例えば車とかで昔の名車に憧れてその名車を買ったとしよう。彼はその名車が最新鋭だった頃はまだ小さくて、その時代を実際に見たわけじゃない。それでもその車は当時のオーラをまとっているようでカッコいい。そんな車を手に入れたことはとても楽しいことだし満足度も高いだろう。
その車には歴史があり、大事にしてくれたオーナーの手に守られながら今でも現役で動いている。彼は自分の車が出た頃の情報を色々なところから仕入れ、自分の車がどんなに素敵でどんなにみんなから一目置かれていたかを知り、ますます惚れていく。
まぁここまではいい。だけど、自分が見てもいない時代について想像するだけならまだしも、その想像の産物を断言するのはどうなんだろう。で、挙句の果てには「昔は良かった」みたいな発言ってなんなの? 俺はバイクしか知らないのでバイクで話をすると、性能だけみたら30年前と今とでは雲泥の差。1981年に発売されたCBX400Fと1994年発売のRVFでは恐ろしいくらいに性能が違った。俺がリアルで知る最古の400ccはHAWKⅡだけど、これとCBX400Fでも雲泥の差だった。今乗っているCBR600RRなんかは今までの中では一番高次元でまとまっている。エンジン・ブレーキ・サス・フレーム・・・全てが違う。この味を味わったらもう後へは戻れない。
全ては好みの問題だけど、新しいテクノロジを味わいたいなら最新鋭しかない。俺みたいな高性能大好き人間は昔が良かったなんてほとんど思わない。50代でもそういう奴もいるわけだよ。つか、SS乗りってその傾向が強いのかもしれん。
好みの問題ではあるが、その好みがいろいろなことを経験して作られたものなのか、食わず嫌いの思い込みから作られたものなのかは、一度自問してみたほうが良いかもしれんね。若い人で「昔はよかった」なんてことをいう人は、好みを形成する要因のほとんどが思い込みなんじゃなかろうか。その時代を知らない人の「昔」は、所謂「見てきたような嘘」だからね。