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2018年03月01日

問題の根源は全て一緒

[つれづれなるままに]
最近問題にされていること、例えば「裁量労働制」とか「受動喫煙」とかは全て根っこが同じである。その根っことは、国民性が全て同じ待遇、それも低め安定を望み、自分で決断して責任を負うことを避け誰かがやってくれるのを待っていることだ。受動喫煙などは最たるもので、そんなの事業主の責任で決めれば良だけの話なのだが、ごく少数の喫煙者の文句を排除できない。当然自分の責任でやるより「法律で決まったから」と役所に責任を押し付けたほうが簡単で良い。だから役所で決めてもらうのを文句を言いながら待つだけである。

だから飛び級とかも容認されないし、事業主の責任で従業員のクビを切ることさえ簡単に出来ない。すべて責任を回避するか分散させたいからである。当然裁量労働制も同じ仕組みでモタモタしている。全てが平等になんてあるわけないのに、である。

また、都合のいい部分だけを切り取りして優位に話を進めようというのもよく見る光景だ。裁量労働制では労働時間の話ばかりで、その賃金の話は殆ど出てこない。何処かで「100時間を超えて残業していた人が倒れ、一命は取り留めたものの適応障害が残り退職。しかし労基は職場は裁量労働制を取っていたため対応してくれなかった。」というような話を読んだ。いつも思うのは、「大変だけど、実際その人はいくらもらっていたの?」ということである。100時間の残業となれば月収は1.8倍くらいになるはずだ。仮に月収50万円だとしたら、支給額は90万、年収にすれば1100万近くになっている。もしその人がこの金額をもらっていたら、果たして何人が同情するだろうか。

もちろん、最低賃金でも簡単に裁量労働制を適用できるというのは「何じゃそりゃ?」である。そんなのを許したら時給換算で300円台続出だろう。つか、そんな業務や低賃金の人に裁量権与えてもしょうがないだろ?と思うし、そういう労働者を使わないと存続できない会社など潰れたほうがいい。まぁ、これを解決するのは比較的カンタンで、企業に経営者以外での換算時給を報告させ公表すればいい。その判断は世の中に任せればOKである。

しかし、しかしである。経営者はどんなに働こうとOKである。なぜならその見返りがそのまま帰ってくることもあるからだ。当然失敗するリスクもある。誰も経営者は守ってくれないが、守られていない経営者は使用者を手厚く守ってやらなければならない。俺は裁量労働制というものは経営者と使用者の間に位置する処遇を表すべきものだと思っている。簡単に言えば修行中の職人とか、贅沢は求めずに好きな仕事をしていたい人とか、である。それこそ労使納得の上の処遇であればいいわけだし、現在はそういう人たちが当てはまる法律が無いのも事実。

ただ、これも個人事業主の集まりみたいにして、業務委託契約とかにしておけば問題ない話なんだよね。ただ、個人事業主化が進めば今まで苦労せずに集めてきた従順な納税者(要はサラリーマン)からの税金が減って集めにくくなってしまう。それを避けたいがために、あくまで労使関係を活かしたまま制度を作ろうとしているように見える。結局、根っこは「誰かが決めてくれる」と思っている一般市民が、「一般人は考えられない」とバカにしている現実をよく知らない頭でっかちの官僚に案を作らせるからなんだよなー。

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posted by oyajiman at 2018年03月01日 22:00:00



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