金融機関からの締め付け

返事をして1ヵ月もしないうちに、私はだめだこりゃ社の本社へ配転された。配属先は、「社長室」であった。

そのころはバブルが崩壊して数年が経っており、その影響は私のいる地方都市にまで及んでいた。

だめだこりゃ社はバブルだからといって、あきれるほど過剰な資産投資をしていたわけではない。しかし、放漫経営がもたらす収益の悪さから、自己資金はどんどん減っていった。運転資金が不足していったため、資金の借入はどんどん膨らんでいったのである。

企業にとって、現金は血液に等しい。バブルのころは「○○億用意してくれ」と言えばにこやかに用意してくれた金融機関も、バブル崩壊後は貸し渋りをするようになっていき、ついには運転資金が枯渇する状況まで追い込まれてしまったのである。

幸いなことに、だめだこりゃ社には結構な資産があった。しばらくの間は、休眠資産の売却で乗り切っていたが、それとて無尽蔵にあるわけではない。その間にも放漫経営からの脱却が図れれば立ち直る道もあったであろうが、なにせ経営者とその取り巻きは今までと同じ人間である。収益が改善していくはずはなかった。

私が社長室に配属されたのは、だめだこりゃ社再建計画策定の真っ最中であったのである。そのとき私は、信じられないような計画が進行していることを知らされ、愕然としたのであった。

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