昭和かれすすきになるのか

先日人事にいくと、担当が送付されてきた履歴書をつらつらと眺めていた。そしらぬフリをして写真を覗き見ると若いおねーさんである。これは確認せねばなるまい。

おー、応募あったんだね。ちょっと見せろよ。

有無を言わさず担当から履歴書を奪い取る。ふむふむ、平成元年生まれの20歳19歳かぁ・・・って、おい、平成生まれの20歳19歳だと?※間違いもはなはだしいので訂正させてくださいな

これは一体全体どういうことなのだ。まさか平成生まれが成人を迎える年になっていようとは思っても見なかった。俺が20歳のころはまだ回りにちらほら明治生まれの御仁がいて、その御仁をむちゃくちゃじいさま扱いしていたのは記憶に新しい。しかし、今度年号が変われば俺は前の前の年号である昭和生れの枯れすすきなのだ。「昭和生まれのおやじ」と言われるようになるのも時間の問題なのである。

平成生まれが成人になる。その履歴書は、俺のおやじ度を再認識させ落胆させ卑屈にさせるにあまりあるものだった。白髪も増えるはずだよ。ヘッドショットもうまく当たんないし(それは違うか)。

だから年号使うの嫌なんだよ。年号が変わると何年前だかさっぱりイメージできない。平成-昭和でこれなんだから、もう一回変わったらほんとわけわかんないぞ。男は黙って西暦だろ。そうすれば「昭和生れの・・・」なんて言われないし、時間の感覚も掴みやすいし、いいことづくめだぞ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください