Linuxからアホ話まで、何でもありでござる
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2010年03月15日
熊猫深山
[つれづれなるままに]
先日、深夜にNHKで井上陽水の番組が放送されていた。陽水といえば、俺が小学生のころに友人宅でアルバム「氷の世界」を聴いてシビれ、その後ずっとFANである。あの陽水も61歳になるらしい。さすがに若いころのような高音域は出なくなってきているようだ。
その番組の中で、あの
PUFFYの鮮烈なデビュー曲「
アジアの純真」についての話がちょっと驚いた。「アジアの純真」でもビックリなタイトルなのに、最初は「熊猫深山」にしようとしていたとかいないとか・・・このあたりはwikiにも書いてあるね。
なんだよ「くまねこしんざん」て。
陽水の歌詞やタイトルには、いつも「へぇぇ」とか「はぁ?」とか思わされてしまう。語りもそうで、なんというか味があっておもしろい。下手なお笑い芸人よりずっと面白く、ついニンマリしてしまうような言葉がポンポン出てくるのがすごい。
陽水の歌で意味不明の最高峰に位置するのはMy Houseあたりのような気もするが、
GOLDEN BADに収録されているやつは、いずれもこれぞ陽水という甲乙つけがたい意味不明さで素晴らしい。
さて、その陽水は今新しいアルバムの製作に入っているとかいないとか。今度はどんな陽水ワールドを聴かせてくれるのだろうか。
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2010年03月13日
Oh!人事
[つれづれなるままに]
先日、本社の人事部の人と話す機会があった。その人曰く「ちょっとおかしい組織ですね」。
いや、それは重々承知の介だから。例えば、組織図の横のラインと職位がまったく連動していないとか、ラインとスタッフがごっちゃになっているとか、ラインの長とスタッフの長が兼務だとか、矛盾点をあげたらキリがない。だけど、人数が少なくなって行ったら複数の機能を持たせるしか無いよな。極論を言えば個人事業主なんかはすべての機能を一人もしくは数人で行っているわけで、そんなところには組織もへったくれもない。それが従業員数が増えてくるとやれ組織だやれ人事だとなってくる。ただ、その境目はいまいち定かではない。一人のスーパーな人間がいるとどうにかなってしまうことも多いし、ほんの十数人でも組織だっているところもある。
マニュアルも然りで、マニュアルがあればそれを基準にすることが出来て大変都合がよいが、そのマニュアルのせいでどうしても絞りきれない場合も出てくる。ある程度はマニュアルを無視して臨機応変に進める必要もあるし、そもそもマニュアル化は定型業務の方がずっとしやすい。極論すれば、マニュアルは定型業務の生産性を上げるために存在するのであって新しいものを開拓するものではないのだ。
おっと、話がそれた。その人が言うには、例えば管理部の長と経営企画を兼務する組織などありえんらしい。そりゃそうだよな。そんなのブレーキとアクセルを一緒に踏むようなもんだ。だけど、ブレーキもアクセルも踏めるという見方もある。ある意味恐ろしいけど、うまく行ったらそれこそスピーディ且つ効果的に物事が運ぶかもしれん。
なんとなくだが、今までの組織というのは、ミスしないように、暴走しないようにという制御面の方が強いような気がする。で、みんなでちょっとづつ力を出して物事を進めましょうと・・・そういう鈍牛のような動きになるのが宿命だから「何事もスピーディに」とか言われるんだろうな。広く浅く役割を持たせるのもいいけれど、スピーディにしたいなら権限を集中させるのが一番手っ取り早い。今流行りの人事とかは不勉強で知らないけれど、タスク中心とかマトリックス型の組織とかは、今までのピラミッド型の問題点を解決しようとして生まれた物なんだろうなーとは思う。
とにかく、おかしいところを指摘されても「そうですねー」としか言えないんだよね現状では。それよりうちにあった組織を提案してくれないかな。
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2010年03月10日
人生いろいろ
[つれづれなるままに]
嫁から「息子が公立高校に落ちちゃった」という電話が入った。落ちる奴がいるから受かる奴がいるのであるから、落ちたことはしかたがない。本人は挫折感を味わっているのかもしれないが、若いうちに挫折感を味わうのはいいことだ。
俺は息子の年代ではあまり挫折感味わったことがなかった。挫折感を覚え始めたのは高校に入ってからだったが、それも今思えばたいしたことはない。一番くじけそうになったのは大学のころで、卒業はしたいが学校には行きたくないとか、卒業しないとこれからの人生が・・・とか、まぁとにかくくだらないことがストレスになったりしていた。
だが、いざ大学を辞めて働いてみると、捨てる神あれば拾う神ありの言葉のとおり、とりあえず今まで生きてこれたしいつの間にか人の親にもなれた。そりゃ賃金とかの面では損をしているかもしれないが、それは自分で歩んできた道なので諦めるしかない。とりあえずどうにかなるもんなのだ。
高校なんて人生80年のうちのたった3年である。学校にいける時間は大学も含め後7年程度しかない。中学卒業時で既に学校に行く期間の半分以上が終わっているのだ。まぁあと7年、体も頭も適当に鍛えておけばいい。多分学校より社会の方がおもしろいからな。そのおもしろい場所で動き回れる力さえつけられるのであればどんな学校に行ったってかまわないし、学校に行く必要もないのかもしれん。実際俺は学校辞めてから覚えたことの方が多いし役に立ってる。つか、学生時代に色々考えた時間は有益だったけれど、学校では大したこと学んだ記憶はないからなぁ。高校時代は授業は寝てばかりでサッカーに明け暮れていたし、大学はほとんど行っていないからね。「この親あってこの子あり」なのかもな。
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2010年03月09日
期日指定を間違えた
[つれづれなるままに]
最近はやる気の無さがサイト全面からにじみ出ているようで、それはアクセス数に如実にでちゃってる。完全に「昔の名前で出ています」という状態でアクセスが多いエントリは一年程前からほぼ変わっていない。
そんな状況であってもとりあえず毎日更新は続けているのだが、今日サイトを確認したらなんだか違和感があった。何が変なのかわからないままじっくり見ていたら、今日公開されるはずのエントリが既に公開されているではないか。なんとしたことだ。久々に公開期日の指定を間違えてしまったらしい。まぁいいんだけど。ただ、困ったのはエントリのストックが切れてしまったことだ。ああ、今日はストックがあるから何も考えていなかったんだよな。
長年続けていればこういうこともたまにはあるわけで、別に大したことじゃない。期日指定を間違えて予定時間に公開されず急遽手動で公開したとか、ストックにするつもりが即公開してしまいがびーんとか、そんな些細なミスは定期的に起こる。
ということで、間違えたことをネタにして今日はお茶を濁すことにした。メデタシメデタシ。
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2010年03月08日
人生の荒波とやら
[つれづれなるままに]
卒業式には「これからはより大きな困難が」とか「人生の荒波に」といった、「これからはもっと大変なんだぜオマイラ」というニュアンスの言葉が良く聞かれる。これは本当だろうか。
俺はまったくの嘘だと思う。小学生には小学生の困難があるし、中学生には中学生の困難はあり、その困難は本人にとってはトンデモなものだよな。最大の困難は大体今起こっていることであって、終わったことやこれから起こるかもしれないことなんてはっきりいってどうでもいい。終わったことは振り返ってみて「あの時は大変だったなー」と思うだけのことだし、これから起こるかもしれない事は起こらないかもしれないし回避できるかもしれないことで、まー、明日死んだらどうしようと悩むのと同じようなものだ。
そんな風に思うのは、多分俺がそんなに苦労してきていないからかもしれん。苦労なんて意外にすぐ忘れちゃうし、自分でやりたいことをやってきていたらそれは「苦労」じゃないしね。先生とか親とかは「なんでも一生懸命に」ってやらせたがるけれど、一歩離れて見る目を持たないと巻き込まれて大変になることだって多いよな。それもこれも痛い目に合わないと覚えないことなのだけれど、過保護な親と事なかれ主義の学校の管理下から逃れてからでないと経験できないというのが何より恐ろしい。小さいときに凍結路面で転んだことが無い人が、大人になって滑って転ぶと大怪我したりするのと同じだよ。
つか、荒波が来たら逃げろよ。危ないだろ。まずは逃げて安全を確保してから考えればいいんじゃないの?なぜみんな「まず逃げろ」って教えないんだろうね。俺はそれが一番不思議だね。あんまり真剣になるなよ。視野が狭くなって見える物も見えなくなるからな。
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本がなくなるのは意外と早いかもしれない
[つれづれなるままに]
以前何かのときに「紙の本は当分無くならないんじゃないかな?」みたいなことを
書いた。あの時から一年も経っていないのだが、最近は「紙の本ってあっさりなくなるかも」という気がしてきている。その理由はしごく簡単で、データに変換すれば在庫を持つためのコストが一気に下がってしまうからだ。このコストダウンは、本の流通そのものを突然ぶち壊してしまう可能性を多いに秘めていると感じる。
本がデータに変わると、まず保管するための「場所」が大きく削減できる。流通ににかかる費用も紙の本から比べたらタダのようなものだ。さらに、データをやりとりするインフラはほぼ整っており、新たな投資はさほど必要ない。物理的な在庫が無いのだから売れ残りや返本などもまったく考える必要はない。
今の本の価格は決して安いとは言えない。しかし、発行部数が300万部とかの週刊マンガは一冊300円以下だ。あのボリュームでもその価格で販売して利潤を得ることができるのである。流通とか返本とかがなくなれば、あのマンガ本自体は一冊50〜60円で十分ペイできるのではなかろうか。あれがもし一冊100円であったらもっと買う人が増えそうだ。仮に現状の出版社と執筆者の利益が一冊につき50〜60円で賄われているとしたら、それを100円で販売出来るだけでもウハウハだし販売部数までも増えるとしたらもう笑いが止まらないだろう。そう考えると、紙の本がなくなって困るのは流通業界だけなのかもしれん。
発行する側もあらゆるコスト的なリスクが少なくなるので、いろいろなものを気兼ねなく発刊できる。それが今のWebと何が違うのだと言われると難しいが、「プロが作る物はクオリティが高い可能性が高い」としか言いようがない。
細かいことは色々あるだろうけれどコストの減り方が半端じゃないので、動き始めたら一気にシフトしてしまうような気がする。
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2010年03月07日
学校嫌い
[つれづれなるままに]
先日、愚息の卒業式に参列した。朝から不思議なくらい気分が重かったのだが、その理由は自分でも良くわからなかった。その理由がわかったのは、卒業式会場である学校の体育館を見た時だ。その会場に近づくにつれて、気分がますます重くなっていくのがはっきりと自覚できた。
何のことはない、俺は学校が嫌いだったのだ。みんなで一緒にとか先生の言う通りにとか、とにかくそういうのがとんでもなく嫌いだった。なかでも耐えきれなかったのが「みんなで一生懸命頑張ろう(キリッ」みたいな意味不明なノリだ。天邪鬼な俺には自己陶酔しているようにしか見えず、どうしても馴染めなかった。
教師に対する不信感もかなり強く持っていた。特になにをされたということはないのだが、言っていることとやっていることの差とか本音と建前の違いとか、そういった細かな矛盾を感じる事が多く、その感覚が積もり積もって大きな不信感となってしまったような気がする。
思い出してみると、俺は卒業式や入学式で感動したこともないしうれしさや寂ししさを感じたこともなかった。この場所とオサラバできるという安堵感と解放感とともに、次もまた学校にいかなくてはならないのかという閉塞感が入り混じり、何とも複雑な心境でしかなかったのだ。一番うれしかったのは、大学に退学届けを出したときだ。「もうこれで学校に行かなくてもいいんだ」と思うと、なぜか心が踊った。
そんな思いが、体育館に近づくにつれ蘇ってきた。自分がここまで学校が嫌いだったのを、この歳になって初めて理解で来たのは驚きだった。
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2010年03月05日
見えざる戦い
[つれづれなるままに]
昨日、ものすごい痛みで目が覚めた。腸が激しく煽動運動をしているようで、下腹部がキュルキュルと痛い。ごくまれにこういうこともあるので、すこしすれば治まるだろうと思って我慢していたが治る気配はない。
ということは、ほぼ「下痢」的な症状なので出すしかない。トイレに行って用を足し、再び床に入ったがまたまた痛み出す。再び布団から出て用を足し、床に戻るが三度痛む。ここまでくればとことん出し尽くすまで粘るしかない。残しておいておもらししたらそれこそ笑えんからな。
寒いトイレで粘りながら、この下痢の原因を考える。最初に思い浮かんだのは
ノロウイルスとか
ロタウイルスによるものだ。しかし吐き気はしないので多分違う。風邪でもひいたのかとも思ったが、体調はすこぶる良い。症状的には大腸菌による下痢に近いが、おかしい物は食べた記憶がない。うーんと唸りつつ今晩食べたものをトレースする。
すると、あったあった。急にヨーグルトが食べたくなって、下痢の2、3時間前にヨーグルトを食べたのだ。多分あのヨーグルトが原因に違いない。ヨーグルトによって善玉乳酸菌が活性化され、その乳酸菌を大腸菌が敵と判断して急激に増殖したのかもしれん。もしヨーグルトが原因であれば、出すだけ出せばあとは治まるはず・・・
予想通り、下痢はこの用足しで見事に収まった。俺の腹の中には余りよろしくない菌が大手を振ってのさばっていて、それを排除するために体が「ヨーグルト」を欲したのかもしれん。今日は何となくだが今までよりさらに調子が良い感じだ。もしかしたら善玉乳酸菌のおかげかもしれない。しばらくヨーグルトを食べつづけてみようかなと思った。
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2010年02月21日
全面禁煙よりも大事な事
[つれづれなるままに]
職場とかレストランとかが全面禁煙になりそうだ。俺はもうタバコは吸わないので禁煙になってもならなくても関係ないのだが、喫煙者はますます肩身が狭くなるのだろうな。禁煙にするのは受動喫煙の防止が最大の目的のようだ。俺も強い香水などは大嫌いなので、同じようにタバコのニオイを生理的に受け付けない人にとっては素晴らしいことだろう。嫌なものは嫌だよな。
俺は最近水も空気も今までのところよりはるかに綺麗(であろう)ところで働いているのだが、そのせいかすこぶる体調がいい。肩コリは相変わらずなのは仕事柄仕方が無いとして、それ以外の調子が素晴らしくいい感じなのだ。肺はすっきりと雲が晴れたような感じだし、胃腸の調子も抜群だ。何より驚くのは、鼻毛の伸びが遅くなり鼻糞もあまりでなくなったことだ。これだけでも外的な環境はかなり良くなっているのが窺い知れる。とはいうものの、休憩室などは今までの職場の比ではない煙たさで、受動喫煙でいえば今までより多くの煙を吸っているのは間違いなさそうだ。だが、今のところは受動喫煙の被害より元々の空気の綺麗さからの受益が勝っているようだ。前のところと何が違うのかと考えるとそれは多分車の数で、それがそのまま空気の綺麗さに繋がっているような気がする。
人間にとってなにより大事なのは綺麗な空気と水なんだろうな、と改めて思った次第。
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2010年02月20日
乗ってくるとあれもこれもと欲張りすぎてしまう罠
[つれづれなるままに]
今ちょっとあれこれ新しいことをやらされていたりするのだが、だんだんコツがつかめてくると「もっと簡単にミスしないでやる方法はないかな?」みたいな方向に意識が向いてくる。自分の時間を作るには、コツコツ手作業でしていたものをガンガンPCにやらせるのが手っ取り早い。だから可能なモノは可能な限りPCにやらせる。今後のことを考えるとルーチンワークは出来るだけ自動化してしまった方が楽ちんで効率もいいしね。
一方で、何事にも期限というモノがあって、取りあえずその期限に仕事の区切りをつけなければならない。頭が働いてくると「アレも加えておこうかな?」とか「コレはこの形式の方がいいよな」とか「ココをこう変えればもっといいな」とか、とにかくやりたいことが沢山出てきてしまう。時間があれば何でもかんでもブチ込んでしまえるのだが、残念ながらそれをやるととてもじゃないが期日には間に合わない。で、適当なところで妥協しようとするのだが、この妥協点を見出すのが意外に難しい。
困ったことに、気分が乗ってくるのは期日が近づいてきてからの事が多く、なにか新しいことをするときはいつもいつもドタバタである。追い詰められないとやらないしやらないと詳細が見えてこないというのが根本的な問題なんだろうが、こればかりはなかなか治らない。切羽つまらないと集中できない性格は本当に小さいころからで、今に始まったことじゃないからだ。
ああ、今度の会議資料、どうしようかなぁー。
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2010年02月14日
その薬の効果は劇的だ
[つれづれなるままに]
ここ数日肩コリが醜い。2月に入ってから寒い日が続いたので、筋肉が冷えて固まってしまったのだろう。その痛みは肩コリというよりも寝違えとかに近く、痛みで熟睡出来ない。湿布を貼っても低周波治療器をかけても良くなる気配はないのが辛い。体が温まると多少は良くなるのだが、冷えると元に戻ってしまう。
先日は夜中にあまりの寒さで目が覚めた。なんでこんなに寒いのだろうと思ったのだが、その時に肩とか腕とかが異常に冷えていることに気がついた。布団はきちんとかかっているし、布団の隙間から冷気が入ってきているふうでもない。それなのになぜか肩と腕が冷え切っている。これでは本来回復する睡眠中でさえ肩コリの症状が悪化してもおかしくないだろう。だめだこりゃ。
ということで、昨日はちょっと工夫してみた。まずベッドのマットレスの上にもう一枚シーツをひいて、下から来る冷気を和らげる。つぎに寝るときには腕まで隠れるシャツをもう一枚着込む。その状態で肩に湿布して寝ることにした。ただ、これだけだと単に温かくするだけなので、駄目押しのもう一手を加えた。
もう一手とは内服薬の服用だ。以前肩コリがひどくて病院に行ったときにもらった薬を使ってみることにしたのだ。その薬はロキソニンといって、効果のほどは調べてもらえばわかる。この薬の効き目は劇的で、ちょっとヤバイんじゃないか?と思ってしまうほどだ。朝起きたらハイジもびっくり、肩コリが無いというのはこんなにもすがすがしいのかっ!と感じるくらい効いていた。
しかし、それは薬が切れるまでの幸せだったのは言うまでもない。痛いなぁ。早く良くなりますように。
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2010年02月06日
営業VS管理
[つれづれなるままに]
景気の悪いこのご時世、とある会社では「部門を越えて仕事をしよう」なんていう掛け声がかかっているそうだ。まぁ要は「何でもやれ」ということなんだが、そういう話をすると、必ず営業から「こっちは朝早くから夜遅くまで走り回っているのに」などという台詞が出てくる。この台詞は誰に向けられているのかといえば、机に向かって仕事をしている人間に対してである。「俺たちは体を張っているのにあいつらはなんだ。」と言いたいのだ。
確かに優先順位というか重要度で言えば営業>管理だろう。営業が仕事を持ってきてくれるからこそ管理系は仕事ができるのだし、管理があまりに強いと身動きが取れなくなって自分で自分の首を絞めてしまう事が起こりやすい。しかし、しかしだ。営業関係には忙しいから手伝ってという指示が出ることがあっても、管理系にはそれはあまり無い。誰も人事や経理を手伝ってはくれないし、手伝えるスキルを持つ人もあまりいない。ただ、管理系は仕事の効率を上げやすい仕事も多いので、やり方によってはものすごく生産性を上げられる。最初はバタバタしていても、いつの間にか定時に帰れるようになってしまう。また、経理などは金融機関やその他企業が休みの日にはあまり仕事が進まない。だからカレンダーにあわせた休日になりやすいのだが、それも営業関係者には気に食わないようだ。
覚めた目で見ると、感情的な文句は営業系のほうから出ることが多いような気がする。管理系はルールから外れたときに機械的に注文をつけるので、それが気に食わないのだろう。その根底には、様々な管理系に対するねたみが含まれているように感じる。ただ、管理系とて悩みは多く、それはその立場になってみないとなかなかわからない。文句をいう営業は、一度人事異動で管理系に在籍させるべきだと思う。そうすればお互いの仕事の理解度が深まり、なぜ文句を言われるのかわかるようになるはずだ。
そもそも、優秀な営業マンは優秀な管理系の人間になれると思うし、その逆も真ではないかと思う。お互いの仕事を理解できていないばかりにいがみ合うのは悲しいことだよな。
と心の友が言っていた。俺は話が長くて眠くなった。
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2010年02月01日
体重とやる気は反比例するのかも
[つれづれなるままに]
最近はちょっと忙しくて、ネットをしている時間が極端に減った。ブログを書く時間も減ったが、ネタを探す時間まで減ってしまったのは予想外だった。思考も仕事のほうにあらかたのパワーを持って行かれているので、仕事以外のことがなかなか頭に入ってこない。俺って真面目だったんだ、なーんて軽口を叩きたくなるくらいだ。
今までだったらここまで集中力が続かなかったように思う。いまそれが続いているのは、仕事自体が面白いというのはもちろんだが、もう一つ大きな理由がある。それは体重が落ちた事だ。
バイクに再び跨がるようになって己の体力の落ちに愕然としたおれは、ここ数ヶ月毎日欠かさずステッパーを踏んでいる。一日30分以上踏んでいるが、踏み終わった後はかなり汗をかいている。最初は血行が良くなっているだけのように感じていたが、12月あたりからは体が軽く感じるようになってきた。歩くスピードも速くなったし、膝のきしみもなくなった。最近は昼間に眠気に襲われる事もなくなってきた。寝てばかりだった通勤電車でも、最近は眠くならない日が増えつつある。
すると不思議なもので、頭の回転も速くなるし集中力も長い時間維持できるようになったのだ。肩凝りも嘘のように良くなってきたし、何から何までいいことづくめである。なんとすばからしい。20台の頃の体重にまで落としたら、なんだか面白いことが出来そうな気がする。
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2010年01月29日
RSSリーダーでブログの画像が表示されない理由
[つれづれなるままに]
俺が慣れていないせいもあるのだろうが、Yahoo!ブログは直接訪問してもデザインが一般的なブログと大きく違い、ものすごく記事が探しにくい。だからRSSリーダで購読しておいて、面白そうなのだけ直接読みにいくようにしている。そのRSSリーダーは
FreshReaderを使っているのだけれど、Yahoo!ブログは画像がまったく表示されないので不思議だなーと思っていた。これはYahoo!ブログだけでなく、amebloやFC2とかでも表示されなかったりするので、直接見に来いということなのだろう。画像が見たかったら直接訪問すればいいだけだしね。
そしたら、こんなエントリを発見。
RSSリーダーとYahoo!ブログの画像
ほうほう、画像を表示できるRSSリーダもあるのかそうなのか。俺の場合は、どこからでもRSSリーダに繋げられるようにサーバに
FreshReaderをインストールしているので、優先度としては「画像が見れない」<「どこからでもアクセス」。だから画像が見れなくても気にしない気にしない。
画像が出てこない理由は、やはり外部サービスから画像を呼び出しても無駄無駄無駄アァァァなサービスということったんだね。サーバの負荷軽減とか画像サーバ代わりに使われることの防止なんだろうけど、なんだかつれない感じ。
全然話は変わるけど、「○○が出来ない」という問いかけに「アレコレすれば出来る」というのは良く聞くパターンだけど、それが受け入れられるかそうでないかはアレコレの程度によるよな。それがちょっとしたオプションの変更で済むのであれば「あ、そうなんだ!」になるけれど、別途ソフトが必要だとかレジストリとかソースをいじれだとかと言われたら「一般的な回答としてそれはどうなの?」と思う人も多いだろうね、なんて心の友が言っていたよ。
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2010年01月28日
リア充というか忙しい
[つれづれなるままに]
最近なんだか忙しい。システムモニタでみたら、以前と比較してCPU使用率50%UPといったところだろう。
そうなってくるといろいろ面倒くさくなってくる。このブログの書き込みさえまんどくせー。つか、twitterバリバリ書いているやつ、どんだけ暇なんだよ。
そんな状態で、メインPCは一向にスムーズに立ち上がる気配はなく、クソ眠いのに再起動を5回も繰り返してやっと起動するなど言語道断だ。死ぬかお前。そんなに殺してほしいのか?
忙しいし眠いしPCはまともに立ち上がらないしで超むかつくので今日はもう寝る。オヤスミ。
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