ガキンチョは何をやっても許されるのか 裏ヴァージョン

先日ガキンチョは何をやっても許されるのかというエントリを書いたが、本当に書きたいことには全く触れていない。よって裏バージョンをここに追加しようと思う。

フトモモをあらわにしたネーちゃんのとなりに、ちょっと変わったガキンチョが座ったのは先のエントリに書いた通りだ。その坊主は俺の乗る路線によく現れるのだが、どう見てもちょっとおかしい。多分知恵遅れとかといった類だと思う。いつもは他人に話しかけても相手にもされないのですぐ離れていくのだが、昨日はフトモモをあらわにしたネーちゃんがそれなりに応対しちゃったもんだから居座ってしまったのだろう。

しかし、なぜ電車には変な奴がよく乗ってくるのだろうか。一人でわめいてる奴、意味不明な行動を取る奴、意味もなくずっと電車を乗り継いでいる奴、ずっとベンチにたたずんでいる奴・・・どう考えても何か障害があるような奴が一人でうろうろしているのである。そんな変な奴のいる確率は電車であろうがどこであろうが同じくらいなのかもしれないが、電車の中では距離が近いせいか異常に目につくし気になるのである。

このような変な奴には、どうしても拒否反応が出てしまう。これは得体の知れないものに対して起こる本能的な感情だろうと思う。「変な目で見てはいけない」なんて聖人君子のような事を言っても、それは得体の知れないものに慣れたから言えるセリフであると俺は思っている。大体、突然大声を出したり意味不明な行動をする奴に対し、何されるかわからないと思わずに普通の感情で接することが出来る奴の方がおかしいと思うのだが、どうか。

反感を持つなら持ってもらって構わない。だがその坊主にしても、結局は女性の体に興味があり、そして一般人なら制御できるその本能をうまく制御できていないのである。そんな奴を安全と思えるのかよく考えてほしい。精神的におかしければ罪に問われない日本では、精神的におかしい奴らは既になにをやっても罪に問われない「免罪符」を持っているようなものである。全てが危ない人間とは言わないが、常識が通用しないし抑制力も一般人に比べて少ないのも事実ではないのか。

「差別だ」とかで騒ぐ人達には、ある特定の人にとっては大事な人であっても、その大事だという思いを不特定多数の人間に押しつけないようにしてもらいたいと思うのである。

その坊主を見ながら、俺はこんな事を考えていた。

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