とある人から聞いた話。その人は有人駐車場の管理をしているのだが、お客の中にはなかなか面白い人もいるらしい。
よくいるのが満車なのに「一台くらいどうにかしてよ」という人。物理的に一台くらいどうにかならない訳ではないのだが、その一台の移動とかに取りかかっているとその間にシレッとして入ってくる人が続出する。水際で対応しないと更なる大きなクレームとなるのでとにかく断るのだが、ガンとして「どうにかしてよ」という人がいて困るのだという。
満車の場合は他の駐車場を案内するらしいのだが、この時にも色々言われる。一番多いのが「時間が無いんだ」という言葉らしい。そもそも駐車場の管理者に他人の時間まで管理しろというのはいささか無理がある。何事も余裕を持って欲しいなぁと思いつつ何度も説得するのだが、説得している間にも次から次へと車がやってくる。この人自体が他人の超迷惑になっているのはなぜか理解しないようだ。こっちは時間が無いのだから俺の我侭を聞けという事なんだろうがお客はあなた一人じゃないのである。
次に言われやすいのが「言われても場所がわからん」という言葉で、これはつまりは「お前の言うことなど聞きたくもないし理解したくもない」という事らしい。こんなことでそんなに感情的になるひとの運転って大丈夫なの?と思ってしまう。また、自分の運転技術を逆手にとって「運転が下手だからそんな場所に入れられない」という人もいるという。言葉だけを真に受けると車庫入れが苦手なのになぜ駐車場に停めようとするのかよくわからないという話になってしまうが、これもまた「そんな場所に停めたくない」だけなんだろう。
いずれも結局は自分が中心で自分だけが良ければそれでいいという考えであり、管理者側の「あなたを特別扱いすれば他の人のリクエストも答えないとならなくなる」という事はまったく考慮されていないのが素敵だ。
このようなことを言ってくる人は圧倒的に中高年者で、若い人は文句は言ってもほとんどわがままは言わない。若い人の方が忍耐力が無く感情的で思慮が浅いなんて言うのはこの日本ではまったくの嘘で、忍耐力が無く感情的で思慮が浅いのは人生経験を積んでいるはずの中高年者なのだ。無理を通そうとするのであれば特別な対価などのそれなりの何かが必要であり、そんなのもなしに自分の意見だけを通せとは普通の感覚では考えられないと思うのであるが中高年者にはそういう考えも通用しない。あくまで「自分は特別」なのだ。
逆に若い人は中高年のそういう姿を見ているせいか、思っている以上に他人に迷惑をかけないよう心がけている人が多い。中高年者は反面教師にしかなっていないのを理解しているのだろうか。こういう考えを持つ人たちが金も権力も握ったまま離さずこの国の実権を握っているのだから、世の中なんて良くなるはずもないよな。
と、その人の話を聞きながら思った。中高年者は何でもかんでも録画しておいて後から見直してみたら如何か。