそまつとしか思えない。Googleも同じような話を聞くことがある。そのおそまつさの一番の原因は、直接的にユーザと接する機会が少ないことではないかと思う。しかし、いくら人の姿が見えなくても、その先で使っているのは感情のある生き物なのだ。その点は忘れてはならないだろう。

今はまだネットサービス自体が未成熟なため、ネットの世界ではデータの正規化などによる省力化、効率化、利便性向上に重点が置かれている。だからみんな多少のおそまつさには目をつぶるのである。しかし、それが複雑化、多様化、高度化していくうちに、細かな対応が出来ないところは残れなくなっていくだろう。今梯子を外しがちなところは多分にその変化についていけない要素を多く含み、そしてそんな所は消え去るのみである。梯子を外した奴は、いつか自分も梯子を外されるかもしれないと覚悟すべきだろう。

そろそろグレードアップの時期だ

PCを新しくしてからほぼ半年が経過した。この半年、俺がおとなしくしているはずもなく、CPUはAthlon64x2 3600+から5600+へ、ビデオカードはオンボードからGeForce8400GS->GeForce7900GS、メインメモリも2GBから4GBへとちゃくちゃくと進化させてきた。だがしかーし、これは所詮マイナーアップグレードである。

俺の今考えているメジャーアップグレードは以下の通り。

1、CPU:AMD Phenom
2、MB:AMD790レベルのチップセットのMB
3、ビデオカード:GeForce8800GT もしくは GeForce9600GT
4、HD:SATA規格
5、かっちょいいケース

CPUに関してはインテルギライなのでCore2系などは完全無視。男ならAMDだろ。金ないからだろという核心をついたツッコミはしないように。チップセットも当然Phenomの性能を引き出せる7×0系にしなければ超片手落ちというものだ。

ビデオカードはLinuxも使うからNVIDIAにしておこう。となれば、候補は8800か9600あたりが一番コストパフォーマンスはよさそう。性能的には五分だろうから、後は値段だな。

HDはなぜかWindows用は今だIDEなんで、これもSATAにしよう。やっぱIDEよりSATAの方が速いし。ついでにRAID組もうかなぁ。

で、やはり後はケースだな。もう少しデカいフルタワーにしないとな。今のサイズだと中が窮屈でパーツ交換がやりにくいったらありゃしない。

ふふふ、楽しみ楽しみ。しかし当然財布との相談が待っているのでいつ実現出来るかは全く不透明。まさに「と、日記には書いておこう」状態なのは言うまでもない(泣)。

中間管理職を延命させているもの

IT導入にともなう“新”中間管理職不要論:増岡直二郎の「企業とシステムを救う ユーザーからの提言」:ITpro

中間管理職が悪者になって久しいですね。中間管理職は流通業でいえば中間卸業者、不動産でいえば中間斡旋業者のような中間搾取者として扱われることが多く、コストを引き下げのために排除されてしかるべき存在と捕らえられやすいのは事実です、理論で言えば。

とはいうものの、トップ<->平のようなフラットで中間管理職がいらない組織が本当に実現可能なのかはあまり言及されていないように思います。なぜ言及されないのか、それは多分に「現実には不可能な要素が多い」からでしょう。

実現を妨げている第一の要因は、そんなスーパーなトップはあまりいないだろうということです。規模がそれなりに大きな組織の場合、トップがスーパーマンもしくは独裁者でなければフラット化は困難でしょう。簡単に言えば、「あなたは中間に誰もいなくて200人使えますか?」ということですよ。そんなスーパーマンなんてそうざらにはいません。もっと言えばIT化ではフラット化など進みません。それどころかIT化で情報伝達だけフラット化を進めたら、トップに直接いろんなことが飛び込んできて仕事どころじゃなくなる可能性大です。スパムメ-ルフィルタのないメーラで、一日数千通メールが来たら処理できないのと同じです。また、以前のように終身雇用という従業員の奴隷化が出来れば拘束力に物を言わせてどうにか出来たかも知れませんが、今ではその拘束力さえありません。そして、組織の規模を小さくしたらそれは結局は中間管理職を置くのと同じです。

第二の要因としては、職場にいるのは能力のある人間だけではないし、能力がある人間だけでもうまくいかないということです。能力のある人材が欲しいのはやまやまですが、希望どおりになど行くはずもありません。よしんば能力のある人材が多数いたとして、それで期待どおりの結果がでるのでしょうか。例えば、サッカー日本代表がロナウジーニョ、カカ、クリスチアーノ・ロナウド、テベス、ロッシみたいな選手ばかりだったらうれしいですね。だけどそのメンバーで勝てるかどうかは別の話です。俺は勝てないと思いますよ。個の力とチーム力を高い次元でバランスさせたチームが強いのであって、高い個の力を集めただけではチーム力はあがらないでしょう。

第三の要因は、トップ自体が中間管理職を欲しがっているということ。これは第一の要因とも密接に関連しているのですが、トップにとっては中間管理職を束ねるだけのほうが圧倒的に楽です。実際かなりフラットな組織にしても、リーダー的存在というのは自然発生的に出てきます。組織は黙っていてもピラミッド型もしくは特定の主要人物を中心にしたスター型になっていくことが多く、それを無理矢理フラットにするほうに無理があるようにさえ感じます。

硬直した組織は弊害が大きいのは事実でしょうが、変えれば良いというものでもありません。黒沢の「七人の侍」のように、多種多様な役割を個人が受け持ち、そしてバランスが取れている組織を作ることが出来たら最高でしょう。なかには実際の業績にはさほど関与していないけれど、ムードメーカーのようにいるだけで作業効率があがる人だっているでしょうし、またそんな人は絶対に必要です。組織のバランスが取れていればお互いの役割を認め合い尊重しあうため、仕事の業績だけでは判断出来ない部分も多数出てくるはずです。そこまでいってこそ本当の意味でのフラット化が出来るのだと思います。

というか、フラット化が本当に実現可能で有意義なものであるならば、多分軍隊が一番最初にそうなると思うんですが、そんな話は聞いたことないです。中間管理職を悪者にするのは、それが悪者にしやすいからだけではないかと思うのですがどうなんでしょうかね。

mixiに文句を言う前に

最近mixiの規約変更で盛り上がっていましたね。

mixi、4月1日より利用規約を改定–日記などについて著作者人格権の行使を禁止

即座に著作権に関して反応あり。
ミクシイはあなたの日記をあなたに無断で商品化します
mixi日記はもう真面目に何かを書く場所じゃない

やばいと思ったmixiが弁解。
「mixi日記、無断書籍化はしない」――規約改定の意図をミクシィが説明

さらには鎮静化のためか規約見直しますよ発表。
mixi新規約見直し 「ユーザーに著作権」を明記へ

ここまでたった一日の出来事ね。すごいね。

俺もmixiのアカウントは持っていますが、アカウントあるだけの運転免許で言えばペーパードライバーなので、規約改定なんてどこ吹く風ではあります。ですので、「へー、そういう見方もあったのか」とさまざまな過剰反応に少々驚いています。

俺はこの時期に敢えて地雷を踏みに逝ったmixiは偉いという切込隊長の意見に近く、またさらに、News – mixiはblog化するのか?というエントリを読み、なぜ騒ぐのかますますわからなくなっています。

まず思うのは、「そんなに自分の情報が大事であれば自分でどうにかするべきだ」ということです。サービスを利用している意識が「利用してやっている」状態になっているようにも見えます。サービスを提供する側が何を考えているのかも想定しないと、単なるクレーマーみたいになっちゃう可能性も否定できません。

サービス提供側の意見を知るためのヒントとして、俺はおごちゃん(おごちゃんの雑文の主 彼の名前をしらねー奴はネットワーカーとして勉強不足かもよ)が提供しているサービスであるネットワーク利用技術研究会注意事項独白に目を通すことをお勧めします。おごちゃんの意見は利潤を求めていないボランティア活動なんでその分は差し引く必要はありますが、タダが普通になっている人はこういった話も参考に、もう一度自分の考えを見つめ直したほうがいいでしょう。

つか、何度も言ってるけど、文句があるんだったら自分でやればいいだけですよ、ええ。金払っているんだったらいざ知らず、ただで使っているんでしょ?サービス提供側にもメリットがなかったらタダで利用出来るわけないことを忘れちゃだめじゃん。タダなのに文句言ってまで使いつづける気持ちが理解できないんですが、どうですか?

企業での携帯導入昨今

携帯メーカの崩壊が始まったの諸悪の根源は・・・というコメントで思い出したことがあったので書いておきましょう。

俺の前の会社は地方ではそこそこ大きい企業でした。事業所数もそこそこあり従業員数もそれなりでしたので主有している電話回線数もそれ相当に多く、当然のように電電公社とのお付き合いもそれなりにあったんですね。

外回り(営業)も結構いたので、ポケベル→携帯の会社契約も多いわけです。昔は電電公社一社しかないのでどんなに高かろうとそれを使うしかなかったのですが、電電公社がNTTとなり、携帯や有線電話に他のキャリアが入ってきてから、その通信費はどんどん下がっていくはずでした。理論的には。

その通信費引き下げの大きなチャンスであったマイライン導入ですが、前の会社は市外通話も多かったのでマイラインはフュージョンなどのコストのかからないところにしたほうがメリットがあったのはいうまでもありません。ですが、どこからともなく圧力がかかるのです。特に大きな圧力は社外からではなく実は社内からで、「(NTTとの契約をやめると)あそことの契約に支障をきたす」とか、「(NTT以外は)信頼性が・・・」とか、とにかくネガティブなことばかり言ってきます。それも経営者に直接言うんですよ。誰が言うかって?そりゃ団塊の世代の会社上層部に決まってるじゃないですか。

そんなこんなで前の会社は市内・市外通話と携帯ほぼすべてNTT系列。当然他社に比べれば割高であったのですが、そんなのかんけーねーとばかりに潰れる間際まで契約の見直しは無しでしたね。資金繰りの悪化や事業所閉鎖が相次いだときに、ついにマイラインをNTT系列から違うところに変えたのですが、実際にやってみるとNTTとの関係の悪化などどこ吹く風で、なんら影響はありませんでした。逆にNTTのほうがドライだったくらいです。早めに決断していたら、その効果額は年間1千万くらいは軽くあったんじゃないかと思います。

要は、NTTにお土産を持って行きたい会社上層部が会社を食い物にしたのですね。

すべてこんな調子だとは言いません。ですが、今の状態は官だけが悪いのではなく、官も民もぐるみでこんな状態にしちゃってるのだと思います。反面教師のような人たちをたくさん見たので後の世代にツケを回すことのないようにしたいなとは思うのですが、思っているだけに終わってるかもね。orz

内藤と中澤にジーンときたぜ

波乱のJリーグ開幕日、WBC世界フライ級タイトルマッチ「内藤-ポンサクレック」があった。なんだか内藤選手には非常に興味をそそられる。帰って早速この試合を観た。

亀田ー内藤も観たが、あれはボクシングの試合じゃないので、そういう意味では久々のボクシング観戦だ。

ボンサクレックは強かったね。内藤も一歩も引かず立ち向かい、どっちが勝ってもおかしくない試合だったと思う。個人的にはボンサクレックのほうがポイントが高いかなと思っていたけれど、ダウンがないとチャンピオンが有利なのもよくある話。そんな細かい話は抜きにして、最後の12Rは鳥肌がたった。意地と意地をぶつかり合わせお互い一歩も引かず、そしてフェアに戦い抜いた両選手。すごいね。やれるだやったという勝っても負けても恨みっこ無しでお互いをたたえる姿はポーズでなく、本当にお互いの強さを認め合っているのが良くわかった。

一方Jリーグではまさかのレッズ敗戦。マリノスの中澤がこのまえの韓国戦のように吠えていた姿がやけに印象に残った。以前よりものすごく強力になってるよなぁ。中澤がいるだけで、なんだか負ける気がしないんだけど、気のせいかな? このまま世界でも「アジアに中澤あり」と言われるようになってくれ。これがピークじゃないよね。

逆に、高原どうしたんだよ。なんかイマイチキレが戻っていないなぁ。しかし、今の時期というか今年前半くらいまで調子が悪いのは許す。その代わり来年の今頃は絶好調で頼むぜ。そういう意味では中澤が心配・・・取り越し苦労であることを願っているよ。

1年間新規記事のないアカウントは「あぼーん」

お知らせココログ: 1年間記事の新規作成のないココログフリーのアカウントについて

ふむふむ、非常によろしい試みかと思いますよ。一年以上ほったらかしにしておくのは「使う意志なし」と見ていいでしょう。何かあったら新たにアカウントを取得すればいいだけです。

以前ブログのロングテイルというエントリでも同じような事を書いたのですが、大手無料ブログサービスのほぼディスクのゴミと化しているデータへの対応策は、サーバレスポンスと並ぶ大きな問題でしょうね。ユーザは、無料であろうが有料であろうが自分の権利だけは主張します。しかしほぼ死んでいるアカウントは集客にさほど寄与するわけでもなく、サービス提供側から見れば単にコストを食うだけのものでしかありません。

中にはアカウントやパスワードを忘れてしまって、退会したくても出来ない人も相当数いるんじゃないでしょうか。何事にも大掃除は必要です。「放って置けば自然になくなる」なんて、まるで「土に返る」みたいでいい感じです。消去される一ヶ月前には告知のメールも来るようですし問題ないでしょう。

他のブログサービスはココログの様子をみてから動くと思いますが、他も同じような方策をとる可能性は十分にありますね。

携帯メーカの崩壊が始まった

三菱電機、携帯端末から撤退──“D”端末は「D705i」「D705iμ」で歴史に幕 – ITmedia D モバイル

いずれは来るとは思っていましたが、三洋の京セラへの携帯事業売却に続き携帯事業からの2社目の撤退です。三洋は2007年3月期売上で2773億円、三菱電機の場合は2007年度見込みで約1000億円程度の売上らしいですが、この収入を持ってしても採算があわないというのは、設備投資が大きいからなのかも知れません。

それもさることながら、世界規模で見たときの日本のメーカの弱さには愕然とします。なんでそんなに競争力が無いのかは第1回:世界を席巻するはずだった「日本発W-CDMA」あたりを読んでもらうとして、2006年度のメーカ別シェアを携帯でNokiaの世界シェアが4割超える – 通年でもMotorolaとSamsungが逆転2006年の日本の携帯電話端末販売台数は史上2番目の高水準にという記事を参考に、独自に算出してみました。

PDF
たったこれだけですよ。国内の販売数全てをひっくるめても世界5位のLG一社にさえかなわないんですから、そりゃ撤退する羽目になりますよ。

官僚の決めたことは企業を弱体化させていく、そのことがよくわかりますね。これから国内の携帯端末の需要が爆発的に伸びることはまずないでしょう。そして日本の人口は着実に減っていきます。メーカはさっさと国内に見切りをつけて、海外市場に流れていくでしょう。官僚は国力まで落としてくれているんですけど、それに気がついているんでしょうか。天下り先確保で忙しいですかそうですかそうですね。失礼しました。

こんな状況では次世代無線通信免許もへったくれもないよね。

Google Groupsでポルノグループ氾濫らしいぞ

Google Groupsでポルノグループ氾濫 – ITmedia エンタープライズ

ポルノグループもそうだろうけど、俺の所に直接影響したのはスパムブログの方。いつごろからだったか忘れてしまったが、数ヵ月前からURLがgroup.googleで始まるスパムコメントとかが毎日大量に送られてくるようになった。ほぼ全部フィルタに引っかかって、サイトへの実害はほとんど無かったのだけれど、中には引っかからない奴もあった。その素通りした奴も言及リンクが無いので無視されていたわけだが、たった一つだけ困ったことが・・・

それは「コメント・TBのメール通知」が来てしまうこと。素通りした数だけ通知メールがくるわけで、これが結構うざかった。その後、NGワードに://groups.googleを加えて逝ってよし状態にしたのは言うまでもない。

本文の中に「google」の文字があるだけで、なんとなく信じてしまいそうになるのは自分でもびっくりしたのだが、なんだかニュースグループみたいになってきて香ばしいね。しかし、「えろ」と「すぱむ」はどこにでも蔓延るんだなぁ。まるでゴキブリだね。ネットイナゴならぬネットローチですな。

出来ない奴は出来ない

今日は「Google Groupsでポルノグループ氾濫」というエントリをアップする予定でしたが、予定を変更して「出来ない奴は出来ない」をお送りします。

大阪市の市営バスのコスト削減手段として検討されていた「市バス民営化」が見送られたとか・・・この話と、今巷で盛り上がっているマッチョとウィンプの話は、出来ない奴に期待する奴と出来ない自分を認めない奴という共通点があるように思います。

この市バスの件は「現状のままでもコスト削減できる余地があるから」という事なんでしょうが、はっきり申し上げれば「今まで出来なかった奴が今後出来るようになることはほぼない」と言えます。出来るのにやらないなんて有り得ません。「やらない=出来ない」であって、指示が下っているのに「出来るけどやらない」なんて有り得えません。

市バスの話からは大きくずれますが、「本当は出来るんだけど・・・」なんてセリフは「言い訳」でしかありません。様々な条件が重なって出来なかったということは、つまりは「出来ない」ことだと理解しなくてはいけません。「(これがクリアされれば)出来る」という前提条件を付けた仮定であればなおさらのことです。その前提条件は具体的にクリアしなければならない項目で、そこまで具体的に判っているのにやれないのは「出来ない」からに他ならないでしょう。出来るんだったらやればいいだけの話です。こういうこと言う奴はアホじゃないの?といつも思います。出来なかったのなら出来なかったとだけ言えばよろしい。

話を聞く方も、「(これがクリアされれば)出来る」と言われたら、要は出来ないんだと訴えている事を気がつくべきでしょう。その(これがクリアされれば)は、当事者じゃ解決できないから訴えているのですからね。要は白旗揚げているんです。

また、出来なかったのにはそれなりの理由もあることは十分認識せねばなりません。

その原因のほとんどが当事者にとっては「周囲が動かなかった」であり、しかしそれは周囲からみれば「あれじゃ人は動かんよね」ということでしょう。人を動かすには建前や正論だけでは十分ではなく、話を聞いてもらえる関係を作っておかねばならないのは誰でも経験上わかっていることです。人間関係に重きを置くか、こつこつと実績を作り信頼を得るか、その軸足をどちらに置くかはその人次第ですが、そのどちらもない場合は話を聞いてもらえる筈もありません。不平不満が多い人は、自分の立ち位置を見間違えている場合が多いように思いますがいかがでしょう。

笑いの要素のない不平不満を聞いていると「アホくさー。不満を言うだけ時間の無駄無駄無駄ァァァ」とマジで思いますね。

ブレーキングに関する蘊蓄

先日人の運転する車に乗る機会があった。他人の車の運転はドキッとする事が多い。その理由は簡単で、操作が自分のタイミングと違うからだ。アクセルを踏むタイミング、ブレーキを踏むタイミング、ハンドルを切る(戻す)タイミング・・・全てが微妙に違う。

特にドキッとさせられるのは、ブレーキングのタイミングが自分の危険レベルを越えて遅い場合ではないかと思う。これは俺の偏見かもしれないが、二輪車に乗ったことが無い人は、得てしてブレーキングし始めのタイミングが遅いように感じる。ブレーキを過信しているようにしか思えないのである。

二輪車は四輪車に比べると格段にブレーキングが難しい。

二輪車はタイヤが2つしかなく、操作系が前輪ブレーキと後輪ブレーキに独立している。なぜ独立しているのかというと、速度やブレーキングの強弱によって適正な前後のブレーキング強度が変わるためだ(と思う)。特にハードブレーキングではリアブレーキなど無いに等しい。これはハードブレーキング時にはその加重のほとんどが前輪に掛かるためで、レースなどで観るとハードブレーキング時にリアタイヤが地面から離れていたりするのはそのためだ。ハードブレーキング時には一輪走行しているようなものなのである。タイヤが宙に浮いた状態でリアをブレーキしても無意味なのは誰が考えたって判る。

コーナリング時のブレーキングもなかなか難しい。トラクションを稼ぐための軽いブレーキングは「あり」だが、車体をリーンさせた状態でのフルブレーキングはほぼ不可能だ。二輪車は車体を傾けることで重力と遠心力のバランスを取ってコーナリングしており、ここに急激な荷重移動が起こればそのバランスは一気崩れてしまう。フロントフォークで前輪を保持している二輪車は、ノーズダイブ(フロントフォークが縮むこと)すればどうしても直進力が強まってしまうのである。コーナリング中にブレーキングすると、二輪車によっては急激に車体が起き上がるものさえある。極論すれば、二輪車は直進状態でしか止まれないのである。

物理的な制動力で言えば、もしかしたら四輪車と二輪車は大差ないかもしれない。先にも述べたように二輪車のフルブレーキング時はほぼ一輪で止まるようなものであり、慣性力を摩擦力で熱に変えるブレーキングに於いて二輪車は非常に不利と感じる人も多いかも知れない。しかし単純に計算してみれば、オートバイの場合は一輪に掛かる加重は(車重+人≒250Kg)÷2×(速度の二乗)で、車の場合は(車重+人≒1000Kg)÷2×(速度の二乗)÷4となりほぼ変わらないと言ってもいいだろう。だが、大きな違いはやはりタイヤの数で、前輪がグリップを失ったらほぼおしまいの二輪車に対し、四輪車はまだ一輪がグリップを失ってもあと3つもタイヤがある。どちらが安全性が高いかなど言うまでもない。

なにより二輪車は、自分のミスがそのまま転倒などの自分の体へのペナルティとなって返ってくる。このような特性から、オートバイ乗りはタイヤのグリップを左右する路面状態とその制動距離に過剰な程の注意をはらいながら運転せざるを得ないのである。結果として安全マージンの取りかたが四輪車より大きくなり、かつ危険察知能力も高くなるのではないかと思っている。

さらに四輪車にはブレーキサーボ機能やらABSやら、四輪車はその車重を制御するための様々な仕掛けが付いている。ただでさえお気軽に止まるのに、さらに安全性を向上させるしくみが付いているのだ。しかし、その安全性にかまけて過信は頂けない。その過信が、俺の体に染み込んだ危険察知センサーを作動させるのである。

赤福 ちゃくちゃくと販売再開

asahi.com:赤福、7府県132店でも販売再開 3月3日から – 暮らし

先日どういうわけか赤福を食べる機会がありました。

以前赤福を食べたときは不祥事の起こる前で、御世辞にもおいしいとは思いませんでした。そのときの餡子は水分が異常に多くべちゃべちゃとしており、中の餅もその水分によって表面がふやけたような感じになっていました。もともと餡子が好きでは無い俺には「これが有名だなんて・・・」としか思えなかったのが本音でした。

不祥事が発覚したころのTV映像で赤福を手作りしているものがありましたが、その映像の赤福は、俺が初めて味わった赤福とは似ても似つかぬもので、餡子もその姿もそれはそれは立派なものでした。

改めて食べた赤福は、そのときのTVで見たそのまま。見た目の形はすばらしく餡子も水っぽいところは一切ありません。これが本来の味だったのでしょう。

以前赤福問題というエントリを書きましたが、そのときは「赤福オワタな」と思っていました。ですが、今回の営業再開でのニュースを見る限り、地元ではとても待ち望んでいた再開のように見えます。そうでなかったらとっくに見切られているでしょう。不祥事はありましたが、唯一無二の暖簾がこのミスを帳消にしてくれたのかも知れません。長年の信用の賜ですね。

白い恋人も既に売られていますが、こちらも今までよりホワイトチョコの量が増えたように思います。不祥事を乗り越え(信用回復のためにも)品質もアップさせている感じです。尻をひっぱたかれても潰されてはいないんですよ、この両社は。

経済的な事もあるのでしょうが、いずれも地元に愛され地元の「ほこり」である商品なんでしょうね。

Nucleus CMS v3.31 SP1 日本語版リリース

Nucleus CMS v3.31 SP1 日本語版が、とっくの昔にリリースされてます。Nucleus CMS Japanのトップページには、3/2現在なんのアナウンスもないので気がつきませんでした orz。

なお日本語版 v3.31 SP1 と同等品である英語版は v3.32 としてリリースされていますが、
日本語版は独自の改造途中で近々リリース予定でしたので、
v3.31 SP1 というバージョン番号でリリースすることにしました。
つまり v3.31 そのものの正式リリースはスキップしています。
改造・テストが終了次第、改めて日本語版 v3.32 としてバージョン番号をそろえようと思います。

にあるとおり、とりあえずヴァージョンということなんでしょう。

静的生成タイプのブログツールには戻る気は更々なく、動的生成のシェアNo.1であろうWordpressも使ってみたけどログが無いとか理路整然としていない感じがするとかで、ずーっとNucleusを使っている俺です。

そろそろスキンの変更でもしようかなぁ。