至極もっともだが全く違う

先日のLinuxの普及しない理由を逆説的に考えるというエントリについたはてブコメントに思うところがあったのでネタにしてみよう。

そのコメントは

マカの俺には関係ないけど、二つ目の問題は簡単に解決する。ゲームやらない、コレだけだ。 / Linux の問題は、敷居が猛然と高い、これにつきよう。

というものだ。

このコメントのとおり、ゲームをやらないというソリューションは確かにある。解決策としては非常に有力な選択肢だ。だが、これを言ったら「(MSOfficeで)仕事をしない」というソリューションも当然あってしかるべきだろう。これだって至極簡単な解決策だよな。

本音を言えば、俺の場合はこれと全く逆のことになっている。代替の有無で言ったら仕事関係は手間隙さえかければMS Windows+MS Office環境から脱却できなくはない。今まで培ったデータなどを全てLinux+OpenOffice環境に移行させればいいのだ。これは時間・労力のコストが見合うものではない可能性が高いが、やって出来ないことではない。つまり、こちらは「コスト的に見合わない」と予想されるからWindowsを使っているのだ。

ゲームについては選択の余地すらない。Windowsで動くゲーム、特にFPSなどの3Dグリグリのゲームをその他のOSで動かす術を俺は知らない。だからゲームをする場合はまずWindowsを立ち上げなくちゃならんのだよ。そして、俺にはゲームをやらないという選択肢は、残念ながら全く無い。というか、俺がハードに投資しているのはPCならではのFPSみたいなゲームをするためだから、そのゲームを捨てるという選択肢は根本的に無理。だからMSバンザイだ←お手上げという意味で

あと、Linuxの敷居が猛然と高いというのもどんなもんだろ。Ubuntuなんて本当にびっくりするくらい簡単に動く。いままでの感覚から言えば、反則技に近いくらいあっけなく動く。使い始めるまではWindowsより手間がかからないだろう。そんなディストリもLinuxにはある。ただ、敷居が高く感じるのは、俺が使ったことのないOS Xに対して敷居が高く感じるのと同じ感覚なのかもしれん。これはOSというよりMacに対しての感覚かもしれないけれど。

Macといえば、家にはなぜかPerforma5260があるのだけれど、あれも細かい設定などちょっといまだに意味不明。使う気が無いから覚えないだけだという話もある。これと同じことがLinuxが普及しない理由のひとつとしてあるんじゃないかな?

つか、Linuxを使う理由がないのでLinuxが普及しないのと同じように、俺はMacを使う理由が無いんだよね。Macじゃなくちゃ出来ないってことが俺のやりたいことの中には無いんだな。前はハード的に興味があったけど、今はIntel入ってるWindowsマシンとなんら変わらないように見えるしなぁ。

もう一つこんなブコメも・・・

やっぱそれかよ。Windows自身の魅力を誰にも語ってもらえないWindows不憫すぎる。

すまん、やっぱりそれだよ。俺はWindowsに魅力を感じたことなんてほとんどないんだ。つか、OS自体に魅力を感じることなんてOS-9(Macのじゃないよ)以外無かった。それも単にOS-9が最初に触ったOSだったので魅力を感じただけで、OSの機能は昔からさほど変わっていない。ハードの容量とスピードが上がっただけJARO。UIだけに限定して話をしても、すでにXPあたりはイメージ的に古くさいよな。GnomeとかKDEの方がまだいい感じ。

というか、本来OSなんて表にしゃしゃり出てきたらダメだと思う。そもそも携帯とかPlayStationとかハードディスクレコーダとかだってOSは入っているけど、OSなんてほとんど意識しないで使っている。固まったりせず黒衣に徹して黙々と命令をこなす、これが多分理想形。さらに言えばウィンドウマネージャでGUIかぶせて見た目も操作方法も変えられるっていうのがLinuxのメリットでもありデメリットでもあるのだけれど、原理原則としてOSはLinuxカーネルのようにほぼ完全なる黒衣ってのが好き。って、お前の好みなんてどうでも良いぞ馬鹿野郎だな。

と、今回はLinuxが普及しない理由からMacが普及しない理由などにまで個人の好みで口が滑ってしまった。反省はしていない。めでたしめでたし。

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