Linuxからアホ話まで、何でもありでござる

Navigation

HOME (Archive) > 紙の本は当分無くならないと断言してもいいかな?
« 「アフィリエイトで儲ける」のウソ | 鼻を出してマスクする阿呆 »

2009年05月19日

紙の本は当分無くならないと断言してもいいかな? 

[うんちくん] あとで読む
紙の本が100%亡くなると断言できる、たった一つの理由 - 今週の天牌

紙の本が無くなる・無くならないというのがいつまでのことなのかはっきりわからないので、とりあえずここ10年くらいと言うことにしておこう。TBとか読むとみんな同じようなこと書いているんだけど、俺も「当面はなくならないよねうんちく」に便乗してみる。

紙の本というか、紙媒体のすごさって言うのは3つほどあって、まずひとつはコンテンツを表示させる道具が必要ないということ。当たり前だけど紙媒体を読むための変換装置は必要なく、リーダーは人間が既に内蔵している。レコード・CDなどと大きく違う点はこれで、レコード・CDなどは必ず再生機器がセットになっているため、双方の技術が相乗的に革新されてきたからメディアも交代したんだよね。そんな音楽メディアと紙媒体を比べることは少々無謀かもしれんね。

もうひとつの紙媒体のすごさは、その情報量だ。これものちのち表示機器の解像度が解決してくれることかもしれないが、現状ではPCのディスプレイなど、まだまだ紙媒体の解像度までは表現できていない。極論すれば、紙媒体に追いつかないから未だにPDFのようなフォーマットやプリンタが存在していると言っていいだろうね。

最後のひとつは情報量とも関連するのだけれど、紙媒体による情報は、本来不必要であるような情報まで一緒に視界に入ってくること。そもそもそのものズバリの情報なんてそんなにない。あることを調べるためいろんな情報をなんとなく脳にインプットしていったら、ある日突然「ひらめいた!」みたいな経験のある人も多いのではないかと思う。これは、そのときは必要ではないと思われた情報が後々脳で整理された結果で、そんな一見不必要な情報をも一緒に取り込める媒体が紙媒体ではなかろうか。紙媒体は思った以上に一度に沢山の情報が入ってくる。それも必要なものから不必要と思われるものまで一緒に。解像度が低くて物理的な実体を持たない電子コンテンツではこうは行かない。

ただ、これらの「すごさ」は、BMI(Brain Machine Interface)が本格的に導入されると一気に崩れてしまうかもしれない。それまで紙媒体は無くならないよ。そういう意味で、最初に「10年くらい」と逃げを打ったチキンな俺だけどそれがなにか。




posted by oyajiman at 2009年05月19日 23:00:00



コメント

コメントはありません

トラックバック

このエントリにトラックバックはありません
このエントリのTrackBack URL
http://www.oyajiman.net/oyaji/action.php?action=plugin&name=TrackBack&tb_id=2485
言及リンクが無い場合は掲載されません。

コメントする