忙しくないのに残業の多いやつは100%ダメなやつ

働き方改革とかがやたら叫ばれ、長時間労働が絶対悪みたいな風潮になっている今日このごろ。俺は忙しいんだったら残って片付けるしか無いだろと思う反面、忙しくもないのに残業しているやつを見て超残念な気分になったりしている。

忙しい忙しくないというのは主観が入りやすいし、大抵の人間は忙しさのピークだけを記憶しているものだ。だから全体の80%がチョー暇でも20%が忙しいと「ああ忙しかった」となる。ひどいやつになると繁忙日が10%以下でも忙しいと騒ぐ。そしてそういう感覚の奴が責任者になると、全てがピーク対応みたいな配置になり、普通の日やド暇な日は労働力過多となる。

これは抜本的には部門の人事異動で対処するのがベストなんだろうが、同じ人員数でも現場の長によってかなり変わったりするから面白い。

で、業務量が一定でも恒常的に残業するやつはほぼ間違いなく能力が低いので、絶対に現場の長とかにしてはいけない。なぜなら自分の業務でさえ効率化できていないからだ。そんな人間が部下の生産性など上げられる訳がないよな。中には残業代欲しさに残業しているやつもいる。そういうやつを昇格させるなどもってのほかだしね。

業務量を数値化し、繁忙の度合いを明示することも重要。数値化することで、感覚と実態がどのくらい違うのかがはっきりと分かる。これをせずに「生産性を上げろ」なんて言う会社や上司はマネジメント能力ゼロなので、目くそ鼻くそを嫌うレベルと思っていればいいだろうね。だけど、これを見せてあげないとわからんやつもはっきり言って能力が低いことは覚えておいたほうが良いかもね。

能力が低い人は、自分の能力が低いことに気づく能力も低い

おっしゃる通りですね(棒読み)

うん、おっしゃる通り。混乱がほぼ確実に予測されているのに対策しないってダメダメだよね。ま、この程度は北国では当たり前の風景だけど。

企業経営者や管理職の人間なら、事前にわかっているリスクにはしっかりと対応しないとね。商売でも基本だよね。ま、この程度は北国では当たり前の風景だけど。

一般社員も指示待ちだけじゃなく、かけあわないといかんなー確かに。ま、この程度は北国では当たり前の風景だけど。

しかし、本当に大変だろうね。いきなりたったの20cm強の積雪だもんね。そりゃ積雪なんて想定していない交通機関は乱れるし雪の上をめったに歩かない人はすっ転ぶし猫はこたつで丸くなるよな。こっちは朝起きたら雪や結露が凍ってドアが開かないとか雪降ったら早起きして雪かき&車の雪下ろししてから出勤とか日常茶飯事だけど。

こういう意見を聞くと、かなり昔のCMで、牛だかなんだかのおしっこで頭を洗う子供が写り「なんでそんな目で見るの?」みたいなテロップが流れたやつがあったのを思い出す。雪が当たり前の地方にいる俺には、都会の様子とこの子供がダブって見えちゃうんだよなぁ。

「96時間」はすごかった

つらつらっとAmazonのPrimeビデオのページを眺めていたら、「96時間」という映画に目が止まった。この作品、評価者が399人で評価点は4.4、脚本はあのリュック・ベンソンとのこと。これは間違いない。超面白いに違いない。

観はじめると、どんどん映画の中に引き込まれる。最初は冴えない感じのブライアンだが、その能力の凄まじさが次第に明らかになっていく。ちょっと凄すぎて現実離れしている感もあるがこれぞ娯楽映画ということなんだよね。

驚くのは、ブライアンが絶体絶命のピンチになるシーンが非常に少ないのに、観ている方の心拍数が上がってしまうことだ。発生した問題をどんな手を使ってもクリアしていくその様は、「なんでこの映画が話題になってないの?」と思える程である。内容ではミッションインポッシブルとかトランスポーター以上だ。

いやー面白かった。

ゴースト・イン・ザ・シェル

AmazonのPrimeビデオに、昨年公開されたゴースト・イン・ザ・シェルがあったので観てみた。Amazonの評価は299人の評価で星3つである。これが何を意味するか、観てみなきゃと思ったのだ。

街の中の描画は劣化版ブレードランナーである。全体的にチャチな印象は最初から最後まで変わらなかったし、たけしもかなり残念。そもそもたけしって何言ってるかわかんないんだよね。バトーが義眼になるまでとか、素子の素性がわかるまでとか、全体的にくどい説明映画みたい。スカーレット・ヨハンソンはちょっとムチムチ過ぎだし、何よりゴムのスーツみたいな感じがダメダメ過ぎて泣けた。

星3つって評価甘いよね。アニメ版が無かったらもう少し評価は違ったかもしれんが、押井守の作品があるから評価は厳し目に成らざるを得ないよなぁ。

ブラックジャックとかをプログラミングしたなー

昔ファミリーベーシックってものがあったんだよ - 不倒城

俺の場合は、一番最初はカシオのプログラム電卓だった。一番いじったのはFX-702P。その前はFX-602Pだったかな?あれでプログラミングの基礎を学んだんだよなぁ。そのうちFX-702Pではステップ数が足りなくなってきて、ついにパソコンに移項したんだよね。

パソコンは富士通のFM-7で、F-Basicでいろいろ遊んだ。最初に作ったのはブラックジャックだったような気がする。トランプの絵札を画像で出すのが非常に手間がかかったのを覚えている。最初はドットでチマチマ描画させていたのだけれど、それでは遅くてたまらん。なので、プログラム起動時にPUT関数だったかで画像をメモリに取り込ませて表示させるようにしたっけ。この描画部分の手間がすごくて、ブラックジャックの勝ち負け判定をどうプログラミングしたのかは忘れてしまった。こっちのほうがゲームに肝なので重要なんだけど・・・

ああ、いろいろ思い出してしまった。いまのスマホは数年前のPCと同じレベルの性能にまで迫ってきていて、この性能のマシンがポケットの中にあるのかと思うとかなり胸熱である。あの頃はパソコンの性能は今では想像できないほど低かったけれど、その分かなりの部分を把握できるレベルだったのがすごく懐かしい。

どこがサービスだ!

どこがおもてなしだ!中国に完敗の日本のサービス
この記事、タイトル詐欺だね。内容は、中国では銀行が土日も営業していて振込手数料が格安なこと、賃貸不動産に礼金がなくて家電家具も使いまわしできること、携帯電話の契約が簡便なこと、である。なんとまぁ、いずれも結局は「安くていいよ」という代金のことがほとんどじゃん。代金を一番の目玉にするより、金融機関の土日営業や携帯の契約内容だけに触れたほうが良かったんじゃね?

日本が割高なのは構造的な問題が大きく絡んでいる。簡単に言えば、官庁とか関連する任意団体とかのありがたーいご指導、そんな関連団体等に関わる費用とかがちょっとつづ吸い上げられているから。その上、横並び意識が強いってのもある。これによって大きな問題も起きないけれど革新もできないわけよ。

規制を外せばそれなりになるんだろうけど、そのときに必ず「これで安心は守れるのか」みたいな問題を提起される。自動車メーカーの完成品検査なんてのは最たる例で、検査資格を持たない検査員が検査して問題はあったのかと言いたい。聞くところでは、輸出車にはその規則は適用されないというではないか。国内は意味のない検査をしているが国外は無い。じゃぁ品質に差はあるのか?って話だよ。お役所の立場を守るためだけに存在するような規制が多すぎだろ。それは当然天下りと大きく関連していて、自分たちの食い扶持を作るためにそのような団体を設立しているってこと。

労働力不足が叫ばれて久しいんだから、意味のない任意団体なんてどんどん潰せばいいのにね。そうすれば価格も下がるんじゃないの?任意団体から弾かれた労働者の一定割合は失業するだろうし関連する商品の価格も下がっちゃうから、その分景気は悪くなるかもしれないけどね。

マスコミは本当にいい加減

以前、世間を騒がせた事件のど真ん中に置かれてしまったことがある。

その時のマスコミの対応は本当にひどかった。特に毎日新聞はひどかった。面白おかしいつまみ食い記事を投げっぱなしにしておしまい。それが毎日新聞だった。記者の対応も非常に横柄で、犯罪でも無いのに犯罪者扱いである。「我々が正義」というおごった態度、「書くぞ」というまるで脅しのような言葉、まさに権力を傘にきた嫌な奴であった。疑惑(松本清張) の中に出て来る秋谷茂一は、まさに俺の中での新聞記者ステレオタイプである。程度の差こそあれ、あのときに会った記者はその傾向があった。

腹が立つのは、火を点け燃料を投下し、あとは知らんぷりというところだ。違う角度から見た事実を報道したのはNHKと地元新聞だけだった。あとは真実を伝える気は殆ど無かったのである。

話題さえ作れればそれでいい。それがマスコミだ。だから俺はマスコミの報道は話半分以下で聞いている。マスコミが報道しない事実はてんこ盛りにあるのだが、狙ったストーリーから外れるような事実はほとんど報道しない、もしくは、報道しても言い訳程度である。

モリカケ問題や慰安婦報道などを見ても、これは昔から行われていたことなのだろう。だからマスコミ関係者にとってはそれが当たり前で、結果として「マスコミの常識、世間の非常識」となっているのかもしれん。だが、それもそろそろおしまい。なんでも白日の下にさらすインフラは十分に整っているからね。

日本相撲協会評議員会の判断はおかしい

先般の貴ノ岩関に対する暴行事件で、貴ノ岩は警察に被害届を出している。その結果、日馬富士は傷害罪で略式起訴された。つまり、日馬富士の暴行は刑事事件として扱われたわけだ。なので、貴ノ岩側は被害者で日馬富士は加害者である。

だが、世間が騒いでいるように、加害者側の親方は理事辞任で終わり、被害者側の親方はどういうわけか理事解任となった。明らかにおかしい判断といえる。

で、おかしな判断にまたまた面白い人が「礼を欠く」という気分で処遇を決めたと思わせるような言葉を使い炎上したのはご承知の通り。どういうおもしろ芸ですかこれは。ワイドショーネタを提供して、世間の目を何かからそらそうとしているのかな。

貴乃花親方は「その態度は良く思われないよねー」と感じてしまうであろう場面がよく報道されたので、報道しない自由に基づいて印象操作をされちゃった感は否めない。マスコミも相撲協会も「世間の人は印象操作される馬鹿ばっかり」という読みだったのかもしれんが、実際はそうではなかったわけ。これもモリカケの茶番のおかげかもしれんね。

大事なことなので二度言うけれど、今回の日本相撲協会評議員会の判断はおかしいよね。

きょう出会った面白ネタ

現状維持大好き人間は考えたくない人間が多いね

俺の周りに現状維持大好き人間が結構いる。細か所では、今まで使っていた報告フォームを変えたくないとか、今までこれで受注していたんだから今年も同じでとか、雪が降ったらみんなで雪かきとか、まぁ今までと同じことしか発想できない。

世の中は微妙に変わって生きている。仕入れ価格だって変わっているし人件費だって変わっている。当然人の好みも変化している。その変化に合わせるには、こちらも同じ程度のスピードで変化する必要がある。だが、現状維持大好き人間は変化を好まない。

気がつくと世の中の変化についていけない組織となってしまっている。そのギャップが大きくなると、起動修正とかの可愛いレベルでなく、抜本的な改善を図らなければならなくなる。その抜本的な改善は「撤退」や「リストラ」という選択肢も含まれ、その選択肢を選ぶ確率も高くなってしまう。

現状維持大好きな人間はそれに気がついていない人が多い。今までやってきたんだからという安心感、成功体験がメガネを曇らせ思考を止めてしまうのだ。

現状維持は楽チンで良いし、安定期には生産性が上がるので、全くダメというわけではない。ただ、現状維持したままで良いのかという状況判断はこまめに行うべきだ。その分析、判断ができない人に限って現状維持大好きなんだよな。結果として現状維持大好き人間=不要な人間となってしまうことのなんと多いことか。残念すぎる。

テレビがつまらない

いまさらながらなのだけれど、TVが本当につまらない。お笑いタレントを多用してどうでもいいようなことばかりやっている番組ばかり。お笑いタレントは知識がないのに専門外の分野で頓珍漢なコメントを発し、それを面白おかしく繋ぐ。こればっかり。見ても見なくてもいい番組ばかりなのに、制作側はいまだに視聴率ばかり気にしているらしい。もうどうでもいい扱いになっているのに気がつくべき。TVと比較すると、ネットで流されているものは自由度が高いせいか尖った話が聞けて面白い。

「70歳を超える父母が、ついに新聞を読まなくなった理由」について。

年配の人でも新聞離れ、TV離れがどんどん進んでいくだろう。それも日常を能動的に生きていく人から離れていくに違いない。

地方に若者が戻ってこない理由は?

地方に戻らぬ若者に中高年が「軟弱になった」投稿にさまざまな反応

いやー、これって地方にいる中高年には絶対にわからないと思うよ。なぜなら地方にいる中高年は地方が楽しいから居るわけで、特に不満などないんだよね。そりゃそうだろ?居心地がいいから住んでいるのだからね。

で、たまーに地方に帰ると、マジ人間関係めんどくさい。「俺を敬え」オーラ全開のジジイは多いし、何をするにも情報筒抜けでバレバレになるし・・・とにかく地元民がウザいんだよね。これ、外から来た人以外はほとんど理解できていないと思う。俺も中高年だけど、中高年になってさえウザいと思うからね地方は。だから、そういう耐性の低い若者には辛くて辛くてたまらないのが地方。

そういう現実を、中高年はわかっていない。いや、わかっているから、自分も耐えて来たんだからオマエも耐えろ→軟弱になった、という理論になるのかもしれん。何れにせよ、てめえらのせいで地方に戻りたくないんだよと若者は訴えていると思って間違いない。

つか、50半ばにもなって「若者」扱いされる地方って、やっぱりおかしいと思うよ俺は。これって俺は年寄りだから敬えモード全開だよなー。

マン・オブ・スティール

スーパーマン リターンズを観たので、マン・オブ・スティールも観てみた。

出だしから話がちょっと重い。コミック感がないよこれ。だけど、内容はスーパーマンⅡに準拠していたのでまあよし。

ただ、配役が・・・スーパーマン役のヘンリー・カヴィルはちょっと野性味がありすぎだし、ゾッド将軍のマイケル・シャノンは感情的で冷酷さが感じられない。全シリーズではかなり端折られた親父ジョナサン・ケントもちょっとウザい。ロイス・レイン役のエイミー・アダムスは個人的に好みなので許す。

特撮(死語)はこれでもかというほどで、とにかくスーパーマンを含めた宇宙人が地球の建物などをぶっ壊しまくる。壊しまくりすぎて途中から観飽きたくらい。全シリーズの一作目も時間を戻すという大技を炸裂させて興ざめしたが、これもやり過ぎの部類に入ると思う。そのくせドキドキしないのである。だめじゃん。物語をいじりすぎだねこれ。

ということで、個人的には前のシリーズのほうが娯楽作品としては上だと思う。ま、面白かったけど。

スーパーマン リターンズ

ちょっと前に、何の気なしにスーパーマンを観た。元気な頃のクリストファー・リーブが懐かしい。彼はまさにコミックから飛び出たスーパーマンそのものだった。だからスーパーマンも大好きな映画だ。

特にスーパーマンⅡはお気に入りのかなり上位に来る作品。今見ると特撮がチャチだがそんなの関係ない。とにかくストーリーが単純に秀逸だし、ゾッド将軍のテレンス・スタンプ、レックス・ルーサーのジーン・ハックマン、ジョー・エルのマーロン・ブランドなど、配役も素晴らしい。ゾッド将軍はマジでムカつくし怖い。レックス・ルーサーは勝てない者には媚び諂いながらもちゃっかりとおこぼれを預かろうとする意地汚さが最高だった。対するスーパーマンは地球の平和よりも自分の幸せを優先してしまう始末。

で、このスーパーマン リターンズは、ゾッド将軍を倒した5年後の話という設定らしい。音楽は前作のままだが、スーパーマンはブランドン・ラウスに、憎きルーサーはケヴィン・スペイシー、ロイス・レインはケイト・ボスワースへと様変わり。それでもスーパーマンとルーサーは全く違和感なしである。

このシリーズはこの作品にて終了というか無かったことにされているらしい。で、新たにマン・オブ・スティールがシリーズ化されている模様。

うーん、俺は昔のほうが好きだなぁ。