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2013年05月03日

「成長」という言葉をよく使う奴は信頼出来ない 

[つれづれなるままに]
最近はなぜかスキルアップとか習熟度が上がることとか経験を積むことを「成長する」という。本来、成長という言葉は生物や物事が大きくなっていくことを指す。だから、「人間として成長する」なんて言葉は、使い方としては少々おかしい。年齢とともに体が大きくなっていくことを指すならまだしも、「日々成長」なんて使い方を聞くと違和感がありすぎて気持ちが悪い。いつからこういう使われ方をするようになったのか。

昔から経験を積んだりすると「人間として一回り大きくなった」とか言ったりするが、それがいつの間にか「成長」という言葉に置き換わってしまったのだろうか。しかし、しつこいようだが、本来「成長」とは計測できるレベルのものが大きくなることを言う。だから「人間として(精神的に)大きくなった」といった類のものには使うべきではない。また、よく言われる「成長」という言葉も、その意味は習熟度を上げること、経験を積むこと、知識が増えることなどの意味をごちゃ混ぜにして使ってしまっている。何でもかんでも「成長」という言葉に置き換えてしまうことは、その中身を具体的に伝えないことにつながり非常によろしくない。逆に言うと、曖昧さを残したまま表現できる上に受け取った側の判断に任せることが出来るので、口だけ上司とかコンサルタントとかが使うにはもってこいの言葉になっている。

俺は「成長」という言葉を軽々しく使う人間はあまり信頼できない。なぜなら、そういう人間は具体的な事柄や内容が不明確だからだ。何を持って「成長」とするのか、明確であれば「成長」などという曖昧で不適切な表現は用いないはずだからである。


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posted by oyajiman at 2013年05月03日 23:04:16



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