コスト削減に物申す

経営状態の改善や収益改善というと、必ずコスト削減という話が出てくる。しかし、コスト削減という考えはやもすれば縮小均衡のスパイラルに入ってしまうことを忘れてはならないだろう。

数字しか見ていない輩はどうしても出っ張りを凹ませればおつりがたくさん来るという思考回路から抜け出せない。例えば食い物屋で今まで30%であった食材コストが35%になったとすると、「ここが上がったから収益が悪化した」とか「ここを改善すれば…」という風に、このパーセンテージの上昇を悪としか見みないものだ。だからといって具体的な処方箋が書けなるわけではないのにだ。

その言葉を真に受けてしまった結果はどうなるか。必要以上にコスト削減に走れば顧客から見放され、たどり着く先は売上減である。もしくは出っ張った数字を多科目に振り替えなだらかにし、見かけ上の解決を図るかしかないのだ。その先は言うまでもないだろう。

コストパーセンテージは「コスト/売上」である。つまり売上を上げてもコストパーセンテージは下がる。そんなの誰でも知っていることなのだが、実際は数字の罠にはまっている人の多いことにビックリする。商品数が多い会社の場合、コストパーセンテージを下げるのなんて非常に簡単なのである。コストパーセンテージの低い商品を多く売って高い商品を売らなければいいのだ。アホくさい話だがウソみたいに数字が変わるから、試してみればいい。

パーセンテージは指標として非常にいい数字であることは間違いないが、数字が好きな人が陥りがちな罠であることを忘れてはいけないだろう。なぜならパーセンテージは二つの数字から導き出されるものだからだ。変数が二つあるということは、パーセンテージが動く要因は四通りあるのである。コストのパーセンテージはその四通りに商品販売数を掛け合せ、それを全商品合計して始めて全体のコストパーセンテージとなるのだ。つまりコストが動く要因なんて星の数ほどあり、単なるまとまった数字のパーセンテージなど見たって何もわかるわけはないのである。コストを語るには、膨大なデータが必要であり、そのなかにこそヒントが隠されているのである。逆を言えば、コストパーセンテージは動いて当り前なのだ。

銀行の管理下に置かれてしまっているような企業は気をつけたほうがいい。寂しい話だが、金融機関はこういった罠に陥っている人が非常に多いのが事実だからだ。

だが、今コスト削減というと、パーセンテージを下げる議論になりがちなのも事実だ。

だからこそコストの意味は逆から考えたほうがわかりやすい。この売上にコストは…という一般的な考えでなく、このコストをかけていくら売上を作ったかと見たほうがいい。こういう見方をすれば、コストのもつ意味は全く違ったものになっていくだろう。

将来獲得できるであろう売上を想定しながらコストをかけていかなければ、希望はなくなってしまう。その判断こそが経営者に求められるものだと思う。

マーケティングってなんだろう

新商品開発にアンケート情報は役立たない:IT Pro

とりあえずコトラーの本とか読んだことありますけど、よくわかんね。もっともらしく書いてるけど、ビジネスマンがあんな本読むとマーケティングって何のためにやるのかさっぱりわからなくなるよね。

単なる分析とかそう言った学問的な目で見る分にはああいった理論もいいけど、結局ビジネスで知りたいのは、何が売れるか、どうやったら売れるかなわけですよ。

俺の知ってる人でコトラー傾注アンポンタンがいたんだけど、結局今までのマーケティング情報って統計情報、つまりは最大公約数じゃないですか。過去のデータはあくまで過去の分析であって、将来を予測するための道具でしかないわけです。だけど、そのデータを元に将来を予測するってのは既存の大きな流れからは脱却できないってことですから、つまりは収束に向かう結論しか出ないんですよ。それじゃもう無理だって上の記事は言ってるわけですよね。

つか、誰でも知ってる情報を使って分析したって同じ結論にしかならないよね、ははは。

結局、ある仮説を立て実施検証していくことを繰り返すほうが手っ取り早いのかもしれません。ある程度実験的要素をくわえてね。

ファイル名のつけ方

仕事柄いろんなところからいろんなファイルを送付してもらうことが多い俺。そこで気になるのがファイル名のつけ方だったりします。

ある特定のファイルを使って複数のファイルを作る場合、例えば日報のようなものですが、このようなファイルを作成する場合は、以前作ったものと区別するために当然ながら別名のファイルで保存することになります。

ベースのフォーマットに入力して紙で印刷しておしまいという日本語タイプライタのような使い方をしてる人もいますが、そういう人は論外なのでさておいて、別名で保存する場合はあとでわかりやすいようにファイル名をつけるのが普通です。特に日報のようなものは、ファイル名に日付を用いる人が多いかと思います。

それはいいのですが、半角と全角が入り乱れていたり、9月と09月が混じっていたり、2005.09とか2005・09とか2005 09とかが混在していたりと、はっきりいって規則性も何にもありゃせんのかオンドレはという付け方をしてる輩が多くてウンザリします。

また、俺だけなのかもしれませんが、俺はファイル名にスペースを入れるのがどうしても気に入りません。これは昔、画像ファイルなどをHTTPサーバに転送したときに、スペースを入れたファイルが表示されなかったりしたことがあったからなんですが、違うOSで使えるか使えないかわからんファイル名は避けるべきではないのかと思うのです。

大体、半角と全角が違う文字だと認識していない人が多すぎます。非常に乱暴な考えですが、1バイト文字で存在する英数字や記号は2バイト文字から外してもらいたいくらいです。Meetingなんて書かれたときにゃ、ぶっ殺してやりたくなります。あと、数字でも半角全角入り乱れている人いますよね。はぁぁぁ…

ファイル名じゃないんですが、100,000を100.000ってやる人いません?あと、100、000とか…
100.000なんて怒りを通り越して笑うしかありません。オマエ、ちゃんと算数習ったのかアホンダラと怒り心頭になるのですが、これって俺だけですか?

年金未納なら医療費は全額自己負担?

年金未納なら医療費は全額自己負担に、厚労省が検討 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

あれほど騒がれた年金問題ですが、このごろはさっぱりですね。

素人考えで申せば、現在支払っている年金は一時期国に預けているようなものですから、預けた分はきちんと返してもらいたいものです。単純に考えると、支払った年数を40年、受け取る年数を20年とすれば、現在支払っている額の2倍程度を毎月受け取る位じゃないとおかしいよね。

そう考えると、別に年金なんて制度は個人で積み立てしておけば、わざわざ国でやってもらわなくてもいいものなんですよ。要は国が財源の一種として集めたいだけなんでしょう。集めておいて源資が不足したので減額しますはないでしょ、普通。もう年金制度なんてやめたら?やめて困る人は今もらっている人であって、恩恵を授かっていない人には払った分さえ返してもらえばどうでもいいような話です。

だけど、単純に考えても、長期的に見て年金未加入者や未納者に年金を支払わなければ財源が目減りしていくはずは無いんですが、目減りしていくというのは過去債務があまりに大きいからでしょ?未加入・未納者から強制的に徴収したらそれに伴い支払いも発生するわけで、将来の債務がますます大きくなりますよね。つまり何ら根本的な解決にはなっていないんですね。

百歩譲って財源が不足している原因のひとつが未納、未加入だとしたら、その問題解決の方法は大きく分けて2つあるでしょう。ひとつは現在の制度を是として強制的に徴収できるようにすること、もうひとつは制度廃止ですよね。まぁ、急にやめるって言ってもそうは問屋が卸さないでしょうが、このまま続けても破綻するのは目に見えているわけです。つぶれるのがわかっている銀行に金預けますか?

強制的に集める手段のひとつとして今回の方法論が上がっているのでしょうが、年金はどちらかといえば十分条件で、国保は必要条件といってもいいと思います。そのような必要条件を人質にとってというのはちょっと卑怯な気がします。

あ、だけど年金源資の不足の大きな原因は高齢化だろうから、医療関係をキツキツにして高齢化を解消すれば… 冗談ですよ、冗談。真に受けないで下さいね。

会社が破綻した時、当然ながらそのしわ寄せはある程度均等に債権者に割り振られます。そういう経済の原理に基づけば、現在債権を抱えている人、つまり多額の受取を約束されている人にもきちんとした負担をしてもらわなければなりません。そういう原理原則を建前としてだけでなく適用してもらいたいものです。大体なにやったって3~4割の人間は反対するんですから。その少数の人のために大多数が迷惑をこうむるのは如何なものかと思います。

つか、こういった話はサラリーマンにはほとんど無関係なんですよね。払う払わないの選択肢など無いサラリーマンが一番無関係なのに一番割を食うわけです。おかしいよなぁ。

ムラサメソードを科学する

さて、先日放送された里見八犬伝、なかなか評判がよいようだが、俺としては特に面白いとも思えなかった。とにかく甘いんだよね、雰囲気が。

と言う事で、村雨丸について少々薀蓄をたれてみよう。この村雨、架空の剣としてはかなり有名な部類に入る。Wikipediaにも村雨できちんと登録されている。ただ、妖刀としての知名度は圧倒的に村正の方が上だろう。

鞘から抜くと刀身に露が浮かぶと言われるこの村雨、果たして現実的に作ることは可能だろうか?

刀身に露が浮かぶのは、結露するためだと思われる。ゆえに鞘もしくは柄の部分に冷却装置を装備すれば、鞘から抜いた時に刀身に露が浮かぶだろう。この露は、切りつけた時に潤滑剤の役目を果たすため、切れ味もすこぶる良くなる可能性がある。

さて、TVでは切りつけた時に水がほとばしるような演出がされていたが、果たしてあのようなことは現実的に起こるのだろうか?

空気中の水蒸気は結露でもその姿をあらわすが、大きな気圧の変化でもその姿をあらわす。高い山にぶつかって上昇気流となった空気が、上昇と共に気圧が減少し雲になる。刀も飛行機雲と同じような原理で、刀を切りつけた時に水蒸気が形になって現れることがあるかもしれない。刀身を飛行機の羽根のような綺麗な流線型に加工し、空気を切り裂いた時に大きな負圧が生まれるようにするのである。当然ジェット機並みの切りつけるスピード、最低でも時速500Km程度が必要であると思われる。

しかしこれでも多分人間の目に見えるまでのものにはならないだろう。水がほとばしるなんて夢のまた夢である。

ではどうすればよいのか。

刀を凍らせれば良いのだ。刀を思い切り冷却し、刀身に比較的厚い氷の皮膜を作る。そして柄に近い部分は人体の熱をヒートパイプなどを使って熱を伝え、氷が解けるようにするのである。そうすれば水がほとばしるようになるだろう。

その氷を維持するためには、当然空気中の水蒸気をすばやく大量に吸着できなくてはならない。そのため、刀身はかなり幅のある日本刀とは似ても似つかぬ形、どちらかといえば中国刀に近い形態であるのが理想的である。効率的に水蒸気を吸着させるために、刀身には細かなフィンをつけるのが望ましい。

問題は切れ味である。氷の張り付いた刀など切れるはずも無い。そこで村雨は刀身そのもので切ることをあきらめ、ダイヤモンドを溶着させた糸ノコのようなものをチェーンソーのように回転させ切れ味をつける事にする。水はその細い刃が焼ききれるのを防ぐ潤滑剤なのだ。

結論として、村雨は中国刀のような形をした細身の刃を持つ冷凍装置内蔵チェーンソーだったのではないかと思われる。

んなわけねーよな。

地震での新幹線脱線でも同じ事言えよな

MSN-Mainichi INTERACTIVE 社説:特急転覆 安全管理で浮ついてないか

この事故、兵庫・尼崎の事故と同じレベルで捕らえるのが正しいとは思えない。局地的な突風を予測できる人などいるのか?丸山レベルのプロゴルファーを運転士にしたらいいのか?

風速20mなんてちょっとした強い風のレベルだ。時速100Kmとなれば1秒間に27m以上進むのである。風より早いのだ。風速20m・時速100Kmで向かい風になれば相対速度では47mである。逆に追い風では7mにしかならない。そういう中でも通常は十分安全に運行できるのである。

安全基準というのはあまりにも特殊な事情まで考慮しているわけではない。現場付近の風速計で大丈夫となれば、後は経験則でそのまま行くのが普通だろう。それを風の息づかいを感じていれば、事前に気配があったはずだはあまりにもひどい言いがかりだと思う。

大体兵庫・尼崎のような大事故の後は普段以上に安全に敏感になっているはずで、安全管理がルーズになっていたとは思えないのだが、如何か。

五感を鋭敏にして安全を確認するのが、プロの鉄道マンらの仕事というものだというのもどんなものかと思う。この社説を書いた人は、そんな職人芸を全ての人に望むのか。人間の五感を補うデータがあって、それを元に判断するのが普通であろう。繰り返しになるが、そこにはある一定の安全確率を確保した基準があるわけで、その基準が100%であるはずはないのだ。逆に、個人的な勘で安全と判断され運行されたら、それこそたまったもんじゃないと思う。

こんな社説を書くのであれば、地震での新幹線脱線についてもプロなんだから地面の雰囲気を察し徐行すべきだったと言い切ってもらいたいものである。

規制緩和によるコスト削減が安全面の不安を招いていることに警鐘を鳴らしているようだが、では、どうやって安全性を上げれば良いのか。マスコミに何か知恵はあるのか?過去のように規制を厳しくすれば解決する事なのか?

この際、公共交通のすべてについて、安全対策を総点検すべきである。と結んでいるが、どこがやるのがいいのかまでは書かれていない。

非常にうがった見方だが、俺には今まで良かったのを変えるからだと言っている風にしか読めない。出た小便が黄色かったみたいな報道だけしておいて、そりゃないだろう。こういうことが起こる前にもっと警鐘を鳴らしてから書いてもらいたいものだ。

携帯の機能に物申す

最近の携帯の機能、どう見ても本来の機能からかけ離れたことを付加価値としているように思えてならない。

例えば音楽が聴けるとか、TVが見れるとか、こういった機能は+αとしてに機能であって、携帯の機能の一部としては無くても一向に構わないものだろう。

今月のDOS/V Magazineに、今話題のWILLCOMのW-ZERO3が取り上げられていたが、この端末はパソコン雑誌にまで取り上げられるほど注目を浴びているわけだ。この端末には本当に必要な機能が盛り込まれているからこそ話題になっているのだと思う。

バブル全盛の頃、マックがカレーを出したりするなど、ファーストフードが一斉に全くジャンルの違う商品を手がけ始めたことを覚えている方はいるだろうか。今それがどうなったかと言えば、ほぼ全滅である。今は確かにバブル的な状況も垣間見えては来ている。だけれども本来要求されているものを見誤るとたいした結果はついてこないだろう。

既得権益を守ろうとするのはわからないわけではない。だけれども、その既得権益を乗り越えた先に、もっと大きな利益が待っていることも多いのではないか。短期的な利益だけを狙って業界内でもめているうちに、新興勢力に根こそぎもっていかれる事だって十分考えられる。いろんな規制に守られている携帯業界だってうかうかしてると危ないだろうね。ま、携帯業界に限った話ではないのだけど…

世界クラブ選手権

世界クラブ選手権は、サンパウロの優勝で幕を閉じました。

大会の中味についてはいろんなところで論じられていますね。俺は端的な現象面での感想をば…

今日の某全国紙の朝刊スポーツ欄ですが、この世界クラブ選手権決勝の報道は、なんと前半戦の状況までの報道となっていました。

あの、一応ですね、世界クラブ選手権なんですよ。世界一を決める大会が日本で行われ、その結果が翌日朝刊に載らないなんてね。他の国から笑われちゃいますよ。

確かに注目度は低かったかも知れませんが、それは国内での話でしょ?報道するべき事の優先順位付けが間違っていませんか?

特にしがらみのないであろうスポーツ報道でこれなんですから、ほかの報道なんて推して知るべきって感じですなぁ(遠い目)。

フィギュア真央特例なし

フィギュア真央特例なし、トリノは幻に – nikkansports.com > スポーツニュース

いやー、すごいねこの子。だけど、オリンピックってのは、アマチュアの世界一を決める大会とは違うのですね。

浅田真央選手が世界一になれるかはわかりませんが、比較的近い位置にいるのは確かですよね。つか、他の競技でもこんな年齢制限あるんですか?

と思い、調べてみますた。そしたらイチャモンつけるネタが!

JOCのサイトにオリンピック質問箱ってのがあります。そこを見ると、オリンピック自体には年齢制限はないのだそうです。ですが、健康上の理屈(まじこう書いてます)で、スケート、体操、新体操、水泳の飛び込み等が制限されているようです。

えー、健康上の理屈ってなに?若年層でスポーツするのは健康に悪いと言うことなんですね。

それから面白い文章が…

実際に年齢制限があるのは、比較的、年少のうちに第一線になりうる競技で…

なんだそうですよ。こわっぱに一番を取られたくないよーと俺には読めますが、まぁ、JOCですから。

なんだかイラネーおせっかいと思うのは俺だけでしょうか。4年に一回の祭典ですから、その時期を逃すとダメになる人もいるわけでしょう?保護とか制限ってのは必要最低限にしておいたほうがよさげとちゃいますか?

共有するなよ…

なまじPCを知ってる奴が、どういうわけかフォルダやドライブを共有したがるのは何故なんでせう。

確かに超簡易ファイルサーバもどきとしては使えますよ。だけど、見れるか書けるかアクセスできないか、それしか制限できないじゃないですか。怖くないのかなーと良く思います。

それから、驚くべきことにシステムフォルダのあるドライブまでフルアクセスで共有してるツワモノもいらっしゃいます。マジ新婚さんいらっしゃぁいの口の動きをまねてアングリしたくなります。ツワモノというより、アホです。

そんなことやっておいて「調子が悪くなった」とか、「遅くなった」とかは無しですぜ、旦那。

面白いことに、共有大好き人間は、Excelでもリンクが大好きです。Excelでリンクさせるのも悪いとは言いませんよ。だけど、その数字がどこから持ってきて、どうやって作ったか覚えてます?覚えきれます?いやー、尊敬しちゃうよね、ほんと。俺とは頭の構造が違うらしいです。

そんなくだらん技術使うより、いつでもデータベースから同じ数字が引き出せるようにしたらいかがと思うのですがね。あ、データベースって言っても、広い意味でのデータベースですからね。データベースはExcelで作ってもいいでしょうし、テキストベースでもいいでしょう。変にリンク使って数字あわねーよーと無駄な時間を使うのはいかがなものなんでしょうか。

と、今日は特に書くことが思いつかなかったので愚薀蓄してみましたー。

RPGをつまらなくする方法

今更ながらドラゴンクエストVIIIにのめりこんでいる俺。ああ、眠い。

だけど、思っていたより面白くないです。それは多分3世代にわたる時代背景、高さを一種の制限に利用したマップなど、ドラゴンクエストVのストーリーがあまりにも秀逸だったからからかもしれません。

RPGをやっていていつも思うのですが、RPGはある側面から見ると全然面白くなくなるんですよね。

そもそもRPGは自分のキャラのステータスをあげていくゲームですが、極論を言えばHPを0にせず進めていけばいいだけですよね。相手のHPと言う変数を0以下にすれば経験値と言うある一定の変数が獲得でき、その変数が一定レベルに達すると自分のHP他の変数が増加するわけです。

MPとかACとかAPとかは、要は自分のHP増減と相手のHP減少の係数です。それだけ。

つまり、効率よくHPを変化させていけばいいだけなので、大体の変数を頭に入れておけば最適とは言わないまでもそこそこの戦い方や装備などは判別できるわけです。例えば攻撃系呪文は、消費MPの割には獲得できる経験値が低く、よほど敵の数が多くない限り意味のないものです。今のRPGは大体パーティ形式で話が進みますが、これは単に変数バリエーションを増加させて組み合わせ数を増加させているだけに過ぎません。

また、1ターンで倒せる敵だけ倒していれば、無理して進むより簡単にレベルが上がっていってしまい、あほくさくなるくらいすんなりゲームが進みます。

日本のRPGはあまりにも親切で理不尽なところがありません。低いレベルの敵に瀕死の状態まで追い込まれるようなクリティカルヒットを食らうこともないし、キャラをロストしてしまうこともありません。

そういう優しいゲーム性のため、ストーリー展開で面白さを演出しているのでしょうが、ウィザードリィで一喜一憂した俺にとっては、どうしても物足りなく感じてしまいます。ある種の理不尽さがあまりにも不足しています。だから戦いに緊張感が全然もてません。

硬派なRPG、どっかで出してくれないかなぁ。

ブログから生まれる新番組

なんとまあ、日本放送協会がビックリするような番組を立ち上げるようです。

ブログから生まれるNHKの新番組、小型放送機器でどこでも生中継 – CNET Japan

うーん、発想としては面白いのですが、番組になるほどの盛り上がった話題がBlogにあるのかなぁ。つか、俺様ブログと言う話題が公衆の電波にのるってのはどうなんでしょうね。

俗にいう小市民の意見なんて、取り上げたらきりないですぜ、あにき。だからニュースとかの合間にちょろっと小市民のインタビューを挟むんでしょ?ちがうの?そのちょろっとインタビューの寄せ集めで番組作るんですか?

ま、いいですけど。報道番組でもないし、バラエティ番組とも違うだろうし…面白おかしくやるんだったら成り立つかも知れないけど、真面目な話題はどうなのかな?掘り下げて書くブロガーなんてどのくらいいるんだろうね?

取っ掛かりは面白いけど、成り立つかとても心配ですわ。

資格なんて

あたりまえの話ですが、持つ資格がいかにすばらしくても、その人間がすばらしい人間なのかどうかは資格だけでは判断できません。

資格の基準が正しいと仮定した場合、資格というものは必要条件以外の何者でもないからです。また、その資格を与える基準も正しいのかどうかは誰もわかりません。こんな事いっちゃすべての否定につながるのですが、要は人間が勝手に決めたことなので、正しいかどうかの絶対的なジャッジなんてできるわけもありません。

ある一定のハードルを超えればもらえる資格…この資格と、その人の持つ人間性を結びつけることは難しいでしょう。なぜなら、資格というもの自体が、無味乾燥な計測だからです。

カタログで見た家具と、実際に見た実物の印象が余りに違って驚いた経験はありませんか?人間とてそうなのです。実際に会って話して見ないとわからないことは多いものです。

資格・学歴を重視するのも結構ですが、カタログのきれいさや高性能さにだまされていく人が増えるだけな気がします。

強度偽装参考人質疑

いま、衆議院で国土交通委員会が行われていますね。

こういった事態ですから、責任の所在を明確にする必要はあるでしょう。しかし、いつから衆議院は悪者探しをできる権限をもったのでしょうかね。国会議員間の問題であればまだしも、民間人を参考人などと言う建前でさらし者にし痛めつける、そんな権限をいつから国会はもつようになったのでしょうか。

業者の肩を持つわけではありませんが、施工・販売に関して違法性はないと思われます。設計に対し何らかの圧力をかけたとしたら、そのことに関しての責任は問われなければならないでしょうが、それ以外なんら責任を問われるものではないように思います。

論点がずれてしまいますが、ここまで建築物の値段が上がったのは、政治・自治体・ゼネコンなどがぐるみで値段吊り上げに走ったからに他ならないでしょう。40年ほど前の話ですが、俺の爺さんの家は300万ほどで建ちました。大工の親方が作ったからです。物価の違いはあったにせよ、材料費と手間賃だけであればこんなもんで済むのです。それが様々な基準を設け関係する者を法律で増やし一大ビジネスに仕立て上げたのは、誰でもない今くだらない尋問をしている政治家ではなかったのですか?金を吸い取っていく人間が多すぎるからコストが上がっているのですよ。

建築にかかわる材料なんて、はっきりいって信じられないくらい安いものです。鉄筋を減らしたくらいで大幅なコスト削減ができるとは考えにくいのですが、どうなのでしょうか。

それから、こういった事業で設計・施工・販売を分けて行うのは当り前の話で、与えられた職務をまっとうするのが使命です。設計屋と施工屋は完全なる主従の関係で、設計屋は施工屋に対して異常とも思えるほど権限をもっています。施工屋が設計屋に文句を言える状況などまずないのです。

大体ですね、認可しておいてなに言ってんだって思います。例え審査は民間指定業者が行ったとしても、認可は誰がしたんですか?そこ忘れてもらっちゃ困るよ。

強度偽装について

耐震強度偽装問題が取りざたされて久しい。突然国土交通省から発表があったわけだが、どういった経緯でこの問題が発覚したのか良くわからない。強度偽装 : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)などを見ても、発覚の経緯については全く書かれていないのが現状だ。

今回の強度不足はひどすぎるが、基準ぎりぎりなんて所は結構あるはずで、ちょっと基準を満たしていないけどごまかしちゃえなんてのは多々あるんじゃないかと思う。

それなのに、何故今回突然発覚したのだろうか。

官庁と言うものは、全てを完全に把握しているわけではない。税務署だって脱税の調査はまずめぼしをつけてから行うわけで、どこからか何らかの情報が入ってこない限りスルーのはずなのだ。

今回の騒動で得したところはどこなのか、それが全く持ってわからない。

昨今、特に首都圏においてはミニバブルのような状況で、それが景気の底上げ感をもたらしていると思う。その状況に冷や水をぶっ掛けるようなこの事件、なんとなく大きな力が働いているような気がするのは深読みしすぎだろうか。

この強度不足のマンションを購入した人は大変だろう。金返せとなるのは当り前の話だが、売ったほうも返済できるだけの資金力があるかと言えばそんなことはないだろう。いくら会社の資産を処分したって、それには限りがある。購入代金を返済すれば、その会社は潰れてしまう可能性は高い。そんな企業に金を出すところなどないのだ。

対象者に一般市民が多いだけに政治家が動くメリットは少なく、特別救済措置の法案を通す可能性も低いだろう。結局泣くのは普通の人々なんだよな。