無農薬野菜などに感じる矛盾

こんな書込みを読んだ。

無農薬栽培の不幸|農家こうめのワイン

確かにスーパーなどに行くと、無農薬野菜とか有機栽培とかという言葉がやたら目につく。以前もちょっとネタにしたのだが、植物は化学物質を生産して身を守るらしい。(スチュワーデスが見える席 – 記者のつぶやき:ITpro 参照)

そういう目で植物を見ると、普段口にしている野菜・果物などは、品種改良によって(有害な)化学物質を少なくしたものと考えていいのかもしれない。となれば、虫や病気などに弱くなるのはやむを得ないことのように思えてくる。自分で身を守れないのであれば、誰かが守らなければやられてしまう。例えるなら、野菜とか果物はセキュリティソフトが必須のWindowsみたいなもので、誰かの力を借りないととんでもないことになるのだろう。

自然の物は安全というのは単なる思い込みに過ぎない。代表的な例が毒キノコで、これはいろんなサイトでも書かれている。あと有名なのはピーナツのカビ。そのアフラトキシンは非常に発ガン性が強いらしい。ああおそろしい。

そもそも蕨とかゼンマイとかの山菜は茹でるとものすごいアクが出る。あの「アク」がいい味出していると言えなくもないが、本来アクは「おいしい」ものではないし有害な成分も含まれているのかもしれない。そうでなければ「灰汁抜き」という言葉など生まれるはずはないのだ。食べられると言われているタンポポの茎だって、そのままかじればものすごく苦い。そのままではとても食えたもんじゃない。例外は果実などで、あれが比較的おいしいのは動物や鳥に種を運んでもらうために食べられる必要があるからだろう。自然のものなんてそんなもんだ。

俺が小さいころは、鍋物をするとかなりのアクが出たものだ。あれを「野菜本来の味」とか言うのであれば、それこそ昔の品種に戻してみればいい。多分いまのものよりずっと味は濃いかもしれないが、クセが強くて食えない人も多いのではないかと思うよ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください