昨日ちょっと書きかけたが、俺の住んでいる東北の海から離れた地方では自分を卑下するようなことを言うことが多い。何かあると「ここの人は○○だから」だとか「そういう土地柄なんで」だとか言う。
これは全く本心ではなく、実は「お前の感覚がおかしいんだよバーカ」と言っているのである。決して自分を卑下しているのではなく「この土地の風習がわかんないお前がわかるようになればいいんだよ」という拒絶・警戒心・軽蔑などが入り混じって出てくる言葉だ。本心で思っているなら自分を変えていこうとする姿勢が少しは見られるはずだ。だが、残念ながらそういうことはほぼない。
仕事でも同じで、自分たちのやり方、考え方がすべてだと思っている。というか、変えて失敗するのを極度に恐れる。それは厳しい冬を乗り越えるために身についた習性なんだろう。
これは漁や狩りで生計を立ててきた人の多い沿岸部では、あまり見られない傾向だ。耐えることが生きるための最善の方法であったのだろう。自分の工夫やチャレンジで収穫が増える可能性の高い「漁師」とかは多少のリスクは厭わない。しかし山の人間は違うのである。
この閉鎖的な考えもそのうち変わってくるだろうと思う。問題はその変化に気がついていない人があまりに多いことだ。ネットでバンバン情報が取れる時代に、その土地独自の考えかたが一番いいなどと思う人間はどんどん少なくなっている。悲しいことに今一番いい方法と思っている人たちの意見が、実は一番実情に合っていなかったりするのだ。だが、その間違いにいつまでも気がつくことはない。なぜなら新しいことにチャレンジしないからだ。チャレンジしないがゆえ、真綿で首を締めるようにじわじわと業績が落ち込んでいく。その落ち込みは今まで支持してくれていた人たちの人口の減少に比例している。支持してくれていた人は死んだりどこかに行ったりして減っていくのだが、それをカバーする新規顧客は来ない。そりゃそうだ。新しい客にマッチしていないのだから。古い考えのところには古い考えの人しか集まってこないのである。
