Linuxからアホ話まで、何でもありでござる
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2012年01月29日

悪人の勝利はほんの一時しかない? 

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タイトルは日めくりカレンダーにあった言葉だ。これは逆に言えば「正義は勝つ」みたいな話なんだろうが、それと少々違うのは、こちらは「悪人も勝つ」ということを明記している点だ。つまり、悪人も勝つんだが長続きしないと言っているわけだ。

さて、ここに様々な疑問が生じる。1つめは「世の中の善人と悪人の割合はどっちが多いのか」、2つめは「善人と悪人の勝率はそれぞれどのくらいか」、3つめは「一時」は時間的にはどのくらいの長さか」ということだ。このパラメータが揃わなければこの悪人が不利なのか有利なのかは全く判断できない。

まず1つめだが、笑い話に「世の中は悪の力が強すぎて、神様は教会などの限られた場所にしか出てこれない」というものがある。これを真に受けると世の中は圧倒的に悪人の方が多いと言えるだろう。その割合については、例えば教会や寺院の敷地面積から割り出すとかで算出可能だ。仙台市のデータだと法人業種別敷地面積の中で宗教法人が占める割合は12%程度のようだ。「宗教法人=神の現れる場所=善人の存在場所」というとんでもない仮定をした場合、善人の占める割合は12%程度と仮定できる。ここでは12%としておこう。

2つめの「善人と悪人の勝率」はちょっとよく判らない。ただ、水戸黄門とか、いわゆる勧善懲悪な物語は最初に悪人が勝って最後に善人にひっくり返されるのがほとんどだ。ということは、1勝1敗で完全に50%である。

ここまでくれば、3つめの「一時」の長さによってどちらが有利かは自ずと導き出される。悪人の勝利している時間が12%以上であれば悪人が有利、それ以下であれば善人が有利となるわけだ。

さて、この前提で考えた場合、何となくだが悪人の方が有利なような気がする。世の中は8:2とか7:3の法則が合致する場合が多い。善人悪人も同じようなものなのかもしれん。そう、世の中は2割か3割の悪人が牛耳っている、とかね。

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2011年10月10日

湯沸かしのお湯を使う方が効率的? 

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先日の事。会社にある電気ポットのお湯がなくなっていたので水を足そうとしたら、とある女子社員が「お湯を沸かすときは湯沸かしのお湯を使った方が節約になりますよ」なんて言ってきた。まぁよく聞く話だ。

だけど、本当にそうなのか?

そもそもお湯を沸かすために必要な熱量は、ガスを使おうが電気で沸かそうが同じである。無論、気圧が違えばお湯を沸かすための熱量は変化するが、それは「沸点が変化する」からである。決して必要な熱量が変わるわけではない。まずこれが大前提。この辺で既に誤った認識をしている奴が多いような気がする。

では、なんで「お湯を沸かすときは湯沸かしのお湯を使った方が節約になります」みたいな話が出るかというと、お湯を沸かすときの熱効率が違うからという理由が一つだ。ガスコンロでお湯を沸かす場合、ガスコンロの熱が全て水に伝わる訳ではない。というか、その大部分は利用されず放出される。それに比べれば瞬間湯沸かし機の方が少ないガスの量で同じ温度まで温めることが出来る・・・という話なのである。

で、もう一つ話がぐちゃぐちゃになるのが、その熱源、簡単に言えばガスで沸かすのか、電気なのか、はたまた灯油や重油なのか・・・によってコストが大きく変わるということだ。大きなビルなどで重油が使われているのは同じ熱を作るのに重油が安いから。つまり、比較単位が熱量だけの場合は変数は「熱効率」だけになるが、比較単位を「金」に変えた場合は「熱効率」と「燃料単価」という二つの変数が絡んでくるのだ。もっと言うと、「燃料単価」についても一次エネルギーとそれを現在のエネルギーに加工するためコストに分けて話をするべきなのだが、そこまで突っ込んだ話はあまり聞かない。

この辺りを明確にせず「効率がいい」だの「節約になる」なんて話をしたり顔でするのはどうなんだろうと思う。それどころか「効率がいい」だの「節約になる」なんて言う奴の情報ソースがガス会社や電力会社だったりするんじゃなかろうか。そんな「我田引水」的な話を鵜呑みにしていいのかなぁ、と、つくづく思う。

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2011年06月25日

飲み物を頼むのはマナーですか? 

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飲み物を頼むのはマナーですか?

一応飲食店関係に勤めているけど、そんなマナー聞いたことが無い。それもパスタ800円クラスの店で・・・

ホテルの高級レストランなどでは、その食事にあった飲み物を頼めるか否かでその客のレベルが判断できたりするのだけれど、そこでも飲み物を頼むのがマナーというわけではない。そんなもんだ。マナーだったら、全部「ドリンクセットでほげほげ」みたいな商品にしちゃえばいいだけじゃん。

それより俺は、パスタ800円~ソフトドリンク400円~アルコール500円~という値付けのほうが驚いた。高級店ではワインなどを頼む場合、その値段の目安は大体料理の半分くらいと言われている。それからいうとパスタが安いか飲み物が高い感じで、値付けのバランスが良くない印象を持ったのだ。ついでに薀蓄たれると、その店の商品価格は、一番数量が多く出る商品を基準に組み立てるのがベスト。コーヒーが一番出ている店なら、そのコーヒーの価格に対してその他の商品の価格を考えないとバランスがおかしくなる。これは以前に安売りはだめだっていっただろというエントリでも少し触れたが、たとえばコーヒーが400円でランチが680円なんて価格を見たら、多分「このコーヒー高っ!」か「ランチ安いね」とか思うだろう。もうここで商品価格のバランスがおかしくなっているわけ。意図してバランスを崩すのならいいが、グランドメニューがおかしなバランスになっている店も良く見かける。そういう店は大体流行っていないけどね。

話が大きくそれてきたのでこの辺でE.O.F.

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2011年05月17日

御しきい値 

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先日TVを見ていたら、イタリアンのなんとかというシェフが出ていた。笑顔が素敵とか言われるこのシェフだが、見ていてどうしても気になる事があった。

それは「うどん」という言葉だ。

俺はこの「なにがし」という言い方がとても気になるのだ。俺自身がほとんどこの「御」という接頭語をつけないせいもあるのだろうが、そもそもこの接頭語、尊敬語や謙譲語・美化語を形成するためにつけるのであって、そういう使い方をしなければならない会話などそうそうあるものではない。また、これをつけたからといって言葉が柔らかくなったと感じることがないのである。逆に「おうどん」などという言い回しは聞いていて違和感ありすぎで、全く耳に馴染むことがない。

そうはいうものの、「御」がついても違和感がない言葉もあることは確かだ。「おそば」とか「おもち」と「おゆ」とかはさほどでもないのである。だが、「おうどん」とか「おなす」とか「お酢」とかには黒板を爪でひっかいた音を聞いたような感覚を受ける。

「お」を多用する人でも、「おブロッコリー」とか「おガソリン」とか言う人はまずいない。「お御飯」のような頭痛が痛くなる使い方をしている人もたまにはいるが、「お」を多用する人でも、その使用には何かかしらの「しきい値」が存在するのだろう。

俺が感じている違和感は、その「しきい値」の個人差が原因となって現れているのである。(ドヤ顔)

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2010年11月03日

見ず知らずの「何言ってんだコイツ」でもそれなりの礼節って大事じゃないかと思うんだ 

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タイトルで全て。

ネット上とかで話がこじれる一つに「礼節を欠く」というのがあると思う。内容は「何だコイツ」でも、それについて言及する場合にはそれなりの礼節を持ってあたるほうが何かと有意義な話ができるのではなかろうか。感情的にこじれ「おまいのかーちゃんべべそ」的な不毛な話になっても時間と労力の無駄だ。

そもそも、どこの誰だか分からん人に「バカかお前」とか言われて気分のいい人はいない。リアルで面と向かって言えない事はネットでも慎むべきではないか。子供は面と向かって思ったことをすぐ口に出す。それは子供の特権でもあるし子供だから許されるということでもある。ネットでは年齢もわからないしその人の素性もわからない事の方が多い。そんな誰だかわからん人に対しては、特に気をつける必要があるのではなかろうか。

リアルで礼節をわきまえない人はそれなりの人でしかない。ネットでも礼節をわきまえないネット人格はそれなりの人格でしかないと思うしか無いのだろう。自分を取り繕えとまでは言わないが、話を聞いてほしくて何かを残すのであれば聞いてもらえるような姿勢というのは重要なことだと思うのだが、どうか。

と、何を言っても自分の持っているもの以上のことは出来ないのだけれどね。だから最終的にはネット人格とリアルの人格って同じレベルになっちゃうように思う。つまり、ネットで礼節を欠く人はリアルでもそういう人の可能性が高いんじゃないだろうか。

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2010年09月12日

プラス思考は洗脳に繋がるのではないか 

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今日はクロヒバさんのコメントを読みながら、ふと思ったことを書いてみる。

世の中ではプラス思考だとかポジティブシンキングだとかがもてはやされていることが多い。確かになんでも悲観的に捕らえる人と話していると欝陶しいし、こっちまで気分が落ち込む場合もある。だが、このプラス思考とかポジティブシンキングとか(以下、プラス思考等 という)は、ある事象に対して自分が得するであろう一面を主に見ようという思考にほかならない。これの極端な例は「宗教やマルチ等の勧誘」ではないか。

目を輝かせ開いた瞳孔で熱く語るその姿は、客観的に見れば不気味でしかない。どんなに否定的な言葉を投げ掛けようとも、そのなかからほんの少しの輝きを見つけだし話を誘導する。そのある一面しか見ようとしない意識はプラス思考等(もちろんマイナス思考等も含む)の究極の姿にも見える。

ここでよく勘違いされるのが「明るい性格の人=プラス思考等の人」というステレオタイプである。明るい性格の人はプラス思考等に支配されているのではない。そのほとんどの人はたいてい「クヨクヨ思い悩まない」だけなのだ。そこにはプラスとかマイナスとかの価値基準はなく、さっさとNullデバイスに投げ込み無に帰しているだけなのである。

「マイナス思考だからクヨクヨ考えてしまう。だからプラス思考で行こう」なんてのもおかしい。そもそもプラス、マイナスという価値基準は誰が決めたものなのか。すこし考えれば、その価値基準は自分が決めたものであることに気がつくはずだ。いろいろ考えるのはかまわないが、そこに「やりたくない」とか「嫌だ」とか「きらいだ」という感情が入ればマイナス思考、「楽しい」とか「得する」とかの感情が入ればプラス思考になると極論してもいい。そんなプラスマイナスなんて、何の意味があるのか。

感情に左右されながら物事をみると判断を間違えやすい。詐欺に引っ掛かる人間がいなくならないのがいい例である。人間は感情の生き物であるから全ての感情を殺してしまうことはできない。しかし、感情を波立たせないようにしながら物事をみるように癖をつけると、今まで見えていなかった一面が見えたりする。そうすればより具体的に思考を広げることができるようになる。

話がどんどん逸れていったけれど、プラスとかマイナスとかポジティブとかネガティブとかにスタンスを振らず、あくまでも心を無にして広い視野で物事を見るほうがずっと大切だと思う。簡単に言っちゃうとNull&Wide思考だな。

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2010年08月15日

人と接するときに気をつけないと損をする7つのこと 

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人と接していて、「こういう態度って損だよなー」と思うことがある。ほんの些細なことなのだが、その些細なことに気をつけるだけで印象ががらりと違ったものになる。そんなことをまとめてみた。

1、返事をしない
呼んでも返事が無いと、「無視された」と感じてしまいがち。本当に気がついていない場合もあるだろうが、そういう場合は相手も判るものだ。呼ばれたら返事くらいしようや。

2、挨拶をしない
返事と同じようなものだが、挨拶出来ない奴でまともな奴を見たことが無い。コミュニケーションの基本の基本なんだから、挨拶くらいしようや。それから、相手にわからないような挨拶はしないのと同じ。はっきりとした声で相手に向かって挨拶するべし。声が届かない場合は会釈が伝わりやすい。これも相手をきちんと見て行うべし。

3、物を奪うように取る
まるで取られた物を奪い返すように物を取っていく人がいる。そのような仕草は相手を拒否していたり不快に思っているときの表現のひとつなので、人から物を取るときはそのような感情を持たれないようにするべし。

4、人を押しのける
人混みで人を押しのけて行く人がいるが、人を手や腕で押しのけられる図々しさが理解できない。声もなにもかけずにグイグイ来る奴は、どんな育てられ方をしたのか親の顔が見てみたい気分になる。お前は自分が邪魔だと思ったら人を押しのけてよいと教わってきたのか?

5、口を尖らせる
カワイイ娘のアヒル口じゃないんだから、そう口を尖らせるな。というか、不満を簡単に顔に出す奴ってどうなの?我慢しまくるのもアレだが、子供じゃ無いんだからすぐに顔に出すなよな。顔に出したって誰も汲み取っちゃくれんよ。

6、舌打ちをする
口を尖らせるのと同じようなことだが、舌打ちはクセになってしまっていると無意識に出るので要注意。現代は優しい人ばかりで舌打ちごときで怒られることは少なくなったが、俺が小さい頃は鉄拳制裁のきっかけにもなったもんだ。気にする人はかなり気にするので要注意。

7、にらむ
目は口ほどにものをいうし、視線はなんとなく感じるもの。相手が見ていないと思っていても、他の誰かが見ていたりする。睨んだって不快感や憎しみが伝わるだけでなにも解決しないことを知っていれば、バカらしいから睨んだりしないのが賢者の選択ってもんだ。。

もっとあるだろうが、とりあえず思い付いたものだけ書いてみた。人の感情や本質は言葉の端端やちょっとした動作に現れてしまう。いくら気をつけていても「地」は隠せないもの。ただ、ずっと気をつけていればそれは次第に身についていくのもまた事実。ちょっとしたことで「なんだアイツ」と思われないようにしたほうがなにかとお得じゃないかと思うんだ。

と、死にかけた蝉が鳴いているような気がしたよ。



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2010年07月06日

物にも感情があるように思ってしまうのはなぜか 

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先日メインマシン昇天かというエントリに、Isettaさんがこんなコメントをくれた。コメントを否定するような内容なんで申し訳ないが、どうしても薀蓄たれたくなった。Isettaさんが気分を害されませぬようお願い申し申し。そのコメントはこれ。
>今まで熱中していたものをほったらかしにして違うものに熱中すると、大体前のやつが機嫌を損ねたみたいな状態になる。

そうですよね、分かります。
私もそういうの、良くあります。
モノにも感情がある、ということなんですねぇ…。
こういうことってよくあるように感じるし、その時不思議と「物にも感情があるのかも」なんて思ってしまう。しかし、物には感情などないのである。

超理系の俺には「物に感情がある」なんてことは受け入れ難く、これはまさに水からの伝言と同じレベルの話にしか聞こえない。というか、そもそも「感情」は脳のような組織・機能を持たないものには存在しない。道端に転がっている石ころに感情があるかと聞いたら、かなりの人は「ない」と答えるだろう。それがなぜか多少複雑な構造を持った物などになると、その物に「感情」のような物を感じる人は少なくない。これはなぜか。

物に感情があるように思える時にはパターンがある。一つ目はその物が「使い込んでいる」か「大事なもの」であること。二つ目は可動部分があるか消耗される部分があることである。で、その「感情」であるが、それは「物の調子」を感情に置き換えて考えてしまう。物の調子が悪くなってくると、なぜか人は物が「怒・哀」のいずれかの感情を持ったように感じ、逆に調子がよければ「喜・楽」を感じてしまう。これは「老い」と「劣化」を同系列として感じているからに他ならない。自分で書いておいてアレだが、人が今まで熱中していたものをほったらかしにして違うものに熱中すると、大体前のやつが機嫌を損ねたみたいな状態になるのには、上記の事柄が見事に融合しあって印象に残っているだけなのである。

大切な物は大体こんなサイクルで壊れないようになっている。
物を大事にしている → その物は使い込まれていて少々古い → 大事なのでメンテナンスは十分に行っているし、よく使うので大きな不調はない → 不調になったらすぐ直す → 最初にもどる
で、熱中するものがこのサイクルの中に割り込んでくると
大事にしているがいじらなくなる → 使わなくなると軸受けなどのグリスが固まったり気にならなかった消耗部分の劣化が気になりだして一気に不調になる → 大事にしていたのに壊れるとは不届き千万 → かわいさ余って憎さ百倍キーッ
となってしまう。ムカつくせいかヤケに印象に残るのである。それだけでなく、その物から少し離れることによって「痘痕もえくぼ」だったものが痘痕にしか見えなくなるのだ。かくして、新しい彼女にお熱を上げている野郎に昔の彼女が擦り寄ってきてもウザいだけ、というような状況に陥るのである。例えが全然的確ではないがそんなものだ。もうそろそろダメだなと感じているから違うものに走るという深層心理も忘れちゃいけないかもしれん。

いずれにせよ、今まで熱中していたものをほったらかしにして違うものに熱中すると、大体前のやつが機嫌を損ねたみたいな状態になるのは必然であって偶然ではない。しかし、そこには感情などは一切存在せず、ただ単に物が不調になって当たり前のことを自分がしているだけなのだ。

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2010年05月15日

「の」のネストの他に注意すること 

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「の」の三連発はよろしくないという記事にインスパイアされたので、俺が「の」以外に気をつけている点を書いてみる。

1、「だが」とか「であるが」などを多用しない
これらは、この言葉の前に書いた文章を否定するものなので、あまり使うとくどくなる。否定的な言い回しは文章にアクセントを与えるが、たまにあるからアクセントになるのだ。むろん、「だが」をネストする否定の否定など論外。
俺のバイクは安物だがそんなに古くはないが愛着があるが新しいバイクが欲しくない訳ではない。

2、句読点を多用しない
句読点は文章を切ってしまう。報告書などでやたらめったら句読点を打つ上司がいたが、ブツブツ文章が切られてしまうので何度か読み直さないと理解出来なかった。それだけでなく馬鹿っぽく見えるので要注意。世の中には頷きながら単語で区切って話すネーちゃんがいるが、まぁあれと同じだ。

3、むやみに改行しない
これは句読点と同じようなことだ。まとまった内容であればそのまま改行無しで書かれてあるほうが読みやすい。主旨が変わった段階で改行を入れると、読み手にも意図が伝わりやすいものだ。つか、話の噛み合わない奴って一文一文で全てが完結していて、話の前後に脈絡がない。一文一文改行しているのを見るとそれと同じような印象を受ける。要は思い付いたことをただ並べただけに見え、程度が知れそうでおそろしかー。

4、一文は短めに
短い文ばかりだと句読点多用や改行多用と同じような効果をもたらすのだが、あまりに長い文は読んでいる途中で前の意味を忘れてしまったりするし、その中でもまた「だが」とかで繋いでしまうとますます意味がわからなくなるのだが、そういう書き方をしたがる奴に限って理論派ぶっていたりするのが笑える。君の文章に誰も何も言って来ないのは君の文章がワケワカンナイからであって、決して君の理論のようなものに納得したり圧倒されたりしている訳ではないことを誰か教えてやれと声を大にして叫びたいが、教えてやっても「お前が理解できていないんだろ」と思われてキーッとなるだけなので誰も言わないだけだから注意しろ。

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2010年05月14日

目標予算と計画予算 

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予算には「目標予算」と言われる、あくまで目標となる数値を取りまとめた予算と、ある程度確実性の高い数値を用いた「計画予算」がある。計画予算は資金繰りなどを考えるには絶対必要なもので、財務担当はこちらの予算を主に使う。営業方は黙っていても到達できるような数値を用いてしまっては縮小均衡スパイラルに入ってしまうので、あくまで目標となる数値を全面に押し出してくることが多い。

経営者が営業出身か管理出身かで、この予算の組み方にも自ずと違いが出てくる。営業出身はどうしても目標予算になりがちで、見る人が見ると「こんなの出来る訳ねーじゃん」と最初からやる気がなくなってしまったりする。逆に管理出身は確実な「計画予算」を好む傾向があるが、こちらはこちらで計画立案の段階で無理だ出来ないが先にたち、「このままだと潰れちまうじゃんか」みたいな計画が出来上がったりする。

すごく不思議なのは、ちょうどいい予算というか目標にもなるしきちんとやれば届きそうな予算というものにほとんどお目にかかったことがないことだ。というか、予算どおりに行った年などほんの数年しかない。これが自分たちの力の無さなのかというと、そんな事ではないような気がする。負のスパイラルに一度入ってしまうとなかなか抜け出せない。で、給料も上がんないしさーと愚痴がでる。

そのくせ、なぜか知らねどあることがヒットしクソ忙しくなると、その忙しさを継続できれば給料も上がる可能性が高いのに「クソ忙しくてやってらんね」と文句が出る。しかし、ヒマでお金を沢山もらえればいいかというとそれはそれで「もっと欲しい」となるに決まっている。

どうでもいいけど、予算とか計画とかは早く決めようよ。計画が陳腐だとしても、それは計画を作った人のレベルがそのまま反映されているだけなんだから。人を教育していかないと、いつまで経っても同じ事の繰り返し。練習しないでプロにはなれないんだよ。

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2010年02月23日

地球温暖化と二酸化炭素濃度 

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以前、とある湖の近くにあった村が一夜にして全滅したという番組を見た。村人はなぜ死んだのかというと、その湖の湖水が保有していた二酸化炭素がある原因で一気に放出されたことによるものらしい。簡単に言えば、湖から放出された二酸化炭素で中毒になって全滅したのだ。調べてみると、カメルーンのニオス湖で1986年に起きた事らしい。なぜ二酸化炭素が大量に放出されたのかは未だに解明されていないようだが、崖崩れがきっかけになったらしいと言われている。

この湖は深くなればなるほど水温が低いようだ。ご存知のとおり、水は温度を下げ高い圧力を加えれて静かに置いておけば多くの二酸化炭素を保持する性質を持っている。その逆に、温めて攪拌したり、何らかの触媒的なものを入れると一気に二酸化炭素を放出する。それは炭酸飲料を飲むと胃袋の中で炭酸水が温められたり攪拌されたりして炭酸水から二酸化炭素が放出され、それがゲップとなって出てくることからも実感できる。

で、この番組を見ながら、ふと「こっちの方が影響大じゃね?」と思った。全くもって根拠も何にもない話だが、空気中の二酸化炭素濃度を左右しているのは、この「水に解けた二酸化炭素量」ではないかと思ったのだ。二酸化炭素が温暖化を促進しているのではなく、何らかの原因(主に太陽の活動)で海水の温度が上がった結果、海水が保持していた二酸化炭素が放出され濃度が上がったのではないか。

卵が先か鶏が先かみたいな話だが、氷河期は地球に大きな隕石がぶつかったときにまきあげられた粉塵で太陽光が遮られたため起こったというのが現在の定説だ。そのくらい太陽のエネルギーはものすごい。

気温がなにに影響されるのかを体感できるのは「放射冷却現象」ではないかと思う。雲一つない晴天の夜は、この放射冷却現象でとても冷える。この例だけで考えると、熱を逃すか逃さないかは二酸化炭素よりも雲(水蒸気)や粉塵の影響が大きいのではないかと思えてしまう。だから、俺はたいした根拠もないが地球温暖化には懐疑的だし、温室効果ガス削減の効果も全くもって信用していない。所詮ビジネスにうまく使われているだけだろ、あれ。

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2010年02月09日

何とかPOINTサービスの素敵なところ 

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先日、とあるコーヒーショップに行くと、某ビデオレンタル店とかで利用できるTポイントが利用できますというポスターがデカデカと貼ってあった。「ふーん、ここでも使えるんだ」と思いつつ、なんでポイントがつくんだろうなと考えていたら、実はものすごい仕組みだという事に気がついた。

動物とかの生態を調査をする場合、動物の体に発信器をつけて動きをトレースすることがある。これで、今まで知らなかった行動範囲や習性が明かになった事も多い。

誰がどこでいつ何を買ったのか?その行動範囲は? 商売人はそんな情報を喉から手が出るほど欲しがっている。しかし、動物なら発信器やビデオカメラなどを付けて調査できるが人間には勝手にそんなものは付けられないし、教えてくれと言ったって教えてくれるはずもない。だったら、足跡を残させればいいじゃないか!それも、このカードを使えばお得となれば、より一層使う回数も人数も増えるはずだ・・・俺って天才!

そういうやつなんだろうな、このTポイントってやつは。ただ、この情報、なんとなく生かしきれていないような気がする。Googleがやってきたように、そのデータはユーザに広く公開するべきではなかろうか。いや、他人のデータを見せろとは言わない。そうでなくて、自分の利用データを詳細にトレース・分析できるサービスにしたら、もっともっと利用者が増えるのではなかろうか。あなたの行動マップとか、お気に入りの商品はここにもありますとか、カードを使うことでのメリットがポイントだけではちょっと弱いんじゃないかなぁ。

せっかくいい仕組みを作っているのにちょっともったいない気がするよ、俺は。

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2010年01月06日

オールドファッションについて 

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GIGAZINEにオールドファッションの記事が載っていたので、ちょっと蘊蓄。

知っている人は知っているが、オールドファッションは純然たる日本の商品。ミスタードーナツが日本に来た当初の生地は、パンみたいなイースト系、これぞ定番マシンカットケーキ、マシンカットのチョコレート番マシンカットデビルスくらいの種類しかなかったように記憶している。その後、アメリカのミスタードーナツからダスキンが営業権を買い取り、独自商品の開発販売が出来るようになった。独自開発で出てきた最初の大ヒット商品がフレンチクルーラー。その後に出てきたのがオールドファッションだ。

以前もどこかに書いたが、オールドファッションは最初冬季限定発売だった。その理由は二つある。オールドファッションはサクサク感が命であり、湿度の高い夏場は吸湿してサクサク感が失われやすいというのが理由の一つ。もう一つは気温が高いと割れにくいという製造上の理由だ。

二つめの理由については、「なぜオールドファッションが割れるのか」から説明しなければならない。

オールドファッションはマシンカットの種類で、柔らかく練った生地をドーナツの形に整形しながら油に落とす機械を使って製造する。そもそもドーナツは生地を油で揚げて作るが、その生地は口溶け感などの良さを出すため通常は薄力粉が多く用いられる。マシンカット系はほぼ例外なく薄力粉が主体なのだが、オールドファッションは強力粉を多めに使っているはずだ。これに他の生地より少ない水で固めに仕込む。ただ、これではグルテンも多く腰の強い生地になってしまうためミキサーで過剰に混ぜてグルテンを分断し流動性を高めておく。要はオーバーミキシング状態にするのだ。また、仕込む水はかなり冷たいものを使う。これで冷たくて固いが流動性は高い生地が出来上がる。

この冷たく腰の強い生地が油の中に入ると、その重さから一旦油の中に沈む。その後ベーキングパウダーの膨張とともに内部に気泡が出来るため、油の上に浮かび上がってくる。この沈んでいる時間は他の生地は20~30秒であるが、オールドファッションは50秒近くとかなり長い。

沈んでいる時間が長いため揚げていない面の表面も多少固くなっているが、生地が冷たいため、中に入っているベーキングパウダーは膨張しないまま残っている。この状態でひっくり返すと、中のベーキングパウダーが膨張してちょっと固くなった表面を破る。その割れがオールドファッションの割れだ。

つまり、オールドファッションが割れる理由は三つの要素から成り立っていて、一つめは油の中に沈んでいる時間を長くするための固い生地、二つめは表面を割るためのベーキングパウダーの膨張力、三つめは表面が揚がった後でもべ-キングパウダーが膨張しない冷たい生地だ。このどれが欠けてもオールドファッションの割れはうまく出来ない。だから気温が高いときは製造が難しいのだ。

実を言うとドーナツは本来割れやすいもので、割れていないものを作るほうが難しかったりする。割れているものは出来そこないといってもいいものであるが、オールドファッションはその出来そこないを科学的に分析し、商品化してしまったものと言ってもいい。

ドーナツは基本的に手作りなので、作る人によって多少味が変わる。おいしいオールドファッションは、割れがハッキリしているだけでなくドーナツの高さ(厚み)もある。逆に表面は大袈裟に割れているが割れていない側が白くてふにゃふにゃだったり厚みが無いものを置いている店は、揚げている最中の生地からでる気泡や色で揚がり具合を判断できない人が作っている店だ。簡単に言えば作り方が下手な店なので注意するべし。生地の配合が変わっているかもしれないので、これは通用しないかもしれん。あしからず。GIGAZINEの記事の写真は、俺の時代の基準でいうと割れすぎっぽい。生地冷やしすぎーの揚げ過ぎーのって感じ。

ちなみに、ミスタードーナツの油は常温で固まるので油こさは感じない。しかし、オールドファッション一個には20g以上の油が入っているので注意。カロリーは一日4~5個食べたら後は食べなくても大丈夫なくらいあったような気がするが、さて?


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2009年12月14日

既存商品を値引販売するのはよく考えてから 

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今だにコンビニ弁当を値引き販売すればどうなるかというエントリにコンスタントにアクセスがあるので、ちょっと調子にのって値引販売について書いてみる。

今はデフレでどこもかしこも安売りばかりだが、一番目につくには50%割引とかという単純な値引販売だ。この値引販売については、以前にもいくつか書いたことがある。
商品価値は値段で決まる
安売りはだめだっていっただろ
「100円マック」でも儲かるなんてレアケース
これだけでは、なぜ値引販売はよく考えて行わないと大損するのかわからない人も多いだろう。

俺も以前経営者から「売上確保のために安売りしたらどうか」と言われたことがある。その安売り方法が安直な割引販売だったので、これはまずいと思い「参考までに」と経営者に提出したのがこれに近い奴だった。少し考えれば誰でもわかるし、あまりにも当たり前のことなんだけどね。

まず定価で1個1000円の商品があったとしよう。その商品の材料費は300円だ。これをそのまま定価で販売すれば粗利益は700円。工場とかの場合はこの額から労務費とかも引いて粗利とするけれど、ここは話を単純にするため労務費は考慮しない。

この商品を10%値引して販売すれば売価は900円となり、粗利額は900円-300円=600円となる。さて、気分的にはたった10%、100円の値引なのだが、粗利額は600円÷700円=85.7%まで下がる。定価販売と同額の粗利を稼ごうとすれば、販売個数を700円÷600円=1.1666の16.7%もアップさせなくてはならない。そして、材料費率30%であれば70%以上値引きしたら原価割れだ。

これをグラフにすればこうなる。超当たり前だね。
[PDF]

下のグラフのとおり、材料費率が上がれば上がるほど粗利額は落ちていく。これも当たり前。
[PDF]

ちなみに、粗利同額を叩き出すためにどのくらい販売数をアップさせなければならないかは次の式で表される。
必要アップ率=定価時の粗利÷値引き時の粗利
      =(定価×粗利率)÷(定価×粗利率-値引額)
      =(定価×粗利率)÷(定価×粗利率-定価×値引率)
      =粗利率÷(粗利率-値引率)

簡単に30%OFF!とか言うけれど、材料費率40%の商品を30%OFFで販売したら、定価販売時の2倍売らなきゃならないわけ。だけど買う方から見れば「たった3割引き?」でしかない。3割引いて2倍売れる商品ってそんなにないんだよな。だから通販とかでは粗利を稼ぐために2個でいくらとかで販売するんだよ。1個で値引きするより2個で1個分以上の粗利を獲得できる値段で売った方が価値が上がるし粗利を稼ぎやすいと踏んでいるんだよね。

この商品は1人なら1時間に5個まで、2人なら11個、3人なら18個までというように、人数が増えればその生産性も向上するものとしよう。で、製造人件費を1000円/hとして、その製造人件費を加味した粗利額を算出すると、定価販売で5個販売すると2500円となる。この2500円を上回る粗利を稼ぐに組み合わせはどうなるかというと、こんな感じになる。
[PDF]

40%以上値引きしたら4倍の20個売っても追いつかないんだよね。これを骨折り損のくたびれ儲けと言わずしてなんという?

大量生産・大量販売の場合、労務費の占める割合がまったく変わってくるので、生産性アップの分くらいは値引きしてもOKだろうけれど、売るのは大変だよね。売れずにそのまま持っていてもどうしようもないので、運転資金(要はキャッシュ)欲しさに投げ売りするところもあるわけだな。

これ以外にも値引きした商品が客引き用であったりとかする場合もあるので、商品数が多い場合は値引きが全体の粗利をどう変えるかを十分考慮するべきなんだよね。特に飲食店とかでランチセットなどのようにその物自体で完結する商品を値引きすると、いままで定価で食っていた人が値引き商品に走るだけで、客数アップどころか売上減になってしまうことが多い。だから新メニューを投入したりビール1杯だけ原価でみたいな次につながる奴を安く販売するわけ。

そんな考えなしに単なる値引きに走ると、必ずや行き詰まるよ。

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2009年11月09日

服を汚さないスパゲティの食べ方 

[うんちくん]あとで読む


パスタを食べていて、シャツにトマトソースが跳ねて泣けたことはないだろうか。俺も今日飛ばして泣いた。気をつけていたつもりなのに飛んでしまうのである。こんちくそーと思いながら自分の食べ方を見直してみたら、ソースを飛ばさない食べ方があることに気がついた。

観察したところ、パスタを食べるときに不意にソースが飛ぶのはフォークで巻き終わる寸前が多い。なぜソースが飛ぶのかというと、パスタが鞭のようにひゅんとしなることで麺先の速度があがり、ソースが振りきられるからである。特にパスタは麺に弾力がありなおかつフォークで巻いて食べるため、巻きが崩れたりするとソースが飛びやすい。

大体の人は下の写真のように時計回りにフォークを回すのではないかと思う。



この巻き方でパスタの巻きに失敗すると、ソースは鞭のようにしなったパスタの先から自分に向かって飛んでくる。見事に赤い斑点のついた洋服の出来上がりだ。

ここまで来て勘のいい人なら判っただろう。ソースを飛ばないようにするには巻きを時計と逆方向にすればいいのである。



この方向に巻けば、巻きに失敗してもソースは自分の方には飛んでこない。なんということだ!こんな簡単なことで赤い斑点とオサラバ出来るとは!もっと早く気がつけ>俺。

自分に飛んでは来ないが向かいの人に飛ぶのはいいのかこのアンポンタンという反論は受け付けないのであしからず。

ps.上記写真は2manji | spiro さんのインタビューのものを使わせていただきました。

ドミノ・ピザ【PC向けサイト】

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