拝金主義じゃない経営者っているのだろうか

評論家・山崎元の「王様の耳はロバの耳!」 堀江氏、村上氏、折口氏を比較するで、3人を比較したエントリが出ている。隠し砦の三悪人よろしく的な扱いのこの方々であるが、堀江氏、村上氏とも「こういう業態だから経営者になれたんだろうな」という感じがする。要は変人という印象がするのだ。折口代表が一番経営者というイメージが漂っていると感じるのは同意する。多分そこには「直接使う人やつき合う人の数」の違いが表れているように思う。

さて、折口代表の印象はこれくらいにして、少々気になった点を一つ。

山崎氏はこの3人をすべて「拝金主義」としているが、拝金主義ではない経営者がいたら教えてもらいたい。あらゆるコストは「金」に換算して計測するのが普通であろう。ましてやビジネスとなれば実際の収益はもとより、将来性や経営者の資質も含めた価値を金額換算して計測するのは当り前の話だ。当然そのなかには従業員の満足度や世間に与える影響などの、いわゆる「ブランドイメージ」も含まれている。その金額換算した「価値」を高めていくのが経営者の使命ではないのか。

以前にもホリエモンちゅてきというエントリでも書いたことがあるが、世の中を全て金に換算して見るというのは世の中を測る物差しを一定にした計測方法であり、とても理にかなっていると感じる。それを必要以上に口に出して言えば「守銭奴」と呼ばれるかもしれないが、それが出来ない人は感覚でコストを計測して割を喰うだけだと思う。もちろんいわゆる経営者でなくても当てはまる話だ。

「儲ける奴=悪人」みたいなイメージを持ってしまいがちだが、利益を追求しないで潰れてしまったらそれこそ元も子もない。問題なのはその利益を社会にも労働者にも還元しない事であって、拝金主義かどうかではないだろう。逆に、金に換算できない経営者なんて危なっかしくて近寄りたくもないのだがどうか。

隣国叩きからみる日本の衰退

回収紙をナプキンに、ようじ再使用も…中国紙報道 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

このような話は日本人には俄に信じがたいものだ。どうすればこのようなことをやろうと思うのかさえ理解できないのではないか。

中国はオリンピック開催を控え、このようなネガティブな事を早めにつぶしてしまいたいのだろう。驚異的なスピードで成長を続けてきた中国だが、ここに来てその成長スピードにかげりが出てきたことも関係していそうだ。例えるなら「飛ぶ鳥を落とす勢い」から「出る杭は打たれる」に変わりつつあるというところか。

それにしても中国は信じられない話が多すぎる。日本は中国からあれこれ言われていることもあるようだが、国民性というものは急に変わるものではない。使用済みの生理用ナプキンや病院が廃棄したガーゼを原料に紙ナプキンを作ったり回収したようじを水につけてよごれを落とし包装し直しただけの汚染つまようじを作ったりする国の言うことを信用していいものかと疑問に思う国はないのだろうか。

つい先日もレイプ・オブ・南京に対抗した動画がYoutubeにアップされ、海外で大反響があったようだが、回収紙でナプキンを作りつまようじを再使用する国であれば有り得る話と妙に納得してしまう。ただ、このような中国叩きが日本で出てきたということは、中国が無視できない存在になった事を意味している。取るに足らない国であれば言わせるだけ言わせておいても構わないのである。裏を返せば「日本が弱くなった」ということを端的に表している事のように思う。日本が本気で中国に対抗し始めたら日本はやばいかもしれない。

ニホンオヤジ減少の弊害

asahi.com:朝日新聞 恋愛・結婚特集 こんな気持ちのまま結婚をしても良い?

このようなたわけた質問が出ることは、まったくもって嘆かわしい限りである。その昔の日本は、女性が結婚するまで操を守るのが美徳とされてきた国であるはずだ。なぜそのような風習があったか、それはニホンオヤジの力が強かったからに他ならない。

漢という者は他人に負けたくはない生き物である。ましてや夜の秘め事に関して他人と比べられ「あなたの方がずっといいわ」と言われるならまだしも、「いいのよ、気にしないで」などと慰められながらも女性の額に「へたくそ」と書いてあるのが見えたら最後、頭から穴に入り二度と出てきたくなくなる生き物なのだ。

いくら虚勢を張ろうと「へたくそ」の文字が頭の中を渦巻くようではオヤジの威厳もへったくれもない。そこでニホンオヤジはどうすれば女性に自分の力量がばれないか考えた。そして、出た結論は「他人と比べられなければいい」である。三段論法で言えば

へたくそと思われたくない。

へたくそと思われるのは比べる対象があるからである。

よって、比較されないように貞操を守らせれば良い。

という自分の下手さを手の届くはずもないような高い棚の上にあげ、非常に明瞭ですばらしい結論を導き出したのである。これは、すべてがニホンオヤジ中心であるからこそ導き出すことができる結論で、さらにはこの理論を実践することで女性に自分なりの喜びを与えられるようになっていくという自尊心もくすぐることが出来るすばらしいものなのである。結婚すれば秘めたることができるようになるという期待感で結婚の価値観はあがり、結婚後はいいわそこそこああんそうかここだったのかと仮定家庭円満まちがいなしだったのだ。

このような素晴らしい先人の知恵をないがしろにし、己の快楽に身を委ねた挙げ句にこのような相談をしてくるなど言語道断である。人間、知らないほうが幸せな場合も多いのである。さらに言えば、どんな相手であってもそれなりに喜びを与えられない且つ得られないのは自分の能力の低さが起因しているのだよお嬢さん。わかるかな、わっかんねーだろうなぁ。

嗚呼無情。

PEPSI ICE CUCUMBER

6月12日から期間限定発売される、噂のキュウリ味 PEPSI。その名もICE CUCUMBER(愛す休刊婆アイスキューカンバー)。11日にコンビニに立ち寄ったら既に売られていたので早速購入しました。最初はボトルに色がついているのかななんて思っていたのですが、そのもの自体がきれいなライトグリーンです。

カップに注いでみると、その色合いがなかなかきれいです。

さて、さっそく飲んでみますか。


飲むぞ
色はいいね(拡大)

いざ書こうと思ったら、味を思い出せない。ほんの少し苦みがあって思ったより甘くて、それからどうした。あら?印象が残っていないよ。

ということで、ちょっと癖はあるかもしれないけどインパクトなしです。もう少しビックリさせてくれたらうれしいのに。

真性ネットイナゴはブックマークをした人間ではない

池田信夫 blog はてなに集まるネットイナゴ

真剣にエントリをアップしている人にとって、意味不明のコメントや品位を疑うようなコメントがつくことはとても心外であるのは確かだ。実社会においては身なりなどで「招かれざる客」を判断することも出来るが、ネットの場合その選別は非常に難しい。実社会のように人間がリアルタイムで入店の判断をすることが原則的に不可能なのがネットだ。

もう一つネット社会で面白いのは、例えば実社会で「あなたは当店への入店をお断りいたします」みたいに言われた場合、相手に聞こえないような声でつい口にしてしまうかもしれない「おたかくとまってんじゃねーヨ」のような捨て台詞を形として残すことが出来る点だ。入店拒否された店の入口の横に堂々と「ふざけんな」と落書き出来るのである。これがネット社会ならではの特徴であり、ネットに棲息するための前提として強く認識すべき特徴だと思う。こんなことは今さら言うまでも無い現実のことだが、これを是とするか非とするかは好みの問題だろう。

コメントなどで程度が知れる単語のみを多用する人は、単に他の言葉を使ってうまく反論できないためか、もしくは「感情」のみで生きているためだと思われる。特に後者の場合は重傷で、判断基準が全て「己の感覚」だけで構成されている恐れがある。そしてその感覚は実際は自分のものではなく、他人が作り出したイメージによって構成されている方が多いのではないか。簡単に言ってしまえば「自分の意見が無い人」、「思考が停止している人」で、こういう人はネットだけでなく実社会でもイナゴと呼ぶべきだと思うのだが、実社会では一般大衆などという都合のいい言葉で呼ばれているようだ。ネットでイナゴなどと揶揄されるのは、実社会では音波として消えてしまうイナゴのつぶやきが、ネット社会ではデジタルデータとして保存されてしまっているため後になっても確認できるためだけだ。実社会でも国会という場面で住民の代表であるはずの議員が野次を飛ばす国だから、ネットイナゴの口(手)が滑ってもなんら不思議ではないように思うのだが如何だろう。ただし、これは字数などにあまり制限のない場合の話で、はてなブクマの場合は字数の制限があるため当てはまらない面も多々あるのは言うまでもない。

タグやコメントの単語もさることながら、はてなブクマはイナゴ収集という意味ではかなり有力なツールだ。ブックマーク数が増えてはてなブックマークのトップページに載ったとき、一時期的だがアクセス数は跳ね上がる。内容云々よりブックマーク数とタイトル名だけで一気にアクセスが増えるのだ。しかし、ブックマークをするのははてなに集まるものの中でまだ能動的な人間であろう。つまり、本当のイナゴはその結果だけで動く者たちを言うのであってブックマークをした人間ではないのである。真性イナゴは言葉を発しないのだ。

しかし、このイナゴの集団は誰も無視はできないはずだ。イナゴには悪貨とか良貨とかいった意識すらなく、そのくせパワーだけはある。大きなうねりとなって目の前のものを食いつぶしていくからあたかも意思があるように感じるかもしれないが、それは事が起こってから後付けされたものだろう。つまり悪貨も良貨もイナゴには駆逐されるのだが、イナゴには意志はないのである。その意思のないイナゴを如何にしてまとめあげ誘導するのかが腕の見せ所であり、そういう意味では池田信夫 blog はてなに集まるネットイナゴというエントリはよく計算されたすばらしいものだと思う。

胡散臭いのはコムスンなのか

近頃、訪問介護最大手コムスンの話題が賑やかだ。業界最大手でありながら企業ぐるみで不正をしていたと判断されたこと、コムスンの親会社「グッドウィル・グループ」の会長がジュリアナ仕掛け人の折口雅博氏であること、処分決定後も処分逃れと思われても仕方のない手法をとろうとしたことなど、話題には事欠かない。

コムスンを悪者として論じると話が判りやすく話題性も高くなるのだろうが、その一方でなにか引っかかりを覚える人はいないだろうか。俺はコムスンのやっていたことがどんなことなのか本当のところは判らなかったせいもあってか、このニュースを初めて耳にしたとき大きな違和感を覚えた。

俺は「介護だから」という理由でなぜ役所が主導権を握るのかよくわからない。そもそも「補助金」という餌をバラまいているのはどこなのか良く考えてほしい。その「甘い蜜」があるから「アリ」が集まるのだ。バラまく所が少ないが故、市場の監視機能も働かずこのような事態が起きても市場に残ることができるのだ。このような仕組を作ったのはどこなのかをうやむやにしてはならないと思う。

国が補助金をだそうが何をしようが事業にはコストはかかる。それを市場原理が働かない補助金などという麻薬を使うからコストも下がらず質もあがらないないのではないかと思う。コストだけではなく、役所が絡んだものは得てして画一的な融通の効かないものになりやすい様に感じる。人間相手の仕事が画一的であってうまくいくとは到底思えないのだがどうか。それこそ補助金を利用者に渡し、自分で選んでもらった方がまだいい結果を生むのではないかと思う。民間主導の事業として進めるのであれば、介護といえども市場の競争原理の中に置くべきなのではないのか。そして、どうしても手が届かないところに「官」が出ていけばいいだけだろう。

自分で変な種をまいておきながら「おまえダメだから出ていけ」だけでは、第二、第三のコムスンが出てくるのももうすぐだろうよ。

ネット社会の錯覚が勘違い野郎を生む

ネットをうろうろしていると、おやっと思うような人のサイトに辿り着いたりすることがある。そのサイトがBlogであったりすれば、現実社会では会話をすることが無いような相手であってもサイトにコメントを残したりすることが出来る。訪問者はコメントを残したというだけで、その人との距離が少し縮まったように感じるかもしれない。もしそのコメントになんらかの反応があったなら、距離感は一気に縮まるだろう。

また、自分のコメントに反応がない場合でも、他の人のコメントのやりとりを読むうちその人の意外な一面が垣間見えたりすることがある。その意外な一面が妙に俗っぽかったり庶民的だったりしたとき、相手との距離感がぐっと縮まるような感じを受ける人は多いのではないか。

この感覚が、いままで相手にされるはずもない異次元の人間が一気に自分のレベルまで降りてきたような錯覚をもたらし、そして大きな勘違いが始まる。

この勘違いは、実は現実社会でもよく見ることが出来る。例えば高級レストランに勤めるウエイターは、その店の性格上、普通であれば話もすることがないであろう人と実際に会話をする機会があったりするものだ。その会話は知人の関係での会話ではないのだが、ウエイターの中にはさも顔見知りになったような錯覚を持つ奴もいる。「虎の衣を借りた狐」の感覚なのかもしれない。それだけでなく、自分のポテンシャルも相手と同じだなどと勘違いする阿呆も出てくる。そしてその阿呆は、したり顔で「俺はあのひと知ってるよ」と言うのだ。

現実社会では感じられる潜在的なパワーを感じとりにくいネット社会では、勘違いする阿呆は現実社会よりも多いはずだ。

有名人や著名人だからといって、その人の前で卑下する必要はないだろう。しかし、相手の力量を見極めないと恥をかく。恥をかいたという自覚がある人はまだいいほうで、恥をかいたことも判らずにいる人間を見るのは辛い。相手の力量を見極める力をつけたいものだ。

パチンコ存亡の危機

Yahoo!ニュース – 日刊ゲンダイ – 本当?パチンコ存亡の危機

爆裂スロットももうすぐお別れ。これからは全然面白味のない5号機になってしまう。

勝ち負けを抜きにゲーム性だけで見ても、5号機が4号機より面白いという人はまずいないだろうと思う。コイン持ちが少しだけいい分、当然ながら当たりも引きにくい。そのくせ思ったよりコイン持ちは悪い。感覚でいえば1000円50枚で回せる回数は、4号機で20~30Play、5号機で30~40Playと言ったところかと思う。5号機はBigなどの獲得枚数が少ないため、実質的には4号機に毛が生えた程度しか遊べない。そして爆発はほぼない。つまり、貯金箱台は設定が変わるまで永遠に貯金箱なのが5号機だと思う。

今までのパチンコ屋は「一度やったらやめられない」くらい儲かると言われていた。パチンコ台1台で売上が2万あったとしたら、400台設置の店では一日の売上は800万である。30日ではなんと2億4000万だ。商売というもの、入ってくる金がデカければデカい程利益を出しやすいのは言うまでもない。デカい売上があれば後は工夫次第でどうにでもなるのである。それもパチンコ屋はキャッシュで入ってくるのだからたまらない。売掛回収なんて気にしなくていいのだ。なんとうらやましいことか。少し頭のいい経営者ならウハウハのはずだ。

この記事にある

「客を呼ぶには新台を入れるしかないが、その寿命は平均1カ月半。ホールが月1ペースで入れ替えるパチンコ台は1台平均45万円。30台を入れ替えれば1350万円です。年間400台を入れ替える大きなホールになると、それだけで1億8000万円だからベラボーです」

なんて話は誇張も甚だしい。400台設置のパチンコ屋が一年間で全ての台を入れ換えたとして、上記仮定条件であればその設備投資額は売上の6%程度だ。6%の設備投資なんてそんなに騒ぐレベルのものではない。逆にそれ以外の経費は電気代と従業員の給料、地代家賃くらいなものだ。月給40万の従業員が50名いたと過大に仮定しても、人件費は月額たったの2000万である。地代家賃3000万、電気代1500万、新台入換45万×33台=約1500万と、かなり大目に仮定してもざらっと計算して1億6000万残る。これは客に66%持って帰られても十分元は取れる額なのだ。

椅子もなく手打の台しか置いていないころのパチンコ屋は、そんなに客がいるところではなかった。パチンコ屋なんてまっとうな人間の行くところじゃないとさえ言われたものだ。流行っているわけでもないので、新台入れ換えなんてそうそうある事ではなかった。それがフィーバーなどのデジパチが出てから様相が一変、いつのまにか石を投げればパチンコ屋に当たるんじゃないかと言うくらいにパチンコ屋は増殖した。店舗も巨大化し、それなりの売上規模がなければ運営は厳しくなっているのは間違いないだろう。

そして、これからパチンコ屋の売上が減るのはほぼ確実と思われる。そうなると大規模な売上ありきで運営されているチェーン店は小回りが利かず、非常に厳しい経営を強いられる時期が出てくる可能性が高いように思う。しかし、ゲーム性・ギャンブル性の低い機種はもともとそんなに人気があるわけでは無い。つまり、これからの売上は低め安定型に推移し、慌てて新機種を入れなくとも売上はそう変わらないようになると思われる。つまり、少し昔に戻るのだ。まぁ、肥大化しすぎたんだからちょうどいいんじゃないかな?

新型W-ZERO3はesの後継でAdvanced

いままでhttp://x-w.jpで小出しに紹介されていたW-ZERO3の後継機種が発表になりましたね。

Advanced/W-ZERO3 [es]:シャープ
Willcomのサイトでも当然紹介されています。7月中旬発売みたいですね。

スタイルなどからいうと初期のW-ZERO3ではなく[es]の後継機種という位置づけです。

個人的にはちょっと買い替えは悩みます。

まず画面。可能な限りデカい画面がいいのでその点では少し残念ですが、解像度は向上しているので可かも。次にキーボード。数字キーがなくなったのはちょっとイタいかも知れません。

いずれにせよ、発売後3ヶ月くらいは様子を見た方が良さそうですね。なんたってWindowsだし、WindowsMobileもヴァージョンが上がっているし、ファームウエアとかいろんなところが落ち着くまではちょっとね…

稲本はトップ下だったのか

トップ下稲本は消化不良/親善試合 – サッカー日本代表ニュース : nikkansports.com

先日のキリンカップのコロンビア戦は0-0の引き分け。オシム爺さんは前半をカミカゼシステムと言っているようだが、そうであれば後半はニンジャシステムなのか?なんだかんだ言っても、この試合はどんなに悪くても引き分けという爺さんのプランどおりだったのじゃないかな?

コロンビアはうまく、強かったと思う。前半は押し込まれる場面も結構あった。人数はそこそこいるのだが、ディレイも思ったようにならず切り込まれる。まるで「この道はいつか来た道」だ。イナが出るとなんだかボランチのスペースがぽっかりと空くことが多いような気がするのだがどうだろう。

なんて思っていたら、イナはトップ下だったのか。やけに下がってこないなぁと思っていたのだけれどまさかトップ下だったとは思いもよらなんだ。だけどイナは歩いている姿が多く、コンディションはイマイチっぽかったのは本当に残念。イナよりも他の中盤がいまひとつバランスの悪いポジショニングだったのが良くなかったのかなぁ。最終ラインが下がりすぎだったのかもしれない。

それでも前半後半とも何度かピクシーがいたころのユーゴのような美しい攻撃が見られたのはよかった。このような攻撃を見る回数が次第に増えてきているような気がする。やはり強くなっているんだろうな。

アジアカップが楽しみだ。

電車の中での迷惑行為

電車の中でものを食べるという行為、の件という記事のなかに、「駅や電車内で最近迷惑だと思う行為」についてのアンケート調査の結果が出ている。最近の結果は

1位…座席の座り方 12.9%
2位…携帯電話の使用 12.2%
3位…ヘッドホンステレオの音漏れ 11.3%
4位…乗降時のマナーについて 10.2%
5位…荷物の持ち方・置き方 9.6%
6位…電車内で騒ぐ 7.8%
7位…女性の化粧 6.9%
8位…所構わず電車の床に座る 4.7%
9位…車内等での飲食 4.5%
10位…環境美化に努めない人が多い 4.5%
(回答総数約700名)

ということらしい。

携帯電話は一時期電車の中以外でもかなり話題にあがったのだが、いまはさほどでもないようだ。これは電話の使いかたが通話からメールに移行したこと、着信音が着メロや着うたなどの耳障りでないものが主流になったことも大きな要因ではないかと思う。

目に余る座席の座り方をする奴がいるのは確かだ。俺は平気で座席に荷物を置く奴が信じられないのだが、こういう奴は根本的な考えがおかしい奴だから言及しても無駄なので無視する。問題は「変な姿勢でしか座ることができない」のではないかと思われるやつらだ。ボックス席でさも足の長いようなふりをして前の座席近くまで足を投げ出している奴とか股間がデカいと思われたいのか知らないがやたら足を開いている奴とか2人掛けの座席が1人掛けにしか見えていないのじゃないかと思われる奴である。まともに座れないということは身体的に何かおかしいところがあるのではないか、今後悪い姿勢の影響が出てくるのではないかと心配である。

この記事のメインテーマである「電車内での飲食」であるが、これは時間の有効的効率的利用という観点から見れば化粧とかと同じ類のものと言える。移動とのマルチタスク処理であるから黙って列車に乗って外を眺めているだけよりはましと言えなくもないだろう。不快なら見なきゃいいのにという話は石が飛んできそうなのでしないが、田舎に行くと飲食という可愛いレベルではない「酒盛り」も見ることができるので車内での飲食に不快感を持つ人は要注意である。

その昔は「立ち食いそば」も車内に持ち込めたのだが、ツユをこぼして床を汚す輩が多く立ち食いそばの車内持込は禁止になってしまった。だけど、焼きそばとかであればツユもないので車内持込してもいいのではないかと思う。立ち食いそば屋はツユのないそばをバゴーンと売ってみたらどうか。

とまあ、どうでもいいようなことを書いてきたが、俺が駅や列車内で一番迷惑だなぁと感じるのは何を隠そう「構内放送・車内放送」なのだ。うるさいったらありゃしないではないか。顧客は放送しなきゃ間違えると思っているのならそれはあまりに顧客を馬鹿にしている。アナウンスしないと「不親切だ」とか「注意を呼びかけないのが悪い」などと言い出すアホウがいるんだろうとは思うが、なんであそこまでアナウンスする必要があるのか、鉄道会社はこれが書きたいがためにここまで引っ張った俺に100文字以内で簡潔にまとめ解答されたい。

ブログにおける過度体裁愛好症について

みなさんは過度体裁愛好症を知っているだろうか。詳しくはユーザの過度体裁愛好症を読んでもらいたいのだけれど、要は情報の内容よりも出力帳票の体裁にこだわってしまう事をいう。この記事がアップされたのは2005年のことで、そのころはどちらかといえばビジネスの帳票についての話であった。俺もこの記事を2005年06月ころに知り、過度体裁愛好症なるエントリをアップしている。

世界のBlogの4割が集中していると言われる日本においては、この過度体裁愛好症を患っているBlogユーザが非常に多いように思う。MovableType、WordpressやNucleusなどのブログツールと比較しても、大手の無料ブログサービスは文字装飾関係に異常と思える程力を入れているようだ。それはそれなりのニーズがあるからに他ならない。

文字を大きくし目立つ色をつける。それはエントリにアクセントを付けるテクニックとしては有効であるが、多用するべきテクニックとは思えないのだがどうか。

CSS(Cascading Style Sheets)を使ってサイトを表示させる大きな理由はサイトに統一性をもたせるためなはずで、統一性を持たせるためにはフォントサイズ、フォントカラーなどの制限が必要不可欠である。それなのに嗚呼それなのにそれなのに、なぜそんなに色を使いサイズを変えたがるのか理解できない。

また、異様に感嘆符が多かったり「…」を多用して哀愁文体にしているサイトも多い。こういうサイトはなぜか異常に改行が多いという特徴も併せ持っているようである。また、こういうサイトのエントリは得てして内容も無いようだがそれにはあえて言及しない。改行が多い文章は読みにくくてしかたないのだが何故そんなに改行するのだろうか。

その上、ぐちゃぐちゃにバナーを貼りぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃにアフェリエイトを貼りぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃに「クリックしてね」ばかり書いてあるサイトは、「続きを読む」でクリックしなきゃ全てを読めないエントリがあるだけでもうんざりする俺の理解の範囲から完全に逸脱している。

いくら個人のブログが「俺様ブログ」であっても、もう少し冷静になって自分のサイトを見つめ直す事も必要なんじゃないかと思う。

赤にしますか?それとも白?

ディーゼル車に灯油を入れる奴が増えているらしい。

J-CAST ニュース : 灯油を入れる車が多発 都が「不正」監視要請

実はこの話、トラック関係者なら「今さらなに言ってんだよ」って話だと思う。トラックの運転手だったら絶対知ってるはずだ。昔聞いた話だと、ガソリンスタンドによっては「赤にしますか?それとも白?」と言ってくるところもあるようだ。いうまでもなく「赤」は軽油で「白」は灯油だ。

上記記事ではメーカの広報から

一般論でいえば、燃料タンク周りにあるゴム類の部品や金属を溶かす可能性があり、燃焼温度が高くなってエンジンに負担をかけるのは確実。また排ガスにも悪影響が出る

という見解が掲載されているが、トラックの運転手から聞いた話では「灯油も軽油も変わらない」ということだった。成分的にも灯油と軽油はあまり差が無いと聞いたこともあるが、これは定かでは無い。

また、軽油は凍るらしく、気温の低い地方と気温の高い地方で売られている軽油は凝固点が違うという話も聞いた事がある。長距離トラックが温かいところで入れた軽油のままで寒冷地に来た場合、軽油が凍って動かなくなることがあるらしい。だから、温かいところから出発する長距離トラックは、寒冷地に向かう途中で凝固点の高い軽油を使いきって凝固点が低い軽油を給油するよう計算して走るとのことである。一方灯油は通常の範囲であればまず凍ることは無い。だから、寒冷地で寒い時期に販売されている軽油は非常に灯油に近いものなのではないかと勝手に推測してたのだが、実際そのようだ

基本的なところに気がつかない奴

使ってはいけません

先日、またまた朝一番でHelpMeコールが来た。

インターネットがつながらないんだけど…

インターネットつながるわけは無い。「インターネットつながらない」だろ?ちなみにこいつは添付ファイルが勝手に入れ替わるとほざいたバカだ。

しばらく電話で状況を聞いていたが、正しい日本語も使えない奴だから全く意味がわからない。わかったことといえば、「インターネットがつながらない」は正しい日本語じゃないよなという事だけだ。

仕方がないので現場へ行く。話を聞くと、新しく買ったUSB接続のプリンタを接続したらインターネットにつながらなくなったらしい。「そんなことあるかバカ、くだらん話を聞いていても解決するはずもないよな」と思ったので、「へー、そうですかー」と右から左に聞き流しながらPC回りを点検。プリンタを接続するときにハブもいじったとか言っていたので、まずハブを見てビックリ。

ケーブルが一本しか接続されていない。

これでネットにつながったらそれこそ「あなたの知らない世界」だ。あまりにもおそまつな結果に、俺は脱力感充填120%である。

パソコンにケーブルつながっていないんだけど。

力が抜けてしまった俺はこう阿呆に伝えた。

コンセントが入っていないのとおんなじでさぁ、ケーブルをつないでいない状態でインターネットにつながるはずもないよね。これでつながったらその方が恐いよー。

ハブも、元のケーブルがクロスリンクじゃないところに刺さっていたり、クロスリンク切替えスイッチがストレートの設定になっていたりと、阿呆がいろいろいじってくれているようだ。鼻の穴にでもケーブルさしてみるかお前。お前なら脳内Webブラウズできるよ、きっと。

阿呆は「あれー?」とか言っているが、普通のケーブルは絶対にひとりで外れたりはしない。お前のところにはオモチャの兵隊さんでもいるのか? 外したのはそのオモチャの兵隊さんなのか? いや、外したのは、今度も「お前だ!(ドーン!!)」。

いや、まてよ。よくわかりもしないのにこんなことを人間がするとは思えない。本当にオモチャの兵隊がいるのかもしれない。多分そうだ。夜になるとどこからともなく小さな人形が現れて…

しかし、おかしくなったら正常に動いていた状態に戻してみるのが普通じゃないのか? 正常に動いていた状態を把握できていないのにいじるなこのスカタン。だけど、問題の切り分けが出来ない奴ってこんなものだよな。

ケーブルを抜いた犯人さんには「パソコン使っちゃいけませんよカード」に認印を押してお渡ししたいのだがだめですか?

こんな裁判官を辞めさせる方法は無いのか?

音楽保存サービス>ストレージ利用は著作権侵害 東京地裁

この判決には驚かされた。あまりに驚いて笑っちゃったくらいだ。なかなかこんな判決は出来ないと思う。この件についてはネット上にデータを保存するサービスはすべて著作権侵害で違法ですで詳しく書いてあるので、リンク先を含めよーく読んでおくことをお薦めする。

物事でどちらが正しいのかわからない場合、「どちらが得をするのか」という視点で見ると新たな発見があったりする。この判決で言えば、得をするのはJASRACだけでは無いかと思う。この件に関してJASRAC
携帯電話向け音楽データのストレージ・サービス
音楽著作物の利用許諾が必要と判断
−  東京地裁が「MYUTA」運営会社の請求を棄却  −
とプレスリリースしている。揚げ足取りをすれば、

[誤]
今回の判決は、ユーザに対し著作物をアップロードさせるシステムを提供するというサービスについて、そのサービス提供者に著作物の利用主体としての責任が及ぶことを明確に示したものであり、高く評価されます。

[正]
今回の判決は、ユーザに対し著作物をアップロードさせるシステムを提供するというサービスについて、そのサービス提供者に著作物の利用主体としての責任が及ぶことを明確に示してJASRACの利権だけを保全したものであり、JASRACは高く評価します

じゃないのか?多分、誰もこんな判決評価していないぞ。

この件に関しての2ちゃんねるまとめサイトもなかなか面白い。
JASRAC、勝訴…ネット上に音楽データ保存できる「ストレージ」サービスに、「著作権侵害」判断
この中に俺がクラクラっと来たところがある。

172 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/05/25(金) 22:28:21 ID:fKgU5bWP0
自分で買った本をどこで読もうがコインロッカーに入れておいて
取り出して読もうが著作権の侵害のわけないのに
なんでこんなアホな判決が出てくるの?

196 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/05/25(金) 22:31:21 ID:UOLSByJ50
>>172
本は合法だろ、
CDをコインロッカーに入れたら違法

261 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/05/25(金) 22:37:46 ID:7vhkJgW80
>>196
しかも捕まるのは駅の人だってんだから驚きだ

これ以上ないような例えだと思うね。

しかし、こんな判決を出したら日本は世界中の笑いものになるな。はっきり言えば、この裁判官は日本の評価を落しさらには国力を下げているわけだよ。このような判決を平気の平左でやってのける裁判官に税金から給料を払う必要があるのか?日本に不利益をもたらすような裁判官はとっとと辞めてもらった方がいいと思うぞ。そうでないと

もうじき、「インターネット」が「著作権侵害」になりそうw

が笑えない話になるに違いない。