先日頂いたコメントから、思うところがあったので書いてみる。
ウチの親父は数年前に亡くなったのだが、その原因は確か「肉腫」だったと思う。それはかなり前から見つかっていたらしい。悪性ではなかったのでそのまま放置していたようだ。手術すれば治ったのが、手術は結構な大病院でなければ無理と言われていたらしい。家は全く家計に余裕がなく、親父はそんな大病院の医療費の支払いなど出来ないと思っていた。その上、高額医療制度など全く知らないばかりか、俺への相談さえなかった。俺も金は持っていないが、そういう知識は少しは持っているわけで、相談して貰えば何かしらの手は打てたかもしれん。
「肉腫があって、もう取れないらしい」と親父言われたのが死ぬ半年くらい前で、あれよあれよという間に死んだ。母親も同じようなもんで、自分の体調の悪さとかを金が無いとかで我慢していたら結構ヤバイ病気で、こちらもサクッと死んでしまった。
昔、いつでも明るいだけのバイトがいたが、話をしてみると何も考えていないし知識も乏しい。思慮が浅く知識が乏しいと悩みも少ないというのを、彼女を見て初めて知った。周りは彼女のことを馬鹿にしていたが、ああいう生き方も幸せだと思う。
知識は悩みを生み、それを解決しようという苦労も生む。解決できたときの喜びは大きいものがあるのは確かだが、自分で解決できないことを知ったときの絶望感は言い表すことが出来ないほど大きい。悩んで悩んで悩み抜いて覚悟を決め諦めるのと、知らずに生きるのとでは、その段階での結果は全く同じである。どちらが幸せなのかとつくづく思う。
これはまるで『億万長者』というアメリカンジョークの裏返しのようで興味深い。