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2015年01月29日

公衆の面前でのマスク 

[つれづれなるままに]
俺が小さい頃の話で恐縮だが、小さい頃は「家の中で帽子はかぶるな」とか「人前に出るときはマスクを取れ」とか言われて育った。そのせいか、室内でニット帽をかぶる若者や会合とかでマスクをしている人が気になってしまう。完全に「老害」的思考と思われても仕方がない。だが、そうしつけられてきた者にとってはとにかく気になるのである。

帽子はかぶっている人がそんなに多いわけでもなく、また、寒いからとかいう実用的な着用もしくは完全なるファッションのいずれかに当てはまるだろうからまだ良い。しかし、マスクは違う。俺の独断と偏見では、顔を隠したくてマスクをしている人はかなり多いのではないかと思う。スーパーやコンビニのレジでマスクをしている人をよく見かけるが、あれは感染予防などの意味合いを上手く利用して顔を隠しているようにさえ思える。

人間不思議なもので、顔を隠すと思っている以上に心が軽くなる。他人になったような気がして責任感が軽くなったように感じてしまうのか、それとも「見られていても誰だからわからない」という透明人間的な感覚なのかはわからない。気持ちが変わるのは、きぐるみを着てみたりオートバイのフルフェイスヘルメットをかぶってみたりすればその気持はなんとなくわかってもらえるかもしれない。「旅の恥はかき捨て」もこれに似た感覚だろう。

以前もマスクと匿名性というエントリを上げたことがあるが、日本人のマスク着用率の高さは海外からも奇異の目で見られているようだ。

それにしても、いつ頃からマスクは市民権を得たのだろうか。思い起こせばSARSが騒がれたころが最初だったような気がする。その後、新型インフルエンザとかでますますマスクが流行り、今では超高性能なマスクまで出ているようだ。しかし、それに反比例して最近は以前よりマスク着用者が減っているように見える。本当に日本人は流行り廃りに流されやすいなぁと思う。

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posted by oyajiman at 2015年01月29日 23:46:41



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