人間としての価値がないとは厳しいご意見だこと

面白いエントリを読んだ。

「なぜ、ゆとり社員は俺の飲みの誘いを断るのか」問題 – ありふれた事件

これによると、飲み会の誘いを断るのは、

「あなたに人間としての価値がないからです。」

ということらしい。それは確かに言える。俺が若い頃も、誘いに応じるのは奢ってくれるからであって、それがなかったら行く理由はほとんどなかった。奢ってもらえるからその代償としてのお小言も多少は我慢できたし、酒の上での無礼講よろしく噛みついたこともあった。ま、そんなもんだ。

さらにこのエントリの鋭い点は

信頼度が1あれば少なくとも僕は飲み会の誘いを無 下にはしません。でも0を1にするのは飲み会では無理です。

というところにある。これはまさにその通りで、飲み会なんかではなにも解決しない。このあたりを「おっちゃん」は完全に勘違いしている。

だけど、ある一面から見れば、おっちゃんもゆとりに人間的価値を見いだせず、自分の土俵に連れてくれば何らかの価値を見いだせるかも・・・と思っているのかもしれんよ。お互い価値がないと思いつつ、一方は価値を見いだそうとせずに拒絶、もう片方はどうにかして価値を見いだそうと模索しているとしたら、価値がないのはどちらなんだろうとも思う。

とまあ、こういうのも俺だけの考えで、それが正しいとかは言わないことにしておこう。敢えて言わせてもらうと、誘われるだけマシだということは覚えておいた方がいいと思うよ。

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