文章の意味は読んだ人の捕らえ方で決まる

先日の続かないブログを見分ける方法には興味をそそるコメント・はてブコメントが付きました。軽く受け流すような話のつもりが想定外の反響に少々驚いています。

アクセスログを見る限り、ネガティブなコメントをされた方はそれ以降アクセスされていないようです。旅の恥はかき捨て気分で便所の壁に落書きしていったのかもしれません。ただ、ほとんどの方は「ふーん・・・」みたいに素通りしてくれていますからたった数件のことを気にすることはないのでしょうが、気の弱い人は夜も眠れなくなるかも知れません。たった2000/日アクセスくらいでこれですから、数万アクセス/日のところなどは大変でしょうね(ex.池田センセなど)。

今回の件では文章を書く難しさを改めて認識させられました。ある程度想定内の反応はまだしも、まったく予想外の読まれかたをされたりすると一瞬どきっとします。パソ通のころからネットワークを使いはじめて20年以上経っていますから頭では文章でのコミュニケーションの難しさを理解しているつもりですが、当事者になると当事者経験の少なさが露呈してしまいます。

文章の捕らえ方は読んだ人によって違います。濃い味が好みの人に薄味のとてもおいしい料理を出しても好まれないのと同じです。もっと言えば、文章を読んだときの感想は自分を映し出す鏡といってもいいでしょう。何故自分がそんな感想を持ったのか、紐解いてみるのも面白いものです。自分でも気がついていない自分自身の深層心理に出会えるかもしれません。

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