最近、会議とかでさんざん追求される場面に出くわすことが多くなった。幸いな事にその矛先はあまり俺には向かってこないのだが、やはり火の粉が飛んでくる時もある。そういうとき、なぜか俺は言葉に窮してしまう。
実は俺、頭に血が登るとガンガン言葉が出てくるのだが、感情的になって物事がこじれるのは本意ではないし平たく言うと面倒くさい。年を取ってそういう思いが強くなったし、何よりあまり熱くなったり腹がたったりしなくなってしまった。それは全てを適当に流しているからなのだが、肩に力を入れて視野を狭くしても何もよいことはなかったという経験則がそうさせている。だから全て70%くらいで抑えるようにクセがついてしまっているのだ。そんな調子なので意外に深く考えていなかったりするし、逆に細部までそれなりに考えてはいるのだが細かすぎて思い出せないとか説明しにくいとか、まぁそんな事が非常に多い。
だから、予期せぬ質問とかを投げかけられるとアウアウしてしまう。もともとそんなに記憶力が良い方では無いので、思い出すまでに時間がかかったり資料をあさらないと全く思い出せないことも度々だ。というか、覚えられないからPCとかの補助記憶装置を多様しているのだけれども。
そんな俺を尻目に、返す刀で適当な言葉を発せられる人もいるわけで、そういう人を見ていると「スゲー(棒読み)」とは思うが「羨ましいなぁ」とはあまり感じない。
こういうことは経験とか訓練とかである程度解消するんだろうとは思う。その場を取り繕う能力は無いよりあった方がいいだろうが、俺の意識の中には「適当な事は答えたくない」という思いが強い。また、答えに窮してもそんなに恥ずかしいとか思っていない。だからいつまで経っても答えに窮する場面に遭遇してしまうんだろう、と自己分析している。
