バイクに乗り始めて早30年弱、俺の手元には何かしらのマシンがあった。しかし、久々に乗り換えたRVFは崖の下に・・・ということで、30年ぶりにバイクがない時期を過ごしている。まるで「ク○ープを入れないコーヒー」みたいな感じで、違和感がありすぎだ。
ぶっ壊していながらなんだが、RVFにはあまり愛着を感じなかった。その理由はいくつかあるが、愛着がわく前にぶっ壊したのが一つの理由だろう。他にもう一つ大きな理由があって、それはあのマシンに新鮮味というか驚きを感じなかったからである。操縦性は俺が最後に乗っていたNSRとほぼ同じような印象であったし、サスペンション・車体まわりにも特に驚くべき点はなかった。
また、なんだかんだいってもやっぱり中古なのである。微妙にあちこちガタが来ている感覚は最後まで拭い去れなかった。実際、前オーナーがコケた跡もあった。バイクは微妙な乗り物で、無コケのマシンとコケたマシンでは操縦性に少しだが差が出る。コケることで車体のアライメントが微妙に狂うのだろうが、その狂いがバイクの場合ははっきり出てしまうのである。まっすぐ走らないとかハンドルががたつくとか、そういう大きな狂いではないのだが微妙におかしいのだ。
それより何より、乗ったときの感動が少なかったのがやはり一番大きい理由だ。一台目のCBXはマシンもさることながら初めてのバイクということで大興奮だった。二台目のVFRはそのパワフルさに驚いた。三台目の’88NSRはとにかく素晴らしかった。これが最新の操縦性なんだと思った。あまりに素晴らしかったので四台目もNSRを買った。しかし、’90NSRはより乗りやすくなったが面白みにはかなり欠けた。その他にもクラブマンやRG125Γも持っていたが、やはり中古は愛着がわかなかったしその操縦性に感銘を受けることもなかった。
俺はバイクを操る感覚が欲しくてバイクに乗る。だから新たな操縦性を提言をしてくるようなマシンが好きだ。残念ながら、古いマシンはエンジンも車体もサスペンションもヘタり、本来の性能を発揮できるタマはほとんどない。それだけでなく、設計の古い昔のバイクからは新しい発見はほとんどない。旧車を大事にしている人を否定するつもりは全くないが、俺が求めるものとは方向性がまったく違う。PCもそうだが、マシンには買える範囲の中で最先端のテクノロジを求めてしまうのだ。
だから、俺は多分旧車の良さは死ぬまでわからないかもしれん。そんな俺には中古車はダメなんだろうなと最近思っている。