チラシを見てのちょっとした疑問


このチラシを見て、ちょっとした疑問が湧き上がる。このチラシから得られる情報は、二輪事故死亡者の67%が免許取得10年以上、10年未満が13%、3年未満が15%であること。二輪事故死亡者の41%が速度超過だったことだ。

さて、ここで、単に二輪免許取得10年以上の人数が圧倒的に多いだけじゃないの?という疑問が湧き上あがる。そこで、A 各年齢で二輪免許を同じ割合で所持、B 年齢層は16~80歳 と仮定すると、免許所有期間はBの条件から最大で65年であり、3年未満は3/65の4.6%と推測される。また、3年以上10年未満は7/65で10.8%、10年以上は55/65で84.6%となる。これを元に先程のデータを見ると見方が大きく変わる。免許取得している人のたった4.6%である3年未満の人が全体の15%も事故を起こしており、10年未満は10.8%の取得割合で事故は13%なのである。

先の仮定を元に、二輪免許取得者総数をn、死亡者をmとした場合、全体の事故率はn/mで、免許取得年数別の死亡事故率は3年未満 3.25n/m、10年未満1.21n/m、10年以上0.791n/m、となり、3年未満は10年以上の4.1倍、10年未満でも1.53倍事故を起こしやすいことになる。

このように、こういうデータは加重平均のようなもので見ないと判断を誤りやすい。

速度超過も然りで、車を含め、現実的には速度超過をしていない車のほうが少ないように思える。そう考えると、速度超過が一番の違反に来るのは当然だ。また、その他にはどんな違反が含まれているのか全くわからない。死亡者の41%が速度超過だが、これが「速度を落とせば事故らない」という結論には結びつかないのである。

印象操作や尋常に訴えるだけのものでなく、事故を防ぐための科学的な分析をしたほうが良いよね。

なでしこ決勝進出

中国戦は3対1で日本の快勝。ただ内容を振り返ると手放しでは喜べない。前半は良かったが、後半は結構押し込まれるシーンが目立った。

試合開始早々思った以上に攻め込むことができたのが災いしたのか、前半途中から最終ラインと前線の距離が大きくなりはじめる。中盤には大きなスペースがぽっかりと空いていた。ここを使われたらヤバいなーと思っていたが、前半は選手の出足もよく、とりあえず破綻しないで終了。

後半は開始早々気の抜けたプレーでピンチを招いてしまう。後半の中国は前半の駄目な点を綺麗に修正してきた。前線に選手を2枚張り付け日本のディフェンスラインをさげて中盤に大きなを穴を開け、日本が前がかりになろうとするその瞬間に素早いチェックでボールを奪い、スペースを使う。前半疲れた日本はそのスペースを埋めることができない。危険だなーと思うところを見事に突いてきたのはさすがだ。ピンチが続く日本なのに、前半の良いイメージを消しきれないのか攻めようとしてはピンチを招くの繰り返し。後半15分までに一点入れられていたらどうなっていたかわからない。

この試合は中国の選手起用にも助けられた。あの11番が最初から出ていたらと思うとゾッとする。そんな中でも中国を0点に抑えきれたことが最大の勝因。負けたらオシマイなんだから、もう少し慎重に戦うべきじゃね?

最初は効果的な動きが目立った宇津木も、後半途中からは非常にパスミスが目立った。韓国戦、オーストラリア戦と調子の良かった長谷川も出来としては今ひとつ。と言うか、長谷川は狙われてたんじゃね?清水は非常に安定していたな。熊谷は初めて組むメンバーとの調整に手こずっていたように見えた。

この試合一番の立役者は誰が見ても岩渕だろう。先取点のシュートは本当に驚いた。あのクイックなモーションからあの強いシュートを打つとは思わなかった。大抵のサッカーの試合では得点が入ったその瞬間に大喜びする俺だけれども、入ったのを理解するまでちょっと時間がかかるようなゴール。見事と言うしかない。前半の宇津木のディフェンスに少々驚いた場面もあった。間に合わないと見るや間合いを無理につめず、絶妙な距離を確保しボールをインターセプトしたのだ。思わず『すげぇ』とつぶやいてしまった。横山の2点目のシュートもびっくりした。まさかあれが入るとは思わなかったよ、ごめん。あの一点で日本が大きく楽になったのは確か。立て続けにもらったPKで3対0。あの時点で勝負あったってところだ。

さて、決勝の相手はオーストラリアだ。グループリーグでは守備的に行って結果を出せたが、決勝でも同じ手が通用するとは思えない。かといって、ベトナム戦や中国戦のように攻めに力を入れた場合は、中盤が間延びするに違いない。で、カウンターを食らってオシマイ。だから守備に重点を置き、中盤を飛ばして攻めるしかないように思える。って、これ、ハリルホジッチの基本戦術だな。まさかなでしこがハリルホジッチの戦い方の見本を見せてくれるとは思わなかったぜ。

ここまできたら勝つんだなでしこぉぉぉぉぉ。

安倍政権撲滅キャンペーンに加担している人の知的レベル

今の安倍政権撲滅キャンペーンについては、次の記事がわかりやすいと思う。

小ネタの波状攻撃「安倍政権撲滅キャンペーン」にモノ申す

で、俺は安倍政権撲滅キャンペーンに加担している人の知的レベルは低いんだろうなと思っている。安倍政権撲滅キャンペーンを煽動している人たちの知的レベルではないのであしからず。なぜなら、事実を事実として客観的に捉えられず、作り出された風評で感情的に流される人だろうと推測されるからである。物事を結論ありきで見ることしか出来ない人は困ったものだ。身の回りにいるトラブルメーカーは、大抵こういう人ではなかろうか。

安倍政権撲滅キャンペーンを煽動している人は反安倍なのだろう。安倍政権が強いまま続くと困る人だ。前にも書いたが、それは多分「改憲」だろう。改憲によって日本が強くなると思っているに違いない。いままでいろいろなところに入り込み、日本をフヌケにしてきた努力が水疱に帰すのを恐れているのかもしれん。

森友飽きた

もうウンザリなんだけど、まだやるの森友問題。ニュースとしての賞味期限切れが近いよマジで。改憲反対しても現在の議席数では対抗できないのはわかるけれど、芸がなさすぎる。佐川氏の証人喚問で攻めるところがなくなっちゃって、あきえあきえで押し通すしかないんだろうね。

だけどね、国会は立法府であって司法府じゃない。これは小学生でもわかっていること。なのに、国会で司法のまねごとをして時間と金だけを食いつぶすいることを許していいのか。

すべてはマスコミに誘導されたまま騒ぐ人が多すぎることが原因。改憲阻止のためなら何でもやるってどうなの?世の中は刻々と変わっている。当然法律だって時代に合わないものが出てくる。憲法とて同じ。時代に合わせて変えるべきだろう。変えたくない人たちは何を恐れているのだろうね。

人相と第一印象

先日、某大学の学長の記者会見が話題になった。けっこう残念な会見だったように思えるが、何故残念だったかは「なぜ谷岡学長の会見は逆効果だったのか」臨床心理士が分析するという記事に詳しくかかれているのでどうぞ。

この会見を見ていての印象は、「やっぱり人間性みたいなものは人相に出ちゃうんだなー」ということ。小池都知事もそうだが、とにかく目つきがおかしい人は悪い印象になりがちである。小馬鹿にしたような笑い方、曲がった口元などもマイナスポイントだ。どんなに取り繕っても隠しきれない部分が出てしまう。とくに、何の気なしに見せる表情や視線の落とし方などに本質が現れやすい。

それにしても醜かったねあの会見。

マンガの海賊版サイトを駆逐できない理由

最近、マンガの海賊版サイトがやり玉に上げられている。勝手に人のものを使って稼いじゃダメなのは確かだけれど、それを「ダメ絶対!」という掛け声と規制だけでは絶対に駆逐できない。

駆逐できない理由は簡単で、既存の本屋の仕組をネットに置き換えようとしているだけだからだ。海賊版サイトは正規品と比較して価格面で圧倒的に優位になっている。そのことを無視して高くても買えと騒ぐなんてバカかとアホかと。

リアルなマンガ本を買う大きな理由は「手元においておきたい」だろう。金を払って所有欲を満たすわけだ。では、立ち読みする理由はなにか。一つは「金を掛けずに読みたい」である。これは購入するほどの価値が見いだせない、買うカネがない、といった事情がベースになっている。もう一つは「保管したくない」で、これは物理的なスペースの問題である。

電子書籍化はこれらの買わない理由をクリアできる可能性を持っている。

まず価格は物流が絡まなくなるために大幅に引き下げられる可能性がある。1冊500円弱の単行本が200円で手に入るとなったら、購入意欲は一気に膨れ上がるだろう。これがもし100円以下になったら、興味がなくともとりあえず買ってみようかという人が大幅に増えるに違いない。これは実際にゲーム販売のSteamで経験済みで、Steamのセールでは定価の90%OFFみたいなものがあったりする。1万円弱のものが1000円程度で買えたりするわけで、そうなると「とりあえず買っておくか」という心理になってしまう。お陰で俺のPCは「積みゲー」が爆発的に増え、ハードディスクを増設する羽目に陥った。

電子書籍は電子データなので、物理的な保管場所などの成約も殆ど無い。今俺が持っているタブレットの中には100冊以上の本が入っている。常時この本を持って歩けるので、読みたいときにサクッと読める。また、購入もネットさえ繋がっていればどこでも買える。厳密な意味での「所有」ではないが、自分のモノのように扱えるのである。

良いサービスが海賊版を叩きのめす唯一の手段なのに、これらのメリットを生かさず販売側だけの理論で進めてもうまくいくはずはないのである。

非常に参考となる記事があったので参考までにリンクを張っておこう。
PCゲーム業界はいかに割れ厨に勝利したか Steamの”5つの戦略”

安倍叩きをしているマスコミは日本を滅ぼそうとしているのか?

オリンピックが終わって、またまたマスコミの安倍叩きが始まっている。ネタは相も変わらずモリカケで、最近は森友学園との国有地取引に関する財務省の決裁文書が書き換えられたとされる疑惑が主たるものだ。これはこれでしっかりと真相を追求してもらいたい。ただ、アビリンピックが終われば北朝鮮問題が台頭してくるはずで、これが今の第一優先事項なのか?ということをもう一度考えてもらいたい。 >マスコミ

そもそも安倍政権を倒したい理由が今ひとつはっきりしない。担いだ神輿を一番にしたいという権力争いからくるものであればわからなくもない。だが、今は明確な対抗馬も存在せず、単に国を混乱に貶めたいだけなのだろうか?と思ってしまう。

こういう場合、安倍政権が倒れると誰が損をし、誰が得をするのかを考えてみればおぼろげながらもその姿が見えてくる。

安倍政権が倒れた場合、何が起こるか。多分、改憲はストップするだろう。消費税率アップは棚上げされるかも知れない。働き方改革もウヤムヤにされる可能性がある。

働き方改革については、経済がさらに上向きになって所得が増えれば、かなりの人が黙ると思う。消費税も経済動向によって意見が別れる。なので、誰がやっても喧々諤々になる話題である。

となると、安倍晋三だから進めていけるであろうのは「改憲」だけである。つまり「改憲」をされると困る人が安倍叩きをしているという、極めてわかりきった結論に達する。

改憲されて困る人は誰か?それは一般国民ではない。いま論議されている改憲は、しっかりと自分の国は自分で守ろうというのが主旨だと思っている。つまり、日本が強くなると困る人がいるのだ。それは誰か。

以前、自衛隊の人から、この記事に近い話を聞いた。
「逆さ地図」で見る、中国にとって邪魔な日本
不思議なことに、日本地図を逆さにしてみると、中国・ロシアにとって日本は本当に邪魔な場所に位置していることがよく分かる。日本のせいで海から外に出ていけないのである。それは日本が中国・ロシアと敵対しているアメリカの属国であるせいもある。その、アメリカという虎の威を借るだけだった日本が強力な軍事力を備え、台湾との連携を深めたら・・・それは中国・ロシアが自由な海路を失い、大陸の中に閉じ込められることを意味する。

中・ロにとって、親米の韓国は目障りでしか無い。だから北朝鮮を使ってアメリカから引き離そうとしている。そうすれば攻略すべき相手は日本だけになるからだ。韓国は北に急接近している。これは中・ロの思惑通りだろう。だから、今、安倍叩きをしているものは反アメリカの輩であろうことは容易に想像がつく。

日本の取るべき道は3つ。今まで通りアメリカにおんぶに抱っこの姿勢を貫くか、アメリカとの関係を希薄にして韓国のように中・ロ側になびくか、もしくは自立した国としての道を選ぶか、である。心情的には、反日教育などを進める国とは手を握りたくはないのだが・・・

問題の根源は全て一緒

最近問題にされていること、例えば「裁量労働制」とか「受動喫煙」とかは全て根っこが同じである。その根っことは、国民性が全て同じ待遇、それも低め安定を望み、自分で決断して責任を負うことを避け誰かがやってくれるのを待っていることだ。受動喫煙などは最たるもので、そんなの事業主の責任で決めれば良だけの話なのだが、ごく少数の喫煙者の文句を排除できない。当然自分の責任でやるより「法律で決まったから」と役所に責任を押し付けたほうが簡単で良い。だから役所で決めてもらうのを文句を言いながら待つだけである。

だから飛び級とかも容認されないし、事業主の責任で従業員のクビを切ることさえ簡単に出来ない。すべて責任を回避するか分散させたいからである。当然裁量労働制も同じ仕組みでモタモタしている。全てが平等になんてあるわけないのに、である。

また、都合のいい部分だけを切り取りして優位に話を進めようというのもよく見る光景だ。裁量労働制では労働時間の話ばかりで、その賃金の話は殆ど出てこない。何処かで「100時間を超えて残業していた人が倒れ、一命は取り留めたものの適応障害が残り退職。しかし労基は職場は裁量労働制を取っていたため対応してくれなかった。」というような話を読んだ。いつも思うのは、「大変だけど、実際その人はいくらもらっていたの?」ということである。100時間の残業となれば月収は1.8倍くらいになるはずだ。仮に月収50万円だとしたら、支給額は90万、年収にすれば1100万近くになっている。もしその人がこの金額をもらっていたら、果たして何人が同情するだろうか。

もちろん、最低賃金でも簡単に裁量労働制を適用できるというのは「何じゃそりゃ?」である。そんなのを許したら時給換算で300円台続出だろう。つか、そんな業務や低賃金の人に裁量権与えてもしょうがないだろ?と思うし、そういう労働者を使わないと存続できない会社など潰れたほうがいい。まぁ、これを解決するのは比較的カンタンで、企業に経営者以外での換算時給を報告させ公表すればいい。その判断は世の中に任せればOKである。

しかし、しかしである。経営者はどんなに働こうとOKである。なぜならその見返りがそのまま帰ってくることもあるからだ。当然失敗するリスクもある。誰も経営者は守ってくれないが、守られていない経営者は使用者を手厚く守ってやらなければならない。俺は裁量労働制というものは経営者と使用者の間に位置する処遇を表すべきものだと思っている。簡単に言えば修行中の職人とか、贅沢は求めずに好きな仕事をしていたい人とか、である。それこそ労使納得の上の処遇であればいいわけだし、現在はそういう人たちが当てはまる法律が無いのも事実。

ただ、これも個人事業主の集まりみたいにして、業務委託契約とかにしておけば問題ない話なんだよね。ただ、個人事業主化が進めば今まで苦労せずに集めてきた従順な納税者(要はサラリーマン)からの税金が減って集めにくくなってしまう。それを避けたいがために、あくまで労使関係を活かしたまま制度を作ろうとしているように見える。結局、根っこは「誰かが決めてくれる」と思っている一般市民が、「一般人は考えられない」とバカにしている現実をよく知らない頭でっかちの官僚に案を作らせるからなんだよなー。

「期待されて金メダル」の凄さ

先日、ちょっと久々にボウリングをした。やりこんでいる頃はAVG175くらいで、ハイスコアは242、最低でも150くらいの点数は出た。つか、150台だと落ち込んだ。なので今回もそこそこの点数がでるかなーと思っていたが、ブランクの大きさには勝てず、AVG155であった。だめじゃん。持っている力の最低ラインでそれなりの点数にならないと結局こうなる。100回に一回しか出ないような過去の栄光&まぐれのハイスコアなんて参考にも自慢にもならない。

羽生選手、小平選手の金メダルで大盛り上がりの日本だが、こういう「期待されても金メダルを取れる」というのはものすごいことだ。なぜなら、いつでも絶好調では無いからだ。ボウリングのプロテストは60ゲームでAVG200以上だ。60Gもすればダメなゲームもそれなりにある。それをカバーしつつAVG200を出すということは、悪い状態でも180以上のスコアが必要になるだろう。金メダルとレベルは違うが、ま、そういうことだ。だから、期待されても金メダルを取るには、調子が悪くても優勝できる力がないと難しいに違いない。ダメな状態でも世界一に近いってこと。だから恐ろしいくらいにレベルが違うはず。

これを感じたのが、夏季オリンピックでは野村忠宏だとか吉田沙保里だとか伊調馨だとかである。これらの選手は非常に長きに渡って世界一の称号を守った。冬季オリンピックでは憎たらしいほど強かったスキーノルディック複合団体の印象が強いけれど、羽生選手も小平選手もこのレベルにまで行けるといいね。

文句の多いおじさんおばさん生成方法

友人の会社に文句の多いおじさんおばさんが多数存在していてウザいらしい。

ふと、なんで仕事でウザいおじさんおばさん(以下、ウザGB)が生まれるのかを考えてみた。文句の多いおじさんおばさんは多いけれど、仕事に対するこだわりが他の社員も納得できる場合は「ウザGB」とは呼ばれない。その場合、「厳しい人」という評価になると思う。なぜウザいと感じるのか。

それは多分、効率化とか仕事の出来栄え以前に、自分のやり方が全てだからだと思う。簡単にいえば、自分のやり方以外認めねーって奴。これがウザく思われる一番の要因だろう。

以下、ウザGBの生成仮定を推測。

ウザGBも、最初は「自分のやり方が全て」なんて思っていなかった。逆に少々機転が利かないタイプで、教わったやり方を苦労しながらしっかりこなすことで精一杯だ。そんなウザGBであったが、年月を費やすうちに、とりあえずその業務は一人前にこなせるようになった。

そこに人事異動で他部署の外様くんが配属された。外様くんにはウザGBが仕事を教えるのだが、ウザGBは今まで仕事を人に教えたことが殆ど無い。だから全て言葉足らずである。それでも外様くんは自分の理解した範囲内で仕事をこなすのだが、当然不備も失敗もそれなりにある。ウザGBはそのミスがとても気に入らない。
「私は苦労してここまで出来るようになったのに、外様はなんなの?そもそも教えたとおりにやっていないじゃない。」
と、自分の教えるスキルの低さをそっちのけで血圧を上昇させてしまうウザGB。

こうなるともうダメで、外様くんがいつまでも仕事が出来なければ人格否定、仕事が出来るようになっても自分のやり方と違う点を見つけては「外様はダメだ」となる。

まとめるとウザGB生成方法は次の通り。

1、若干能力の低い人間を採用する

2、同じ部署で同じ仕事を何年もやらせるが昇格はしない

3、自分なりに仕事の手順などが固まったあたりで他部署の下につける

4、上司は異動してきた人間の教育をウザGBに丸投げしフォローしない

大抵の人間はこれでウザGBになる。このポイントは2のあたりにあって、このウザGBがずっと同じ部署に留まっているというのがキモである。要は、ポテンシャルが低くて異動させられないのだ。仕事できねーなのに、ずーっといるからその仕事だけはそれなりにこなせるようになり、結局はお局とかっぽくなってしまうのである。

この裏にあるのは「頑張っているのに評価されない」といった逆恨みのような感情と、能力が低いことから由来する高い自己評価であろう。

なぜ能力の低い人ほど自分を「過大評価」するのか 参照

やっぱり人事異動は偏らせず定期的に行わないとダメだよね。

アンケートとかに「もう利用しない」とか書く必要あるのかなぁ

ホテルとかの口コミで、「もう利用しません」というような書込をたまに見かける。気持ちはわからなくもないけれど、まずはその場で不備を指摘し改善を促しつつ対価に見合ったサービスをしてもらうべきじゃないのかと思う。何も言わないのであれば最後まで黙ってもう二度と利用しないほうがずっとスマートだよね。それを揚げ足取りのように不備だけをクローズアップして書き込むのって営業妨害じゃね?

また、「これじゃもう利用することはない」とか言うのもあくまで個人の感想。そう思う人が多ければ黙っていても売上が落ちて潰れるだけなんだけどな・・・

オリンピックでも日韓W杯の悪夢が繰り返されるのか?

今日から平昌オリンピックが始まる。思い出されるのは日韓ワールドカップでの醜態である。

【日韓共催】2002年 FIFAワールドカップを台無しにした出来事まとめ【誤審・反則】

今はあの当時と比べてネットが著しく発達した。なので、醜いやつはどんどん世の中に出てくると思う。悪意があるのかもしれんが、すでにオリンピックの運営とかで「これは・・・」と思うようなことが漏れ伝わってきている。日韓ワールドカップの醜態を、お隣さんは再び繰り返すのだろうか。

ま、やるだろうね、きっと。あの国には常識なんて通用しないだろうし、恥よりメンツだろうからね。

後付理由は必要なのか

採用選考に「AI」を導入しようとしたが、断念した会社の話が面白かった。

なるほどなーと思いつつ、かなり納得できない部分が多かった。納得できない一番のところは、「選考基準が明確だったら誰がやっても結果は同じ」だし、結果が人によって差があるとすれば、それは個人のセンサー(感覚)の違いでしか無いのではと思えるからだ。この場合、選んだ理由の説明は、そのまま個人のセンサーの説明とイコールである。人はそれをもっともらしい理屈を付けて説明するのだろうが、結局のところ「好み」というものに行き着くような気がしてならない。

この話に出てくるAIに関して言えば、『AIが「なぜこの人を選んだのか。なぜこの人を選ばなかったのか」を説明してくれなかった』というより、選考基準となったポイントを表示できないAIだったということではないのか。

さらに「採用は非常に責任がある行為だから、AIが出した答えに本当に合理性があるのかを二重にチェックする必要がある」という理屈のもとに再検証したら「結局これ、普段やってる業務とやってる事かわらなくない?」という話になったというのが驚きだ。結果はなかなか上々だったのに難癖つけて時間をロス、で、出した結論がAIの導入を断念だと。なんだそれ。

AIの結果を参照しつつ人間が決めればいいだけじゃないの?とかAIの判断した項目が細かく数値化されて出てくれば問題ないんじゃね?、と思った次第。つか、本当に優秀なAIになったら、採用された人のデータから評価者の傾向もラーニングして結果をだすようになるはず。

極端な話をすれば「AIより人間のほうが賢いんだ」と思いたいだけじゃないかと思った次第。多分、人間の脳はその機能の大部分でAIに負けるよ。そんなところで意地を張るより、どうやって使っていくかを考えたほうがずっといいよね。

とか書いていたら、やまもといちろう氏がずっとずっと的確な指摘をされていたので貼っておく。

人工知能が人間の採用基準を決めてるわけがないだろという話

話題の「チェイス」を観てみた

清水潔さんの『殺人犯はそこにいる』との類似が指摘されている、Amazonプライム・ビデオで配信中のドラマ「チェイス」を観てみた。現段階では第6話まで。

チェイスを見る前に、「殺人犯はそこにいる」は読んでいたのだが、このドラマは「殺人犯はそこにいる」が原作と言われても仕方がないレベルで酷似している。というかそのまんまじゃん。ただ、所詮人気タレントを使ったドラマなので物語の重さは比べるまでもない。

「殺人犯はそこにいる」との相違点は、冤罪で拘束された期間は27年ではなく17年であったこと、報道したのはBSでなく地上波だったこと、この事件を取り上げたのは女性ADでなく男性記者だったこと、最初の犠牲者の家族には殺された女の子の弟もいたこと、殺人現場にあるのはお地蔵さんでなく筆者が打った杭であることくらいしか思い当たらない。列挙した相違点も、原作から映像化するにあたって脚色が加えられるのはよくある話で、この程度の脚色などカワイイものである。

ここまで酷似していると疑われても当然だろうね。