録画したら見終った気分になるという罠

先日、気がついたらHDレコーダの録画可能時間が無くなっていた。仕方がないのでDVDにダビングして空き容量を増やす。このダビングは意外に時間がかかるもので、気がつくと1〜2時間が経過しているなんてことは日常ちゃめし事である。

今回も「コピーおせー」とか「なんでDVDって2時間までなんだよ」とか「コピーワンス死刑」とか思いながらダビングしていたのだが、その途中で既に300枚近いDVDを作っていることを発見しひどく驚く。それもそのほとんどは映画だ。1枚2時間とすれば300枚では600時間、ぶっとおしで見ても25日もかかる。誰がこんなにダビングしたんだ?

しかし、録画した映画を後で再生することは滅多に無い。その映画は電波に乗ってHDというメディアに記録され、その後DVDというメディアに移動されてケースに入る。つまり、誰も見ていない。なんたるちあである。

録画したけど見ない。意外とそういう人は多いのではないかと思う。いつでも見れるという安心感がそうさせるのだと思うが、これでは録画しておく意味も無いような気もする。

録画という行為は安心感の確保という意味合いが強いんだろうなぁ、と思った一幕。

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