昨日の続きのような話。最近宣伝されているエプソンのプリンタは、
プリンタだけで年賀状が作成できるらしい。エプソンがプリンタ商戦のピークにぶつけてきたのがあの機種だ。マーケティング的には素晴らしいものだと思う。ソフトをインストールしたりプリンタをセッティングする煩わしさから解放されただけでなく、これさえあればとりあえず事足りるというのがすごい。これでPCを持たない人も販売ターゲットになったのだ。
とはいうものの、
あの商品を見て「昔のワープロみたい」と思った人はいないだろうか。PCが普及する前のワープロはプリンタを内蔵しているものが多く、文書作成や印刷はワープロ一台あれば事足りた。住所録や表計算など、ビジネスで使う最低限の機能も持っており、年賀状作成も可能な機種も数多くあった。それがより汎用性の高いPCに取って代わられたのはご承知のとおりだ。
しかし、昨日も書いたように、機能が増えすぎると次第に面倒になってくる。特にニーズの高い機能については、より簡単に誰でも使える専用機が出てきたりする。電子辞書とか電子ブックとか、初期のiPodもそういうコンセプトだったのではないかと思う。だから年賀状作成が一大イベントである日本で、年賀状作成に特化したプリンタが出るのはなんら不思議ではない。PCの得意だった分野は専用機器にどんどん奪われていくのだろうなぁ。
いまの流れから見ると、ビデオデッキのUIが大きく変わる日も近いような気がする。今のビデオデッキはリモコンしかりUIしかりで、お世辞にも使いやすいとは到底思えない。つか。あの趣味の悪いボタンばかりのリモコンは、ホントどうにかしてほしい。あんなに沢山あるボタンのうち、よく使うのなんてたったの数個しかないだろ。カラオケのリモコンとかを見習うべきじゃなかろうか。
おっと話が脱線した。何事もそうなんだろうが、拡大したものはあるときに分裂するかそのもの自体が縮小するかして小さくなり、そしてまた拡大をする。こうやって拡大と縮小を繰り返すなかで、あるものは消滅しあるものは形を変えていくんだろう。
ワープロ→PC+プリンタ→年賀状作成プリンタ という推移を見て、そんなことを思った次第。
PCリテラシーの低い世代が居なくなるのも遠い先の話では無いでしょうし
今の高校生の何割が年賀状書いてるのか調べてみて欲しいですね