VineLinuxでのADSLルータ

VineLinuxをADSLルータとして使う場合の設定方法

参考ページADSLによるLinuxサーバ構築

もともとVine2.5-2.6には、ADSLモデムにブリッジ接続した場合に必要となるパッケージ(rp-pppoe)が用意されているので、kernelの再構築などは必要ない。

自分のシステムに入っているかどうかは、rootで
rpm -qa | grep rp-pppoe
とやれば確認できる。

もし入っていない場合は
apt-get install rp-pppoe
としてインストールする。

インストールを確認したら、rootで
adsl-setup
を実行し、画面にしたがって必要なデータを入力していく。ここでサーバの種類として、NONE、STANDALONE、MASQUERADEの3種類のから、どれかを選択しなければならないが、ルータとして用いるのであれば、MASQUERADEを選択する。

さて、ルータとして使用する場合、ネットワークカードを2枚使うことになるわけだが、その場合、ADSLモデムに接続するネットワークカードの方は、起動時に作動させる必要はない上、プロバイダから与えられたアドレスで動かなくてはならないので、Webminなどで設定をしなくてはならない。

まず、webminを起動させ、アクセスする。その後、ネットワーク -> ネットワーク設定 -> ネットワークインターフェースと降りていって、起動時にインターフェイスをアクティブのところの、モデムに接続するホスト名をクリックする。

このような画面になるはずなので、ここで赤丸をつけたところを適切に設定する。起動時にアクティブのところは、必ず「いいえ」をチェックする。
IPアドレスを与えてやるとよくないなどの情報もあるが、入れてやって大丈夫だ。

保存して適用を押すと、

こういうふうになっているはずなので、確認する。

これでとりあえず繋がるかと思うが、ルータとして使用する場合は、プロキシのサービスも起動させなくてはならないようだ。

これもwebminから設定する。サーバのところのSquid プロキシ サーバで起動できるはずだ。

あとは、/etc/ppp/firewall-masq(ここは最初のadsl-setupで選んだものに一致するので注意)を編集し、ポートを開けてやる。

私の場合は、下記のようにwwwとsshとDNSを開けている。
/sbin/ipchains -A input -i $EXTIF -d $ANY 53 -p udp -j ACCEPT
/sbin/ipchains -A input -i $EXTIF -d $ANY 22 -p tcp -j ACCEPT
/sbin/ipchains -A input -i $EXTIF -d $ANY 80 -p tcp -j ACCEPT

その後、adsl-startとやって、繋がればOKだ。

繁栄と衰退

だめだこりゃ社がどのような商売に目を付け、どのように展開していったかはご想像にお任せしよう。

その当時、だめだこりゃ社にはやり手の専務がおり、この専務がだめだこりゃ社の次の事業基盤を作るべく邁進していた。その新規事業はそれなりの成果を見せ、ある部門では営業利益率20%を超える事業になっていったのである。

有能な部下は、その会社オーナーにとって非常に頼もしい存在であるが、その部下の勢力が強大になるにつれ、オーナーとしては面白くない存在に変わっていったのは想像にかたくない。権力者が、自分の権力をおびやかす存在の排除にかかるのは至極当然のことだろう。

そこでオーナーは、あるコンサルタントと、T大卒のオーナーの弟を相談役としてだめだこりゃ社に呼び寄せた。本来の意味では相談役=コンサルタントなので、要はコンサルタントを2人導入して、この専務を抑え込もうとしたのであろう。

しかし、このコンサルタント、大した実績もあげていないのにオーナーに取り入るのだけはうまいというとんでもない野郎で、そこに見栄ばかり張りたがる相談役がからんだものだから、ありとあらゆる設備は過剰投資となっていったのである。

このころはバブル最盛期で、金融機関もどんどん金を貸してくれた。設備投資過剰であるから、運転資金は借り入れでまかなうようになっていったのはそれからまもなくのことである。

会社概要

わたしがだめだこりゃ社に勤めてから、既に15年になろうとしている。ここ数年、わたしの給料は下がっていく一方である。いや、これはわたしだけではない。会社の従業員のほとんど全てが賃下げになっているのである。

だめだこりゃ株式会社の経営が傾いてから、既に何年たっただろうか。

だめだこりゃ社は、創業110年を越える老舗中の老舗である。この地方の主要都市に全て自社の営業所を構え、広範囲に営業を続けて来ただめだこりゃ社であったが、ここ数年でその資産もほとんど売却し、切札として持っているものはあとひとつしかなくなってしまった。

いつからこんなふうになってしまったのだろうか。

この状況は、全て金融期間の長期策略によって作られたのだとわたしは思っている。だめだこりゃ社は「はめられた」会社なのだ、と。

だめだこりゃ社は、昭和60年代には年商200億円を突破するのではないかとさえいわれた会社である。しかし、その当時で、既に負債は140億円程に膨らんでいた。その10数年前、だめだこりゃ社の負債は20億円程しかなかったのである。たった10数年の間に、120億円も負債が膨らんでしまっていた。

だめだこりゃ社はオーナー会社であった。創業者はかなり先見の目があったらしい。その後の経営執行責任者もかなりのやり手であったらしく、現在のだめだこりゃ社のすべての基礎は、この時代に培われたものだといってもいいだろう。

その基礎となっている分野にかげりが見え始め、だめだこりゃ社も新たな分野の業務開拓を始めたのだった。

つづく

なんでだろ~~

今日は会社に泊まりこみになってしまった。
もう、死んでくれ…

しかし、いいよなぁ、帰れる奴は。俺も定時に帰りたいよ。
ほとんどの奴が定時に帰れるくらいしか仕事ないんだもん、そりゃ潰れそうになるわな。

人時売上2000円台って、現場の人間がどのくらいヒマしてるのかわかんないんだろうな。
慈善事業やってるんじゃないんだよ。

給料が安くてもなんでみんなやめないか、それは「ラクチン」だからなんだよ、ば~か > 銀行から来た経営者

追加の文句を書いてみたぞ。

OS-9とFM その2

ということで(どういうことだ?)、オイラはFM-7、77、11を所有しているのであるが、7君は実家に置いてある。まだきっと動くだろう。7君はHITACHIの6809の新しいCPU、たしか68C09とかっていう型番だったと思うが、そいつにメイン・サブとも差し替えてある。

77、11は、なんと1990年あたりまで使っていた。情報の収集はもっぱらNiftyのOS-9フォーラムだったな。

オイラは1985年あたりに今の会社にもぐりこんだのだけど、仕事をPCでやらせようと思ってBasic09でプログラミングにいそしんでいたのだが、どうしても時間が取れず、OS-9での仕事は断念せざるを得なかった。

ただ、ある企画書は77を使って書いたのだった。今考えればよくやっていたなと思う。だって、まともなワープロソフトもなかったんだよ。あの時使っていたソフトはなんだったかな?確かソフト買ったんだよな。

ANSIコードを使って文字の色を変えたり点滅させたりさせる、今のアスキーアートみたいなやつがはやった時期があるのだが、哀しいことに11は対応していなかったのだった(というか、コード体系が違っていて、そのままでは表示できないといったほうが正確だが)。

そこで!! 作りましたとも、ANSIフィルター。パソコン通信で入ってくるデータをパイプラインを使ってこのフィルターを通して11のコードに変換させ標準出力に表示させるのさ。いや~、よく作ったよね。

あのころはビンボ~~だったんで、家計簿ソフトも作ったね。今考えるとリレーショナルデータベースみたいな考えだったな。これ、データをFDDのセクタに直接を書き込むように組んだので、結構速かったなぁ。

あと、何つくったっけ?ゲームも作ったな。あと、雑誌に載っているF-Basicで書かれたプログラムをBasic09に移植もしたな。

しかし、世の中は98一辺倒の世界に突入していく。絶対ユーザ数の少ない機種の哀しさは、味わったものでなくてはわかんないだろうね。どんなに機能が優れていようとも、廃れるものはたくさんあるのだ。

OS-9とFM その1

あんまりにも仕事したくないんで、チョッとサボり…

オイラがOS-9に手を出したのは、今からさかのぼること20年くらい前のこと。
もともとマイコンはFM-7が最初で、その前はカシオのポケコンを使ってた。

FM-7は本体+CRT+テープでスタートしたが、まったく満足できず、プリンタとFDDを購入、漢字ROMも追加、音声合成カードも買っちゃったもんだから、拡張スロットが足りなくなるというおろかな状態になった。

そこでそのころのOh!FMにのってた「フラットケーブルを改造して拡張スロット数を増やす」事にしたのであった。改造といってもめちゃくちゃ簡単で、フラットケーブルにコネクタをつけるだけなんだけどさ。
で、機能はいいが、外見は???となってしまった。だって、拡張ボードの基盤が丸見えなんだもの。
その後、やっぱり400ラインじゃなくちゃいやいやいや(今のディスプレイのVGAって640X480でしょ?FM-7は640X200だったのだ。ここに漢字表示させたことを想像してみな?漢字のフォントは16X16で、その他は8x8なんだよ?

こんな感じになっちゃうのだよ)となって、FM-77L4を買いましたとさ。

FM-77L4は、メモリも128KBもつんでいて、とても気分がよかった。しか~し、オイラはそこで運命の「OS-9」と出会ってしまう…

OS-9使ってみると、どうも7系ではイマイチしっくりこない感じがして不満ダラダラ(たらたらのもっと上)となっていったのは、至極当然のことといえよう > いえないよ、普通

そこで躍起になってFM-11を探した。もうそのころ11は販売中止になっていて中古しかない状態だったので、パソコン通信(300bpsだよ、信じられるかい?)からNiftyを駆使して、中古品を探しまくったところ、運良く1台見つかった。なんとまあ、それが本当の初期のFM-11で・・・

その後も探しまくったところ、今度はBSってタイプの奴が出てきた。

オイラはこの2台を分解し、一台にまとめ上げたのであった。筐体は初期11メイン基盤はBSのものを使い、メモリも初期11からはずしてつけた。面白そうだから、BSについていた8088カードはそのまま残した(でも、これはCP/Mを持っていなかったので、タダの飾となったのは言うまでもない)。
そして初期11から電源と2DFDDドライブをはずし、外付けドライブとして流用した。

FM-77L4と11をRS232Cで繋ぎ、ログインして遊んだりしてたなぁ。
いや、ホント面白いシステムになってました。

今みたいにソフトなんてそう売ってなかったから、必要なものはアセンブラとBasic09でぜ~んぶ作るわけだ。このBasic09、出来がよくて、今でこそエディタ、コンパイラ、デバッガなんて当り前だろうけど、そのモードが最初からあって、ソースを書いてコンパイルして使うわけだね。コンパイルといっても、現在のCのように完全なコンパイラではなくて、Iコードとか言う中間コードを作成するもんなんだけどね。
いまLinuxをあまり苦もなく使えるのは、全てOS-9のおかげです。

やっちまったんであせった

いや~、ホントおいらって変なことよくやらかす奴でして…
何をしたかというと、サーバのメールサービスも動かす前にMovableTypeのパスワードを変更しちゃったわけですね、はい。
当然まったくログインできない状況になってしまいました。

慌ててwebで検索すると、こういう方、結構いらっしゃるようですねぇ。オイラだけかと思って情けな~~く思っていたのですが、少し安心(スマソ)した次第であります。

じゃ、何で今ログインできてるのか?ですか?

それは、自前サーバなもんで、配信できないメールが残っているはずと思って調べてみたわけですよ、ええ。そしたらありましたありました。その新規パスワードで無事ログイン出来たわけです。

こういう「車の中に鍵を置いたまま鍵かけてしまった」ってこと、よくやってるんですね、おいら。

たとえばこんなこととか、Linuxのシェルを削除してしまったとか、rm * してしまってシステムが消えたとか…

単なる馬鹿ジャンという話もあります。

おいらのシステム

オイラのシステムを紹介しよう。

・サーバ(VineLinux2.6+Windows2000のデュアルブート)
 自作 CPU K6-2 450MHz Memory320MB HDD 40+60GB DVDDrive
・嫁さんPC(Windows98)
 自作 CPU K6-2 300MHz Memory64MB HDD4GB(うう、手抜きだ)
・死んでるPC
 自作 CPU Cyrix 6×86 233MHz Memory 128MB HDD 6GB
・Mac(パフォーマ)
 使い方よくわからんから娘にやった
・まったく使い道のないゴミのようなもの
 FM-77L4(OS9) FM-11ADもどき(OS9) PC98SXnote PC98NSnote

ふ~~、どう見ても全部ゴミにちかいな…(苦笑)

古いパソコンに愛着がある人は、ここのページ見てみよう。

FM-11にはめちゃくちゃ愛着があるので、いまだ捨てられない。オイラはFM-11をOS9で動かしてた。どんなんだったの?といわれると・・・それはね、こんなのだったのだよ。
あ~、もう一度復活させようかな・・・

アクセスカウンタをつけよう

いまどきはやらないアクセスカウンタをつけてみようと思った。以下、手順。

1、アクセスカウンタのcgiは色々あるが、なぜかここが目についたので取ってきた。
2、このファイルを、サーバのcgiフォルダに転送
3、hoge.txtをhoge.cgiに変更し、パー ミッションを755に変更
4、countx_dataフォルダを作成し、パーミッションを777に
5、countx-123.cgiじゃなくて、countx.cgiに直す。
6、TemplateのMain Indexを編集する。

上記のようにやってみました。でも動かん…なぜ?

VineLinuxへのMovable Typeのインストール その1

まずはアーカイブをダウンロードする。ダウンロード先はここ

1、Download Movable Type Version 2.661をクリック。

2、ここでダウンロードタイプ他を選択してダウンロードする。タイプは適当にね。名前とかはいれなくても大丈夫みたい。

3、日本語パッチをダウンロードする。ダウンロード先はここ

4、本体ファイルを解凍する。
 tar xzvf MT*.tar.gz

5、日本語パッチを解凍し、パッチをあてる。
 patch -p1 < MT.[日本語コードタイプ].patch
 当て方の詳細ははREADME.txtを見よ。

6、解凍したファイル、パッチを当てたファイルをサーバのフォルダにコピーする。

7、cgiが動くように、/etc/httpd/conf/httpd.confを修正する。修正方法・箇所はここを参照した。

8、コピーしたサーバのフォルダにあるmt-check.cgiを動かし、足りないperlライブラリをインストールする。perlライブラリのインストールは
 su –
 perl -MCPAN -e shell
 cpan>install hogehoge
 でできる。最初はcpanの初期設定が出てくるが、ほとんどデフォルトでOK。
 また、ブラウザからcgiが動かない場合は、ターミナルから直接./mt-checl.cgiを実行すればよい。

9、ライブラリをインストールしたら、念のためサーバを再起動したほうがいいかも。オイラはこれでつまづいた。

10、再起動後、再度mt-check.cgiを実行し、ライブラリがインストールされたか確認する。

11、MovableTypeの設定ファイルmt.cgiを編集する。
 CGIPath MovableTypeを置いたフォルダ
 NoHTMLEntries 1 <- 1にする
 PublishCharaset パッチを当てた日本語コード
 この3つの変更で大丈夫のようだ。

11、インストール用cgiのmt-load.cgiにアクセスする。オイラの場合、ブラウザからcgiが動かず、ターミナルから直接実行した。

12、mt-load.cgiを削除する。

以上でおしまい。

無駄な時間でもないか

今日、仕事中にコーヒーを飲んでいたら、何故か突然むせて、ディスプレイとキーボードにコーヒー霧吹してしまった。ディスプレイはささっと拭けばいいが、キーボードにはまいった。なんせオイラはコーヒーはお子さま向け砂糖ミルク入り。そのコーヒーしぶきでキーボードはべちゃべちゃ。ささっと拭いたくらいでは落ちそうにもない。よしんば落ちたとしても、キーのすき間から入り込んだやつでネタネタになるのは目に見えている。

オイラはメカニカルキーボードが大好きで、FILCOの奴ばかり使ってるんだけど、こういうときだけは「あ~~、メンブレンの安い奴にしておけばよかったにゃ~」と思うのだ。メンブレンだったら、ちょちょっと分解して水洗いしちゃえばOKだもの。今まで何度洗ったことか。

でも、お気に入りのキーボードだし、一大決意して分解することに決めた。

1. まずはPCを止めキーボードを外す。
2. キーボードの裏のネジをとって、表面と裏面、キートップが付いている基板、配線の4つに分解する。
3. キートップを注意深く全て外す。無理にやると、スイッチに刺さっている部分が折れるよん。(前折ったもんね)
4. コーヒー噴霧されたスイッチ基板を、きつくしぼったきれいなタオルで拭き取る。キートップが、コーヒーからスイッチを守ってくれていた。よかったよかった。
5. キートップとカバーをもっていそいそと流し台へ行き、お湯と中性洗剤できれいに洗う。(よくすすがないとね~)
6. かわいたタオルでカバーとキートップを拭き取る。
7. 他のキーボードを見ながら、キートップを元の位置に差し込む。
8. 基板をカバーに付け、ネジを締めて出来上がり。

ま、こんなもんだ。おちゃのこさいさいだね。おっと、基板の裏面のハンダ付けしてるとこで、薬指の先を切ってしまったぜ。結構鋭い状態だなぁ…。バラす奴のことなんか考えてるわけもないから、きれいに仕上げなんてしてるはずないか。(以上、と、日記には書いておこう調ね)

結局、自前コーヒー噴霧器の所業から原状回復まで賞味1時間半、仕事もしないでこんなことやってていいのか?という自責の念と、キーボードが使えなきゃ仕事になんないもんねという自慰の思いに両ほほをビンタされながらやりましたとも、ええ。

おかげさまでキーボードはほんとにきれいになりましたとさ。